バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二百八十一話

 喧噪。
 翌日の朝から行われる闘技場の大会は、もう満員だった。予選の時とはまるで違う威圧感があるが、俺は気にならなかった。
 俺の目的は三人を助けることだ。闘技場で名声をあげることじゃあない。

 俺にとっての一回戦は、ユンが相手だった。

 けど、ユンはもうこの町を離れていて、結果的に俺は不戦勝。
 そのまま間髪おかずに二回戦が行われることになった。
 対戦相手はウルグ。飄々とした感じの獣人で、ベースは恐らくサルか何かだろうか。
 賽の目型に切れ込みの入った円形のフィールドで、対峙するウルグを分析する。

『武器はあの丸盾か? 仕込み刃か何かあるのかもしれないが……珍しいな』
「何かあるんだろうな」

 試合開始まで魔法やスキルの一切は使用禁止だ。そのせいで《鑑定》スキルが撃てない。
 とりあえず試合開始と同時に撃ち込むか?
 こんなとこで躓いてられないし、ウダウダもしてられない。さっさと勝ち抜く!

『それではぁぁぁぁぁっ! 第二回戦です! いきなりの注目カード! 圧倒的強さで予選を突破した狼選手と、大会上位常連、近代闘技場大会の三強の一角、ウルグ選手です!』

 実況が風の魔法で声を端々にまで届け、観客たちがさらに沸き上がる。ビリビリと振動が伝わってくるが、俺は気にせずぐっと腰を落とす。
 早く始めろっていうアピールだ。

『おっと、もうやる気満々のようですね。それじゃあとっとと始めちゃいましょう! 試合──開始っ!』

 言い終わると同時だった。
 ウルグが飛び出してくる!

「ちょっと強いかなんだかしらねぇが、ここで生き残れると思うなよ!」
「《天吼狼(ヴォルフ・エルガー)》」

 もちろん、出し惜しみするつもりはない。
 俺は全身から稲妻を迸らせつつ《鑑定》スキルを撃つ。

 ──……素早さは高いが、魔法もスキルも際立ったものはない。反射神経強化スキルがあるから、そこは注意が必要かもしれないけどな。
 それと、剣術と投擲スキルが高い。

 判断すると同時に俺は地面を蹴る。
 ウルグが盾の内側から何本ものダガーを飛び出させ、投擲してくる。高い投擲スキルのおかげだろう、鋭い軌道を描いた。
 やっぱりダガーを隠してたか!

 俺は一本一本の軌道を見切りながら左右へ回避。ハンドガンを抜き放つ!
 高速の連射にこめたのは風の魔法だ。
 幾つもの火線が突き刺さるが、全て盾で受け止められた。

「甘ぇよ!」

 なるほど、かなりの反射神経だ。けど!

 ……──って!?

 盾から飛んできた魔法の銃弾に面食らい、俺は慌ててバックステップを刻んで回避する。
 まさか、今のって!
 驚いている合間に、ウルグが仕掛けてくる。こっちが混乱してる間に攻めきろうって魂胆か。

「はっはーぁ! どうしたどうした!」

 俺は即座に《鑑定》スキルをウルグではなく、盾に撃った。
 表示されたスキルに、俺はため息をつきそうになった。

 ──《神獣眷属の加護における反射》

 つまり、反射攻撃。
 俺の加える攻撃を吸収し、反撃に使うってことだ。あの盾でカバーされている限りは反射されるだろう。《神威》あたりをぶちかませばなんとかなりそうだが、もし受け止められたら、と思うと俺に防ぐ手段がない。

 と、なると。

 俺は魔力を練り上げる。

「《アイシクルエッジ》」

 パチンと指を鳴らして俺は氷魔法を発動させる。正面へは氷のつららを、背後からは僅かな霜をつける程度のものだ。

「はっ! 何がきたところで!」

 つららはあっさりと盾で受け止められ、こっちへ返ってくる。すかさず放った風の魔法で打ち砕きつつ、背中から襲わせた霜がつく程度の魔法が直撃していることを確認した。
 なるほど、なるほど。じゃあ次だ。
 俺は指を鳴らして次の魔法を撃つ。

「《アイシクルエッジ》! 《エアロ》!」
「ただ受け止めるだけが芸じゃないんでね!」

 大量のつららの一部を回避しつつ、ウルグは魔法を受け止めては反射してくる。
 そういうことね。
 理解した俺は、すぐに行動へ映す。
 じゃき、と構え、俺はハンドガンを一気に解放して連射。夥しい弾道が次々とウルグを襲う!

「くっ!?」

 突然の大量攻撃にウルグは呻きつつも受け止めて反射してくる。だが、俺はその全てを回避しながらまたハンドガンを派手に撃ち散らしつつ、刃を展開する。
 容赦するつもりは……──ない!

