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第22回「二人のプラム」

 邸宅にはダンスホールが用意されていた。必要な人員が中に入って、しっかり話を聞けるほどの広さだ。元の持ち主である亡命貴族はよほど豊かな生活をしていたものと見える。もっとも、今は市が所有しているということは、「何か」があったという証明でもある。
 僕は光魔法で空中に周辺の地図を映し出しながら、現在の状況を整理した。ロンドロッグの入り口で脳内に構成していた三次元の地理情報が、ここで活きてきたというわけだ。

「敵はチャンドリカの攻城戦に入っている。彼らは相当数の砲撃力を備えてきていた。城壁を崩し、一気に突入を図る構えだろう。悠長に包囲戦を仕掛ける気はないということだね。これでは、いかにあの城の面々が守るのに長けていたとしても、全滅は免れない。聖王国のやつらだ。少女や子どもだって、等しく『浄化』するだろう」

 宗教的熱狂は時として恐るべき残虐性を生む。これは魔女裁判や新大陸における先住民の駆逐を見てもわかることだった。ましてチャンドリカは権力の空白地帯である。思う存分に破壊の衝動を振るうだろう。
 そんなことはさせない。破壊神として、その意志は僕が砕かせてもらう。

「アクスヴィルのどの軍が出張ってきているかにもよるが、士気は高いだろうね。だが、どんな軍隊だって後背を突けば崩れるもんさ。ただし、私らにも支援攻撃が必要だ」
「ロンドロッグ市としては、公的に君たちを支援するわけにはいかない。いかに今後チャンドリカと協力体制を築くとしても、アクスヴィル聖王国と真っ向から対立するのは衰亡の道を猛進するも同然だからね。あくまでも『モンスターの拠点を潰しに来た正規軍が、思わぬ反撃に遭遇して撤退した』というシナリオに沿う必要がある」
「神、これらの条件を満たしてなお勝つことができるのか」

 マルーとメドラーノの話を効いて、プラムが僕を見てきた。
 そうだね、と僕は話を切り出した。

「寡兵で打ち勝つのは本当に困難な道のりだ。よく戦記物や軍記物で、十倍、あるいは百倍する敵を相手に勝利する描写があるが、これは極めて稀なケースと言えるだろう。相手が訓練された正規軍ならなおさらのことだ」
「自分の考え不足を今さら吐露しているわけではないだろうな」
「いいや、全くそんな意図はない。僕は成ったばかりだが、破壊神だよ。この程度の兵数差なんてわけもない」

 プラムが呆れたようなため息をついた。

「自ら出るつもりか。では、こんな無駄足を踏む必要はなかったな。最初から神が好きなように蹴散らせば良かったのだ。たとえ人間の国家を警戒させることになろうとも」

 そいつは違うよ、プラム。
 物事には表層に浮かぶ事実が重要だった。新聞で言えば見出しになる要点だ。そこがブレていなければ、他の事実は容易に隠匿できる。例えば、ある政治家が収賄したという事実があったとしよう。それによって「某氏に巨額の収賄の疑惑」と見出しが打たれれば、彼がどのように釈明したか、また周囲の人間がどんな反応を示したかということは、多くの人々の興味には残らない。ただ某氏が収賄を受けたという事実だけが刻み込まれる。

「重要なのは『ラルダーラ傭兵団の介入と、その介入中に起こった何かによって、アクスヴィル聖王国軍が敗北した』という形にすることだ。そこで、一人の謎の英雄が必要となる。プラム・レイムンド。君がそうなるんだ」

 僕が白羽の矢を立てると、プラムは困ったような表情を見せた。

「私は戦わないと……」
「だから、こうする」

 僕は自らに黄色い燐光を浴びせた。たちまち僕の姿に変化が生じ、一つの少女の形を作っていく。緋色の髪に眼鏡まで完璧にトレースした姿は、すべてをコピーする魔法が高い精度で成功したことを示していた。
 今、この場にはプラム・レイムンドの姿かたちを持った少女が二人いる形になる。うち一人の中身は僕というわけだ。

「気色悪いくらいに完璧な擬態だな」
「僕も驚いているよ。君は結構いい体を持っているな」
「発情期に入るのは全部終わってからにしてもらおうか。経済ではない」

 お褒めの言葉ももらったので、僕はいい気分になった。これで充分な働きができるだろう。

「というわけで、『無名氏が暗躍することによって、会戦の様相ががらりと変わった』。そういうストーリーができあがる。マルー、問題ないね」
「ああ。あんたに負けない活躍を約束しよう」
「メドラーノ。市民の皆さんが巻き込まれないよう、ぜひ市長の仕事を全うしてくれ」
「武運を祈るよ。他ならぬ私たちの未来のために」
「プラム。さすがに君がついてきたらおかしなことになる」
「遠望の魔法で観察する。精度は落ちるが、書記官の仕事を続行する」
「良い答えだ。安心した」
「せいぜい暴れてくるといい。私はそれが見たい」

 意志の統一には成功した。マルーと僕がチャンドリカの救援に向かう。メドラーノはロンドロッグの治安維持。プラムは彼女の仕事として、どこか高台から戦場の様子を見届けることになるだろう。聖王国軍に目撃される恐れもないとは言えないが、僕は彼女を信頼している。きっと上手く、そう、経済に任務を果たしてくれるだろう。

「よし、行こう。行動開始だ」

 僕は手を叩いた。
 それを合図に、誰も彼もが声を出し、戦場に出る気合を高めていった。

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