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独立した世界

 ナン大公国は人間界の南に位置する国で、軍事力に力を注いでいる国だ。その為に実力主義的な部分が強く、他の四ヵ国に比べれば貴族や領主の権力が弱い。しかし無い訳ではないし、実力のある権力者であれば存在感は確かにある。
 そんなナン大公国に在る南門の門前に展開している部隊。現在ボクは、その部隊が駐留している駐屯地に滞在していた。

「・・・・・・はぁ」

 まだ暗さの残る周囲を見回し、ひとつ息を吐く。五年生になって十日ほど経過したが、どことなくぎすぎすしたようなここの空気は未だに慣れない。
 他国から来た学生に訊いた話ではあるが、それでもまだこの駐屯地はマシな方らしく、街など油断すると直ぐに絡まれるという話であった。
 まあそれが事実かどうかは不明ではあるが、ここの様子を見るに、事実かもしれない。
 そんな思いを抱きつつ、今日の予定である見回りに参加する為に、南門の前へと移動していく。
 ここに来てから色々と話を聞いてみたのだが、今のところ落とし子に関する話は聞かない。落とし子がまだ表には出てきていないからだろう。プラタとシトリーからもそう聞いている。
 あれから喚ばれた落とし子について判った事は、やってきたのが男二人と女一人の三人である事。ナン大公国に協力している事。まだこの世界に不慣れである事ぐらいか。実力の方は一般的な学生よりも少し上ぐらいで、あまり強そうな感じはなかったらしい。
 生体の方はこの世界の人間と大差ないと言うが、もし本当に落とし子であるならば、まだ判っていないだけで何かしら違いがあるのだろう。

「・・・いつ見ても門は大きいな」

 南門前に到着すると、少し離れた場所に在る南門へと目を向ける。
 そこには見上げる程に大きな、鈍色の重厚な門が鎮座している。平原に出る際はここを通るのだが、少数の場合は門の横に設けられている小さな門から出入りしていく。
 しかし、今回は討伐ではなく見回りなので、南門を通って南の平原に出る事はない。先日早々にこちら側の平原には三日ほど出たが、やはり暇だった。
 南の平原に出てくるのも魔物が多いが、それ以外もそれなりの数が居る。討伐規定数は東門の時とあまり変わらないが、敵性生物の数が東門よりは少ないので、少し大変そうだ。それでも、不可能という数字ではないので、任務期間一杯使って討伐すればなんとかなるだろう。
 南門からは、再び見回りが二部隊十人編成で行うようだが、その分見回りに出る部隊の間隔が少し長めに設定されているようだ。
 現在は南門前に一部隊五人が揃っている。もう一部隊はもうすぐ合流する頃だろう。
 それから程なくしてもう一部隊が合流すると、太陽が天上を目指して昇っているのを眺めながら、防壁上に移動して見回りを開始する。

