バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

再会

 東側の駐屯地に来てもう二ヵ月以上が経つが、やる事はそんなに変わらない。ただ、平原の情勢は、二ヵ月前と比べて多少変化があった。
 まず、森の方では未だに騒動が続いている為に、魔物の勢いはボクがこの駐屯地に来た当初よりも強い。しかし、大結界を張り替えてより丈夫なものにしたことで、防壁と大結界周辺の警邏の方は大分余裕が生まれている。
 その次にクロック王国からの増援も来た事で、森での騒動前よりも平原に余裕が生まれている。単純に数が増えたことで、元々少し手が回っていなかった部分に対処できるようになったからだろう。それに少しだが余剰戦力が生まれた事で、しっかりと休憩がとれるようになったのも大きい。
 つまりは、全体的に多少の余裕が生まれているという事だが、まだ森の動向が予断を許さない以上、おちおち気も抜けない。

「・・・・・・」

 とはいえ、防壁上から見る分には、かなりゆったりとした時間が平原に流れているのが分かる。
 現在は防壁上も平和になり、大結界へと攻撃してくる魔物も激減した。というか、ほぼ居ない。平原で問題なく対処出来ている状況だ。
 魔物の数自体はそう大きく変わっていないというのに、今まで大結界周辺を警邏していた兵士達を減らして平原の方の警邏に回したうえに、今回の騒動で増員された生徒達も広く展開しているのだから、それも自明だろう。
 今の状態が本来あるべき姿なのだろうが、増員された生徒や兵士達を通常の状態に戻した場合、やはり少し足りないか。大結界を張り替えた分、魔物の動向が落ち着けば、丁度釣り合いがとれそうではあるが、それもいつになる事やら。
 平原へと眼を向けながらそんな事を考えている内に、初日の見回りが終わる。何事もなく実に平和な見回りだったが、今までが今までだっただけに、何か物足りなさを薄っすら感じてしまうのは許してほしいところ。
 現在就いている北への見回りもだが、聞いた話だと南もこんな感じらしい。なので、今後はもう少し平原の方に重点を置く事で、増援分が去った後の補てんとするとか。まあまだ予定ではあるが、大結界が強固なモノになったので思い切ったのかもしれない。
 そういえば、大結界を張り替えたおかげで、内部の魔力濃度が変化してきた。急激な変化は体調に良くないので、徐々に外界と同程度まで上げていくように組んでいる。特に魔法使いでない人間には急激な変化が顕著に表れるので、気をつけなければならない。
 そういう訳で、直ぐに変化は表れないが、もう気がついている者は気がついているだろう。今の段階で気がつける者はそれなりの実力者だろうから、限られてくるだろうが。

「・・・・・・」

 夜の詰め所で、ボクは窓際で本を読む。他にもまだ周囲に人が居るので、彫刻も何もできやしない。それでも読書は出来るのでいいものだ。しかしこれは十冊目、つまりは最後の一冊なので、そろそろ補充したいところだが。

