第49話 今は王としてでなく
★・ラティスト視点・★
王都よりいくらか地方向きの街ではあるが、やはりアシュレインはいいところだ。
(なにせ……ある意味、私にとっての第二の故郷だ)
ここでの幼馴染み達や、私の教師役を務めてくださったヨゼフ先生の住まう地。その創立記念の祭りは、王となった今も賑わいで溢れかえっていた。
ただ、散策は国の王としてでなく貴族のお忍びを装って、王妃である妻と回っている。
「楽しいですわね、旦那様」
「ああ、今年もより一層活気に満ち溢れているね?」
王位継承権を持つ我が息子と少し年の離れた娘も、もう立派にやんちゃ盛りだから親そっちのけで飛び出すくらいに。
「子供達は、カミールとその子供達と一緒だそうだから安心してデート出来るよ」
「メイリーもおませさんと言いますか、ユフィ君と一緒なら大丈夫ですもの」
「あの年で想い人とは、父親として喜んでいいかどうか……」
「貴方様に似てらっしゃいません?」
「……ナディア」
ロイズに昔教わった、ぐうの音も言えないとはこの事か。
彼も妻のカミールにはよく説教されてるらしいが、うちの場合はにこやかに突き付けられるので懇々と説教攻めされるのより衝撃が強い。
敵わないなぁと息を吐くが、少し歩き詰めだったので大通りから抜けてカフェに入ることにした。
「いらっしゃいませ! あ、一年ぶりですねお二人とも!」
「久しいね、リリア」
「お世話になるわ」
街一番と謳われる程の人気カフェは、祭りでも大変賑わっていた。
王族が行列に並ぶなど、頭の固い連中には言語道断などと言われるだろうが今は関係ない。ナディアも元は王族ではないので異論を挟むことなく、順番が来ると顔馴染みの店員が出迎えてくれる。
私程ではないが、そこそこ美しい柔らかな金髪と愛嬌のある笑顔の少女。たしか、最近の報告ではスバル達とも親しいらしい。
それはさて置き、彼女は私達を奥の四人がけの席に案内してくれた。
「ち……お父さん⁉︎ お母さん!」
おや、と隣の席を見れば、父上と呼びかけた我が息子が立ち上がっていた。
同席してたのは、ナディアと話してた通り、娘以外にロイズの家族達。子供達の母であるカミールも、立ち上がってからにこっと笑いかけてくれた。
「偶然ですね。お二人も休憩を?」
「ああ、少し歩き疲れてね」
「うちの子達がお世話になっていますわ」
「いいえ、そんな」
貴族のお忍びに扮していても、今はただの知人同士。
リリアがまだ近くにいるので、お互いにそれを装うことにした。
「お知り合いだったんですね! ですと、相席……といきたいんですが、なに分混み合ってまして」
「構わないよ。私達はこちらでいいから」
「ご協力ありがとうございます」
ただ、カミールだけは積もる話もあるのでこちらにやってきた。
「一年ぶりですわね、カミール」
「ナノさんもお久しぶりですね」
ナディアと言う名前は、私の名前と愛称同様にサファナでは数少ない。
だから、お忍びの間はカミールが呼んでくれたように偽名で通してるわけだ。私の場合は、ラティオと呼んでもらっている。
「息子達が世話をかけたね?」
「とんでもないです。うちの子達の面倒をしっかり見てくれました。逆にジュディ達が連れ回してしまって」
「年に一度くらいですもの」
注文は、夕食前だからオススメデザートと紅茶のセットを二人分注文した。
レモン水も味がよく、ひと息つけるのにちょうどいい。
カミールはまだまだ話してくれた。
「カイト君達と合流したのは、スバルちゃんのパン屋さんなんです」
「やはり、か」
土産に買って帰った羽付ラスクに、兄妹揃って異常な食いつきと興味を示した。
まだまだ子供故に、王族からの挨拶は開会式では省かれているが、まさか我慢出来ずに私の開会宣言直後に飛び出すとは。
場所はどうやって知ったかあとで聞き出すが、カイトはもう11歳になるだろうに少し心配だ。おそらく、妹のメイリーの方が我慢ならなかったのだろう。
朝ご飯を控えめにしてた理由の大半が、露店巡りもだがスバルのパン屋目当てだったとは。
「少し大変でしたわ。お店の商品を全部買い占めかけましたもの」
「まあ」
「本当に、助かったよ」
金貨は数枚持たせてはいたが、そうくるとは。
私もクロワッサン以外にラスクしか買えなかったが、彼のパンは貴族層や王族に提供されるのにも負けない。
普段から舌が肥えてる子供達が気にいるのも同然だ。