「・・・・・・」

 しかし、東門で張り替えたばかりの大結界は人間界全体を覆っているので、南門でも東門と同じで安全だ。なので、見回りの内容も同じで平原を眺めながらの散歩をするだけだ。
 そんな状況なので、三日弱ぐらいで南門の見回りは終わるというのが現状という訳で、景色を眺めるのが飽きたらどうしよう。
 南側の平原は、他の平原以上に背の低い草だらけで、地面が露出している部分が四方向の平原で一番少ない。
 そんな風景を眺めながら先へ進む。平原に出ている生徒や兵士の質は、東側平原とほぼ同等ということはなく、やや劣る。
 平原に出ている敵性生物の強さも同じようにやや劣っているので、丁度いいのだろう。
 魔物の勢いはそこまで強くはないので、穏やかな光景を眺めつつ、途中で詰め所に寄りながら防壁上を西へ東へ往復していく。
 それが済むと宿舎に戻る。
 ここの宿舎は色々と種類が在り、最初に簡単な試験を受けた結果によって各宿舎へと振り分けられていた。試験と言っても、魔力量を測定されただけだが。
 しかし、ボクはその辺りを欺騙魔法で誤魔かしているので、結果はろくなものではなかった。どうやら本来の魔力量をしっかりと測れるものではないらしい。
 とはいえ、そんなものでも結果は結果。ボクは下から数えて直ぐの結果だったので、割り振られた宿舎は駐屯地の隅の方に建つ古い家であった。
 流石に家といっても普通の家ではないので、部屋数が多く、狭いながらも食堂も併設されている。お風呂も在るが、数人で共同で使用するお風呂場があるだけで、個室のお風呂場は無い。
 部屋も四人での共同で、二段ベッドが二つと窓が一つあるだけで、他に何も無い狭い部屋。荷物も自分達のベッドの上に置くしかないぐらいに何も無い、本当に狭い部屋なのだ。
 そんな色々とキツイ宿舎が、ボクに割り振られた宿舎であった。
 まぁ、魔法で身体や衣服は清潔に保てるし、同居人達はボクと同じで試練で弱い魔法使い認定された者達なので、自分達の事だけで手一杯でこちらに干渉してこないからいい。他人の事を気にするぐらいであれば、自分を磨いていないと生き残れないかもしれないからな。
 そんな者達が集っているのだから、この宿舎は全体的に暗い。食堂も重い空気が漂っているので、みんなそれから逃れるように手早く食べて出ていくぐらいだ。
 しかし、設備には不満があるも、個人的には集った人間の方は他人に無関心なので、面倒くさくなくて好感が持てた。
 見回りを終えて宿舎の自室に戻ると、廊下側から見て左側に置かれている二段ベッドの上段へと、備え付けられている梯子を使って登っていく。
 室内にはボク以外に二人居たが、二人とも既に眠っていた。
 静かに上の段に登るとベッドの上に腰を下ろし、身体や服を魔法で清潔にするついでに一瞬で着替えを済ませてから、ベッドの上に空の背嚢を降ろして一息吐く。疲れたわけではないが、既に見回りは食傷気味だ。特に何かおもしろい出来事が起こるわけではないからな。それは大結界を張り替えたことで更に緊張感がなくなった。
 どうすることもできないが、何か起きないものか。ホント、同じことを繰り返している兵士達はすごいものだな。心底そう思うよ。
 ・・・などと少々失礼な考えを頭に浮かべながら、ベッドで横になる。外は既に暗いものの、時間的にはいつもより早い。
 それでも寝られない訳ではないが、確実に夜中に目が覚めるだろう。なので、少し天井を眺めながら模様について考えていく。落とし子についてはまだほとんど判っていないからな、そもそも判断する基準からして無い訳だ。
 そこでふと進級する際にジーニアス魔法学園へと戻る為に東門から乗った列車内での出来事を思い出す。
 ジーニアス魔法学園に向かう車中では、他に乗客は居なかったので、いつもの五人で会話をしていた。その時に完成した置物をプラタに渡したのだが、とても喜んでくれた。
 といっても、いつもと変わらず表情にほとんど変化は見られないし、声音も起伏の乏しいものであったが、その端々に喜色が垣間見えて、贈ったかいがあったというもの。
 勿論、シトリーやクリスタロスさんのように分かりやすく喜んでくれるのも嬉しかったが。
 それにしても、やはりプラタは感情が表に出るようになってきているのだな。あれを目にすればそう思えてくる。
 とはいえ、それに気づいてから大きく変わったわけではないが、それでも元々ただの人形であったことを思えば、奇跡に近い。プラタ自身も、何故そんな変化したのかいまいちよく分かっていないようだったが。
 まあそれはともかくとして、贈り物をプラタは喜んでくれた。ああいうのを見ると、また何か作ろうかなと思えてくる。

