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彫刻と余興18

「これで終わりっと」

 読み終わった本を情報体に変換して収納する。平原に魔物の注意を惹きつけてから七日が経った。思いの外読書が進んだおかげで、七冊目まで本を読み終えることが出来た。

「それにしても、外野はいつまで居るつもりかねぇ」

 八冊目の本を構築しながら、魔物の垣の向こう側の気配に眼を向ける。
 そこにはペリド姫達とクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様達以外にも、生徒や兵士達が大勢集まっていた。

「派手にやりすぎたかな?」

 結構広域に魔力を垂れ流しているので、魔物もそれに応じた範囲から呼び寄せている。最東端の砦よりも離れた位置に陣取っているとはいえ、流石に目立つ。それに、そうして大量の魔物を一手に引き受けている影響で、平原側に余裕が生まれ過ぎているのも原因だろう。
 そうして集まった者達は、代わる代わる外側から魔物に攻撃していっている。魔力に釣られた魔物は外側に反応しないので、巨大な的だろう。なので、約束の十日が来たら転移で何処かに移動しなければな。正確には九日目までにはここを移動しなければならないが。

「うーん」

 パラパラと本を捲りながら、今の内に転移先の候補を選定しておく。その合間に。

『フェン、大丈夫?』

 途中立ち上がったりはしているが、あれからほとんどずっとフェンに背を預けたままなので、心配になって声を掛ける。

『問題ありません。創造主』
『そう? きつくなったら言ってね?』
『はい』

 何度聞いても同じ答えなので、一応こちらでも気を配っておくとしよう。

「しかし、このまま魔力を断ったら、外野は危なくないかな?」

 現在は魔力を周囲に垂れ流しているので、それに釣られている魔物はボク以外には眼中に無いようだが、転移する前に魔力の流れを止めると、魔物はそのまま解散して周囲へと散っていくだろう。その際、近場に居る外野に襲い掛かるのは確実だ。
 ペリド姫達やクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様達、あとは一部の生徒と兵士達はその辺りを警戒しているようだが、大半の生徒と兵士達は観光気分のような浮ついた感じがしている。このままでは、被害が大きくなってしまうな。
 まぁ、何日も反応を示さないのだから、その気持ちも解らなくはないが。

「さて、どうしたものか」

 もう七日も経ったというのに魔物の数は依然として減らず、勢いも全く衰える気配がない。いくら弱い魔物だとはいえ結構な数が居るから、転移しながら魔物を全て倒すなんてことは、かなり骨が折れる。不可能ではないが、できたらしたくはない。かといって、放置も出来ないし。
 どうしたものかと考えていると、影の中にセルパンが戻ってきたのを感じる。

『おかえり』
『ただいま帰参致しました。我が主』

 声を掛けて迎えると、直ぐに返事を得られた。
 今回は何処に行っていたのか気になるが、それはまた今度聞くとしよう。

「・・・うーん。流石に放置はできないよな」

 勝手に集まったのだから、後は勝手にどうぞ。とは言えない。魔物の数も結構いるうえに、魔物と外野の距離も近い。

「そうだな・・・しょうがないか」

 平原に余裕が生まれているというのであれば、魔力を垂れ流している範囲を今の内に狭めるとしよう。そうしておけば、転移する前に釣っている魔物の数も減らせるし、狭めた分の魔物が平原に流れるので、それの対処で外野の数も減ることだろう。
 そういう訳で、転移する時まで徐々に狭めていくことにして、早速範囲を狭めてみると、端の方の魔物が僅かに平原方へと進路を変えたのを確認した。

「ちょっと時間差があるか?」

 しかし、魔力を流している範囲を縮めても、魔物がそれに反応するには少し時間を要するらしい。魔力の範囲外になっても、少しの間こちら側へと動くのを止めなかった。
 その辺りを踏まえて、もうちょっと狭める速度を上げてもいいかもしれない。

「こんなものか」

 本を捲りながら魔力を狭めていき、丁度いい速度に調節できた事に頷く。
 時刻はもうすぐ夜になるので、一度休憩する。

「ふぅ」

 空に目を向けると、雲が出てきている。明日は雨でも降るのだろうか?

