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文化祭とクリアリーブル事件㉙




辺りは既に真っ暗で、未来のいるところだけが街灯で明るく照らされている。 風は冷たく、それはまるで未来の今の心を表してくれているかのようだった。
自分の力を思うように制御できなくなってしまい、かつ現在隣には仲間なんてものは一人もいなく、自分だけでこの状況をどうすることもできなくなってしまった今。
そんな時、アイツが突然目の前に現れたのだ。 未来にとっての唯一の希望――――たった一人の、救世主が。

「坊や、強いのね」
その声のする方へ振り向くと、見知らぬ者が一人立っていた。 だが辺りが暗いせいで容姿が全く見えない。 そこで警戒しながら、ゆっくりと口を開き尋ねてみる。
「・・・誰だ、アンタ」
すると、相手は徐々に距離を縮めてきた。 その行動に危険を感じ、今またいでいる男から離れその場に立ち上がる。
そして明るい街灯の下まで来て姿を現したソイツの第一印象を、未来は思わず口にしてしまった。
「え・・・。 オカマ?」
目の前に現れたのは、派手なピンク色のスーツを身に纏った細身の男の人だった。 他に紫色の髪をしていて、どこかのアニメに出てくるような悪人の雰囲気を醸し出している。
口調や声のトーン的に女性かと思っていたが、実際相手の容姿を見ると想像していた人物とははるかにかけ離れていたため、流石に一瞬戸惑ってしまった。
「違うわよ! 私はどこからどう見ても、綺麗で美人なお姉さんでしょう?」
「はぁ・・・? どこがだよ」
本当の女性ならそんな言葉は言わないと思うが、いや、それ以前に相手はどこからどう見ても男だった。 あの分厚い化粧を落としたら、普通に男の顔が現れると見て分かる。
生憎未来はお世辞というものを持ち合わせてはいないため、相手に向かって思ったことが素直に口に出てしまった。
「まぁ、可愛い容姿をしてそんな酷いことを言うのね!」
「・・・」
「そんな小さい身体して、喧嘩が思ったよりも強くてびっくりしちゃっていたというのに」
「・・・」
意味不明な発言を繰り返す相手に嫌気が差し、黙ってその場に落ちている鉄パイプを一つだけ拾い、両手で強く握り締め目の前にいる者に向かってゆっくりと突き出した。
「ちょ、待って待って! 坊やに話があるから来たのよ!」
「・・・話?」
戦闘態勢に入ると、相手はすかさず止めに入る。 そして未来の行動に戸惑いながらも、続けて言葉を口にした。
「えぇ。 ねぇ坊や、ちょっと私に協力してくれない?」
「協力? ・・・どういう意味だ」
“協力”という単語により警戒心が増し、先程よりも強く鉄パイプを握り締める。 だがそんな未来には構わず、淡々とした口調で言葉を吐き出した。
「私に協力してくれたら、坊やが知りたがっている情報を教えてあげるわ」
「俺が知りたがっている情報?」
そう聞き返すと、相手はニヤリと笑う。

「そうよ。 ・・・坊やは、仲間をやった犯人を捜しているんでしょう?」

「ッ! どうしてそれを!」

思ってもみなかった発言に動揺し鉄パイプを一瞬手から放してしまいそうになったが、そこは何とか持ち堪えた。
「その犯人に、心当たりがあるの。 もし私に協力してくれたら、教えてあげてもいいわよ?」
あまりにも唐突な発言ばかりで、未来は言葉を失ってしまう。
―――どうして俺が犯人を捜しているって知っているんだ?
―――どうしてコイツはその犯人に心当たりがあるんだ?
―――もしかして、コイツもクリーブルの仲間なのか?
―――でも仮にそうだとしたら、どうしてその情報を俺に教えようとするんだ?
それらの疑問ばかりが頭に浮かんでいた。 何一つ答えが出ず頭は混乱を起こしているが、何故か口だけは混乱なんてものは起こしていないようで、簡単に言葉を出してしまう。

「・・・協力って、何をしたらいいんだよ」

分かっている。 これは絶対に裏があると分かっている。 だから信じては駄目だということも分かっている。 だが何故か、知らぬ間にそう言葉を発していたのだ。 
その理由は、今の自分は相当焦っていたからなのかもしれない。
早くこの苦しい心境から抜け出したくて、何でもいいから使える手を使っていこうと考えていたのかもしれない。
だから結局、今の自分を止めることができなかった。 だけど後悔なんてしていない。 もしこれで本当に騙されたとしても、行動する価値はある。