「・・・そうだなぁ」

 今度は何を作ろうか。別に置物以外でもいいのだから、可能性は色々と思い浮かんでくるが、あまり難しいのはやめておこう。あとは贈る相手だが、これも困るな。またクリスタロスさんにでも贈ろうかな? こんな高そうな腕輪を貰ったのだから。
 右手に目を向ける。そこには光を編んで、夜空に煌めく星々を散りばめたかのように美しい腕輪が、外から入ってくる優しい光を反射させて輝いている。これはクリスタロスさんに贈った置物の返礼の品らしいが、流石に素人がはじめて作ったあれとこの腕輪では差がありすぎて心苦しかったところだ。
 しかし、だからといって何を贈るかだが、クリスタロスさんはずっとジーニアス魔法学園のダンジョンに住んでいるので、欲しいモノというものが思いつかない。同じような時間の繰り返しでも特に気にしていないような相手だからな。

「んー、困ったな」

 独り小さく口にすると、クリスタロスさんに贈る物について思考を巡らせていく。別に同じ相手に何かを贈っては駄目という事はないのだから。
 クリスタロスさんには欲しいモノは無いようだったが、だからといって何もかも拒絶する訳ではなく、贈ったものは嬉しそうに受け取ってくれる。なので、よほど迷惑になるような物でもない限りは、クリスタロスさんは受け取ってくれるだろう。
 しかし、現在は名案が何一つとして思い浮かばない。この辺りは街にでも出れば何かしらの刺激を受けられるのだろうが、話を聞く分には別の刺激を受けそうなのでやめておこう。
 このままでは何も進まなそうなので、一旦その考えを頭の隅に追いやって、模様について思案していく。
 落とし子達がこの世界に喚ばれてからというもの、それらを召喚した模様について研究しているが、あまり芳しい成果は出ていない。何かしらの発見でもあればいいのだが、解析は遅々としていて、どんな系統の魔法が組み込まれて模様を形作っているのかぐらいしか把握できていない。
 それも何種類もの魔法が組み合わさって出来ているのだから、全容を完全に把握出来た訳ではないという進展具合。

「はぁ」

 そのあんまりな成果に思わずため息が漏れてしまうが、それで何かが解決するはずもなく。
 そうして悶々としていると、夜も更けていい時間になっていたので、全てを投げだして眠る事にした。
 しかし、個室のお風呂場でもあればそこでも思案出来たが、残念ながらここは共用のお風呂場しかないので、南門ではお風呂は入れないな。目立たないためとはいえ、それだけが残念だ。魔法を使えば清潔さを保てはするが、やはりお湯に浸かって脱力しながら色々と考える時間が欲しいものだ。
 今更ながらにそんなことを考えながら眠りに落ちていき、朝を迎える。
 今日から反対方向の見回りだが、特に目新しいモノはないだろうから、退屈な見回りだな。もっとこう綺麗な風景とかなら良かったが、まだ寒い季節なので、そういったモノは無い。一応薄緑色の絨毯は敷かれているが、それが綺麗かと問われれば、特にそんな事はないので残念でしかない。
 少々倦んだ気分ながらも、南門前に移動して、全員が揃うのを静かに待つ。
 それから程なくして、全員が揃ったところで東側へと見回りを開始する。
 相変わらず防壁上は平和なうえに、景色も変わらない。道中は研究の事をあれやこれやと考えているからいいが、それがなければ気が滅入りそうなまでに何も無い。
 それでいて、周囲の僅かにピリピリとした雰囲気も合わさって、ため息が出そうになる。この空気の原因は分からないが、気風が気風なだけに、皆が気を張っているのかもしれない。
 そんな予測を立てつつも、顔だけは平原に向けて、頭の中では別の事を考えていく。視界は常に確保しているので、それで何も問題はない。
 しかし、他の生徒や兵士達は真剣そのものな硬い表情をしているな。ここまで強張った表情で見回りしているのはここぐらいだよ。
 既に他三つの門が懐かしく感じながらも、見回りをこなしていく。
 それから三日が経ち、昼頃には見回りが終わり南門前に戻っていた。部隊は先程解散したので、そのままの足で宿舎に戻っていく。

