第50話 最終日の朝
◆◇◆
いつもの仕込み時間よりは遅めに起きて、朝ご飯を食べてからメンチカツの仕上げに取り掛かった。
「パン以外の仕込みお願いしていいかな?」
「野菜とマヨネーズね、りょーかい」
メンチカツサンドの補正確率を上げるには、パンとメンチカツは大体僕が仕込む事が大事だった。
代わりに、エリーちゃんにはキャベツやマヨネーズを作ってもらっている。この前も補正付与の実験をして以来また色々試したけど、メインの具とパンを僕が担当すれば確率が高かったんです。
「さて、揚げ終わったから冷ましてる間にー」
少し前に表面だけ油でパリッとさせたロールパンを取り、冷め切ったそれを波刃のナイフで切れ込みを入れます。
油で表面を少し揚げると、刃が入れやすいしふにゃっとしにくい。実家のパン屋にならって少し工夫しただけだけど、この手間だけで味も好評な上に確率も高い。
調子が良い?と、9割の時もあるけどほとんど偶然に近かった。
「キャベツ刻んだ、ソースも出した」
「まだカツが冷めるまで時間あるし、着替えるにはまだ早いし……」
「ゆっくり片付けしながら、冷めるの待と。と言っても、あたしが使ったのくらいか?」
「じゃ、僕コーヒー淹れてくる」
「サンキュー」
せっかくだから、ラテ用の泡立ちミルクにしちゃえ。
スチームクリーマーとかあればいいけど、電動ブレンダーとかもないから手動です。
鍋で軽く温めた低脂肪じゃない牛乳を、ボウルに移して固めに泡立てるだけ。やったことある人なら、メレンゲを泡立てるのと似てるかな?
二人分作ったところで、粉に湯を注いで押し出すフレンチプレスって機械で丁寧にコーヒーを抽出。
大きめのマグカップにコーヒーを半分注ぎ、その上にまだ温かい牛乳、泡立てた牛乳の順に入れれば完成!
「カフェラテおっ待たせー!」
「時間かかるなぁって思ってたら……ありがと」
「えへへー」
実はこれ、エリーちゃんまだ作るのが苦手で僕くらいしか淹れられない。とってもお気に入りなのを知ってるから、張り切りましたとも。
カツを冷蔵庫で冷ましてもいいんだけど、味落ちより補正の確率が悪くなっちゃうので自然冷却にしています。
だから、椅子を持ってきてのんびりティーブレイク。
「後夜祭までって、お祭りの催し物とかどうなってるの?」
「大道演舞って言うのが中央の広場で、色んな出演者が披露する以外は特に。けど、街の外からの参加者も多いし、露店巡りもむしろ三日目の今日が凄いかもね」
「そうなんだー? ロイズさんに言われたからだけど、お休みしてほんとに良かったかなぁ?」
「昨日は陛下がいらしてたから人混みは半端なかったし、今日でいーいの!」
「うひゃっ」
ペシっと軽くデコピンされちゃったんで、気にし過ぎるのを中断させられました。
「せっかくの祭りなんだし、1日でも遊ばせてもらえるんだからさ? あたしも久々だし、一緒に楽しめばいいって」
「……うん!」
去年までは冒険者稼業に勤しんでたから、余計に久しぶりなんだって。
なら遠慮はいらないかと、カフェラテを飲み干してから作業再開。切り込み、マヨネーズ、具材の差し込みをトントン拍子に進めたらあっという間。
「補正の確率は……94%」
「またけったいな数値……」
けど、出来ちゃったのはしょうがないから手早く包装。
仕上げがこれだけだったから、あとは着替えてギルドに届けて終わり。ちょうど通り道だし、二人で運べば大丈夫と思ったからです。
ピンポーンピンポーン!
さあ行こうと思ったら、裏口からチャイムが?
