文化祭とクリアリーブル事件㉗
未来の発言を合図に、彼らは自分の携帯を取り出しぞれぞれの知り合いに連絡し始める。
伊達はこの4人としか絡んでいないと言っていたため、未来と伊達は彼らの様子を大人しく見守ることにした。
だけどこの場所には6人の男子高校生が集まっており、通行人から見たら少し目立つようで、誰も人が通らない路地裏へとみんなは移動する。
そして場所を変え、再び彼らが携帯を手に取り仲間に連絡し始めたのを確認し、未来はポケットから自分の携帯を取り出した。 時刻は16時。
日が落ちるのは17時半くらいだろうか。 ならまだ十分に時間はある。 それまでにクリアリーブル事件に関して知っている者を見つけられたら、それでいい。
そこで再び視線を彼らへ戻し、変化がないことを確かめると別のことを考え始める。 それはもちろん、結人のことだ。
―――ユイは、いつになったら目覚めるんだろう。
その不安だけが、未来の頭の中をぐるぐると回り心をキツく締め上げていた。 今すぐにでも彼のもとへ行きたいという気持ちはあるのだが、じっとなんてしていられない。
何月何日何時頃に目を覚ますということが分かっていればいいのだが、目覚める日にちすら分からないとなると不安で仕方がなかった。
―――このまま、目が覚めないっていうことはないよな。
そんな嫌な考えが頭を巡り、より懸念を抱く。 彼とこのまま別れてしまうのだけは嫌だった。 未来と結人とは、小学校1年生の頃からの付き合いなのだ。
彼は静岡から横浜へ、秋頃引っ越してきた。
―――ユイは小さい頃から容姿がよかったから、結構目立つ方だったんだぜ。
―――俺とは一年の頃違うクラスだったけど、夜月はユイと一緒のクラスだったんだっけ。
―――でも・・・仲悪かったよな、アイツら。
―――名前は忘れちまったけど・・・ある一人の男子と夜月は、仲がよくてさ。
―――あぁ、そうだ、俺たちはいつもあの5人で行動していたんだっけ。
未来と悠斗、夜月と結人、そして――――あと一人の、少年。
―――あの時は楽しかったよな。
―――でもいつの間にか、その男子は転校しちまってよ。
―――それにユイは小さい頃から、ダチ思いだったよな。
―――・・・そう考えると、自分を犠牲にするコウと大して変わんねぇや。
未来は昔のことを思い出していた。 それも、これは9年も昔のことだ。 記憶は曖昧だが、楽しかったという気持ちだけは何故か今でも憶えている。
―――だから、このまま別れたくなんかない。
―――別れの挨拶もしないまま、離れてしまうのだけは嫌だ。
―――それにまだ、ユイをやった犯人を許してなんかいない。
―――いや、もっと言えば、ユイの敵を取りたい。
―――この際、相手を殺してしまってもいい。
―――ユイの敵を取れるなら、俺の命、俺の人生を捨てることを何一つ惜しまない。
―――・・・ただ、このまま終わらせたくないだけだ。
「み、未来・・・」
「?」
俯きながら結人のことについて考えていると、目の前にいる彼らのうち一人が突然未来の名を呼ぶ。
だが名を呼んだ彼の目は未来のことを見ておらず、それより先の遠くのものを見ているような気がした。
それに彼の表情を見ると、驚きや恐怖を通り越し強張った表情だけが残っている。
―――・・・ッ!
―――まさか!
―ビュン。
その様子を見て、瞬時に足を後ろへ向かって弧を描きながら振り回した。 その遠心力を利用し、身体を180度回転させる。
―――・・・くそッ、かすったか。
未来の目の前には――――全身を黒色の服で纏っており、顔をネックウォーマーで半分以上隠している人が立っていた。 おそらく背が高いことから、男なのだろう。
そして奴の手には、鉄パイプが握られていた。 ガタイがよくとても大きいため、それだけでも結構な威圧感が感じられる。 その男を前に、喧嘩ができる態勢をとった。
―――伊達たちを怪我させるわけにはいかねぇ。
だがこの時、ふと思う。
―――あ、もしかしてコイツはクリーブルか?
―――どうしてまだ日が落ちていないのに、こんなことをするんだ!
―――あぁ・・・意味が分かんねぇ。
こんなところで手こずっていても無意味だと思い、自ら相手に向かって拳を突き出す。
それが頬に見事に命中するが、ガタイがいいせいか相手は簡単に崩れ落ちることはなく、未来に向かって渾身の一撃をやり返してきた。
だがその攻撃を軽々と避けもう一度拳を突き出し、仕舞には相手の頬に向かって足を振り回す。
「つ、つえぇ・・・」
「お前ら付いてこい!」
男は今の蹴りの勢いでその場に無様な姿で倒れ込み、その隙に彼らに向かってそう叫んだ。
彼らの中の一人がこの光景を見て『強い』などと言っているが、こんなものは基本中の基本だ。 やはり彼らは、喧嘩とは無縁の人間なのだろうか。
流石に5人を一度に守るのには無理があるため、とりあえず未来たちはこの場から離れることにした。 走っている最中も後ろを見て、相手のことを確認する。
―――・・・くそッ、付いてきやがる。
彼は本当に身体が強いのか蹴りはあまり効いておらず、すぐに立ち上がり未来たちのことを追ってきていた。
そして再び走ることに集中するため前を向き、頭を必死に回転させる。
このままどうする?