「ふぅ。何度見てもここは古いな」

 夕陽に染まる自分に割り振られた宿舎の外観を目にして、思わずそう零した。
 全体的に古めかしい感じを醸しているし、壁面は経年による汚れがところどころ目立ち、全体的に薄汚れている。管理はちゃんとされているので、まじまじ見なければそこまで目につくほどではないが、それでもやはり古さを感じてしまう。
 ただ、定期的にしっかりと掃除がなされているからだろうか、汚いというよりも趣があるといった風だ。なので、普通に使う分にはそこまで気にはならないが。
 そんな宿舎の中に入ると、軋む木の板を踏みつけながら廊下を進んでいく。
 こうしていると、実家の家を思い出してくる。あの家もこうして廊下を歩く度に音を立てていたからな。
 しばらく軋む廊下を進んでいると、自室でもある共同の部屋に到着する。
 二段ベッドが二つ並ぶだけで荷物の置き場すらなく、窓が一つあるだけのその狭い部屋だが、元々実家でボク、というより兄さんの部屋として宛がわれていた、階段下の物置のような狭さの部屋よりは断然広いので、文句はない。
 その入り口から見て左側の上の段がボクのベッドで、現在はもう一人、その下の段を使っている少年が自分のベッドの上で足を伸ばして、寛ぎながら本を読んでいた。
 その少年は、とても気真面目そうな少年であった。
 輝くような明るい茶色の髪は、邪魔にならないようにか短く切り揃えられ、細い枠の眼鏡の奥に光る瞳は、怜悧そうな輝きを放ち、一心に開いた本の上を動いている。
 部屋で寛いでるからだろう、普段の制服姿ではなく、灰色のゆったりとした服で身を包んでいた。
 彼の名前はサム。ナン大公国に在る学園の一つに通う学生だと聞いた。感じる魔力量は、同年代の一般的な学生よりやや劣るが、知識が豊富なので優秀の部類に入るだろう。しかし、残念ながらここの試験はほとんど魔力量のみで決まるといってもいいので、この駐屯地は彼を優秀とは認定していない。

「ただいま」
「おかえり」

 特にこちらに目を動かすでもなく、サムがそっけなくそう返すと、会話が終わる。ここの生徒との会話は大体こんな感じだ。いや、挨拶を返してくれるだけ、彼は随分とマシな方だ。
 ベッドに備え付けられている梯子の下で靴を脱いで上の段に登ると、ベッドに上がる前に身体と服を清潔にする。その後にベッドで足を伸ばすと、着替えをすると共に空の背嚢を横に置く。
 とりあえずやる事もないので、ボクも読書するとするか。ちょうど東門で買った本は、あまり手を付けていなかったからな。
 そういう訳で読書を開始する。今日はこのまま真夜中まで読書を続けるとするか。





「・・・少しは強くなったか」

 暗めの声でそう口にしたのは、短めに切り揃えられた明るめの茶髪に、やや整ってはいるが平凡な顔立ちの男性。身長は百八十センチメートルを超えてはいるが、全体的に虚弱と言い表せるぐらいに細身の身体をしていた。
 その少しでも力を込めれば折れてしまえそうなほどに細い手足を、夜空のような色合いをした衣服の袖と裾から覗かせている。

「結構練習したからな! あとは実際に戦闘を経験してみるだけだな!」

 暗い雰囲気の男性に野太い声で応えたのは、その声音に相応しい筋骨隆々とした二メートルを優に超えた巨漢の男で、その逞しい肉体を惜しげもなく披露するかのように、袖と丈のほとんどない衣服で身を包んでいた。
 禿頭が眩しい男の顔には、人懐っこいながらも確固たる自信に満ちた笑みが浮かんでいる。

「まぁ、既にそこらの兵士よりは強いようだけれど」

 周囲を見回しながら甘ったるい声音を出したのは、腰ほどもある落ち着いた桃色の髪を後ろで一つに纏めている女性で、顔には艶やかな表情を浮かべているものの、身長が百三十センチメートルほどしかないので、おしゃまな女の子という印象が強い。
 ゆったりとした衣服で身体を包んでいる為に外観からはあまり詳しく体形は分からないが、袖や裾から覗く可愛らしい手足から推察するに、印象に見合った幼い体形をしているのだろうことが窺える。しかし、顔だけは丸みの少ない大人っぽい顔立ちである為に、艶やかな笑みも相まって、そこだけやや浮いていた。

