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第二百七十話

 村から離れた、丘の上にある洞穴。
 そこが、ジャックオランタンの隠れ家だ。俺たちは適度に村人を撃退し、ようやくやってこれた。

 この洞穴は迷路にもなっていて、入り口も分かりにくい。なるほど、隠れ家にはぴったりだな。

 まぁそのせいか空気が湿ってるけど、仕方ないか。
 とりあえずこの洞穴で俺たちは一夜を明かし、早速動くことにした。
 向かうは魔物の巣だ。

「さて、と」

 俺は木の上から、その魔物の巣を見下ろしていた。
 少し開けた、というより、強引に木々を薙ぎ払って空間を作ったって感じだな。

 いるのは、ゴブリン、コボルト、オーク、ファングウルフ、オーガ。森によくいる魔物のオンパレードだ。

 フツー、ここまで多種が群れることはないんだけどな。

 俺は注意深く魔力を探る。
 案の定、変なものを感じ取った。これは……──!

『呪いの類いだな』
「だな。たぶんだけど、アンデッドか?」
『恐らくは。アンデッドキングか、リッチか』

 こんなトコにアンデッド、か……。

 微妙に変な感じを覚えつつ、俺は仕掛けることにした。
 ぐっと屈んで魔力を練り上げ始める。

『……主?』

 ちょっと今は返事が無理。
 意思だけ伝えつつ、俺はどんどんと魔力を練り上げる。というより、魔力を練り上げては圧縮し、更に圧縮する。
 しかも、毎回違う属性だ。
 そのせいか、俺の両の手におさまっている魔力はすごい色になっている。

 そろそろ制御限界だな、と思ったタイミングで、光魔法で混ぜ合わせていく。

 すると、ごちゃごちゃだった色が整理されて、虹色になる。

「いっけぇぇぇぇ────っ!」

 両手を突き出して、俺はそれを放つ。
 虹色のそれは太いレーザーとなって直進して標的に直撃。

 ──刹那。

 視界が真っ白に染め上げられ、知覚が消える。
 やや遅れて、衝撃波。次いで、超がつく轟音。鼓膜が破れるかと思うくらいだ。

 ただの爆発とはとても思えない破壊が巻き起こり、大地が扇状に抉られて消えていく。文字通り、消滅だ。
 それだけでなく、爆風が周囲の木々を薙ぎ払い、粉塵を巻き上げていく。

 たっぷり十秒は閃光の破壊がもたらされ、何分もかけてようやく粉塵が大人しくなる頃、自然でいっぱいだった光景はただの土くれの目立つ破壊の痕跡と化していた。

「お、おおー…………」

 予想以上の破壊力に、俺は思わず顔をひきつらせた。
 明らかにやりすぎだろ、これ。

 ずっと前から、理論だけで構築していた魔法だ。術式が複雑怪奇な上に発動までかなり時間がかかるから、実戦ではまず使えないなぁと思っている代物だからだ。
 後、単純に俺の技術が追い付いていないってのもある。

 けど、これまでの戦いで経験値を積んだらしく、以前より飛躍的に裏技<<ミキシング>>が楽になった。

 だから今回、試しに使ってみようと思ったわけだが……。

 これ、攻撃範囲は《神威》をぶっちぎるぞ。小さい村なら消滅間違いなし、大きい町でも軽く半壊する。威力も決して見劣りしない。

 感心していると、俺は強烈な目眩に見舞われた。
 あ、これ、ダメなやつ。
 俺は咄嗟に木にしがみついて落下を免れる。
 うげぇ、これは、やば……。目が回る……っ。原因は魔力だ。一気に半分以上の魔力を消費してるな。そのせいだろう。これだけ膨大な魔力を一気に解放できる身体じゃあないからな。
 うー、《神威》の時より全然動けねぇ。

『主、その魔法は《カオスライト》だ』

 そんな俺に声をかけてきたのは、ポチだ。

「……カオス……ライト?」
『うむ。かつて、光の神獣……《フリージア》が使っていたものだ。まさか再び目にできるとは思わなかった』

 ──光の神獣? かつてってことは、もういないのか。

『そう、だな。完全にいなくなっているわけではないが……そのあたりを詳しく説明たいところだが、そうはいかなくなったようだな』
「え?」
『親玉の登場だ』

 うげ、ちょっと待って、まだ俺回復してないし……!
 それでもなんとか目を開けると、破壊の痕跡、魔物の巣があった辺りに、ぽつりと誰かが着地していた。
 魔力を探知するのはまだ難しいから目を凝らす。

「アンデッド、か……?」
『そうに違いはないが……少し様子がおかしいな』
「操られてるってことか?」
『おそらくは』

 ってことは、死体操者(ネクロマンシー)か何かがバックにいるってことか?

