文化祭とクリアリーブル事件㉘
「未来・・・。 いいのか?」
真宮の姿が見えなくなったのを確認し、静かにそう口にする伊達。 他の4人は真宮とは初対面だったため、何が起きたのか未だに分からず口を閉じたままでいる。
だけど未来は立ち止まることなく、気持ちを紛らわすために足を前へと運び続けていた。 人通りが少ないところを歩いて、歩いて、歩いて。 別に結黄賊を抜けてもよかった。
本当は嫌だが、これ以上真宮たちに迷惑がかかるなら抜けても構わないと思った。 結黄賊としてではなく、自分のために動けばいいと思っていた。 だが――――
―――どうして、あんなことを言っちまったんだろう。
あの時は迷いなんてものはなかったはずなのに、今となっては後悔する。 “結黄賊を抜ける” つまりもう、みんなとは普通に接することができない。
抜けたのを機に未来と彼らの間には溝ができ、軽々しくも馴れ馴れしくも話しかけることができなくなるだろう。
普通に声をかけても、気まずい空気が流れることは既に分かっていた。
―――・・・でも悠斗なら『未来が抜けるなら俺も抜ける』って、言ってくれんのかな。
「未来!」
伊達に名を呼ばれ、反射的に足を止める。 それでもなお未来は彼らの方へ振り向かないでいるが、そんなことには構わず伊達は言葉を紡いだ。
「俺は・・・未来には、結黄賊を抜けてほしくない」
―――・・・伊達にも心配されちゃ、俺ももう終わりだな。
伊達らにはこれ以上心配かけたくなかった。 というより、結黄賊の事情にあまり関わってほしくなかった。 彼らをこっち側へ、連れていきたくないのだ。
そこで携帯を取り出し、時間を確認した。 時刻は17時半を過ぎ、夕日も落ちかけもうすぐ暗くなろうとしている。
―――今日はもう、終わりか。
今日も結局手がかりはなしだった。 というより、あの男に見つかったせいでかなりの時間を無駄にしてしまった。
だがこれ以上伊達らを外にいさせるわけにはいかない。 辺りが真っ暗になる前に、彼らには家へ帰ってもらわないといけなかった。
そう思い、やっとのことで未来は身体ごと彼らの方へ向ける。 そして今でも未来のことを心配そうな表情で見つめている伊達らに対し、優しい表情をしながら口を開いた。
「ありがとな。 大丈夫だ、まだ結黄賊を抜けるって決まったわけじゃねぇ。 まぁ、その・・・あれは俺の意志を見せ付けるためなんだ。 真宮にさ」
「でも・・・」
「悪いけど、今日はもう時間だ。 もっと探ってほしかったけど、もうすぐで日が落ちて辺りは真っ暗になる。 クリーブル事件が起きる時間帯だ。
お前らには被害者になってほしくないから、もう家へ帰れ。 今日は俺に協力してくれてマジありがとな。 また何かあったら、その時はよろしく頼むよ」
そう言った後に、未来の表情は優しいものから寂しいものへと切り替わる。 そして続けて、彼らに向かってこう言った。
「でも・・・もう俺は、お前らに結黄賊っていうことがバレたんだ」
「・・・それ、どういう意味?」
彼らのうちの一人がそう聞き返し、それに対しての答えを返していく。
「だから・・・俺を裏切って、攻めてきてもいいんだぜ」
今日のこの時間彼らには協力してもらっていたが、みんながみんな未来のことを完全に信じているわけではないだろう。
みんながそう言うから、自分も仕方なく協力したという奴もいるはずだ。 だからわざと、彼らに向かってそう口にした。
「は!?」
「攻めるって・・・」
唐突な発言に言葉を詰まらせている少年らに、もう一言を付け加える。
「まぁ・・・もし本当に攻めてくるなら、その時はちゃんと相手をするよ」
この一言により彼らの顔色は一瞬で悪くなり、おどおどとした口調で必死に言い返してきた。
「お、おい待てよ!」
「どうして、どうしてそんなことを言うんだよ! 俺らが未来に勝てるわけねぇじゃん!」
「そうだよ! それに俺・・・未来のこと、信じているし」
―――信じている?