「実戦と練習は違うからな! 本番で能力が十全に使えるなどと慢心は止めた方がいい!」
「分かったわよ。暑苦しい」
「・・・それでもまだ兵士と同じぐらい。話によれば、人間界の外はそれ以上の存在がごろごろ居ると聞く」
「それぐらい知っているわよ」
「ならば今は鍛錬をして、更なる高みを目指そうではないか!」
「はぁ。分かってるわよ。折角こっちに来たのだから」

 筋骨隆々な男を暑苦しそうに眺めながら、女性は軽く手で払うような仕草を見せる。

「・・・そうだね。こんな経験は、あっちじゃそうそう体験できないからね」
「そうね。だからこそ、存分に堪能しましょう。私達は死なないのだから」
「・・・そうだね。でも、油断は禁物だよ」

 女性の軽く笑うような言葉に男性は小さく同意の頷きを返すも、最後にそう言葉を付け加えた。





 東の見回りを終えた翌日。今日からは敵性生物の討伐任務だ。
 朝になって間もない時間に南門前に集合して、一緒に平原に出る他の生徒達と時間が来るのを待つ。
 そのまま時間が来ると、集まった生徒達の確認を終えて平原に出る。そこから先は各自好きに移動だ。
 南門からまた監督役が付く事になるが、まあそれはしょうがない。窮屈ではあるが、受け入れるほかないだろう。
 しかし、やはりナン大公国の兵士だけあり、凄くやりにくい。後ろから視線で押されそうなぐらいにしっかり見てくるので、監視されてる感が他の門よりも強い。

「・・・・・・」

 それでもやる事自体は変わらないし、この辺りの魔物であればそんな状況でも問題なく相手出来るが、それとは関係なく精神的に疲れてしまう。救いなのは、討伐任務で平原に出ている時間が東門より少し短いぐらいか。
 とはいえ、だ。ボクなので何の問題もないが、精神状態が重要な魔法の行使に於いて、この状況はいかがなものかと思う。一般的な生徒であれば、直ぐにバテてしまいそうだ。それが原因で命を落としでもしたら目も当てられないな。
 そんなことを考えながら平原を進み、襲ってくる敵性生物を変わらず一撃で葬っていく。
 襲ってくる数はそれ程多くはなく、頻度でいえば現在の安定している東側平原と同じか若干少ないぐらい。大結界近くはどちらもほとんど居ないが。
 そんな中での討伐なので、討伐数はそれ程ではない。一度で襲ってくる数も三から多くて六ぐらいだ。ボクにとっては、相手の強さは東門と大して変わらないから苦戦はしないが、規定数到達は長丁場になりそうだな。
 背中越しに感じる圧力に密かに苦笑しつつ、平原を適当に進んでいく。今回はどこかで一泊して帰る予定なので、休憩は必要ないだろう。実力主義のナン大公国の兵士なのだから、一日や二日休みなしで付いてくるぐらい何ともないだろうし。
 そんな訳で、昼も夜も休みなしで進んでいると、新たな発見があった。
 どうやら、人間というものは適度に疲れさせれば元気が無くなるようで、休みなしで歩き回り夜が明けてくる頃には、背中に感じる圧力が大分弱くなってきている。前回は様子見ということで適度に休憩を挿んでいたので、その事に気がつかなかった。
 その事実に、今後はそう対処するかなと考えながら討伐任務を進めて、途中に在った砦で一泊してから南門へと進路を取る。適当に進んでいたら、少し予定よりも南門から離れてしまっていたので、今から戻れば夕方には着く頃だろう。

「・・・・・・」

 当初よりは弱くなったとはいえ、少し休んだ事で若干圧が戻った視線が背中を押すのを感じながら平原を進んでいき、予定通りに南門に到着したのは、夕方になってからだった。
 南門を潜った後、そのまま宿舎に戻ろうとすると、後ろから男性の声が掛けられる。