「魔物の反応的に、明日までこのまま様子を見て、明後日に移動の方がいいかな」

 援軍も到着したようだし、もう十分以上に役目を果たしただろう。これ以上求められても与り知らない。

「これが終わったら、予定はどうなっているんだろう? 兵舎に寄って訊いてみるか」

 討伐任務の途中から十日間の魔物討伐になったが、多分討伐任務が延びただけで、予定自体は変わっていないだろう。それでも、一応確認はしておくかな。

「色々と保管していると、何かと役に立つものだな」

 かなり前に保管していた乾パンの缶を取り出し、それを食す。保管中は情報として保管しているので劣化しない。なので、昔の食べ物でも保存当時に食べられるものなら問題なく食べられる。
 水は魔法で創れるので、それを飲むと乾パンを収納する。

「こういうのんびりした暮らしもいいな」

 フェン達と一緒に、時間を気にせず本を読んだり研究したりと好きに出来る生活というのは実にいい。あとは外野が居なければ言う事なしなのだが、こればかりはしょうがないか。いつか静かに隠遁生活を送りたいものだ。
 食事を終えたら、暗視を発動させながら読書を再開させる。もうすぐこの本も読み終わるな。





 翌日も大きな出来事はなく、のんびり読書を続ける。まぁ、そう頻繁に何か起こられても困るのだが。
 外野は相変わらずだが、魔力を流している範囲を狭めた事で平原に魔物達が流れだしたので、数は少し減った。しかし、それでもまだ多い。暇なのだろうか? いや、ここは討伐数を稼ぐにはうってつけか。なにせ大量の魔物へと一方的に攻撃出来るのだから。
 とはいえ、未だに魔物の垣は厚みがあるので、その程度では崩壊しない。つまりは、のんびり出来るという事だ。まあ問題があるとすれば。

「・・・降ってきたな」

 天から落ちてきた雫が、目の前で弾ける。
 夜の内から雨模様だったので、念のためにと、予め上空にボクとフェンを覆うような傘を展開していたのだ。

「雨か、まあ濡れなければ問題ないか」

 後ろに雨音を流しながら、優雅に読書するのは中々に雅ではあるが、少々雨の勢いが強い。

「意外と響くものだ」

 思いの外に雨粒が傘を叩く音が大きかったので、少し間隔を空けて傘を何重か展開していく。それで少しは音が小さくなった。

「こんなものか。しかし、外野はこの雨でも動かないのか」

 結構強い雨なのだが、外野が散っていく気配はない。
 そのうち減っていくだろうと思いつつ、読書に集中していく。程なくして本を収納すると、次の本を手に取る。
 これで九冊目だが、読書だけだと本当に捗るな。
 研究や彫刻など、やる事は他にも色々とあるが、今は読書を優先させている。そういう人に見られたくないモノは、外野が居るとどうも集中できない。せめて相手が寝ていれば話は変わってくるが。
 それにしても、フェンに背中を預けるのは本当に気持ちがいいものだ。ふかふかしていてあたたかい。
 時折身体を撫でたりしつつ、読書を続けて一日が経った。朝になっても変わらず雨は降り続いている。

「そろそろ移動する準備をしようかな」

 丁度いいぐらいに魔物の数が減り、転移先も定めたので、あとは転移と同時に周囲の魔物を殲滅するだけだ。区切りがいいところまで本を読み進めて、情報体に変換して収納する。もうすぐこの本も読み終わりそうだな。
 世界の眼で転移先の周辺の安全を確かめた後、魔力に釣られている周囲全ての魔物の位置を捕捉していく。

「魔力を流す範囲を狭めたとはいえ、それでもまだ数が居るものだな」

 全ての魔物を捕捉した後、フェンには影の中に戻ってもらい、転移の直前に補足した魔物を一気に殲滅する。
 転移時特有の一瞬世界が白くなるのを体験した後、直ぐに周囲の様子を探る。事前に警戒していたが、直接視認した訳ではないから念の為。
 幸い事前に確認していた通り、周囲には誰も居ないので安堵する。