『探知は出来るが?』
「頼む。村の方はメイたちが上手くやってくれると思うし」
『承知した』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――メイ――

「な、なんでしょう、あの爆発」

 とんでもない轟音と爆発。そして魔力。思わず身震いしたくなるレベルです。
 感じからして、ご主人さまの仕業だとは思うのですが。

『地水火風、そして雷、後は光か。その属性が一つになった破壊的な魔法、のようだな』

 説明してくれたのは、オルカナさんです。
 クマのぬいぐるみになっているオルカナさんは、微妙に難しい表情でした。確信は持てていないのでしょう。

「何にせよ、ちょっとやりすぎな気がするわね」
「そうでうすねぇ、ちょっとした町なら全部ぶっ飛んでるんじゃないですか? あれ」

 遠くであがっている爆煙を見て、アリアスさんとセリナさんは苦笑していました。

「きのこみたい」

 確かに、キノコみたいな形の雲ですね。
 凄まじい爆発を物語っています。確か、今朝ぐらい、スキルレベルが上がったみたいだ、とか言ってた気がしますが……。それでしょうか。
 とにかく、私たちは作戦通り動くだけです。
 あの爆発も、みんなで考えた作戦の一つなのですから。

「派手にやるなぁ、アニキ」

「お、出て来たみたいね」

 観察していたアリアスさんが手を挙げます。
 音を聞きつけて、村人たちが出て来ていました。皆さん不安そうです。ジャックオランタンさんを狩る時とは全然違いますね。

「よし、やるわよ。手はずは大丈夫ね?」

 アリアスさんの確認に、私たちは頷いて、仮面を装着します。これはご主人さまが作って下さった仮面です。何回かご主人さまが使っていたものと同じものです。
 ちょっと恥ずかしいけど、ご主人さまとお揃いだし……。

「すはーっ、すはーっ、これがグラナダ様の匂いなのですねぇ」
「何っ! これがアニキの……! くんかくんかっ! くんかくんかっ!」
「…………何やってんのあんたら……不審者通り越してヤバいわよ……?」

 言いながらも、アリアスさんも鼻ですごく深い呼吸をしているような……。

「あの、いや、これ、ご主人さまが作りましたけど、ご主人さまの匂いじゃないですよ……?」
「あら、どうして……って、そうでした、メイちゃんはグラナダ様と夜を何度も共にしてらっしゃいますのねぇ」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいっ! 確かに一緒に寝ますけど、一回も手を出されたことないんですから! ただ、悪夢でうなされた時は背中を優しく撫でてくださいますけど……」

 やだ、今、すっごく顔が熱いです。仮面をしてて良かった……!

「それでも先を行かれているのは事実ですわねぇ。由々しきことだと思いません? アリアスさん」
「うぇっ!? なんであたしに訊くのよっ……!?」

 あからさまにアリアスさんは動揺しています。挙動不審にも程がありますね。

「おい、とりあえず始めようぜ」
「そ、そそそそ、そうよっ! さっさと始めるわよ!」

 つまらなさそうにブリタブルさんが言うと、アリアスさんがすぐに乗りました。
 確かに、遊んでる場合ではないですね。

「じゃあ、クータ、お願いします」
「きゅあ」

 お願いすると、小さいサイズになっていたクータが可愛く鳴いて空に飛び立つと、いっきにドラゴンへ変貌します。
 そしてそのまま私たちを乗せて村へ一直線。

 村へ着く頃には、もう大パニックでした。

 まさに阿鼻叫喚、中には武器を構える村人もいましたが、完全に震えています。クータはドラゴンでも黒矜種ダイアナプライドなので、上位種です。当然ですけどね。

「グォォォォオオンっ!」

 クータは敢えて威嚇しながら吠え、村の真ん中に着地します。風圧が周囲を圧迫する中、私たちは飛び降りました。
 私たちを囲むように輪を作る村人たちへ、アリアスさんが指を向けます。

