第7話 オープン騒動
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オープン当日。
僕はエリーちゃんに彫ってもらったパン屋の看板を、扉横の壁に掛けた。
文字は書けなくないけど、彫り物は苦手だったから彼女にお願いしたんだ。実際頼んで良かったって思うくらいの出来上がり。
名前は、僕の名前をとって『スバルのパン屋』。
店の名前を決める時ロイズさんには、『錬金師のパン屋って知れ渡るよりわかりやすいだろ?』と言われてこれに決定。
買いに来るお客さんも、全員が全員冒険者さんじゃないからと言うのもあるからだとか。
商業ギルドでも、ロールパンサンドが珍しくて買いに来るお客さんがいるんだって。他のパンも作ったけど、珍しさと美味しさで評判が良かった模様。
だから、街のはずれのはずれでも店舗としてオープンするって口コミはかなり広まってるらしい。
「うん、可愛い」
ポップって言うよりは、アンティーク調で可愛いって感じ。今取り付けた看板も、とってもよく似合ってた。
「さーて、開店前の仕上げしよっと」
小さなカウベルがついた扉を開けば、可愛らしいベルの音が店内に響く。
厨房は奥だけど、お客さんが実際入って来るディスプレイスペースと会計机のほとんどは実家のパン屋と似せていた。
入り口すぐ横には、お客さんが使うトングと薄い木のトレーが置いてある。
そして、ディスプレイスペースの大部分を占めてる木の棚には何十種類ものパン達。
全部、僕とエリーちゃんの力作だ。
今日は初日なので、試験的にこれだけ売るつもりでいます。
「スバル、看板かけ終わった?」
「うん、サイズぴったりだったよ」
厨房とディスプレイスペースを繋ぐ唯一の扉からエリーちゃんが出てきた。
彼女の服は、濃い緑のエプロンと動きやすいコットン生地のシャツにズボン。男の人が怖くても、接客をまったくしないわけにはいかないから完全に作業着じゃない。
どれだけ怖がるかまだ見たことがないから実感わかないけど。
「それにしても、どっからどう見ても女にしか見えないね」
対する僕は、完全に『女の子』の恰好だ。
作業もするからスカートじゃ動きにくいと言っても、看板娘なんだからせめてレギンスを履かせるからとエリーちゃんやお店の店員さんに押し切られた。
エプロンもふりふりレースたっぷり、上のシャツはメイド服のように可愛いタイプ。スカートはレギンスを履いてるからふわっふわのミニスカ。
どこの売り子?ってくらい可愛い装いでも、男とバレないためだとエリーちゃん達に言われたので渋々着てる。
レギンス履いてても、股の間がすーすーしてて落ち着かない!
「ほんと、これ僕のため?」
「ロイズさんやうちのギルマスから散々言われてたじゃないか。我慢我慢。あと、接客中は僕って禁止」
「……はーい」
けど、開店準備を終えてからやってきたお客さんを見て、激しく実感出来た。
『スーちゃん笑って!』
「は、はーい?」
どうしてか男の冒険者さん達が多かったんだけど、皆僕を女の子と思って積極的にアピールしてくる。
おまけに、あだ名まで定着してしまった。
「あ、あのー、皆さんパンは?」
『スーちゃんが一番!』
一応トレーは持っててくれても、中身すっからかん。
これでは、単に僕を見に来ただけの押しかけになってしまう。
外にも待ってるお客さんはいるし、ぶっちゃけ営業の邪魔ではある。だけど、出来ないのは細っこい僕なんかじゃ絶対追い払えないくらいに腕っぷしのいい冒険者さん達だから。
下手に突っ掛かれば、なんか変なスイッチを押しそうで出来ない。
実家じゃ普段厨房にいることが多かったから、たまに出る接客でもこうはなかったのに。
(これは、立派な営業妨害だ)
パンを買う気もないなら帰る気もない。
外のお客さんは待ちぼうけにさせてしまってる。
いくらなんでも、少し口調を強くして対応しなきゃ。
「あんたら、うちの店長目的に来たんなら出禁にさせるぞ⁉︎」
『ひっ⁉︎』
裏への扉が開いて、パンを取り出すのに使うヘラを持ったエリーちゃんが、僕とお客さん達の間にそのヘラを割り込ませた。
「ここは、パン屋だ。パンを買う以外の目的で来るんならお断りだね! 外の客を待たせてるんだから、あんたらが買わないんならそっちの客を優先させてもらうよ!」
エリーちゃんカッコいい!
本来の任務である護衛をしっかりこなしている!
男の人が怖くても、ちゃんと出来てるのに拍手を送りたいけど空気を読んでやめておいた。
『す、すいませんでした!』
「謝んなら、さっさと選んで買うなり決めてくれ!」
『ひゃい!』
すっかりエリーちゃんの覇気にあてられたお兄さん達は、買う商品は決めてたのかさくさく選んでから順番にお会計の前に並んでくれました。
会計はエリーちゃんの協力もあってなんとか済み、待たせてた外のお客さんものんびり選んでから買ってくれました。
「全部売れた!」
オープン記念だから結構用意したけど、棚の上がすっからかんになってしまった。
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【スバル特製メロンパン】
《メープルシロップ入り》
・体力回復が60%まで跳ね上がる
・体力に問題ない時は、美味しい美味しいメロンパン
・上の生地はサックサク、中はふわふわに加えて中はしっとりとメープルシロップが染み込んだパン生地が絶妙!