できれば喧嘩をせずに終わらせたいところだが、どうやら相手はそうさせてはくれないようだ。
ならどうする?
―――・・・じゃあ一対一で向き合って、直接決着をつけるしかねぇか。
本当はリーダーからの命令が出ていないため喧嘩をするなんてことはしたくないのだが、伊達らを守るには手を出してでも相手を止めるしか方法はない。
相手は一人だ、一人なら1分もあれば無力化することができる。 そう決断し『走って向こうへ逃げろ!』と彼らに言おうとした、その瞬間――――
「彰!」
その言葉が耳に届くのと同時に、未来の走る足は強制的に止まった。
―――・・・嘘、だろ?
頭には嫌な光景が浮かびながらも、意を決して後ろへ振り返る。 するとその先には、伊達の仲間の一人である彰という少年が、未来たちを追っていた男に捕まっていた。
―――・・・くそッ!
未来は今先頭に立っているが、残りの彼らを庇うよう男の目の前に立つ。 一方男は鉄パイプを空に向けておもむろにかざし、こちらを見ていた。
―――このまま俺がアイツに手を出すと、彰に危害を加えるっていうわけか。
近くに武器となる棒が落ちていないかと視線だけを動かし探すが、それらしき物はどこにも見当たらない。
ここは迷わずに男が持っている鉄パイプを振り払うべきだが、未来が何も持っていない限りスピード的には確実に負けるだろう。
「いいよ、俺なんかには構うな! みんな逃げろ!」
「そんな・・・ッ! 彰を置いて逃げるわけがねぇだろ!」
―――焦るな、考えろ。
―――考えろ、俺・・・!
鼓動が徐々に早くなる。 それと同時に、拳を強く握り締めた。
―――ここまできたら時間の問題だ。
―――一か八か、アイツに向かっていくしかねぇ!
そう思い足を一歩前へ踏み入れ、拳を男に突き出そうとしたその瞬間――――
―ゴンッ。
その低くて鈍い音だけが、この場に大きく響き渡る。 それが聞こえてから数秒後、目の前にいる男は力なくこの場に倒れ込んだ。
―――何が・・・起きたんだ・・・?
彼の手から解放された彰は、走って未来たちの方へ駆け寄ってくる。 そして彰が動いた後、その後ろには――――アイツが立っていたのだ。
「・・・真宮」
そこには真宮が両手で鉄パイプを握り締め、その場に静かにたたずんでいた。 真宮が男の頭に向かって鉄パイプを振り下ろしたため、男は倒れ彰は助かったのだ。
彼の表情は今とても強張っており、そこからは悲しさや苦しさが伝わってくる程だった。 だがその感情になっている理由は、未来は理解している。
それを確認するため、わざと真宮に向かってこう口にした。
「おい真宮! お前は鉄パイプを使えないはずだ。 なのに何をやってんだ! コイツが死んじまったらどうする!」
その言葉にふと我に返ったのか、彼の表情は強張ったものから怒気が感じられるものへと切り替わる。
そして未来の発言には関係のない言葉を口にしてきた。
「未来! お前こそこんなところで何をしてんだよ! 悠斗に聞いたら『未来たちは既に正門から出ていて、止められなかった』と言っていた。
どうしてこうも命令が聞けないんだ!」
―――やっぱり、悠斗は真宮に止めるよう言われていたのか。
そんな悠斗に改めて感謝しつつ、未来も更に言い返す。
「真宮こそしつこいんだよ! どうしてそんなに俺を止めようとする!」
「椎野、ユイ、悠斗。 その次は伊達らを被害者にする気かよ! どれだけお前は被害者を出したら気が済むんだ! このままだと、ソイツもやられていたんだぞ!」
彰を救ってくれたことには感謝していた。 あのまま真宮が来なかったら、彰は男にやられ怪我を負っていたのかもしれない。
―――・・・だけどな、真宮。
―――俺はもう、覚悟ができてんだ。
そして未来は真宮に向かって、彼を睨みながら力強く言い放った。
「俺は、結黄賊を辞めても構わない」
「は・・・? どう、して・・・」
その一言で真宮の勢いはなくなり、困惑した表情を見せながら小さな声でそう口にする。 だがそんな彼を見て、慌てて目をそらした。
ここで真宮のことを見てしまうと、心にまた迷いが出てきそうだったから。
そしてこのまま視線を戻さず、真宮のもとへ近寄りその場に落ちている鉄パイプを二つ拾った。 一つは男が持っていた物。
もう一つは、真宮が男を殴る時に使用した物。 真宮は未来に向かって最初の一言を発する時には、既に鉄パイプを手放していたのだ。
これらは今後使えるかもしれないと思い、持って帰ることにした。 そして未来は、真宮に背を向けてこう言い放つ。
気持ちがこもっていないように聞こえるかもしれないが、ちゃんと意志のある言葉だった。
「・・・ユイの復讐ができんなら、俺はそれでもいいと思ってる」
それだけを言い、真宮を置いてこの場から立ち去った。 伊達と他の仲間の4人はそんな未来に合わせ、後ろから静かに付いてきてくれる。
そして未来たちが離れていく時、真宮は同じ言葉を何度も何度も繰り返し、一人嘆いていた。
「どうして・・・。 どうして、そんなことを言うんだよ・・・」
と――――