第15話 街中での出来事
◆◇◆
『サブマスターコード承認。エリザベス=バートレインが命ずる。強固結界を展開し、留守を守れ』
【────承認。サブマスター、ならびにマスター確認。全結界、防御レベル最強。合わせて
休日のお出かけ前でも、お店と自宅のセキュリティは万全にさせておく。
こう言う鍵代わりの魔法は、やっぱりエリーちゃんの方が慣れてるのでほとんどお願いしています。
僕もやらなくはないけど、やっぱり魔法に縁がない人間だったから未だに恥ずかしくなっちゃうんだよね。
「んじゃ、行こっか?」
「うん」
今日は定休日で、二人でお買い物。
プライベートだけど、実際買うのはお店で必要なものとか。
なにせ、お祭りが近いからね!
「買うのは、モールとポップに必要なのと……布も買って」
「ポップ?」
「宣伝用に使う、紙や木の板とかで作った札だね。それを作ろうかなって」
「いつもので十分じゃないの?」
「お祭り用になら派手な方がいいんじゃないかと思って。……変?」
「いいや、商売についてなら君の方が経験は上だ。それと店長なんだから自信持ちなよ」
「う、うん」
それにしても、とエリーちゃんの服装を見てしまう。
今は夏に入ったばかりだから薄着は普通……なんだけど、体のラインがはっきりしてるから……男だから見ちゃう部分がこれでもかと強調されている。
彼女が苦手な男が隣にいても、同じような格好と女顔だから意識されてないのかも。
嬉しいやら悲しいやら少し複雑です。
「スバル、ぼーっとしてると壁ぶつかるよ?」
「あ、うん! ごめん」
本当に角を曲がる手前で激突しそうだったんで、慌てて止まってから彼女についていく。
エリーちゃんの服装については今更だけど、僕は僕で気軽に男物を着れないから大変だ。
仕事は当然だけど、家でもエリーちゃんと一緒だからラフな格好がほとんど出来ない。パジャマや部屋着だけはズボンをはかせてもらってても、いつ男とバレるかわからないのとスカートに慣れるため。
今日も、夏物のワンピースに下着が見えないようにスパッツは着用している。
「さて、大通りに出るか」
はぐれないように、と手を差し出されたので僕は迷うことなく手を出した。
普通性別が逆なんじゃと思われても、僕は護衛対象だから仕方ない。
エリーちゃんは男が怖くても、僕だけは何故か普通に触れるそうだ。原因は今でもはっきりしてないが、彼女が言うには『スバルだから』だって。
女の子と手を握るのって、保育園以来なかったから毎回ドキドキしちゃう。
でも、これはただ迷子防止のためだけじゃない。
『あ、スーちゃん‼︎』
「……来たか」
「あ、あはは……」
露店の多い通りに出てわずか数秒。
まるで待ち構えてたかのように、見知った冒険者さん達が僕達を見つけて声を上げた。
(定休日だからって、ここに来ると限らないのに……)
何故か毎回ってくらいに、出掛ける先々に彼らが待ち構えている。
この人達が親衛隊じゃないかって思うけれど、一度聞いてみたらあれは誓約とやらが厳し過ぎて入れないらしい。
だから、ここにいる彼らは出待ちのようなもので、エリーちゃんは僕が彼らに捕まらないようにしっかり手を握っているのです。
「毎回毎回! 休日くらい自由にさせてくれないかな⁉︎」
『エリザベスに用はないー』
「口揃えて言う度胸があるなら、受けて立つが……?」
『ひぃ⁉︎』
大抵はこれで解散してくれるんだけど、今日は違うみたい。
つい先日、僕にデートを申し込んできた柄の悪そうなお兄さんが前に出てきた。
「自由と言やぁ俺達だって自由だろ? 俺としちゃ、今日こそはスーちゃんに頷いて欲しいとこだが」
「あんた……断られたくせして、懲りてないな?」
「あ゛⁉︎」
睨まれてきっと怖いだろうに、無理に意地っ張りになって対応してくれてる。
これはいくらなんでもまずい。
僕からも、もっと強く言おう!
