訪れる者2
『ということは、これからの魔物達の動向如何によっては、それらとも戦わないといけないのか』
『そういう事になるかと』
それはまた、面倒な事だ。現在の大結界は、従来の支配者達相手ですら厳しいというのに、それ以上となれば、もはや今のままでは意味をなさない。
『はぁ。死の支配者は、次から次へと色々してくれるな』
『はい』
つい零してしまった愚痴に、プラタが同意の頷きを返す。
『もしも攻めてきた場合の対処は難しいな。今のボクなら何とか戦えるが、目立つとか以前に、二体だけで攻めてくるとは考えられないものな』
仮に攻めてくるとして、支配者とその補佐である二体が供も連れずに攻めてくるはずはないし、その供が現在周囲を移動しているような弱い魔物達である訳がないだろう。
『まぁ、可能性は低いだろうが、また嫌な可能性が増えたものだ』
魔物達の侵攻。それはプラタ達の話から少し現実味を帯びてきたものの、それでもまだ可能性は低い。その中でも、支配層が直接攻めてくるというのはさらに低くなるが、それでも全くない訳ではない。そんな可能性を想定しだした矢先に、更に強力な支配者の追加だ。実に頭の痛くなる話題である。
『では、排除いたしますか?』
『うーん・・・いいよ。それでまた森が荒れても困る訳だし』
プラタの提案を却下する。また森が騒然となっても困るというのもあるが、何度も襲撃に遭っておかしな方向に変化があっても困るからな。
『左様ですか』
『うん。とりあえず、もう少し様子を見て判断かな』
『畏まりました』
森の方へと眼を向けながら、そう返しておく。森全体は広いので、世界の眼を使用しなければ全体は確認出来ないが、それでも近い為に一部は確認出来る。そして、そんな視界でも映る魔物の数は結構多い。それは中級程度までの魔物ばかりだが、全てが平原に出てきただけで、前回以上の騒動になるのは必定だろう。それだけの数と質がそこには居た。
『それにしても、時が経つというのは早いものだ』
改めてそう思うと、今までのことが頭に浮かんでくる。
『その突然強くなった以外に、最近おかしな動きはない?』
『・・・無いと申しますか、分からないと申しますか』
『どういうこと?』
困ったように、考えるようにそう言うと、プラタは珍しく曖昧な口調で話を続ける。
『以前御伝え致しました人間の南側の国で、何かしらの反応があるのですが、それがよく分からないのです。他にも小さくではありますが、何かしらの反応が見られる地域がいくつか存在しているのを確認しております』
『ふむ』
プラタの報告を聞きながら地面に目を向けると、そこにある書きかけの記号が目に映った。
『シトリーには訊いてみた?』
件の研究所にはシトリーが分身体を配しているはずだが、その辺りはどうなっているのだろうか。
『はい。様々な人間が忙しなく行き交っているらしいのですが、何をしているかまでは分からないそうです』
『そう・・・白い部屋については?』
あの研究所に在るという白い部屋は、一番怪しいだろう。というか、その部屋が研究の中心だろうし。
『何やら輝いているとしか』
『輝いている?』
『はい。部屋の床に描かれている模様が輝きを放っているそうです』
『ふむ。なるほど・・・』
それが事実だとしても、あの模様が何なのか分かっていないので、何が起こっているかまでは分からない。ただし、模様が連鎖反応しているのだけは分かる。しかし、魔法が発現していないところをみるに、反応がまだ弱いのだろう・・・光り輝くほどに反応していながら起動しないほどに大規模な魔法とは一体何なのか気になるが、嫌な予感しかしない。
『何か御心当たりがおありですか?』
『ん? そうだね。何か大きな魔法を発現させようとしているのは分かるけれど、あの模様はあまりに複雑だから、まだ解析が終わってないんだよね』