「・・・・・・んー」

 少し考え、近いうちに買い物に行くか、一度実家に帰って持ってくるのを忘れた本を取りに戻ろうかと考える。
 実家に置いてきた本には外の世界の話が載っているが、いまいち入手した時の事を覚えてない。最初から本棚にあったし。まぁ、兄さんの持ち物だろうから、そんなのが在っても不思議じゃないんだけれど。
 とりあえず、その本には色々と載っているので、また読み返したい。正直記憶がボクのモノに変わってから、本の内容は朧気にしか覚えていない。
 そうだな・・・近いうちに帰るにしても、どうしようかな。実家は防壁近くに在るが、駐屯地から普通に往復して一日以上かかる。急いでも一日で往復できるかどうかの距離だ。
 なので転移が必要になってくるが、その辺りも考えないといけないな。人に見られないようにしないといけないし。それに、あれは慣れてきたとはいえ、毎回緊張してしまうので、精神的に疲れるんだよな。便利なのは認めるが。
 だから、つい考えてしまう。やろうと思えば、世界の眼を用いて実家の自室から本の情報を抜き取って複製してしまえばいい訳だし。
 正直気は乗らないが、一応検討するとしよう。
 そう決めたところで、周囲に誰も居なくなっている事に気がつく。みんな寝てしまったのだろう。丁度いい。
 一度時刻を確認してから、本を情報体に変換して収納する。
 その次に串刺しウサギの角を四つ取り出し、クリスタロスさんに贈った置物と同じようにそれを切り出し束ねる。今回は魔法でくっ付けるとしよう。
 しっかりと束ねて、その接地面に火・土・水系統の魔法を用いて表面を少し溶かしてくっ付けてから固める。それを瞬きするより短い時間に終わらせた。これが結構難しい。
 数拍置いて、しっかり接着したのを確認してから作業に入る。今回は角などの余分な部分を切り取る程度の大雑把な作業なので、まだそこまで彫る姿形を気にする必要はない。とりあえず彫りやすい大きさまで切り出すだけだから。
 これが終われば、まずはシトリーを直接観察して構想の参考にするのだが、その前に、串刺しウサギの角を束ねて作ったこれをしっかりと記録しておく。シトリーの次はプラタの置物だからな、ここまでする手間は省いておく。切り出しはどんな姿で彫るか決まってからの方がいいので、切り出してからではなく、束ねて固めたところで記録だ。彫る時の大きさは分からないからね。
 さて、そこまで済んだら、早速切り出していこう。
 束ねてくっ付けた串刺しウサギの角を、加工がしやすい大きさまで風の刃で切り出していく。
 それが済むと、様々な角度から出来を確認してから情報体に変換して収納する。
 収納が終わり片付けまで済ませると、窓の外に目を向ける。大分空の色が薄くなってきているとはいえ、もう少しだけ時間が在るな。
 彫刻の続きは後日に回すとして、今は大人しく読書でもしておこう。
 本を構築すると、それに目を通していく。読み終わるには少し時間が掛かるが、このままいけば見回りの途中には読み終わりそうだな。

「うーん」

 何処かでシトリーを呼ぶか、こちらから向かえば彫刻を始められるが、それは帰ってからでいいや。
 その間は魔法の研究でもしていよう。文字などの反応を確認するだけであれば危険も無いだろうし、問題ないだろう。
 読書を続けながら、頭の片隅でそんなことを考えていると、部隊長達が起きてくる。読書しているので、別に隠す必要が無いというのは楽でいいな。
 広間にやってきた部隊長達に朝の挨拶を済ませてから朝食を食べると、少し時間を置いて外に出て隊列を整える。それが済めば見回りの開始だ。
 今回の北への見回りが大結界を張り替えてから最初の見回り任務だが、今のところ、防壁上から確認する限り新しい大結界に不備はない。日に一度か二度あるかどうかという頻度で行われる魔物の攻撃にもビクともしていないし、大丈夫だろう。
 しっかりと組み込みはしたが、起動を確かめてはいなかったので、ほんの少しだけ心配ではあったがこれで安心した。
 あとはこの大結界を起動している絨毯を護り抜けるかだが、それはボクには関係ないからいいか。絨毯に迎撃魔法なんて組み込んではいないし。それでも、素体自体を護る結界は一応発動するようにはしている。持っていく分には意味が無いので、奪う事は出来てしまうが、壊すことは難しいだろう。
 大結界周辺を警邏している兵士達をたまに見かけるが、ちょっと前まで全力で駆け回っていたとは思えないほどにゆっくりしたとものだ。
 魔物の数は、ボクが惹きつける前にすっかり戻っている。勢いも変わらないものの、大結界が変わるだけで、結構流れは変わるものだな。色々理由はあるが、精神的な部分も大きいのだろう。大結界と防壁しか人間界を護っているものはないからな。
 それにしても、本当に平和だ。何事も起きないままに境界近くの詰め所に立ち寄ると、昼休憩をして折り返す。
 詰め所内も緊張した雰囲気はなかった。
 平原がそんな状態だから、防壁の内側は勿論眠たくなるほどに平和だ。
 ずっと眺めていると、立ったまま眠りそうになるほどで、前後には部隊員の眠たそうな顔が並んでいる。
 夕方に詰め所に入ると、夕食を食べて早々に仮眠室へと移動していく者も居るほど。これは今まで忙しかった反動なのかな? 一気に緩み過ぎな気もするが、一時的なものなら大丈夫だろう。
 ボクは読書しながら時間を過ごす。昼休憩の際にも読んでいたので、そろそろ読了しそうだ。