「往生際が悪いね、そこのにーちゃん」
「あ゛? なんだよババア」
お兄さんはいきなり割り込んできたおばさんが気にくわなくて、彼女に思いっきりガンを飛ばしていた。
「そこのお嬢さん達に比べちゃババアは当然だが、気になってる子以外を蔑ろにする態度はいけないねぇ? その黒髪のお嬢さんも怖がってるじゃないか」
怖かったのは嘘じゃないけど、僕が本当に女でもお兄さんはタイプじゃないからうんざりはしていた。
なので、話を合わせるのに頷いておいた。
それを見たお兄さんは、面白いくらいに顔が真っ青になっていく。
「ほらね? このお嬢さんも迷惑がってるじゃないか。せっかくのお休みの日くらい好きにさせてやりなよ。あんたの場合、しつこいから申し込んでも袖にされてそうだが」
「う……うっせぇ!」
図星を突かれたので、お兄さんはそっぽを向くとどこかへ行ってしまった。
他の冒険者さん達も、気まずくなってしまいそそくさと立ち去って行きました。
「あ、ありがとうございます!」
完全にお兄さん達がいなくなってから、僕はおばさんにお礼を言いました。
「助かりました。ご助力感謝します」
エリーちゃんも一度深呼吸をしてから、おばさんのお辞儀した。
「いいんだよ。それにしても、久しぶりだねエリー?」
「はい、ご無沙汰してます」
「え、知り合い?」
「この人、ロイズさんのお母様」
「え⁉︎ お、おおおお、お世話になっています! す、すすスバルと言います!」
「あっはっは、ロイズに聞いてた通り面白い子だね! ちょいと湯治に行ってたもんで街からは離れてたんだ。あんたが知らないのも無理ないさ」
つまり、温泉旅行に出かけてたから会う機会がなかったと。
よく見れば、笑顔や雰囲気が似てるし目の色もロイズさんと同じ灰色。お出かけだからか、おばさんも買い物かごを手に持っていた。
「私はレイシーって言うんだ。まあ、見ての通りおばちゃんだからおばちゃんって呼んで構わないよ?」
「そ、そそそそんな⁉︎」
「いいっていいって。……それと、事情は息子に聞いてるから。何かあったらうちにおいで? 場所はエリーが知ってるから」
じゃ、と言ってレイシーさんは人の波に混じって行ってしまった。
「レイシーさんは口が固いし、息子のロイズさんを育てたから男の事情には当然詳しい……何かあった時のために言ったんじゃない?」
「あ、あー……」
女の子にも色々あるけど、男にもまあ色々あります。
主に男の生理現象。
こればっかりは、一緒に住んでてもエリーちゃんには言えません!
「けど、お礼はしたいなぁ……あ、今日作る新作持って行くのは?」
「いいね。じゃ、さっさと買い物済ませちゃおう」
なので、しっかり手を繋ぎ直してから必要なものを買いに行きました。
モールとポップの材料を雑貨屋さんで見つけたけど、量が多くなったので配達をお願いし。布も手芸屋さんで自宅に配達するよう頼みました。
だから、ほとんど手ぶらで済んだので、お昼過ぎくらいになったら馴染みのカフェでランチをすることに。
「あーら、エリーとスバルじゃなーい。いらっしゃーい」
「よっ」
「こんにちは、リリアちゃん」
出迎えてくれたのは、カフェの人気店員であるリリアちゃん。
猫っ毛の金髪に笑顔がとっても素敵な可愛い女の子。
人当たりは良くてさっぱりした性格だからか、一応よその街から来たことにしてる僕も邪険にされたことがない。
「打ち合わせ? おしゃべり?」
「どっちも?かな?」
「じゃ、いつものとこ空いてるからー」
彼女にテラスまで案内される途中、やっぱり男の人から視線を向けられるけど無視。
いちいち気にしてたら自分達がゆっくり出来ないからね。
「はーい、どうぞー。ご注文はいつものー?」
「うん、カルボナーラ」
「あたしはミートソース」
「はいはーい。すぐに頼んでくるからー」
ほぼお決まりのメニューをお願いしてから、僕らは席に着く。
エリーちゃんがテーブルに置いてあるレモン水のピッチャーからコップに注いで、僕にも渡してくれました。
「はぁー、お水美味しい……」
「結構歩いたしね。あんだけ買うって、小さい店を飾るのにはやっぱり必要なの?」
「うーん、実家だとあれくらいかなぁ? 大きいところはもっと派手だけど」
アシュレインではもうすぐ夏祭りが開かれる。
日本の夏休みとか盆祭りのようじゃなく、街の創立記念日を祝うものらしい。
二週間ほど前に、ロイズさんから露店の方に参加してみないかと言われ、エリーちゃんとしっかり話し合ってから参加を決めた。
いつもの仕事にちょっと追加するくらいで大丈夫ともロイズさんは言ってくれたので、飾り付けだけは派手にしてみようと買い出しに来たわけです。
「なるほど。あ、そう言えば今朝ロイズさんから蝶が届いてた」
「お手紙?」
「うん、ちょっとしか見てないけど」
「おっ待たせー! カルボナーラとミートソースよー」
エリーちゃんが手紙を出そうとしたら、もう出来たのかリリアちゃんがパスタのお皿を持って来てくれた。
なので、手紙は一旦お預け。
「あっついうちに食べてねー」
「いっただきまーす」
「いただきます」
「どうぞー。あーあ、あんたらが来てるってことは今日と明日は休みかぁ」
彼女はストレス解消効果のあるジャムパンが好きでよく買いに来てくれている。エリーちゃんくらい若いのに、お胸がルゥさんと同じくらいあるからよく冷やかしの対象にされるんだって。
そのストレスがたまりにたまってた時にうちの評判を聞き、僕が薦めたジャムパンを食べたらすっきりしたとのこと。
「週に二回は休まないと、ね?」
「うちは二人だけだしな」
「あくせく働けとは言ってないわよぉ、女だけだものね?」
片方が男とは、絶対言えませんが。
今日もカルボナーラ美味しいと思いながら現実逃避することにした。
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【ジャムパンの由来】
あんぱんと同じ、木村屋が元祖だそうです。
ビスケット生地にジャムをはさんで焼く作業からヒントを得た木村屋3代目の儀四郎が、明治33年に開発しました。
形はあんぱんと区別させるのに、最初は木の葉型。
のちに、木の葉型に近い楕円形に変化。
中身のジャムは、昭和初期までアンズジャムが一般的でした。
イチゴジャムの需要は、大正時代にイチゴ栽培が始まり、ジャムが一般的になった昭和20年代後半辺りから普通になったそうです。