「さて、戻るか」

 一応先程まで居た場所へと眼を向けてみると、綺麗に魔物が掃討できているので、周囲に被害は及んでいない。これで十分役目は果たしただろう。
 それを確認出来ればもういいので、眼を進行方向に向ける。
 先程まで大量の魔物を惹きつけていたので、平原はまだ平和なものだ。帰りを考えれば一日多くなってしまうが、初日は少しだけだったし、まあいいか。おかげで少し前まで砦に籠っていた生徒達も、今では大分平原に散って行動しているし。
 クロック王国からの援軍も含まれているからか、魔物が減った分かなり余裕が出来ているようだ。
 東門を目指して進んでいるが、あまり魔物に遭遇しない。おかげで移動速度は中々に良好だ。それでも、たまに魔物が襲撃してくる。もっとも、直に魔物の数は増えるので、また元に戻るのだが、東門に帰るボクには関係ないか。大結界は新調済みだし。
 それから一日掛けて東門へと移動して、約束の十日目が過ぎた翌日の昼頃に東門に到着する。
 駐屯地に入ると、兵舎で今後の予定を確認していく。やはり討伐任務が延びた程度の認識らしく、今後の予定には然して影響はない。なので、明日は休日だ。もう今日の任務は終わったので、実質今から休みだが、一度宿舎に戻ることにする。
 宿舎へは夕方には到着したが、自室にはギギの姿は無かった。
 とりあえずお風呂に入った後に、自室で本の続きを読んでいく。もうすぐ九冊目が読み終わるので、これまで読み終わりたい。
 そうして自室で独り黙々と本を読んでいき、夜中に本を読み終わり収納した。

「うーん、まだ時間があるな」

 魔物を惹きつけている間にちょくちょく睡眠を取っていたので、そこまで眠くはない。それに明日の夜に寝ればいい訳だし。
 だからどうしようかと考え、十冊目を取り出す。

「彫刻の方も考えていかないとな」

 本を読みつつ、プラタとシトリーに贈る置物の構想を考えていく。
 どんな格好で作ろうかな? 二人といえば、といった格好もなかなか思い浮かばない。強いてあげるならばプラタは立ち姿で、シトリーは・・・寝姿かな? 俯瞰で見れていないから難しいか。

「うーん・・・」

 どうしたものかと思うも、これといった格好が思い浮かばない。それだけ長いこと一緒に居るということだろう。
 ぱらりぱらりと本を読む音が静かな室内に響く。外が静かなのは、もう真夜中だからであろうが、平原が安定してきているのもあるのだろうな。
 そんな調子で頭の片隅で彫刻のことを考えながらも、黙々と読書をしていき、朝を迎えた。
 今日はクリスタロスさんのところに行って置物を渡す予定なので、本を収納して食堂へと移動してから宿舎を出て駐屯地を離れた。
 念のために背嚢を持ってきて、中に置物を入れた状態で移動する。不格好ではあるが、置物を喜んでくれるといいな。
 駐屯地から離れ、人目がない場所まで到着すると、ヒヅキは転移装置を起動させる。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 いつも通りにクリスタロスさんに出迎えられるが、この場所ではまだ渡さない。
 挨拶を交わした後にクリスタロスさんの部屋に移動して、お茶を貰う。
 近況報告などの雑談を行ったあと、ボクは持ってきた背嚢から置物を取り出した。

「これは?」

 クリスタロスさんを題材にした置物を机に置くと、それを目にしたクリスタロスさんが驚いたような声を出す。

「クリスタロスさんを題材に彫ってみたものです。初めての彫刻で不格好ですが、クリスタロスさんを想って彫ってみました。受け取ってもらえたら嬉しいです」

 置物をクリスタロスさんの方へと差し出すと、クリスタロスさんは丁寧にそれを手に取り、様々な角度で眺めていく。

「・・・すごいですね。アテが題材なのは照れてしまいますが、よく出来ていて嬉しいです」

 クリスタロスさんは本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。

「しかし、本当にこんな素晴らしいものをいただいてもよろしいのですか?」
「はい。クリスタロスさんの為に彫ったものですから」
「そうですか。では、有難くいただきますね」