《チョコチップメロンパン》
・状態異常(主に昏睡、石化)を60%まで回復出来る
→一人では当然無理だから、複数で行動する時に持ち歩くように!
・特に何もない時は、以下略
・上の生地はサクサクだが、チョコチップの苦味と甘味が癖になる!
【スバル特製サンドイッチ】
《卵とハムレタス》
・魔力回復を50%まで跳ね上がる
→片方の味を食べれば数値は半減
・特に何もない時は、以下略
・ふわふわの白い生地にシャキシャキのレタスとハムの塩っ気がやみつき確実! 卵も手作りマヨネーズで酸味がくどくない
《トマトとツナマヨ》
・状態異常(麻痺、毒)回復を70%近くまで促してくれる
→片方だけでは、数値半減
・特に何もない時は、以下略
・トマトはマリネしてるのにフルーティー、ツナマヨは玉ねぎがシャキシャキで辛くない!
《テリヤキチキンと卵》
・切り傷や中傷レベルの傷までなら完治(絶対買うべし!)
→片方だけでも、軽傷は完治確実
・特に何もない時は、以下略
・甘辛くも、ボリューミーで柔らかい鶏肉は日本人好みのお味。葉物はなんでも合う! 卵はちょうどいい箸休め
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他にも定番になりつつあるロールパンサンド以外にも、食パンやバケットを作ったのに完売。
最後に買ってくれたお客さんが言うには、『ポーション代わりになるだけじゃなく味もいいから!』って。
パン作りは小さい頃から修行してきたし、製菓学校でもきちんと営業のノウハウを勉強してきたお陰もあるからかな?
多少は自信を持った方がいいにしても、僕一人の力じゃない。
「エリーちゃんも、お疲れ……さま?」
労いの言葉をかけるのに振り返ったら、彼女の様子が明らかにおかしかった。
会計机のすぐ後ろにある壁にもたれかかり、息が異常に荒い。肩で大きく息をしていたんだ。
「エリーちゃん⁉︎」
「ご、ごめん……終わってから、きゅ、急に……震えが」
「え?」
言ってる事がよくわからなかったけど、病気ではないみたい。
彼女がなんとか立ち上がってから、僕を少し見てくれた。
「……しつこくしてた男達に、たんか切ったでしょ?」
「あ、うん。カッコ良かったよ?」
「見栄張ってただけ……ああいうのでも、ほんとは怖かった」
「あ」
トラウマになってる、恐怖症の発作みたいなのが出ちゃったんだ。
「だ、大丈夫? 多分あんな感じの人毎日来るのに同じことになったら」
「いい。スバルだけじゃ、絶対対応出来ないでしょ。それに、あたしもなんとか克服したいんだ」
出会った日に落ち込んでたのも、生意気な態度だからって柄の悪いお兄さん達に言われてショックを受けてたみたい。
それについては今怒っても仕方ないが、助けてくれた僕の力にもなりたいからって。
「……よし、止まった。しょっちゅうなっちゃうだろうけど、あんま心配しなくていいからさ?」
「エリーちゃん」
僕みたいな女の子に思われる男の側にいるのもきっと大変なのに、強い女の子だ。
だから僕は、この世界にいる間は出来る限り彼女をフォローしてあげようと決めた。
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そんなオープンを迎えてから三ヶ月経ったけど、エリーちゃんの恐怖症は相変わらずで店の状態も相変わらず。
だけど、なんとか経営は出来てます。
「あ、そうだ。そろそろ、揚げ物を挟んだパンも作ろっかな?」
「揚げ物?」
「うん、エリーちゃんに是非試食してもらいたいなー」
「スバルのパンは全部美味しいから期待してる!」
新作を出すことを決めたら、だいたいはエリーちゃんに試食してもらってから出すことにしてる。
もちろん、ロイズさんやルゥさんにもお願いしてるが、一番最初は彼女だ。
だって、毎日一緒に働いてる仲間だからね。
「で、何作るの?」
「まずはメンチカツだよ」
「カツ?」
「ミンチ肉を使ったカツをね?」
ジャンキーな惣菜パンでは、絶対売り上げが跳ね上がる商品になると思ってます!
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【サンドイッチの由来】
ご存知の方も多いサンドイッチの由来。
18世紀に実在した、イギリスのサンドイッチ伯爵から名付けられたと言われていますが……実はそれ以前にサンドイッチに似た食事法はちょくちょくあったようです。
ただ、名付けられた以降に発展して、世界各国に呼び名と共に調理法も広まり、バリエーションも増えていったようです。
日本のサンドイッチ然り、ピタパンサンドやハード系のサンドイッチなどなど。
ギャンブル好きな伯爵の機転に、今の我々は感謝しなくてはいけないですね(´-ω-)ウム