肝心の子供達は、注文したのを食べ終えたのかまだなのか、ジュディ達と折り紙に興じている。
その光景だけを見ればとても王族には見えないが、今はいい。
帰ったら、少し説教はするが。
「ロイズさんと回れなくて、お寂しくありませんか?」
「まったくないと言えば嘘になりますが……今は子供達がいますから」
「……そうかい?」
ロイズをアシュレイン商業ギルドのマスターに推薦したのは私なのに、カミールはそれを誇らしく思ってるようだ。
本当ならば、一家団欒しながらも祭りに参加したいだろうに、彼女の笑みから嘘は感じた取れなかった。
(母親になるとは、こういう事か……)
カミールとももちろん幼馴染みではあるが、接する機会はロイズやヴィーに比べると格段に少なかった。
しかし、唯一その二人を折檻出来る女性として一目置いてはいたよ? たまに、だが、私もその対象になったしね。
「それに、今日は夜の広場で合流するんです。ご飯を一緒に食べるのだけは、あの人絶対に合流するって張り切って」
「あらあら、素敵ですわ」
実に想像するに難くない。
粗野で喧嘩っ早いところがあるが、長年想ってた相手と寄り添えて彼も幸せそうだからね。
「ねえ、社交ダンスに
「お店あるんだし、無理じゃない?」
「それがさ? 明日は休みにするらしいよ?」
「マジで⁉︎」
なんの話かと思いかけたが、店と例の少女と言う単語に思わず吹き出しそうになった。
ナディアには不思議そうに思われたが、他の席でも似た会話がされてるのが聞こえたのか、カミールも苦笑いしていた。
「どうかされましたの?」
「いや、カイト達が押しかけた店の店主についてね?」
「と言いますと……?」
ナディアは考えながらも、周囲の会話に耳を傾ける。
その内容は、どれもこれもスバルが誰と踊るか踊らないかと言うのばかりで、理解した彼女も小さく笑い出した。
「大声では、たしかに笑えませんわね」
報告を受けた私とナディアだけは、スバルの正体を知っている。子供達はもう寝ていた時刻だったために、カイトとメイリーは知っていない。
「旦那様が、昨日あちらでお土産を買ってきてくださいましたものね?」
「無理を言ってしまったが、実に美味なるものをいただけたよ」
「……ラティオさん、そちらの恰好でですよね?」
「も、ももも、もちろんだとも⁉︎」
カミールは、私の変装癖を知っている。
その中でも、女装はタチが悪いものと思い込んでるので、昔はしょっちゅう折檻されてきた。ナディアもその事は知っているらしいが、あまり吹聴はしたくなかった。
「とりあえず、そう言う事にしましょう。ですが、スバルちゃんについては。どうか、あのままでいさせてあげれませんか?」
折檻されると思いきや、急に真剣な表情になった。
「あの子の事情はご存知でしょうが、王都に行けばきっと必要以上に気遣いをして息が詰まってしまうはずです。良い子過ぎて、たまに自分の事を大事に出来ないんです」
加えて、わざわざ頭まで下げてくれた。
ロイズならともかく、妻の彼女がする必要はないだろうに、よっぽど気にかけているのか。
ヨゼフ先生からは特に聞いていないが、報告の方では宮仕えしに来る者達と大差ない気配りに、愛嬌のある性格。
笑顔の絶えない少年ではあると聞いたが、実際に会って私もその事は分かっていた。
あの少年は、下町でこそ生活すべき存在なんだなと。
「大丈夫だよ。今朝ロイズともその事については話し合ったんだ。無理に、王都へ連れて行く気はこちらもないよ」
「……そうですか」
やっと安心出来たのか、心底ほっとしてくれたようだ。
「お待たせしました! 日替わりデザートセットです!」
とここで、リリアが私達の注文したのを持ってきてくれた。
あとから別の店員がカミールや子供達の方にも同じようなのを持ってきたところを見ると、入店時間にはあまり差がなかったようだ。
「まあ! 見たことがないデザートですわ!」
ナディアが驚くのも無理はない。
私の方にあるのも、王都ですら見たことがないホットケーキに似た丸くてふわっとした感じのケーキだった。
「スバルちゃんのアイデアで、ここの看板商品にもなってる『パンケーキ』ってお菓子なんです。なんでも、ホットケーキと似てはいるんですが小麦粉の量が違うらしくって」
となると、異世界からの菓子という訳か?
これは楽しみだと、さっそくナイフを差し込んだら想像以上に柔らかだった!