 はにかむような笑みを浮かべると、大事そうに置物を目にした後に、そっとそれを机に置いた。

「それにしましても、本当に上手ですね」

 机に置いた置物へと目を向けたまま、クリスタロスさんが微笑みながら口にする。

「気に入っていただけたのでしたらよかったです」

 安堵しつつも、恥ずかしくなってくる。やはり不格好だからな。

「ふふふ。親しい相手からの贈り物というものは嬉しいものですね」

 ずっとこの空間で独りだったからか、クリスタロスさんはとても機嫌がいいように見える。
 確かに親しい相手からの贈り物というのはいいものだ。これだけ喜んでもらえれば、贈ったかいがあるというものだろう。

「今度アテからも何かジュライさんに贈らせていただきますね」
「ありがとうございます。ですが、お気になさらずに」

 そういうつもりで贈った訳でもないので、恐縮してしまう。

「今度はアテがジュライさんに贈りたいのですよ」

 しかし、微笑みながらそう言われては、素直に好意を受け取るしかない。

「そうですか? では、その時を楽しみにしています」
「はい」

 満面の笑みを浮かべるクリスタロスさんに、ボクも笑みを浮かべる。天使からの贈り物というのに期待してしまうが、正直クリスタロスさんからの贈り物であれば、なんでも嬉しいと思うから。
 それからも少し話をした後、訓練所を借りる事にする。折角来たのだから、例の魔法の研究でもしてみよう。
 訓練所では空気の層を敷いて座ると、足下に文字や絵を描いていく。

「配置、関係とやったから、次は大きさを調べてみるか」

 とりあえず二つでやってみよう。まずは火の文字と火の絵を土の上に並べて描く。

「ここまでは前回と同じだから、絵の方を大きめに描いてみるか」

 火の文字はそのままに、火の絵を先程よりも大きく描いてみる。

「ふむ、大きさでも変わってくるな」

 文字と同じぐらいの大きさで描いた絵よりも、一回り程大きめに描いた絵の方が反応が強い。次は絵の大きさを戻して文字の大きさを変えてみる。

「なるほど。文字の方は大きいと反応が弱くなってしまうのか」

 まだ一字しか調べていないが、絵とは違い、文字の方は大きくしたら弱くなってしまった。ならば、次は小さく書いていく。

「小さい方が反応がいいな・・・ふむ」

 文字の大きさを戻して次は絵を小さくしてみると、反応が弱くなった。しかし、そこまで大きく変わる訳ではないようだ。どのぐらいまで大きさの違いで反応が変わるのだろうか? 大きくは難しいから、小さくしてみるか。
 とりあえず、絵の方を自分で描ける小ささで描いていく。
 簡単な絵なので米粒大で描いてみると、ほとんど反応しなくなった。次は文字の方を同じぐらいに小さく書いてみると、反応が強くなった。しかし、思ったほど強くはなっていない。

「やりすぎもいけないのか? なら、適切な大きさというモノが存在するのかな?」

 大きくするには限度があるので、簡単な小さくしていく方で少しずつ適正な大きさを調べてみる事にする。

「絵を最初の大きさに描き直して、その隣に文字を書いていく・・・大雑把に小さくしていけば、何処かで大きく変わるかな?」

 徐々に小さくしていくにしても、いちいち消しながらでは手間がかかりすぎてしまうので、大きさをある程度まで一気に縮小して書いていくことで、反応の違いから丁度良い大きさに近いものを見極めていくことにした。

「・・・ああ、その前に」

 一度目の火の文字を書いたところで、腕輪を設定するのを忘れていた事を思い出す。
 まずは時間を確認した後に、腕輪に時間を設定していく。それが終わると、文字を消して次の火の文字を書いていく。
 前の文字よりも一回り小さな文字を書いては、反応を確認していく。そんな作業を繰り返し繰り返し何度も行う。反応次第では、最終的に先程試した米粒大の一歩前まで縮めていかなければな。
 そう思いながら魔力を込めた線で文字を書いていく。
 段々と小さくしていき、小指の先ほどの大きさの文字になった時に、最も反応した様な気がした。