エリーちゃんに見てきてもらうと、『ミント⁉︎』って声が上がった。
「どもー! 受け取りに伺いました!」
「報せてた?」
「いーえー、ギルマスから『スバルのことだから、最低メンチカツだけは準備したはずだ。早めに受け取って来い』と」
「なーる?」
さすがはロイズさん、商業ギルドのマスターさんです。
「で、メンチカツだけですか?」
「確率がぱないけど……」
「え、今日はどれくらいですか?」
「あはは……94%まで上がっちゃいました」
「え゛⁉︎」
専用の木箱ごと渡すと、当然ミントさんもびっくり以上の声を上げました。
「それ、予約以外でも死闘が……」
「ごめんなさい! 迷惑かけちゃいますが‼︎」
「い、いいえ! けど、副ギルマス達には相談して価格だけは変えた方がいいかもしれません。大切にお預かりします!」
それだけ言い残すと、転ばないように走りながら馬車の方へと行ってしまった。
「……値上げ、だけはしょうがないよね?」
「冒険者の連中だって納得するさ。ほら、準備して早く出よ?」
「はーい」
戸締り、セキュリティを万全に施してからお出掛け!
(け、けど、デートじゃない!)
今僕は男じゃないし、女の子の恰好をしている。
だからこれは、いわゆる……女子会?
と思い込みながら、エリーちゃんの手を握って中央広場を目指しました。
◆◇◆
いつもは噴水があるだけでのんびり出来る広場兼公園が、ステージと屋台で賑わっているのが、なんだか懐かしさを感じた。
「……すっごい。私がいたとこと変わんない」
「ほんと? なら良かった」
小声と一人称を変えながらのお出掛けには慣れたつもりでいたけど、今日は段違いだ。
もともと車はない世界だからどこも歩行者天国なのが普通。
それが、お祭り最終日なのに露店の通りや広場が埋め尽くされて歩きにくいくらいに。
(でも、わくわくしちゃう!)
あと朝ご飯も控えめにしてきたから、揃ってお腹を鳴らしちゃったのに二人で笑った。
「お、スバルちゃんとエリーちゃんじゃないか! 安くしてあげっから、うちのベーコン串の焼き立て食わね?」
「「お願いします!」」
その音を聞きつけた、ウィンナーやベーコンを卸していただいてるお肉屋の店長さんが声を掛けてくれました。
エリーちゃんと揃って声を上げ、焼けるまで出来合いのホットドッグをご馳走になった。お腹の方を優先しちゃったのか、エリーちゃん恐怖症が出てないくらいだったしね?
「わざわざありがとうございます」
「なーに、スバルちゃん達のお陰でうちも稼がせてもらってんだ。これくらいどーってことないって」
パンは僕のとこじゃなくて、別のパン屋さんのだけど充分に美味しい。
この街のパン屋さんは、僕のところ以外じゃ三店舗あるらしいけど不思議と喧嘩にはなっていない。
エリーちゃんが推測するには、僕のところは冒険者向きなのと北区の住民向けだからだって。
街は中央以外方角と同じ名前の区に分かれ、パン屋はそれぞれの区に一店舗ずつ。もちろん、自分の区以外のパン屋に行ってもいいが、僕のいる北区はどの方角からも遠い。
だけど、ギルドが集中してるのは北門から出てすぐがモンスター達がうようよいる地帯だからとか。
「ほい、あっちーから気をつけな」
「「いただきます!」」
まけていただいた代金を払ってから、焼き立てをいただく。
すっごい熱いけど、胡椒が効いててベーコンの塩気と脂身が絶妙!
さすがは、ロイズさん御用達のお肉屋さんです!
「おいひいです!」
「ほんと!」
「そう言ってもらえると助かるよ。そうだ、ステージでもうそろそろ恒例の演舞が始まるってよ。行っておいで」
「こふれい?」
「あれか……ま、スバルはどれも初めてだからね。食べたら行こ?」
「う、うん?」
半分を食べてからエリーちゃんにそう言われたけど、せっかくのお肉をゆっくり味わいたかったから慌てずに。
残った竹串をおじさんに渡してから、僕達はまた手を繋ぎ直した。