「・・・ふぅ」

 月が天上を過ぎて地平へと降りていく途中で、とうとう本を読み終えてしまう。周囲には誰も居ないので、本を情報体に変換して収納する。

「明日は曇りかな」

 窓の外に目を向けながら、そう思う。月も雲の合間に見え隠れしている。
 まだ皆が起きてくるまでには時間があるので、何をしようかと考え、そういえばとプラタに声を掛けた。

『プラタ。今いい?』
『何で御座いましょうか? ご主人様』

 直ぐに返ってきた応えに、ボクは絨毯を渡した後に何があったのかを尋ねてみた。あまりにも襲撃までが早かった気がしたから。

『どうやら内通者が居たようです』
『内通者、ね』

 現在の人間界の状況を考えれば、何処の国も内通者や間者は大量に居る事だろう。

『元々の大結界の素体を管理していた者達でした』
『まぁ、マンナーカ連合国は余力が在るからね』

 ハンバーグ公国・クロック王国・ユラン帝国・ナン大公国の四ヵ国は、平原に接している為に、その防衛に多くの力を割いている。その分、兵士の質はマンナーカ連合国よりも格段に上なのだが、防衛に力を割いてる分、どうしても他が手薄になってしまう。しかし、マンナーカ連合国は平原と接していない為に、防衛に四ヵ国ほど力を割く必要はない。それ故に、その分の余力を情報収集へと振り分けられるという事らしい。

『そういうことなら納得だけれど・・・組み込まれている魔法が視える者でも居たのかな?』
『ご主人様が魔法道具を手渡された者が、うっかり話してしまったようです』
『なるほどね・・・よほど信頼していたのか、疲れていたのか』

 仮にも最強位という地位に座す者だ、あれの性能を口にしたらどうなるかぐらいは想像がつくだろう。あの絨毯に組み込んだ広域の結界は、人間界の基準でいえばかなり高いのだから。
 しかし、それを口にしたという事は、そういう事なのだろう。

『両方かと』
『なるほど』

 あの時は、平原に居る生徒も兵士も皆一杯一杯だったものな。

『しかし、これからどうするのかね? 何か特別な場所に保管してた?』
『特別かどうかは分かりませんが、容易に立ち入れない場所に安置したようです』
『そう。ま、管理は向こうの領分だから別にいいか。それで、マンナーカ連合国の方はどんな感じか分かる?』
『諦めてはいないようです』
『そっか。まあそうだろうね』

 マンナーカ連合国が管理していた大結界は壊したのだから、これでマンナーカ連合国の発言力は大幅に落ちた訳だ。

『でもまぁ、いいか。それで、現在の東側の森の様子はどう?』
『変わらず』
『そっか。なら、今の状況ももう暫くは続くんだね』
『はい』

 前より魔物の勢いが強いとはいえ、その対応も大分安定してきているので、こちらに関しては問題ないだろう。

『そういえば、死の支配者の女性はあの後どうしているの?』

 死の支配者の女性が人間界やその周囲の森を攻めた後の動向については聞いていない。

『不明です。あの後、姿を現さないので』
『何か動きは?』
『確認できておりません。現在外の世界は静かなものです』
『ふーむ。余興が終わったのかな?』
『今までの流れ通りですと、次は一度南の方を攻めると思うのですが』
『南というと、魔物の国か』
『はい』