「文字はこれぐらい小さい方がいいのか?」

 それは火の文字だけかもしれないけれど。
 あとはそこから刻んで大きさを変えていく予定ではあったが、とりあえずそこで終わりにする。そこまでたどり着くまでにかなり時間を使ってしまっていた。

「絵の大きさもだが、他にも記号とか別の文字もだし、時間が掛かるな・・・これぐらいであればナン大公国も気がついていると思うから、研究成果をどうにかできないものか・・・うーん、そもそも気がついているかは分からないか」

 まぁ、直に調査結果が出るだろう。それよりも、今は記号が大きい方が反応がいいのか、小さい方が反応がいいのかだけでも調べるとするか。
 とりあえず時間も無いので、火を表す記号を書いて反応をみてみる。
 普通に書いた場合を標準として、それより大きい方がいいのか、小さい方がいいのか書いて確かめていく。

「・・・ふむ。記号も文字と同じで小さい方がいいのか」

 それが判れば一先ずは良しとしよう。
 次に、絵・記号・文字の順に、大きさを変えて配置していく。

「ほぅ。明らかに前に調べた時よりも反応が強いな。これなら・・・」

 フェンに習った模様を手掛かりに、研究結果を踏まえたうえで反応が強く連鎖していくように足下に並べていく。描くのは、火の魔法の模様だ。

「絵は大きい方がいいから、ここをこうして、その中に文字と記号を入れていって・・・」

 場所によっては絵・記号・文字だけを幾つも並べて、全体像も火の模様になるように注意を払う。

「ここをこうして・・・うん、火になってきた。あとはここに文字と記号を書いていけば完成・・・っと」

 そうして描いた模様は、フェンに教えてもらったナン大公国で成功したという模様の三分の二ぐらいの大きさであった。

「最後に微量の魔力を通して、一気に反応するように促してあげれば――」

 地面に描いた模様全てに魔力が巡ると、一気に絵や文字、記号が連鎖して反応していき、目標の強さにまで一足飛びに到達していく。

「うん。これでも火が出るみたいだな」

 変わらず小さな火ではあるが、自作の模様でもちゃんと小さな火が発現してくれた。あとはこれを小型化できれば、物に刻んで魔法道具のように出来る可能性が出てくる。

「まだまだ先は長いけれど、これで新たな可能性がぐっと近づいてきた事になるな」

 やはり魔法の発現には強い連鎖反応を引き起こす必要があるようだが、それは刻むモノの最適な大きささえ判れば大丈夫そうだ。あとは、どうやって火や水といった魔法の使い分けが出来るかだが。

「やっぱり、関連ってことなのかな?」

 火の文字には、水ではなく火の絵が相性いい様に、それを発現させる方向性というモノが存在しているのかもしれない。
 反応の大きさも、その示すモノの認識で大きさが決まるのか、線の長さや形で決まっているのか、はたまた別の要因が在るのかはまだ分からない。流石に研究を始めたばかりだからな。

「今何時だ?」

 腕輪はまだ振動していないが、時刻を確認すると、もう夜であった。今日はがっつり研究しようと思っていたから、もう少し時間がある。しかし、一段落ついたことだし、そろそろ帰るとしよう。
 振動する前に腕輪の設定を解除すると、片付けを済ませて伸びをする。

「んー! ちょっと疲れたな。帰って寝るとしよう」

 訓練所を出てクリスタロスさんにお礼を言う為に移動すると、ちょうどクリスタロスさんがボクが贈った置物を手に取って眺めているところであった。どうやら本当に気に入ってくれたらしい。
 そんなクリスタロスさんにお礼を言うと、ボクは転移装置を起動させて駐屯地から離れた場所に戻ってきた。
 周囲を見渡して誰も居ないのを確かめた後、ボクは駐屯地に戻る。
 誰も居ない自室に戻り魔法で身体と服を清潔にすると、ベッドで横になる。しかし、直ぐには寝ない。

