(閑話)ディオ・リジェロ様観察日記 1
ゴシャッ
鈍い音が屋内から聞こえて、
ザンナ・メロンというのは、この周辺で唯一取れる作物で。成熟しすぎると牙が生えてモンスター化し、捕食を始めるため、植物なのかモンスターなのか未だ討論されております。
もっとも、成熟する前に収穫してしまえばとても甘くて美味しいのです。成長が早くて、モンスター化する前に実を収穫してしまえばまたすぐに実がなる貴重な食べ物ですわ。
何でここまで慌てているかと言いますと、もうすぐ孵るからです。私の
先ほどの物音、何だかとても嫌な予感がします。
急いで卵を安置していた寝所へと入った私の目に飛び込んだのは、ブルーコ・ヴェレの体液の上で泡を吐いて倒れるディオ・リジェロ様で。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
そんな! 私が目を離してしまったせいで?!
急いで口内に残った吐瀉物を吸い出すと、辛うじて呼吸を感じられました。
これで一安心です。さぁ、汚れた御身体を綺麗に致しましょう。
湯を沸かして湯舟に貯めるのに時間がかかってしまいました。
ディオ・リジェロ様の御身体はお湯をかけて拭う度にその白さが顕わになります。キラキラと光を反射し白銀に輝く鱗はとても美しいのです。
それにしても……
「キュ~ィ……」
頭を撫でる度に気持ちよさそうな可愛らしいお声を出されるのも堪りません。
自分の身体も綺麗にし、抱きかかえたままぷにぷに触っておりましたら、ディオ・リジェロ様がパチリと目を覚まされました。何て澄んだブルーアイなんでしょう! まるで晴れた日の空のようです。
その大きなくりっとした愛らしい眼がくるっと下を向いたかと思うと、鼻血を出して気を失われてしまいました。
大変! あまりにも夢中になりすぎてのぼせてしまったかしら?
その後濡れた御身体をお拭きしていたら、また鼻血を出してしまわれました。
慌てて布で抑えると、グキュルルル、と何とも可愛らしいお腹の音が。元気で何よりですわ! スカラファッジオを今お持ちしますね!
スカラファッジオは、動きが素早くて生理的嫌悪感が酷いのですが、モンスターと違って害がなく繁殖しやすい、何より先代のディオ・リジェロ様が好んでたくさん召し上がっていた生き物です。
先代は生きたまま召し上がるのがお好きでいらっしゃいましたわ。きっと今代のディオ・リジェロ様も喜ばれます。
そう思っていたのですが。
「きいぃぃぃぃあああああ!!」
突然悲鳴のような声を上げると、ディオ・リジェロ様はスカラファッジオを叩き落とし、潰してしまわれました。
そのまま御足を拭うと、飛んで逃げてしまわれたのです。
「お、お待ちください!」
初めて見たスカラファッジオに驚いてしまわれたのでしょうか? いえ、それよりも、お生まれになられたばかりだというのにもうあんなに飛べるなんて!
飛ぶ訓練などされておられないので当然ですが、少し飛んでは墜落し、少し飛んでは墜落しを繰り返しながら、それでも少しずつ高さと飛距離を伸ばされて行きます。御姿を見失うほどではありませんが、追いつけない速さです。
甘い匂いに惹かれたのか、ディオ・リジェロ様は畑へと降り立ちました。
「ディオ・リジェロ様! 危ない!」
さっき刈らなかったことでモンスター化してしまったザンナ・メロンがディオ・リジェロ様の足に巻き付き、宙吊りにして今にも噛みつこうとしているではありませんか!
私は咄嗟に畑に投げ捨ててあった鉈を拾うと必死で振り回しました。
今思うとディオ・リジェロ様に当たらなくて良かったです。
モンスター化したザンナ・メロンを倒したことで私のレベルが一つ上がりました。植物の時はいくら刈ってもレベルは上がらないのに、不思議です。
ステータスの確認をしている場合じゃありませんね。いつまたモンスター化するかもわかりませんので、急いでディオ・リジェロ様を畑から避難させないと。
蔓を外したディオ・リジェロ様は、真っ先にザンナ・メロンにかぶり付きました。顔をうずめて食べる姿が大変可愛らしい……ではないですね。
移動させようとするとジタバタ暴れ、茎に残った半身をもぎ取り、その牙を丁寧に毟ると私に差し出すような仕草をされました。何て畏れ多い、と躊躇していると、また潜るようにして食べてしまわれました。残念です。
でも、これで今代のディオ・リジェロ様の好物がザンナ・メロンだとわかりました。明日から特別美味しいのをご用意致しますね。今はまず、ザンナ・メロンの果汁でべたべたになった御身体を洗いましょう。
先ほどよりはぬるくなっておりますから、今度はのぼせずに済みますね。
と思ったら、何やら湯舟に興奮されているようです。湯浴みもお好きなのでしょうか?
「キュッ! キュ~イ? キュッ!」
湯浴みが終わると、何やらパタパタと前足を動かしておられます。まるで踊っているかのようです。
いいえ、これは、何かを仰りたいようですね。マザーと違い私ではディオ・リジェロ様のお言葉が分かりません。
ですが、せめて……
「ディオ・リジェロ様、私ルシアと申します。精一杯お世話をさせていただきますね」
見習いとはいえ、ディオ・リジェロ様のお世話係に任命された聖女ですから。ご挨拶くらいはしないと。
伝わったのかは定かでありませんが、キラキラとした瞳で私を見つめてくる小さな愛らしいディオ・リジェロ様。
先代のディオ・リジェロ様とマザーのように、意思疎通ができるようになるには、まだまだ信頼も称号も足りませんが一生懸命頑張りたいと思います。
「キュッキュ~!」
今度はその小さな胸元をポンポンとしてきます。
「え? もしかして、名前、ですか?」
私の言葉に、今はっきりと頷きました! 何と、私の言葉はわかるようなのです。
「では……僭越ながら、≪リージェ≫」
ディオ・リジェロ様から取ってみました。改めて、宜しくお願いしますね、リージェ様!
眠ってしまわれたリージェ様を寝所にお連れしました。
先代のディオ・リジェロ様と旅立って、血塗れになって戻ってきたマザーがまだ卵のリージェ様を私に託して息を引き取って半年、やっと一つ目の試練が終わりました。
ご無事でお生まれになって、本当に安心致しました。
親愛なるマザー、見ておられますか? 私、きっと立派な聖女となって、リージェ様を立派な