『左様ですか』
『ごめんね。もう少し情報と時間が欲しいけれど、そうも言っていられないか』
どこまで出来るか分からないが、全ての研究をそちらに変更してみるかな。もう時間もなさそうだが。
『それで、いつからその模様は光り輝いてるか分かる?』
『およそ一月半ほど前からだったかと』
『・・・なるほど。それで、今も変わらずなの?』
『不明です。これからシトリーに確認を取ってみます』
『よろしく』
そう言うと、プラタは口を閉ざす。魔力の糸は繋がったままなので、別にシトリーへと魔力の糸を伸ばしているのだろう。答えが返ってくるのはもう少し掛かりそうだが、それにしても、一体どんな大規模魔法を発現させようとしているのだろう? 気になるな。
頭の中にシトリーから教えてもらった模様を思い浮かべて、それの解析を行っていく。解る部分はそこまで多くはないが、それでも最初の頃よりは大分判るようになってきたので、前よりは何の魔法かの一端ぐらいは掴めるだろう。
「・・・・・・」
そう思い、模様を細かく分けて調べていく。そうして時を過ごしていると、プラタから声が掛かった。
『ご主人様』
『ん。どうだった?』
プラタの言葉に頭を切り換えると、意識を会話に集中させる。
『はい。その場に居る人間達の話を聞くに、どうやらもうすぐ起動するらしいです』
『もうすぐ!? なるほど。そうなれば、もう見守るしかないのか』
『はい。何が起きるか分からない以上、それが最善かと』
『そこに居る人達は、これから何が起きるか話していなかったの?』
『何処かと繋がる、何かが現れるといった感じの話をしていたらしいです』
『何処かと繋がる? 何かが現れる?』
一体何処と繋がり、何が現れるというのか。
『・・・可能性としましては、落とし子ではないかと愚推致します』
『落とし子か。・・・ああ、前に死の支配者が言っていたんだったか』
以前に死の支配者が、プラタに人間の国の南側で動きがあると教えてくれたのだったな。それで調べてあの研究所を見つけた訳だし。ならば、その可能性が高いだろう。
『ということは、あそこは死の支配者が言っていた通りに落とし子を喚ぶ為の施設だという事になるな。そして、白い部屋にあるという模様は、落とし子を喚ぶ為のモノという事になるのか・・・どうして分かったのだろうか?』
落とし子は、プラタとシトリーでさえよく分かってない存在だ。そんな存在を人間が把握しているだけでもすごいが、それを呼び寄せることが出来るというのは更に驚きが強い。それにしても、落とし子は何処に居るのだろうか? 何処かと繋ぐということは、別の空間に存在しているということか?
『それに関しては不明です』
あの研究所はプラタが把握できないのだから、それでもおかしくはないか。
『ふむ。その辺りの資料もシトリーに探してもらった方がいいかもしれないな』
『はい』
今は模様について探してもらっているからな。それに落とし子についても、追加で探ってもらった方がいいだろう。
『あとは、もうすぐやって来ると思われる落とし子について観察する必要があるのか』
シトリーには悪いが、色々と動いてもらわなければならないな。
『そちらの方はシトリーが見張っております』
『そっか。とりあえず、今は落とし子がどう動くかを見守るしかないか。それにしても、ナン大公国は落とし子を喚んで何をするつもりなのだろうか?』
落とし子は存在からして不明なので、強さに関しても未知数だ。それでもプラタ達が警戒するほどなので、かなりの強さなのかもしれない。
そんな落とし子を呼び寄せたということは、戦力の強化を図るつもりなのだろうか? もしそうであれば、南のエルフでも攻めるのかな?
