第二百八十二話
準決勝は、夜に行われた。
カードは俺とケイレス。そしてブリタブルとヘカトだ。
待ちきれない歓声が、控室にまで響いてきている。今の俺からすれば煩いとしか思えない。
「アニキ、大丈夫か?」
苛立ちで膝を揺すっていると、ブリタブルが心配そうに声を掛けて来た。
「ん、ああ、大丈夫だよ」
「なら良いが……あまり思いつめるなよ。今のアニキは本当に危うい」
むう。そうなのか。
俺はブリタブルの言葉に頷いた。確かに、今の俺にストッパーはいないというか、むしろ逆鱗に触れてる状態だしな。こういう時、俺はつくづく弱いらしい。
もう少ししっかりしないとな。
「分かった。気を付ける」
「アニキのことだから大丈夫だろうけどな。頑張ってきてくれ」
「ああ、ブリタブル、お前もな」
「三人を助けるためだ。血反吐撒き散らしてでも勝ってみせるとも」
不敵な笑みを浮かべ、ブリタブルは言う。なんだか少し勇気づけられた気がする。
苦笑にも近い笑みがこぼれて、俺は控室を後にした。
もうそろそろ時間だ。
慣れ始めた廊下を抜け、俺は闘技場に姿を現す。
たったそれだけで、歓声が二倍増しだ。
聞き耳立ててはいないが、時おり何を言っているのかが分かる。ほとんどが罵詈雑言で、僅かだが応援の声もあった。
オッズがあるらしいから、大半の連中はケイレスに賭けているんだろう。
そんな人気者のケイレスが闘技場に姿を見せた。
俺の時とは比べ物にならない歓声がわき、ケイレスはそれに手をあげて応える。随分と余裕だな。
早速目を細めて俺は臨戦態勢を取る。
「おいおい、そう警戒するなよ、小僧」
ケイレスは嘲る調子で言う。フルフェイスの兜のせいで表情までは見えないが、余裕そうだ。
午前中、ビビらせたはずなんだけど。
もう忘れたか、それとも何か対策が施されたか。多分も何も、明らかに後者だな。雰囲気が違う。
密かに警戒しつつ、俺は前屈みになる。
『さぁ! 準決勝は超注目カード! あの三強の一角をあっさり下した狼選手と、昨年の準優勝、ケイレス選手の試合です! どこまでやりあえるのか、楽しみです!』
ケイレスも構える。双剣スタイルか。
『おっと、両者はやる気満々ですね。それじゃあ始めましょう! 試合、開始だぁぁぁぁ────っ!』
合図が来ると同時に、俺は《鑑定》スキルを撃つ。
──が。
アンチ《鑑定》スキル確認、妨害により閲覧不可!
の警告色の文字が浮かんだ。
ち、対策取られたか、それとも元から保有してたか。どっちでも良いけど、それなら遠慮なく仕掛けるまでだ。
俺は素早くハンドガンを抜き、同時に照準を合わせて氷の魔法を放つ。キラキラした軌跡を残し、大量の氷の弾丸は直線軌道を描いてケイレスをぶち抜く!
相手は瞬時に氷付けに──ならなかった。
「くっくっく……」
魔法耐性、か?
俺は目を細めつつ、今度はアテナとアルテミスを宿し、雷の魔法で弾丸を撃つ。ケイレスは避けようともせず、その身体で受け止めて弾いた。
なんだ?
思う間にケイレスが地面を蹴って接近してくる。
俺は即座に動く。
「《
全身に稲妻を纏いつつ、俺は加速しながら刃を展開する。僅かな煌めきを残して、飛び込んでくるケイレスを突き刺そうと多角的に襲いかかる!
だが、刃が全て弾かれる。
なんだ、どうした!?
「はっはっはっは! 貴様の攻撃など、全て無意味!」
ぐん、とケイレスが加速して懐へ飛び込んでくる。
背筋が凍る。
危険な気配に突き動かされ、俺は後ろへ跳んだ。唸りをあげて、幾つもの剣閃が走る。
鋭い!
風圧で俺は察する。
こいつ、剣術のスキル系統はマックスに近い!?
「この、《エアロ》っ!」
またも俺の懐へ飛び込んでくるケイレスに、俺は風の塊を炸裂させる。巨大な岩でさえ砕けるような威力を籠めたが、ケイレスは何事も無かったかのように突っ込んできた。
衝撃さえ、無かったことにする!?
ってことは、まさか?
俺は舌打ちしつつも屈んでダガーを抜く。
スキルを発動させつつも、ステータス任せで斬りつける!
「はっはっはぁ!」
「くっ!」
って、やっぱ無理か!