例えるのはおかしいかもしれないが、まるで泡のような。なんとか口に運べば、食感も軽くて泡のように溶けていく!
「素晴らしいですわ! このようなケーキがあるなんて!」
ナディアが驚くのも無理はない。
添えられてたクリームやソースは素朴なものでも、ケーキが十分補ってくれている。
子供達も、実に美味しそうに食べているから、きっと帰城後にナディアが再現しようと奮闘するかもしれない。
彼女は一応貴族階級出身だが、趣味が料理なのだ。
「スバルちゃんのお話ですと、これは食事にも合うそうですよ? 大胆に、ハンバーグと一緒にするとか」
「えぇ?」
「男には、たまらないだろうね?」
そんな会話を挟みながら食事を楽しみ、帰る時にはそれぞれの子供達を連れて行った。
「カイトお兄ちゃん、またね!」
「め、メイリーちゃん、ばいばい!」
「う、うん!」
「また来年!」
お互い頻繁に来れないことはわかってるので、その言葉を最後に分かれて帰った。
昔はジュディも大泣きしたのに、今ではそのわがままを言わない。子供とばかり思っててもいけないなぁと感心するしかなかった。
「貴方達、カミールにもだけどジュディちゃん達に迷惑をかけませんでした?」
「う、うん!」
「ぼ、僕達も、そんな子供ではありません!」
「と言っておきながら、デュクスの制止を振り切って飛び出したじゃないか?」
「ち、父上!」
「まだ外だぞ?」
「あ」
あえて人目が少ない通りから帰っているが、私達には護衛がついてるから出来ることだ。
祭りに乗じて追い剥ぎや窃盗を目論む連中も少なくはない。冒険者ギルドや商業ギルドも手を尽くしてはいるが、光と闇が相反するように犯罪は減らないのが現実。
とは言っても、元S級冒険者の一家に手を出そうものなら返り討ちに合うのが目に見えてるがね?
「け、けど、楽しかったです! 朝行けたパン屋さんの店主さんも凄くて」
「お姉さん、か、可愛かったです」
「あらそうなの?」
色々複雑になるが、実はあの店主が男だとは言いにくい。
ナディアは知っているものの、子供達の夢を壊さぬように話を合わせていた。
「それと、『閃光のジェフ』に会えたんです!」
「ほう?」
報告には上がってた一部だったが、スバルとまで仲が良かったとは。
スバルの交友関係は一部しか目を通していなかったために、リリア以外のことは覚えていなかった。
カイトは、私が元S級冒険者だったのに憧れてるのと同様に、新鋭の『閃光のジェフ』にも憧れている。
現存する中でも、最近になって認められた『破魔の聖槍』の所持者。あの若さで認められるのが稀有なために、カイトの憧れは尽きないそうだ。
「いっぱい、お話を聞かせていただきました! サンドワーム討伐に苦戦したとか、ダークウルフ遭遇とか!」
余程、楽しかったようだ。
目もだが、顔も輝いてしまって。
(稽古も、槍がこなせれるように全般的に習ってるようだが)
王太子として公表した我が子でも、いずれ下積みとして冒険者ギルドに登録させて旅路に立たせるつもりでいる。
世界のこと、世のことを見聞する必要もあるが、先王だった父からの意向で男児には冒険者を経験させる事が決められている。
私がS級になったのは運も味方してくれたが、カイトはどう育つかわからない。だが、Dランクくらいまではこの街で預けるつもりでいる。気心知れた人達が多いのももちろんだが、想う相手のためを思えばだ。
「なら、私自ら稽古をしてあげようか?」
「いいのですか? 執務は……」
「一時間程度だ。その分みっちりしごいてあげよう」
「は、はい!」
冒険者登録が出来るまで、あと2年ほど。
それまで協力出来ることは親としてしてあげたいからだ。
「ところで、彼女のパン屋では何を買ってきたんだい?」
「い、色々ですね。ただ、カミールさんには買い過ぎと言われてしまいましたが……」
「余程気に入ったのなら、今日の主食はそれにして惣菜のようなのを屋台で買ってきてもらおうか?」
「やった!」
「あ、ありがとう、ございます!」
少し黙ってたメイリーも声を上げるくらいか。
王都に戻ってしまうとスバルのパンはしばらく食べられない。
彼が、渡した招待状を頼りに王都に来るのもいつかはわからないので無理はない。結局、ロイズともその事についてはほとんど話せなかったし。
(帰る前に、ヨゼフ先生のお宅に伺おうか)
そこで何かしら助言をいただいた方がいいかもしれない。