「どうして今日出会った男、こんな俺を信じられるんだよ。 伊達の知り合いだからか?」
別に未来は彼らを疑っているわけではない。 寧ろ、彼らを信じている方だった。 伊達の仲間というなら、きっといい奴らに決まっている。 だが逆に、未来はどうだろうか。
突然目の前に現れて、結黄賊だと名乗って、協力してほしいとも頼み込んだ。 彼らにとっては驚くようなことばかりだろうし、未来のいい印象すらも与えていない。
だから信じられなくても当たり前なはずだった。 そう思い尋ねたのだが、彼らのうち一人がこの場の代表として、思ってもみなかったことを口にした。
「それは・・・俺たちを、助けてくれたから」
「・・・は?」
その言葉に、周りにいる他の少年らも首を縦に振る。 だがその答えが返ってくるとは思わず、一瞬唖然としてしまった。
―――それだけの理由で、こんな俺を信じちまうのかよ。
そう思い苦笑いをしながら、呆れ口調で彼らに向かってこう返す。
「やっぱりお前ら・・・放ってはおけねぇな」
「え?」
「いや・・・。 まぁ、ありがとな。 それだけのことで信じてくれるなんて、嬉しいよ。 俺のことを信じてくれんなら、俺はお前らに手出しはしない」
助けてあげるだけで人を信じてしまうのなんて、喧嘩を知らない素人ではよくあることだった。 ナンパされている女子を助けただけでも、女子はソイツに惚れたりする。
それと同じだ。 男も同様に、人に助けられるだけで“コイツは俺の味方なんだ”と思ってしまう。 だがそれは、喧嘩を知らない人だからこそ思える感情だった。
そして未来の言葉を聞いて安心したのか、先程まで彼らの表情は恐怖で包まれていたが、次第に柔らかなものへと戻っていく。
「ほら、もう日が落ちるまであまり時間がねぇんだ。 だからさっさと帰れ。 今日は本当にありがとな」
「あぁ、こちらこそ」
「また何かあったら、直樹を通して連絡くれよ」
「また協力するからさ」
「次未来がピンチになったら、今度は俺たちが助けてやるから」
「はは、さんきゅ」
一瞬心の中で“俺なんかを助けられるのか”と思ったが、口には出さず素直に受け止める。 彼らがこの場を去っていくのと同時に、一番後ろにいる伊達に声をかけた。
「伊達! 今日はありがとな。 明日は、ユイのところでも行ってやれ」
「あぁ、分かった。 未来も気を付けて帰れよ」
未来は彼らの姿が見えなくなるまで見送った。 そしてみんなが無事に帰ったのを確認し、彼らとは反対方向の道へ足を進める。 今日はこのまま家へ帰ろうか。
今更結人の見舞いへ行ってもそこで仲間に会うのは嫌だし、かといってクリアリーブル事件を探るにも一人だと危険過ぎる。
また明後日以降、伊達に頼んで彼らに協力してもらおうか。
―――・・・うん、その方が安全だな。
そう思った矢先――――再びクリアリーブル事件は、動き出していた。 未来は自分の家へ帰ろうと足を進めていた時、また彼らに遭遇したのだ。
それも前と同じ、被害者がよく出る前に。
「おい止めろ!」
人通りが少ないところを歩いていたため、運がいいのか悪いのか人の後ろにピッタリとくっついている怪しい者を発見した。
今まで見てきたのと同じ、鉄の棒のような物を持っている。 ということは、これからクリアリーブル事件を起こそうとしている者に違いない。
「う、うわああぁ!」
未来の止める声に一般人はすぐさま反応し、自分の後ろを振り返った。 その先には見知らぬ者が立っていたため、間抜けな声を出しながら走って逃げていく。
そして取り残された男は未来の存在に気付き、この場から離れようとした。 だがこのチャンスを逃してはならないと、懸命に奴を追いかける。
「おい待て! 話がある!」
そう言うが待ってはくれず、ただ無我夢中に前へと走り続けた。 相手も顔がバレたくないのか、街へは行かず先程からずっと薄暗い道を選び走り回っている。
―――今日は諦めて帰ろうとしていたところを、わざわざ俺の目の前に自ら現れてくれたんだ。
―――これは神が与えてくれた、最後のチャンスかもしんねぇ!