―――・・・ここで動かずにいるよりかは、絶対にマシだ。

「私にはライバルがいてね。 過去に色々あって、ムカついちゃったのよー! だから坊やに、そのライバルをコテンパンにやっつけてほしいのっ」
いかにも語尾に☆マークが付きそうな明るめの口調でそう言う相手に対し、未来はその言葉を聞いて一瞬キョトンとする。
「それは・・・お前の私情だろ」
「“お前”なんて言葉は止めて! 私のことは“お姉さん”って呼んで? ・・・そう、これは私情よ。 それを分かった上で、坊やに頼んでいるの」
「・・・」
自分勝手に言う相手に、ついに言葉が詰まってしまった。 だがまだ鉄パイプは手から放さず、ずっと握ったままでいる。
そして黙り込んでいる未来を見かねたのか、目の前にいる“お姉さん”は付け足してきた。
「でもね? 坊やが、ソイツを一発殴ってくれるだけでいいのよ!」
「え・・・? それだけでいいのか?」

―――それだけで済むのなら、これはいい話かもしれない。

「えぇ、それだけでいいわ。 一発殴ってソイツを気絶とか意識不明とかにさせてくれれば、それで十分」
人を殴って気絶させることはとても簡単だった。 それだけなら、未来にはできる。
「だって坊や、強いものね。 喧嘩。 さっき見ていたわよ? あんな一発で人を気絶させちゃうなんて」
「・・・俺は別に、気絶させたくて気絶させたんじゃない」
「でも現に今、彼は気絶しちゃっているじゃない。 本当、結構小さい身体して、喧嘩が強いなんてびっくりだわ」
「なッ。 身体が小さいのは余計だろ!」
先程は混乱を起こしていたためスルーしてしまったが、自分のコンプレックスを堂々と発言してくるお姉さんにすぐさま反応し、遅ればせながらやっと突っ込みを入れる。
「ふふ。 元気がいいのね。 ・・・で、どう? いい話じゃない?」
先刻未来の思ったことをそのまま口にするお姉さん。 だがすぐには返事ができず黙っていると、相手は続けて言葉を紡ぐ。
「返事は明日でいいわ。 明日、この時間にこの場所で待っているから。 だからもし私の話に乗ってくれるなら、またこの場所に来て?」
そしてお姉さんはもう一度、全てをまとめるようにしてこう言った。
「もし坊やが私のライバルである人をコテンパンにすると約束してくれたら、坊やの欲しがっている情報を与えてあげるからね」
それだけを言い放つと、未来の返事は何も聞かずにこの場から姿を消してしまった。 

この話は、乗ると最後には騙されるというオチが既に目に見えている。 あのお姉さんも分かっているはずだ。 
こんな取引を簡単に受け入れるなんて、思ってもいないだろう。 だがお姉さんが企んでいることなんて、今はどうでもよかった。 未来には一つ、考えがある。 
それは明日またこの場所へ来て、直接尋ねてみればいい。 本当に本物の犯人の情報を教えてくれたら、お姉さんの言う“ライバル”という奴を殴りに行く。 
つまり、未来の件が終わってから協力するということだ。 もし偽の犯人の情報を教えられたとしたら、この取引を引き受けなければいい。 そう、簡単なことだった。 
―――もし俺があのねーさんに騙されてみろ。
―――ねーさんが言うライバルがどんなに強かったとしても、俺には敵いっこないさ。 

そう、結黄賊は負けたことなんて――――一度もないのだから。

―――・・・つーか、こんな簡単に引き受けるなんて俺は馬鹿なのかな。
これは自分ではいけないことだと分かっていながらも、未来の今の口元は少しだけ自然と緩んでいた。 他の結黄賊のみんなにはこれで迷惑をかけなくて済む。
もっと言えば、これで一歩クリアリーブルに近付ける。 つまりクリアリーブル事件を、解決させることができるかもしれないのだ。
別に結黄賊みんなに、頑張りを認めてほしいだなんて思っていない。 ただこれで、結人と悠斗の復讐ができるのならそれでいい。
―――あのねーさんが言ったこと、乗ってみようじゃんか。
―――俺を騙したかったら騙してみやがれ。 
―――俺に敵う者なんて一人もいない。 
―――利用されたっていいさ。 
―――・・・俺に、本当の情報を教えてくれるならよ。

あの時は返事することを躊躇っていたが、あの時から未来の心は既に答えが決まっていた。


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