「確か、君は端の方の宿舎だったよな?」

 振り返ると、先程まで監督役を務めていた男性が、手元の小さな紙に目を落としていた。

「はい。そうですが?」

 端の方の宿舎とは、割り振られた古い宿舎で、落ちこぼれの宿舎とも陰で呼ばれている場所である。
 ボクの返答を聞いた男性は、難しい顔をして首を捻った。

「・・・何故そこなんだ? いや、魔力量的には・・・しかし、先程までのを見れば・・・」

 なにやらぶつぶつと呟き出した男性に、どうしたものかと困ってしまう。このまま勝手に離れてもいいのだろうか? しかし、まだ話の途中のようだからな。
 そう思って様子を窺っていると、暫くして男性は意識をこちらに戻す。

「ああ、済まない。うん、とりあえず今日はお疲れ様。話はそれだけだ」

 少し早口でそう告げると、男性はこちらの返事も待たずに去っていった。

「・・・・・・」

 去っていく背中を少しの間見送った後、宿舎の方へと足を向ける。話が終わったのであれば宿舎に戻るだけだ。
 途中で足を止めたとはいえ、早足で進むと、日が暮れて直ぐに宿舎に到着出来た。あとは部屋に戻って寝るだけだが、今日も本の続きでも読んで寝るかな。
 今後の予定を組み立てながら部屋に戻る。部屋には誰も居なかったが、やる事は変わらない。
 梯子のところで靴を脱いで上の段に登りながら身体と服を清潔にして、背嚢をベッドの上に置いてから着替えを済ませたら、横になるだけだ。その後は本を構築して読書を始める。
 夜中のしんとした静寂の中、廊下側と窓の外から話し声のような喧騒が微かに届いてくる。それを耳にしながら、読書を続けていく。
 ここの宿舎に居るのは、生徒達ばかりだ。兵士も居ない事もないが、生徒を監督する為に置かれているに過ぎないので数は多くないうえに、寝泊まりしているとはいえ交代制なので、生徒達と同じようにこの宿舎を拠点にしている訳ではない。
 そういう事情から、廊下側から聞こえてくる声は若い声が多い。しかし、そこまで賑やかではないので、やはりこの宿舎内は暗い雰囲気が漂っている。まぁ、それは個人的には問題ないのでいいのだが。やはり不満はお風呂ぐらいだ。
 夜も段々と更けていき、日付が変わった辺りで同室者が二人帰ってくる。それを確認したが、そろそろ眠ることにする。特に挨拶も交わさないからな。
 二人は荷物を置いたり着替えたりしているが、互いに何も会話はない。
 そんな風に人が動くことで起こる小さな音を耳にしながら、本を情報体に変換して、ボクは眠りについた。





 東西の見回りと敵性生物討伐に休日が加わるだけの、退屈という名の日常を過ごしていたある日の事。
 その日も討伐任務で南側平原へと一人で赴くために、南門前へと移動していた。一人と言っても、平原では監督付きだが。
 南門前には、いつも通りに同じようにこれから平原へと出る予定の生徒達が集まっている。その中の一人になって静かに時が来るのを待っていると、ふと何か引っ掛かるものを覚えて周囲に目を向ける。
 その違和感とでもいうべきものの正体を探ろうとするも、視界の中には普通の生徒と兵士達しか見当たらない。魔力視でも似たようなものなので、不思議に思って首を捻りながら、何か見落としていないかと瞑目して意識を集中させていく。
 周囲に感じる密集した魔力反応の数々に辟易しそうになるも、それでも何が気になっているのか調べる為に、丁寧に確認していく。

