第6話 改装までの準備
◆◇◆
開店までの改装準備などはレイアウトを伝えてから全部お願いすることに。
工事を始める前に大工さん達にも挨拶したら、『スバルちゃんのためなら喜んで!』と、やっぱり女の子に間違われて何故か張り切ってくれてます。
訂正しようにも、ロイズさんには夢を壊すなと言われたので嘘を貫き通すことに。
それよりも、僕はしなきゃいけないことがありました。
「はい、肩が上がってるよ。もっとしっかり力入れて」
「……っ、く、き……つ!」
エリーちゃんへのパン作り指導と言う任務だ。
実家はちょっとお金持ちの商人さんだったから、自分で料理する機会がなかったエリーちゃん。
冒険者になったのは自分の希望だけど、鍛錬以外に体を使った仕事をしたことがなかったからこねる作業でもしんどいらしい。
それでも、何度か繰り返すうちにコツは掴んでるから筋は良かった。
最初の頃はもっともたもたしてたのに、少しずつ無駄な動きが減ってるもの。
「はーい、お疲れ。今日はすぐ焼かないから冷蔵庫入れようか?」
「う、うん……ス、バル。ほっそいのに力あるよね……」
「そりゃあ、よちよち歩きの頃からパン生地触ってたからね?」
誇張でもなんでもなく、古いパン生地を粘土細工にして適当にちぎったのをおやつ用に焼くのはお母さんの仕事だった。
当時何故かお母さんに背負われながらも売り子の真似事をしてたら、パンの売れ行きがうなぎ登りになったとも言われてたっけ?
「……帰りたい?」
調理台に体を預けながら、エリーちゃんが小さく呟いた。
当然聞こえてた僕は、冷蔵庫の扉を閉めてから振り返える。
「いつか、ね?」
来た日にもう一度裏口を通ってみても、元の世界に通じるゲートと言うのは繋がってなかった。
ロイズさんの考えじゃ、なんらかの周期があるかもしれないって。
それと別の場所だって可能性も捨てきれない、焦るなとも言われたので僕は頷いた。
ぽややんしてるかもしれないが、楽観的な性格なのは認めてるので焦りはそんなに感じてない。
「……スバルはすごいな…………あたしと違う」
「エリーちゃん?」
「あたしは、基本的に男が怖いんだ」
これは、聞くに聞けなかったけど、言ってくれるってことかな?
ちょっとだけ近づいてから顔を見れば、彼女は複雑そうに笑っていた。
「10年前、だったんだ。まだ冒険者にもなれない年で森に入っただけなのに裏組織とかの奴隷商人に捕まって……あの気持ち悪さに寒気どころか吐き気もしたよ。他に捕まった綺麗な装いの子供とか男に女も、恐怖に怯えてた。無事に戻れたのは、奴隷商人に烙印を押される寸前に……当時まだ冒険者稼業に勤しんでたロイズさんが助けてくれたお陰なんだ」
だがそれ以来、ロイズさんや家族は別だけど大抵の男の人が怖くなってしまったらしい。
それを出来るだけ表に出さないように、元々負けん気が強い性格に拍車がかかって、女の子らしくない男気の強い性格を演じてるそうだ。
本当は、今みたいに少し口調が強い以外普通の女の子だって。
「けど……君は、怖くない。最初女の子に間違えたからだって思ってたけど、多分違う。理由は、自分でもよくわかってないけど」
「そっか」
無理には聞かない。
僕なんかでリハビリに付き合えるのなら、少し嬉しい。
下心まったくないわけじゃないけど、女の子と二人っきりになる機会ってほんとになかったからね。
妬まれる方は数え切れないくらいあったからさ……。
「あ、スバル」
「ん?」
「今日か明日に、君の服買いに行くんじゃ?」
「おお」
そうだった。
下着類はロイズさんに任せてても、私服は別。
ちゃんと思い出してから厨房の掃除と片付けを二人で頑張り、アシュレインの街に繰り出すことに。
「……フード、かぶった?」
「しっかりと」
そそそ、っと裏口から出て行く。
またフードをかぶるのは、ロイズさんが開店するまで有名になり過ぎると大変だからと言われたから。
エリーちゃんの方が絶対可愛いのに、黒髪ショートヘアでも超絶美少女らしい僕の顔が知れ渡ったら、商業ギルドへの2次被害が予測しにくいのもあるらしく。
なので、お店を開くまではお忍びの恰好にしろと厳重注意されてます。
「制服予定のものでも、黒は避けた方がいいんだっけ?」
「そうそう。黒を着る人もいるけどほとんどは白かな?」
何を買うかと言うと、私服用とパン屋での制服。
着てきた服は作りが珍しいから、基本的に着ない方がいいとロイズさんに言われたので普段はロイズさんの奥さんやエリーちゃんの古着を着ている。
普通は着れないはずなのに、細身で背も低いからあっさり着れた。解せぬ。
それはまあいいとして、女装もとい男の娘で販売と接客した方がいいと提案してきたのはロイズさんとルゥさん。
下手に男と言って働いていても、最初の時に『襲われるだけで済まないぞ⁉︎』と言われたのもあり、エリーちゃんも同意したから決定。
あと、多少はエリーちゃんの男性恐怖症緩和のためとロイズさん談。
この秘密を知ってるのは、僕ら以外に口の固いそれぞれのギルドの副ギルマスさん達だけ。最初に挨拶してちゃんと男だと言っても驚かれた……。
「あ、ここがいいな」
エリーちゃんが立ち止まったのは、ディスプレイにコットン生地の女性用の服があるブティック店。
たしかに、女の子のでも控えめな感じだったのでナイスチョイス!
「白いって言うより、生成り色だけど」
「全然大丈夫っ」
売り子だったおばあちゃんとお母さんが手伝いもしてくれる時は、大抵こんな色合いだったから。
入り口をくぐってからフードを取れば、奥から店員さんらしき女性の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ、普段着をお探しでしょうか?」
「あたしもだけど、こっちの連れの仕事着も兼ねて」
「あら、お仕事は?」
「ぱ、パン屋です!」
「あらあら、お嬢さん二人でパン屋を?」
やっぱり、この声音じゃ普通の話し方でもバレないようだ。
エリーちゃんにも、ほとんど違和感ないと変なお墨付きもらってるし。
店員のお姉さんは、そんな僕の心境を知らずに何着か服を持ってきてくれました。
「売り子でしたら、少し淡い色合いがオススメですが。失礼ですけど、製造の方も?」
「あたしより、こっちの……スバルがいい腕持ってるんだ」
「まあ、お嬢さんそんな可愛らしいのに?」
「か、開店は半月先ですが、商業ギルド内では販売してます!」
「そうなんですか? じゃあ、今度ギルドへ寄ってみますね。製造もされるのでしたら、やはり白か生成り色でしょうか?」
「あ、はい」
今日の資金も、エリーちゃんの生地作りの練習を兼ねて仕込んだパン達からいただいたお金だ。
補正の確率は当然下がっても味はいいから飛ぶ用に売れてしまうらしく、今僕は少し小金持ち。
エリーちゃんにもちゃんとお給料を支払ってても、まだ余裕がある。
服の方は試着するたびに、エリーちゃんは表をガードしてくれて僕が男だとバレないようにしてくれた。
エリーちゃんは試着しなくてもだいたいがわかるからとさっさと決め、僕も決めてからお会計する。
(……女の子の服を自分が買う日が来るなんて)
おじいちゃん、お父さん帰るまですみません。
昴は、しばらくの間女の子としてパン屋を営むことになりました。
届かないけど、僕は思わずにいられなかった。