しかし、落とし子が大人しく言うことを聞いてくれるのだろうか? よく分からないが、もし落とし子がナン大公国に協力するのだとしたら、それは十分脅威になるやもしれないな。
『分かりません。しかし、厄介な事には変わりありません』
『そうだね。でも、これで観察できるようになる訳だから、落とし子について何か分かるかもしれないね』
『はい。それがせめてもの救いです』
『それにしても、落とし子というのは何なのだろうね』
前から聞いていたし、一度その一部を目撃したが、結局分からないままだった落とし子。それが身近に現れたのはいい事なのかどうか分からないが、面倒な事態になったのだけは確かだろう。
さて、これからどうなるのだろうか。備えるためにも、力を蓄えないといけないな。
◆
「早く確認しろ! 反応の方はどうだ! 安定しているか!?」
ちょっとした競技が行えそうな広さのその空間は、中央に家ほどの広さの白い塊が在り、その周辺を沢山の人が忙しなく駆け回りながら、その中を怒号が飛び交うという慌ただしさをみせていた。
「時が経ち過ぎたのだ、もう猶予はないぞ! 反応もかなり強まってきている!!」
そんな喧騒の中、一際大きな声で怒鳴り散らすのは、白髪混じりの赤い髪を短く刈った、そろそろ老境に入ろうかという男性。
細身の身体の上に床につきそうなほどに丈の長い真っ白な上着を羽織り、神経質そうな顔に深い皺を寄せながら、その男性は今にも喉を潰さんばかりに声を張り上げながらも、ちらりと後方に目を向ける。そこには軍服に身を包んだ不機嫌そうな顔の男が、腕を組んで指示を送る男性を睨むように見詰めている。
その男の監視に、男性は口の中で舌打ちをしながら、その白い塊に目を移す。
「もうすぐだ、もうすぐ私の研究成果が出るのだ。失敗など許すものか!」
しかし、直ぐにその事は頭から離れると、目を爛々と輝かせて、年齢にそぐわぬ鋭い眼光を白い塊へと向けながら、うわごとのようにそう口にしたところで、先程指示した事への報告が返ってくる。そのどれもが順調に事が推移していることを告げていた。
その報告を受けて程なく、白い塊は一層その白さを増していき、まるで光り輝いている様になる。
「さぁ、さぁ! 現れろ! 世界を異にする者よ!!」
白さが増していく度に男性は興奮した声を上げていく。そして、とうとう薄く硬い何かが割れたような甲高い音が周囲に響くと同時に、その白い塊が弾けるように消滅する。
「はは、成功だ! 成功だ!!」
白い塊が弾けた場所には、三人の人物が立っていた。
一人は明るい茶髪を短めに切り揃え、やや整ってはいるが平凡な顔立ちの男性で、身長は百八十センチメートルを超えているが、虚弱と言い表せるぐらいに細身の身体をしていた。その枯れ枝のように細い手足を、袖と丈の短い衣服から覗かせている。
もう一人は反対に筋骨隆々とした二メートルを優に超えた巨漢の男で、その逞しい身体を惜しげもなく披露するような、面積の少ない衣服で身を包んでいる。
男の禿頭が眩しい顔には、人懐っこいながらも確固たる自信に満ちた笑みが張り付いていて、周囲を油断なく確認しているのが窺えた。
最後は腰ほどもある落ち着いた桃色の髪を後ろで一つに纏めている女性で、顔には艶やかな表情を浮かべているものの、身長が百三十センチメートルほどしかないので、おしゃまな女の子といった印象が強い。
ゆったりとした衣服で身体を包んでいる為に体形はあまり詳しくは分からないが、袖や裾から覗く細く短い手足から推察するに、印象に見合った幼い体形をしているのだろうことが窺える。しかし、顔だけは丸みの少ない大人の顔である為に、そこだけやや浮いていた。
そんな突然現れた三人は、困惑した様子は一切見せずに周囲に目を向ける。そこに、白衣を纏った男性が興奮した様子で声を掛けた。
「ようこそナン大公国へ!! 異界の方々!!」
◆
それからも研究を重ねて時を過ごす。念の為に腕輪に時間を設定して研究をしていたおかげで、時が経ちすぎるという事はなかった。
東門に出て約二ヵ月が経つと、片付けを済ませて東門への帰路に就く。
その道中、プラタから落とし子達のその後について教えてもらうと、どうやら落とし子達はナン大公国に身を寄せる事になったらしい。しかし、あれから少し経つが、今はまだそれ以上は何も動きがないとか。
落とし子達は研究所から出たらしので、シトリーだけではなくプラタも引き続き監視を行うということで、何かあったら教えてくれる事だろう。