 魔物の国は強いとシトリーが言っていたが、死の支配者が送る相手はその辺りを考慮したうえでの相手だろうから、それなりに被害が出る事だろう。

『それで、あれから動きがないという事は・・・送り込む兵隊でも選別しているのだろうか? 人間界に来るときも少し間があったし』
『可能性はあります』

 死の支配者の考えが分からない以上、判断のしようが無い。それでも無為な時間という訳ではないだろう。

『外は静かだけれど嵐の前っぽいね。人間界は少しずつ変化していってるけれど、成長するにはまだまだかなりの時間が必要だからな・・・到底間に合いそうもないか』
『はい』
『あの死の支配者に対抗できそう存在に心当たりは?』
『そうで御座いますね・・・・・・』

 プラタはそう言って黙ったが、それは対抗できる相手について考えるための空白というよりも、どう返答すればいいのだろうかと迷っている様な間に思えた。

『プラタ?』
『如何いたしましたか? ご主人様』
『いや、えっと・・・思いつかないなら別に無理しなくてもいいよ?』

 しかし、こういう時に掛ける言葉が思いつかなかったので、そう声を掛ける。

『御心遣い感謝致します。ですが・・・そうで御座いますね。あの女性に対抗できる方は、御一方だけなら居ります』
『誰?』
『・・・オーガスト様で御座います』
『ああ! なるほど』

 そう言われて思いつくが、真っ先に思い当たるべき相手だろうに。何故思い至らなかったんだろうか? 最初の頃に兄さんの方が強いとは思ったが、それだけだ。
 とにかく、そういうことなら後で訊いてみよう。

『しかし、この様な事で御手を煩わせるというのは・・・』
『まぁ、言いたい事は分かる。なんかあれだもんね、兄さんは犯し難い雰囲気というか威厳が在るからね。どうしても遠慮してしまうよね』
『はい』

 兄さんの近寄りがたいあの感じは、多分こちらが気圧されているからだろうが、解っていてもどうにもできない。

『まあとりあえず、時間もないから後日話は訊いてみるとして、死の支配者の場所はまだ判らない?』
『申し訳ありません』
『そっか。どこに住んでいるんだろうね?』
『分かりません。しかし、これだけ探しても見つからないということは、一層目には居ない可能性があります』
『一層目ってことは、ドラゴン・妖精・巨人が護っている内側だったっけ?』
『はい。なので、二層目か三層目。魔境か最果ての地に住まうのではないかと』

 魔境や最果てと呼んでいる二層目と三層目はプラタの眼が届かない地らしいので、一層目である内側をどれだけ探しても見つからないというのであれば、そういうことになるのだろう。

『なるほどね。しかし、そうなると探すのは難しいか』
『はい。・・・ですのでご主人様』
『ん?』
『暫く御傍を離れる事になるかもしれませんが、よろしいでしょうか?』
『え?』
『魔境へ赴いてみようかと』
『大丈夫なの?』
『・・・努力はいたしますが、確約は出来かねます』
『・・・そっか・・・いますぐ?』
『そう考えております』
『んー・・・数日遅らせられない? 兄さんに話を訊いてみてからでは駄目?』
『畏まりました』
『うん。今日には宿舎に戻ると思うから、その時に訊いてみるよ』
『御願い致します』

 プラタからお辞儀されたような気配を感じる。その時、丁度プラタとの話に区切りがついたところで、奥の部屋から人が起きてくるのを察知する。

『そういう訳だから、少し待っててね。それじゃあ』

 会話を終えると、少しして廊下から部隊長達が起きてきた。それに挨拶を交わして、持ってきた食料を貰って朝食を済ませると、外で隊列を整えて出発する。
 現在地は大体防壁の中間付近なので、東門には夕方には到着するだろう。
 それにしても、魔境か。
 プラタと出会ったのはジーニアス魔法学園で、あの頃は一年生のはじめだったから、まだ二年も経っていないぐらいか。しかし、その約二年の間はずっと傍にいてくれたからな。そんな相手が一時的にでも離れるというのは寂しい。それも、無事に戻ってこれる保証のない地へと赴くというのだから。
 魔境というのがどういった地かは分からないが、以前にプラタとシトリーが自分達でもきついと話していたし、相当な強者の集う地なのだろう。