「この弾道の雨を躱しながら、まだ攻撃をっ……!?」
「あんたの盾はもう見切ったからな」

 アクロバティックに回避しつつ、俺はハンドガンを撃ちまくる。次々と着弾し、そして跳ね返ってくる。側転から着地と同時に身を翻し、さらに背中を反らせ、様々な弾道を回避した。
 ウルグの反射攻撃は、威力というか性能が二十五%は減衰してやってくる。そこを想定して立ち回って攻撃すれば、相手を釘付けにすることは簡単だ。

 そして。

 左右、上下、背後に配置した刃を向けさせる。
 刹那の加速を得た刃は、弾かれることなくウルグを切り裂く!

「っがあぁっ!?」

 あがる悲鳴。
 逃さず俺はハンドガンにアテナとアルテミスを宿し、破壊力のあげた魔法を連射、一気に押し潰す!

「っがあっ!? ば、ばか、ばか……なっ!?」

 吐血して崩れ落ちながら、ウルグは信じられないと言った様子で俺を見てくる。

「その盾は万能じゃない。あんたが反応できる分でしか受け止められないし、あんただって捌くにも限界がある。いくら反射系のスキルがあったとしてもな」

 俺は刃を操作し、盾を持つ腕に突き刺す。
 短い苦悶があがり、ウルグは盾を離した。転がったのは盾と、奥の手だろうダガーたち。
 んなもんに引っ掛かるわけねぇだろ。俺は油断しねぇぞ。

「だからあんたの処理能力を超えた手数で攻撃すれば、あんたはあっさりと崩壊する」

 いわゆる飽和攻撃だ。
 もちろん反射してくる分はキッチリと回避できるように計算しておく必要はあるが、もっとも単純で有効だ。

「……ぐっ、こ」
「それと、話を聞くつもりはないんだ」

 俺はハンドガンから雷の閃光を放ち、トドメを刺した。

『し、試合終了────っ! な、なんと、なんという! あの三強の一角、ウルグ選手をものともせずに撃破した────っ! 何者! 本当に何者だ、狼選手ぅぅぅっ!』

 実況が吠え、観客たちが総立ちで雄叫びをあげる。
 煩い。
 俺は無視して踵を返し、さっさと闘技場を後にした。

「おいおい、少しは観客たちの声援に応えてやったらどうなんだ。嫌われるぞ、その態度は」

 控え室へ続く通路の角から忠告してきたのは、全身鎧の獣人──ケイレスだった。
 仲間かライバルなはずのウルグが負けたのに、気にする様子が見えない。所詮一番弱いからとか思ってるんだろうな。
 腕を組みながら壁に背中を預け、ケイレスは俺を値踏みするように見てくる。

「別に。俺は名声や人気が欲しいわけじゃあないから」

 あんまり関わりたくない。ギラの感じが伝わってくるからだ。
 俺はさっさと切り上げて、立ち去ろうとする。だが、その行く手を遮るようにケイレスが動く。

「……へぇ? だったら何が目的だ?」
「え、これ答えないといけないの?」
「この俺様がわざわざ訊ねてやってるんだぞ?」
「え、超嫌なんですけど」

 露骨に、というよりも遠慮なく俺は嫌悪感を表にした。
 そりゃそうだろ、なんで返答せにゃならんのだ。そもそも仲良くもないし。

「テメェ、人様の忠告を蔑ろにした挙句、そう来るか。ケンカ売ってるのか?」

 殺気を高めながらケイレスが睨んでくる。
 まぁ、確かにケンカ売ってるように見えるか、それは悪いことをしたような気がしなくもないが。

「悪いんだけどさ。今、俺割と余裕ないんだ。それでもって、俺にとってあんたは割とどうでも良い。だからどうしても冷たくなるんだ。そこが悪いって言うなら謝る。ごめん」
「……あ?」
「だからもう俺に関わらないでくれ」
「おい待て」

 立ち去ろうとしたら、ケイレスがまだ呼び止めてくる。無視してやろうか、もう。

「余裕がない、興味が無い。それなのに闘技場へ出る。さてはお前、あの賞品たちの関係者か? ってことは仲間か、それとも婚約者か、まぁ親しいんだろ」
「……!」
「ビンゴみてぇだな! あっはっはっは! そうか、そういうことかよ。それは楽しみだ」
「あ?」
「俺が優勝して、お前の大事な大事な仲間を目の前で犯してやるよ。かっかっかっか!」

 下世話だな。
 俺は完全に冷え切った。ぞっと、底から這いあがる魔力が抑えきれなくて、いや、抑えるのもバカらしくなって表に出す。
 びく、と、ケイレスの肩が震える。

「……出来るものなら、やってみろよ」

 俺はそう低い声で言って、ケイレスの肩をつつく。
 それだけでケイレスは弾かれるように壁に叩きつけられた。俺はそれを無視して開けた道を歩く。
 ――ダメだ。今は本気で余裕がないな。

しおり