最後だとは決め付けたくないが、最後だと思った方が頑張れる。 “アイツを逃がしたらもう終わりだ”と思いながら、男を追い続けた。
そして――――追い続けること5分。 相手はもう体力が尽きたのか、自ら足を止め後ろへ振り返った。 そして両手で鉄の棒を握り締め、未来のことを睨み付ける。
丁度街灯があるところで止まってくれたが、顔はやはり隠れていたため、あまりよくは見えなかった。 そんな男に向かって、呼吸を整えながら口を開いていく。
「教えてくれ。 俺の質問に答えてくれさえしたら、お前には手を出さない。 ・・・どうして、立川を荒らそうとするんだ!」
そう言いながら、両手に持っている鉄パイプを手から放し地面に落とした。 今相手に攻撃をする気はないということを証明したかったため、自ら手放したのだ。
だが男は口ではなく、身体を動かしてくる。 鉄の棒を握り締めながら、未来に向かって振り下ろしてきた。
「ッ! おい! お前、話を聞いてんのか!」
攻撃を避けながらそう言うが、何度も振り回してきて危なっかしい。
―――何だよ、言葉は通用しねぇのか!
―――だったら無力化させてから問うしかねぇ。
―――ユイのためだ、悠斗のためだ。
―――そして結黄賊みんなのためなら、何をしても心は痛まねぇよ!
そう覚悟を決め、相手に向かって思い切り強い蹴りを入れた。
「ぐはぁッ」
聞き苦しい呻き声を出しながら、その場に倒れ込む男。 未来は瞬時に身体の上にまたがり、起き上がれないようにした。 そして相手の胸倉を掴みながら、力強く言い放つ。
「答えろ! お前らの目的は一体何なんだ! どうしてこんなことをする!」
「・・・」
―――え・・・嘘だろ?
「おい・・・。 おい、起きろよ!」
―――また気絶ってマジかよ!
頬を叩きながら起こそうとするが、既に気絶してしまっているため目覚める気配がない。 未来は男を揺さぶりながら、ずっと考えていた。
―――・・・俺は、結黄賊としての喧嘩はできなくなっちまったのか?
結黄賊の喧嘩。 それは、相手を無傷で無力化するということ。 当然相手に意識がある状態で終わらせる。
だが前回も今回も、未来は相手を気絶させてしまい何も聞き出すことができなかった。 いや、気絶させるつもりで蹴ったわけではない。
―――相手に与える力の加減が、俺には分からなくなっているんだ。
―――どう・・・して・・・。
相手を気絶させてしまうなんて、結黄賊としては許されないことだった。
止むを得ない場合なら許されるが、今回はそんなにピンチにもなっていないためそこまでしなくてもよかった。
未来は起こすのを止め、自分の手の平を憐れむような目で見つめる。 何も握られていなく、かつ少しだけ汚れている、自分の手を。
―――本当に俺は・・・結黄賊の喧嘩が、できなくなっちまったのか?
このまま放っておくと自然と相手を傷付け、病院送りにしてしまうかもしれない。 そんな自分が――――とても怖かった。
その時だった。 アイツと、出会ったのは。
「坊や、強いのね」
「・・・はぁ?」
その声の方へ振り向くと、そこには見知らぬ者が一人立っていた。
―――・・・誰だ?
―――コイツ。