「・・・・・・」

 密集しているので一つ一つという必要が無いのが救いではあるが、それでも数が多くて面倒くさい。しかしそんな考えも、違和感の元凶を捉えた事で霧散していく。

「ん?」

 それは少し離れた場所に在る、纏まった三つの反応。
 その反応が生徒のモノなのか、兵士のモノなのかは分からないが、周囲の中では比較的強い反応だ。これは一般的な生徒というよりも、一般的な魔法使いの兵士より少々上ぐらいか。
 三つの反応が動く様子はないが、少しそれに集中してみると、何というか他と比べてどこか異質なのだ。
 違いについて明確に答えられる訳ではないが、なんというか色が違うように思える。
 仮に周囲の反応を青色とするならば、それは少々薄い青色というよりも、濃いめの水色とでもいえばいいのか。そんな少しの違いがある気がするのだ。
 なので気になって観察してみるも、詳しい事はわからない。ならば、ここは誰かに訊けばいいのだ。分からなければ誰かに訊く。基本的なことだが、最近ようやく覚えられた気がする。そういう訳で。

『プラタ』

 いつもの如くプラタに訊いてみる事にする。

『何で御座いましょうか? ご主人様』

 直ぐに返ってきた言葉に、ボクは今しがた感じた違和感について説明していく。

『――そういう訳で、少し離れた場所に居る三人について何か分かる?』
『はい。あれがこちらに来た落とし子達で御座います』
『あれが!?』

 プラタの実にあっさりとした言葉に、驚き三人の方に目を向ける。しかし、人垣に阻まれて直接見る事は叶わない。
 それでも、視界内には収めているので、その存在を改めて観察していく。
 やはり、何度見ても周囲の人間と魔力の質という点では大きな差は無い。しかし、それは見た目だけかもしれないので、世界の眼を用いてもう少し詳しく分析していく。
 調べるのは三人だけなので、かなり局所的に視界を展開すると、その姿を捉える。

「・・・・・・」

 結論から言えば、異質であった。
 それは、見た目的にはそこまで大きな違いは無かったが、しかし、魔力の質的には別物。確かに魔力なのだが何というか、当たり前に在るはずの型というか枠があやふやなのだ。
 自身の魔力と世界の魔力との境目があまりに希薄なのが原因なのかもしれない。しかし、その存在を包む境目に関してははっきりとしているので、この周囲に漂う魔力が世界と馴染んでいる様に視えるだけか。
 それがどういう意味を持っているのかは分からないが、これで周囲の人間とは明確に違うのがはっきりとしたな。
 それにしても、何故こんな所に落とし子達が居るのだろうか? プラタやシトリーからは、宮殿の方に居ると聞いていたはずなのだが。
 なので、プラタにその事を尋ねてみると。

『実戦経験を積むために駐屯地には来たばかりです。そして、今から平原で魔物を狩るようです』
『そうなんだ』

 落とし子というのは実戦経験が無いのかな? それとも、落とし子達が居た世界は魔物が居ない世界とか?
 やってきた世界については何も情報がないので、よく分からない。
 とりあえず、一緒かどうかは分からないが、既に門前に居るということは、近い時間帯に一緒に平原に出ることになると思う。これなら、ボクでも遠巻きに様子を視れるだろう。プラタとシトリーも監視しているだろうし、これで少しは落とし子について判るようになるかもしれないな。
 そんなことを考えている内に時間になったようで、兵士に先導されるような形で南門を潜って平原に出る。どうやら落とし子達は一緒に平原には出ないようだ。
 そこからは各自好きに散っていく。監督役が付くが、南側平原内であれば決まった区画は存在しない。それでも、大抵の生徒が目指すのは、平原に建っている砦周辺で、遠くとも最南端の砦よりも大分北側だが。
 ボクは落とし子達の様子が気になるので、南門からあまり離れていない場所でちまちま敵性生物討伐を行う。
 南門周辺も生徒は多いが、敵性生物は少ない。つまりは一番暇、じゃなくて平和な場所だ。討伐数は稼げないし退屈ではあるが、折角の機会なので、これを活かさないとな。
 そう考えて討伐を行うこと数時間。やっと落とし子の三人が動き出したのを視界に捉える。そのまま反応を追っていくと、数人と合流して南門を潜っていく。
 南門から少し離れた場所で討伐していたボクは、そちらへと戻ることにする。さて、落とし子とはどんな感じなのだろうか?

しおり