「・・・・・・」

 防壁の内側へと目を向けながら、どうしようかと考える。
 とりあえず兄さんに死の支配者や魔境について尋ねてみるとしてもだ。プラタの事だから、多分本気で止めれば行かないだろう。しかし、本当にそれでいいのだろうか? とも思うのだ。
 死の支配者の居住地を見つけるというのは、今後の為にも大事な事だ。その為にはある程度の危険は覚悟しなければならないのだろうが・・・うーん。
 いくら考えても、結局行き着く先は変わらない。プラタに託すしかないのだが、自分で赴けないというのは悲しくなってくるな。せめてシトリー・フェン・セルパンの誰かに同道を頼むとしよう。
 それから、道中詰め所に寄って昼休憩を行い、夕方には東門に到着した。
 部隊を解散した後、一旦自室に戻ってから、まずはお風呂に入って落ち着く。その後誰も居ない自室に戻ると就寝準備を済ませ、周囲を確かめてから、自分の内側に語り掛ける。

『兄さん』
『・・・何?』

 兄さんに話し掛けると、いつもの無感情な声ではなく、どことなく不機嫌そうな声が返ってくる。

『えっと、兄さんに訊きたい事があるんだけれど』
『・・・何?』
『死の支配者についてなんだけれど・・・』
『死の支配者?』

 ボクは兄さんに死の支配者について説明していく。

『そう。それで?』
『兄さんなら勝てる思う?』
『・・・そうだね、現状なら勝てるよ』
『現状なら?』

 兄さんの妙な言い回しに、そう問い掛ける。兄さんが勝てないなど考えられないのだが。というよりも。

『先の事など分からないよ。成長して強くなることもあるし、衰えて弱くなる事もある』
『・・・そ、そう。それで、訊いておいてなんだけれど、兄さんは死の支配者を知っているの?』
『そんなもの、調べれば判ると思うけれど?』
『調べればって・・・何処に居るのか判るの?』
『むしろ、何処に居るのか判らないの?』
『う、うん』
『そう』

 呆れたというよりも、やはりといった感じの兄さんの呟き。

『そ、それで、何処に居るの?』
『・・・何故教えなければならない?』

 微かに怒りの様な色が混ざったようなその声に、思わず息を呑む。

『ご、ごめん』
『そのぐらいは自分で察知できると思うが?』
『・・・いや、あの、出来ない、です』
『そう。出来るはずなんだが、出来ないか』
『どういう』
『独り言さ。それで? 用件はそれだけかい?』
『ああ、もう一つ』
『何?』
『魔境について教えてほしい』
『何故?』
『近々プラタが魔境に死の支配者を探しに行くと言っていたから、どんなところかと思って』
『ふむ。・・・そうだな、あの地は少しここに似ている』
『似ている? 人間界に?』
『そう。平原が広がっているからね。似てると言っても、ただそれだけなんだけれど』
『魔境は平原なんだ! てっきり不毛の大地だとばかり思っていたよ』
『・・・まぁ、そういう時代もあったようだね。だけれど、今は違うよ』
『へぇ。それで、魔境には何が居るの?』
『不死者』
『不死者?』
『死なない者達が住んでいるのが魔境』
『そうなんだ! 強いの?』
『そうだね・・・今の君では勝てないだろうね。よしんば倒せたとしても相手は不死者、完全な勝利は無理だろう』
『なるほど。プラタは大丈夫かな?』
『積極的に攻めるならばまだしも、違うのだろう? ならば、あの妖精であれば問題ないだろうさ』
『そ、そう?』

 自分の事ではないのだが、プラタが褒められて少し嬉しい。それでも、不安はある。

『・・・心配かい?』
『え? うん。そうだね、心配だよ』
『そう・・・心配ね、まだよく分からない感情だな。ま、それなら案内でも手配しようか?』
『案内? 出来るのであればお願いしたいけれど・・・』