剣術スキルは高レベルになると、強い攻撃をいなすことが出来る。斬りの始まりが見切られると、同レベルのスキルがない限り捌かれてしまう。
俺は距離を取ろうとしつつ、フェイントやタイミングをずらして攻撃を繰り出す。だが、あっさりと回避された。
使ってるのは、《見切り》と《見極め》、それで《いなし》か。どれもこれも、限界値に達してるか?
ステータスで力押し出来ないってことは、レアリティも
しかも厄介なのは剣術だけじゃない。牽制で刃で攻撃しても弾かれるし、魔法も一切の効果が無い。これじゃあ回避するしか選択肢がない!
俺は上下左右に振られながら回避を続ける。このままじゃあマズい。捕まる!
「鬱陶しいな! 《ベフィモナス》!」
俺は地面を踏み抜く。
地面が変形し、ツタのようになってケイレスを縛り上げる。攻撃が通用しないなら、間接的に動きを縛るのはどうだ?
「無駄だぁっ!」
気合一発、縛り上げるツタが砕かれる。これも無効化するのか!
だが一瞬の時間稼ぎは出来た。俺は大きく後ろに下がって距離を取る。接近戦のエリアから抜けると、ケイレスの動きが鈍くなる。
ってことは、接近戦ならステータスが上がる何かも持ってるっぽいな。
そこまで考えたところで、どろりとしたものが頬を伝う。反射的に拭うと、手の甲にべったりと血がついていた。
剣が掠っていたか。
歓声があがり、ケイレスは余裕の素振りを見せる。
『主。《鑑定》スキルを妨害する魔法を限定的だが解除したぞ。外部からの妨害だった』
「さんきゅ」
犯人は言うまでもなくギラだろうな。
口にしないまま、《鑑定》スキルを撃つ。今度こそ表示される。とはいえ、ステータスはあまり見えないし、確認できたのは固有スキルだけだ。
《
特殊フィールド下でのみ発動可能。直接攻撃以外の全てを無効化する。
《鬼神》
接近戦系のスキルを全て+6
っておい、なんじゃそれ。
つまり相手にダメージを与えるには直接攻撃ダイレクトアタックしかなくて、しかもその接近戦はアイツにとってのフィールドってことか。
俺のステータスは魔法使い寄りだ。接近戦ではどうしても不利になる。
『《鬼神》はとにかく、あの《破盾》はスキルに加護が重ねられて捻じ曲げられている。あれでは遠くないうちにスキルごと失うぞ』
もちろんギラの仕業だろう。
俺の戦いを見て、お気に入りを改造したってトコだろう。全くもってやってくれる。
ケイレスがじわりと距離を詰めてきている。察知した俺は同じ距離だけ取る。静かに深呼吸して、俺は意識を集中させて頭を回転させた。
どうするも何も、直接攻撃をぶち込めば良いんだろ。もちろん《神威》をぶち込めば何とか出来る可能性はあるが、無効化されたら俺は隙だらけだ。だったら。
俺は息を吸って地面を蹴った。
同時にケイレスが構える。接近戦の間合いに入ると、ケイレスがぐっと加速するが、俺は構わない。全ての剣閃を刃で受け止める。攻撃ではなく防御に徹すれば、《ヴォルフ・ヤクト》は堅牢だ。
「ぬっ!」
「小賢しい真似しやがって……一撃で決めてやるよっ!」
俺は魔力を最大限に高め、強引に懐へ潜って拳を叩きつける。
「《白麗に立て》《穢れなき咎め》《嚇怒よ、八重に咲き誇れ》」
ひゅう、と、風が一点に収束した。
「《
白い剣が、ケイレスの内部から突き出る。
直後、無数の剣の華が咲いて、一瞬でケイレスは赤い霧と化した。残ったのは、血塗れになった華を咲き乱れさせる白い大樹の剣。
歓声が消える。
当然か。一瞬でケイレスが消えたのだから。
『し、試合終了っ……!? な、何が起こったのか、と、突如ケイレス選手の体内から剣が突き出て、そしたら無数の剣が……! ケイレス選手、跡形もありませんっ! 狼選手の勝利です!』
ざわざわ、と、歓声ではなくどよめきが起こる。
俺はそれを無視し、踵を返した。どこかでギラが見ているだろう。そして分析して次の手を考えてくるんだろう。けどそれでも構わない。俺にはまだ手札は何枚もあるからな。
何が来てもぶち通す。それだけだ。
ふぅ、と息を吐いて廊下に入ると、ブリタブルが迎えてくれた。
「さすがアニキだな」
「まぁな、ちょっと苦戦したけど」
ようやく血の止まった額を少し触りつつ俺は苦笑する。
「うむ。だが見事だ。さすがだな。余も負けてられん」
「ブリタブル……」
「任せろ、アニキ」
「頼んだ」
俺はそう言って、ブリタブルの肩を叩いた。
そう。メイを、アリアスを、セリナを助けるにはブリタブルに勝ち残って貰わないといけないのだ。