「あんたたちね! 無益にジャックオランタンを狩っている村は!」
「私たちはジャックオランタン愛護保護協会のものですねぇ。本来であれば村を守るはずのジャックオランタンを狩っていると知り、駆けつけて参りました」

 落ち着いた調子で、セリナさんが続きます。
 そう、これが私の考えたアイデアです。単純に襲うのではなく、ジャックオランタンさんに関係させて襲う。そうすれば、少なからず影響があるはずです。

 予想通り、村人たちは一気に動揺しています。

 たたみかけるなら、今でしょう。

「あなたたちの悪しき行為、絶対に許せませんっ! 成敗です!」
「ああ、そうだな。とりあえず……何人か死んでおくか?」

 ブリタブルさんがボキボキと拳を鳴らし、クータが威嚇します。

「ふ、ふざけんなよっ!」

 やはり蛮勇の村人もいますね。武器を手に飛びかかってきます。
 私たちは一瞬で飛びかかってきた数人の村人を制圧。あっさりと失神させます。十秒も持たずに全員地面に倒れました。

「「「ひぃぃぃぃぃ────っ!?」」」

 完全に竦み上がる村人たち。
 どうやら彼らは村人たちの中でも強い方々だったのですね。

「さて……全員、きっちりと……」
『そこまでにしてもらおう』

 私たちが一歩前に出たタイミングで、姿を見せたのは、何人ものジャックオランタンさんでした。
 瞬間、村人たちが劇的に表情を変えました。同時に膨れ上がったのは、魔力!

「「「ジャックオランタン!」」」
「ルォォォォォォォオオオオオン!」

 沸き立つ感情を抑え込むようにクータが魔力を籠めた咆哮で黙らせ、ルナリーちゃんとオルカナさんが何か動きます。
 私はご主人さまのように細かい感知は出来ませんが、おそらく魔法で魔法を消している? そのような感じですね。
 その中で、ジャックオランタンさんが続けます。

『この村は盟約により、我らが守護する場所。いかなるものも、彼らを傷付けることは許さぬ!』
「な、なんですって……!?」

 驚いたのは、アリアスさんです。
 基本的にアリアスさんとセリナさんは演劇方面でも長けていて、かなり自然なやり取りが出来るので、話の進行はお二人に任せます。

 気になるのは、村人たちですね。

 オルカナさんが仕掛けているということは、何かしらの呪いがかけられていた、ということでしょうか。
 だとすれば、ジャックオランタンさんを前にした時だけあれだけテンションが高くなったのも理解はできます。
 問題は、どうしてそんな呪いがかけられていたのか、ですが……。
 なんだか変な感じがします。この辺りは獣人の国とクァーレの中間地点なので、国境も曖昧だと聞いてますから、余計に。

『消えよ! 我らが村に手を出すなっ!』

 おっと。
 考えている間に大分話が進んだようですね。

 手はず通り、ジャックオランタンさんが手のひらに光を宿します。もちろん害はありません。けど。

「「「うぎゃああああああっ!?」」」

 私たちは揃って悲鳴をあげ、さらにクータが変身の魔法で小さくなります。あたかもジャックオランタンさんの正義の光で負けたように。
 後は尻尾を巻いて逃げるだけ。

 情けない感じで撤退してから、物陰に潜んで気配を探ります。

 この距離から声が聴けるのはオルカナさんだけです。みんなで注目すると、オルカナさんは首肯してから安堵しました。

『大丈夫だ、問題ない。村人たちはジャックオランタンに感謝している。これならこの風習も改められることだろうな』
「そうですか、良かったです」

 私もほっとして胸をなでおろします。
 作戦成功ですね。
 ジャックオンランタンさんもこれで感謝されながら、村を守ることができるでしょう。本当に良かった。

『だが、問題はあの村人たちにかけられた呪いだな。簡単に解除できたが、それなりの術式だった』
「つまり、プロの犯行ってことね?」
『うむ。こればっかりは、グラナダ殿が戻って来るのを待った方が良いだろうな』

 アリアスさんを向きながらオルカナさんは言います。

「分かりました。それじゃあ、待ち合わせ場所に向かいましょう」

 提案すると、皆さん同意して頷いてくださいました。

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