 兄さんはほとんどずっと内に籠っているが、どうやって手配するのだろうか? それに、そんな知り合いが居たとは初耳だ。

『ならば魔境で合流でいいね。行けば分かるから』
『え? あ、うん。分かった。そう伝えておくよ』

 まあ何であれ、案内が付くのであれば安心だろう。なにせ兄さんの紹介なのだから、魔境でも十分戦っていけるだけの実力者なのだろうし。

『それにしても、その案内の人とはどこで知り合ったの?』
『ん?』
『兄さんはあんまり外には出ないからさ』
『ああ、なるほど』
『どんな人なの?』
『・・・そうだね・・・出会いは説明が面倒だから省くが、思った事を口にする素直な性格をしているね』
『素直な性格か。どうやって連絡を取るの?』
『連絡なんて取ろうと思えばいくらでも方法はあるさ』
『そう、なんだ』
『・・・・・・』
『?』

 そこで兄さんは何かを待っている様な間を置くが、その意味がボクには分からない。

『・・・まあいいか。他に何かある?』
『えっと・・・ううん、今のところはないかな』
『・・・そう』

 そう言って奥に引っ込んでいったが、少し残念そうだったのはなんだったんだろうか? それに、前まではここまで兄さんの感情は分からなかったと思うが、気のせいだろうか?
 まあとりあえず、今は兄さんと話した事をプラタに伝える方が先決か。
 頭を切り換えると、ボクは早速プラタに繋げて語り掛けた。

『プラタ』
『はい。いかがでしたか?』

 今回は事前に話していただけに、直ぐに話に入る。

『まず、兄さんは死の支配者よりも上らしい』
『流石で御座いますね』
『ただし、現時点では、らしいよ』
『と、仰いますと?』
『成長や衰退があるから未来の事は分からないとさ』
『なるほど。至極当然で御座いますね』
『次に、魔境についてだけれど』
『はい』
『兄さんが案内を付けてくれるってさ』
『案内、ですか?』
『うん。魔境で合流。行けば分かるらしいよ』
『畏まりました』
『そういう訳で・・・気をつけて行ってきてね』
『はい。案内まで付けて頂けたのです。またご主人様の御傍に戻ってこられることでしょう』
『・・・うん』
『それでは、早速行ってまいります』
『気をつけて』

 プラタとの連絡が終わる。また直ぐに戻ってくるのだろうが、やはり寂しいものがあった。





 人間界を発ったプラタは、まずは妖精の森側の一層目と二層目を分かつ境界である大河の手前に転移する。

「さて、その案内というのは何処に居るのでしょうか?」

 妖精の森側から安全を確認してから、対岸へと転移して二層目入り口に到着したプラタは、周囲を見渡してそう呟いた。

「やっと到着したね!」

 そんなプラタの背後から、明るい声が掛けられる。

「ッ!!」

 その声に驚いてプラタは振り返る。先程から周囲に気を配っていたというのに、背後に立たれたことに気がつけなかった事に驚きながら。
 背後に立っていたのは、無邪気な笑みを浮かべている身長百五十センチメートルあるかどうかといった、動きやすそうな装いの小柄な少女。顔立ちは幼く、見た感じの年の頃は十二三といったところか。その年の少女特有の中性的な感じが強く出ている面立ちをしている為に、見ようによっては少年にも見える。
 その少女をみたプラタは、驚きの声を上げた。

「ティターニア様! 何故ここに!?」

 その名前を聞いた少女は、浮かべていた笑みを深める。プラタには、それはとても危険な笑みのように思えた。

「ティ、ティターニア様? 如何なさいましたか?」

 それ故に、プラタは困惑の強い声を上げる。

「今のぼくはね、ティターニアではなくソシオなんだよ?」
「そ、そうでしたか! 知らなかったこととはいえ、これは大変失礼なことを申しました」
「いいよ。一度ぐらい」
「・・・・・・」