そういう訳で、何もできないボクは自分の事に集中するとしよう。
「とりあえず駐屯地に戻ったら報告したら、その後はジーニアス魔法学園に戻って進級だな」
四年生ももうすぐ終わることに、疲れから小さく息を吐く。ここでも色々あったが、彫刻や模様の研究など新しいモノもあったので、割と充実した期間だったな。
五年生からはナン大公国へと赴くが、セルパンの話では血の気が多い国らしいので、大丈夫だろうか? 心配ではあるが、行かない訳にはいかないだろう。駐屯地には他の生徒達も居るだろうから、問題はないと思うが。
そんな心配をしつつも、頭の中で研究のことを思い浮かべる。落とし子を呼び寄せることが出来るようなモノなのだから、もっと本腰入れて研究した方がいいのかもしれない。幸いというか、彫刻はプラタの分まで完成したからな。
そんな風にこれからの予定を思いつつも、やはりナン大公国の気風に不安を覚える。何でもかんでもという訳ではないだろうが、力でもって解決する気風はボクには合わない。
「波風立てずにいきたいからな・・・しかし、ナン大公国に行けば、落とし子についてボクでも何か分かるだろうか?」
流石にプラタやシトリーに任せっきりというのは気が引けるからな。
まあそう上手くはいかないだろうが、もしもナン大公国が落とし子を南のエルフ攻略の為に喚んだのだとすれば、最前線でもある駐屯地に配属されるかもしれないからな。
しかし、落とし子というのは一体どんな存在なのだろうか? 今までよく分かっていない存在なので、楽しみな反面不安もある。この辺りはプラタとシトリーからの報告で先に判るだろうが、友好的な相手だといいな。
色々と思いを馳せていると、大分東門に近づいてきた。一度大結界側に近づいてから東門を目指しているから、ほとんど魔物の相手をしなくていいので到着が早いな。
このまま東門に到着したら、兵舎で完了を報告した翌日には列車に乗ってジーニアス魔法学園へと戻り、進級手続きをしてからナン大公国に向かう流れになる。
ナン大公国では、他の門と同じように六ヵ月間任務について終わりだ。六年生からは森に出るから、平原に出るのもあと少しだな。
「まだ終わりではないけれど、長かったな・・・」
息を吐くと、どっと疲れが増した気がする。早く卒業できないかな? そんな風にやる気が失せつつも、夕方ぐらいに東門に到着する。
東門を潜ったあと、そのまま東門の管理者が居る兵舎に移動して報告を済ませてから、宿舎の自室に戻ってお風呂に入ることにした。
東門最後のお風呂を堪能するとすっかり夜になっていたが、まだ深夜というほどではないので、余裕をもって眠る。明日には列車の中だな。進級まであと僅かだ。
◆
「ははっ! 対象かくに~ん!」
人間界を囲むように存在する森の更に外。人間界から見て南側に広がる湿地は足下の悪い地だが、そこに足を付けることなく浮かんでいる一つの影があった。
その影はとても小柄で、身長百二十センチメートルもないだろう。
丈の長い白い服の上下の上から、縁が白い青の貫頭衣を着用し、深紅の手袋と黄色の靴下に赤と白で彩られた靴を履いている。
赤茶色の髪は肩に触れないぐらいに切り揃えられ、黄緑色の布を頭頂部付近で蝶を模したように結んでいた。
そんな人物は、目を細めて少年のようなやんちゃそうな笑みを浮かべながら、森の方へ目を向けている。
「さてさて、これからどうするのかな~?」
子どもの様な甲高い声音で歌うように言葉を紡ぐが、その言葉の端々には嗤うような響きが乗っている。
「出番が欲しいな~」
やんちゃな笑みながらも、愛嬌のある笑みを浮かべていたその人物は、そっと細めていた目を開けた。
「ふふふ。早く力を振るいたいな~」
開いた眼窩は闇色をしており、その中に空色の瞳が鮮やかに輝く。その目を囲むように、瞳から漏れ出たような青白い火が点る。
少女が笑い声を上げるとともに、両の手に武器が出現した。
右手には、少女の背丈よりも大きく、真っ赤な光を収束して作ったような三叉の槍。
左手には、少女の背丈よりも大きい、真っ青な光を収束して作った、矢を伸ばしたような槍。
「この槍で全てを貫き通してあげるのに~」
二本の槍を交差させて天に向かって突き上げると、そのまま森の方へと腕を下して突きつけ、くつくつと妖しい笑みを漏らす。その少女の瞳は、森ではなくその先へと向けられていた。