「恰好か・・・どちらかだけでも決まればな」

 プラタとシトリーの置物を彫る際の姿態をどうするか考える。先着順で先にシトリーから彫るから、そちらだけでも決まればいいのだが。

「うーん・・・」

 色々なシトリーの姿を思い浮かべていくが。

「しかし、あれは模写した姿だが、そちらでいいのだろうか?」

 それを言ったらプラタもなのだが、プラタは人形に乗り移っているだけで模写している訳ではないから、あの姿も本来の姿といえなくもない。しかし、シトリーはそんなプラタの外見を真似ているに過ぎないので、本来の姿はあの不定形な姿なのだろう。なので、シトリーを模して置物を作る際は、今のプラタの外見を真似た姿で作るのか、元の不定形な姿で彫るかだが。

「元の方が彫りやすいけれど・・・」

 それでも、もう見慣れた今の姿で彫った方がいいのだろう。まあ念のため、シトリーに直接訊いてみようかな。その方が確実だし、本人も納得してくれるだろう。作った後に別の姿の方がよかったと言われても困ってしまうからな。

『シトリー』
『ん? ジュライ様どったの?』

 声を掛ければ直ぐに返ってきたその反応に、ボクは先程の説明を始める。

『そろそろ前に約束したシトリーの置物を彫ろうかと思うんだけれど』
『お! 本当に!?』
『うん。それでね、シトリーはどういう姿で彫ってほしいのかと思ってさ』
『どういう姿?』
『今のプラタを模倣した姿でいいのか、元の不定形な姿の方がいいのかどうかってこと。もしくは、前に擬態したエルフの姿でもいいけれど』
『ああ、なるほどね。それなら、今の姿のままの方がいいな!』
『分かった。どんな立ち姿がいいとかある? 立ってなくてもいいけれど』
『そうだなー、その辺りはジュライ様に任せるよー!』
『分かった。まだ構想も固まっていないから、完成まではまだまだ時間が掛かるからね』
『はーい!』

 という訳で、シトリーに連絡して今の姿のままでいい事を確認したところで、次はどういった姿で彫っていくかだ。指定も無かったし、どうしたものかな。
 色々と考えていくも、これといったものは思い浮かばない。というよりも、候補が多すぎるのがいけないのだろう。なので、まずは絞っていくことにする。
 最初は、かわいい感じにするか、かっこいい感じにするかといった、大雑把なところから開始していく。

「・・・うーん、とりあえずかわいい感じかな?」

 子どもっぽい感じなのがシトリーっといった感じだし、その辺りから考えていくか。
 次は表情だが、これは笑っている顔でいいだろう。姿は立ち姿で、手を広げているのはどうだろうか?

「・・・これじゃあ、帰ってきた時に迎えてくれる姿か」

 笑って両手を広げている姿といえば、学園でクリスタロスさんのところに一人で行って帰ってきた時に迎えてくれるシトリーそのものだろう。
 それでも問題ないが、クリスタロスさんも出迎えてくれる時の姿なので、少し考えてしまうな。

「・・・う、うーん。でも、別にいいのか」

 とはいえ、問題は全くない。被ってはいけないという規則はないし、そもそも迎えてくれる姿ではあっても、同じ姿という訳ではない。
 そう思えば、このまま迎えてくれる姿を参考に作っていっても問題ないか。
 他にこれといった案も無いことだし、それで決定としよう。
 そうと決まれば、一度頭の中に完成図を思い浮かべていく。完成図は明確な方が彫りやすいと思うし。

「・・・・・・」

 目を瞑って記憶の中にあるシトリーの姿を思い出していく。にこにこと人懐っこい笑みを浮かべた少女の姿は、とても印象的だ。なにせ、いつも隣に似た顔だが正反対の少女が居るのだから。
 故に思い出そうと思えば容易に浮かんでくるので、その姿をしっかりと記憶に焼き付けていく。正面だけではなく、側面と背面の姿も。こちらは別の記憶から情報を補完すればいい事だし。

「・・・・・・んー」

 しかし、よく考えてみたら、シトリー本人に同じ格好をしてもらえばいいんだよな。そうすれば、もっと明確に姿が分かる訳だから。少なくとも、服装については一度直接見た方がいいだろう。