 変わらず危険な笑みを浮かべるソシオに、プラタは謝意を込めて頭を下げた。

「そして、ここへ来たのは、君の案内役をオーガスト様に任されたからなのだよ!」

 しかしそれを直ぐに引っ込めると、ソシオは両手を腰に当て、得意げに胸を張る。

「左様でしたか」
「ああ、それと君の疑問に答えておくと、オーガスト様にこの身体を頂いたから外に出られたんだ」
「そう、なのですね」
「そうだよ。いい身体でしょう? 生身とほとんど変わらないんだよ!」
「はい。まるで初めからそうであったかのようです」
「それに、オーガスト様から名前も頂けたからね。今では君よりも強くなったよ」
「そのようですね」
「君はあれから名前を貰ったようだが・・・契約を交わしたわけではないはずだよな? でも、少しは強くなっているんだよね・・・うーん?」
「ソシオ様」
「ん?」

 プラタが静かに声を掛けるが、そこには抑えられた怒りが僅かに感じられた。

「いくらソシオ様といえど、ご主人様をあれ呼ばわりするのは止めていただきたく」
「・・・分かったよ。それで? 君は彼の魔力を取り込んだのかい?」
「いえ・・・いえ、取り込んだわけではありませんが、一度同調魔法を使用した際に互いの魔力を循環させました」
「それでか。それで弱いながらも契約した事になったのか・・・?」
「かもしれません」
「ふーん・・・でも、いや・・・まあいいか。じゃあ本格的に契約・・・は、今はやめておいた方がいいか」
「?」
「・・・彼もいつになったら決断するのかね」
「決断、ですか?」
「ああ、聞いていないのか」

 プラタの反応に、ソシオはどうしようかと首を傾げる。

「・・・なら、ぼくからは何も言えないね。知りたければ彼から直接訊くといい」
「分かりました」
「さて、それじゃあそろそろ行こうか。君は何処に行きたいんだい? というか、何をしに来たんだい? 実はオーガスト様からは案内をするように、としか聞いていないんだけれど」
「この地には探し物をしに参りました」
「探し物? こんなところにかい?」
「はい。死の支配者を探しておりまして」
「死の支配者、ねぇ」
「ご存知ですか?」
「まあね」
「内側で探しても見つからないので、ここに居るのではないかと思いまして」
「ふむ。まぁ、そうだね。そうなるよね」
「何か御存じで?」
「ん? その死の支配者がいる場所さ」
「! どちらに居るのでしょうか?」
「魔境さ」
「魔境のどこでしょうか?」
「まぁ、そういう事なら案内できるよ。ついてきて、少し遠いから」
「はい」

 ソシオの言葉にプラタは頷くと、二人は移動を開始した。

「ソシオ様は今まで何を?」

 魔境を移動しながら、プラタはソシオに問い掛ける。

「大体は魔境に滞在していたかな」
「魔境に? 何か御用が?」
「んー在るとも言えるけれど、まぁ、好奇心かな。昔はここに来れなかった訳だし」
「左様でしたか」
「色々巡ったから、こうして案内出来るという訳さ」

 ソシオは前を向いたまま楽しそうに笑う。

「魔境とは、どのような地なのですか?」
「死者の世界だよ」
「死者の世界?」
「死んだ者が行き着く果て。終焉の地にして満たされぬ場所」
「満たされぬ場所、ですか?」
「それも昔の話になってきたけれど」
「どういう事でしょうか?」
「支配者が変わったってことさ」
「なるほど。ここは元々ヘルの支配していた地、ということでしょうか?」
「そうだよ。この地は最後の一体が支配していた地。それもまた、今は昔の話だけれど」
「現在は死の支配者が?」
「そうだね。彼女がこの地の管理をしているよ。だから、単純にこの地に居る死者の強さは昔以上なんだよ」
「死者は強くなるのですか?」
「強くなるのではなく、強くするんだよ」
「死の支配者とは、一体・・・?」
「それは会って訊けばいいんじゃない?」
「・・・それもそうですね。答えてくださればいいのですが」
「それは分からないね」

 二人は話しながら魔境を進んでいくも、どれだけ進もうと何も見えてこないし、何とも遭遇しない。しかし、そんな中でもソシオは迷いのない足取りで進んでいく。

しおり