「まあいいか」

 それは後日行うとして、夜も更けた事だし、今はこのままもう寝よう。
 そう決めたところで、ボクは心を静めて意識を沈めていった。





 ジュライが平原で魔物を惹きつけ始めた頃。クロック王国の王城にある一室に十名ほどの人物が集まっていた。
 その部屋は机と椅子だけしかない簡素な部屋だが、そのどれもが非常に丁寧に作られた一品なのが一目で分かるものばかり。天井からは魔法光の優しい明かりが部屋に満ちているが、窓はどこにも見当たらない。部屋の造りは他の部屋よりも頑丈で機密性が高く、外の音は聞こえてこない。

「さて」

 そんな静かな室内で重い声を発したのは、部屋の奥に座る濃い青色の髪をした若々しい見た目の男性。顔は非常に整っており、身体は細いながらも筋肉質で、言動には気品が感じられる。

「新しく出現した大結界と、消失した大結界についてだが・・・ジャニュ・ワイズ」

 男性が名を呼び、目を向けた先に座ていた、赤のような黒髪をした女性は恭しく頭を下げると、立ち上がり室内に座っている全員を見渡す。

「陛下が仰られた大結界についてですが、現段階で急ぎ調べた限り、まず新しい大結界はハンバーグ公国から張られているようです」

 女性の発言に、場が騒然となる。
 そんな中、室内に居た一人の男性が挙手して発言の許可を請う。それに女性が発言を促すように手のひらを向けた。

「では、二点ほどお訊きしたいのですが。まず、ハンバーグ公国から張られた結界が人間界全体に張られるものなのですか? それとも、人間界全体は覆っていないのでしょうか?」
「いえ、調査の結果、以前の大結界同様に人間界全土を覆っているようです。それと、ハンバーグ公国からでもそれは不可能ではありません」
「ではもう一点。これは術者の手により張られた結界でしょうか? それとも魔法道具により張られた結界でしょうか?」
「まだ確証は在りませんが、おそらく魔法道具によるものだと思われます」

 女性の報告に、より場が騒然となる。

「皆様の驚きも解りますが、今は情報が不足しておりますので、それにお答えすることは出来ません。しかし個人的には、あれだけの代物を創れる者が居たとしても、なんら不思議はないと思っております」

 そう話ながら、女性は一人の少年の姿を脳裏に思い浮かべる。女性の中で不可能という言葉から最も縁遠い存在である、黒髪の少年の姿を。

「次に消失した以前の大結界ですが、こちらは現在マンナーカ連合国に問合わせ中です。なので、これは私個人の予測ではありますが、おそらく大結界を張っていた魔法道具が壊れたのではないかと思われます」

 女性の話に手を上げる他の者達。それを女性は一人ずつ当てていく。

「何故壊れたと思うのでしょうか?」
「先日ハンバーグ公国から応援の要請がありました。それは平原の魔物の動きが活発になってきている為でしたが、それに伴い幾度も大結界が破られたと聞き及びますので、おそらくその影響で素体の劣化が急激に進んだのではないでしょうか?」

 そうして一人に答えては。

「大結界の入れ替わりが丁度よく重なったのは偶然でしょうか?」
「偶然といいますよりも、新しい大結界が間に合ったとみるべきかもしれません」

 次の質問に答えていく。
 そんなやりとりを幾度か繰り返した後、皆が一先ず満足した辺りで、次の議題に移る。

「さて、ではそれを踏まえたうえで、我らはどう行動するべきか、だが」

 ジュライが投じた大結界の交代という石は、こうして静かに、しかし確実に人間界に波紋を広げていく。

「まずは何よりも情報収集だ。幸い我が国はハンバーグ公国と良好な関係を維持し、先程応援を送っている。そこで、まずは応援に送った兵達の様子を確認する為に、もう数人ほど送ってみようと思うのだが」

 奥に座った男性はそう言うと、赤い黒髪の女性に顔を向けた。

「どうだろうか? 頼めるかな?」
「ハッ! お任せください」
「では、準備を行う。他の者の選定はジャニュ・ワイズに一任する。・・・平原の状況次第だが、おそらくそれなりに長い任務になるやもしれない。なので、どこかで時間が出来たら実家に顔でも出してくるといい」
「お心遣い痛み入ります」

 男性の言葉に、女性は恭しく頭を下げて感謝を口にした。

しおり