第二百六十九話
『端的に言おう。この村はラムル村と言って、毎年ハロウィンという祭りをこの時期に行うのだが、軒先にカボチャの彫り物を置くのだ。だが、カボチャは大事な食糧でもある故、いくら祭りとはいえ飾るのは忍びない。だからジャックオランタンを狩ろうとなって、今やジャックオランタン狩り祭りになっているのだ』
うん、笑えない。
っていうか、うん。なんで俺たちまで今逃げてるんだ!?
「ひゃっはぁぁぁぁ――――――!」
「これが祭りだ、祭りだ、祭りだぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!」
「ここにジャックオランタンの匂いがしたと思ったんだがなァ!?」
村人たちが口々に叫びながら(きっとヨダレもだらだら垂らしながら、世紀末ちっくな服装で)森の中へ切り込んできている。
その速度は恐ろしく手慣れていて、振り切ることが出来ない!
っていうか、徐々に囲まれてないか?
焦燥感にかられながらどう逃げるか考えているというのに、ブリタブルは何故かしつこくジャックオランタンの周囲で鼻をスンスン鳴らしていた。
何してんだコイツ。
「なぁ、ジャックオランタンに匂いなんてあるのか? 余はいくら嗅いでも分からんぞ」
『私はアンデッドだが精霊にも近い存在だ。匂いなんてせんよ……』
ジャックオンランタンが迷惑そうに言ったと同時に、俺はブリタブルに跳び蹴りをかましていた。
「ごはぁっ!?」
「お前は何やってんの!? 状況考えて!?」
「仕方ないだろう。気になったんだから」
「良いから逃げるわよ!」
アリアスに急かされて俺たちは足を動かした。
途中で何人かのジャックオランタンと合流し、俺たちは逃げる。
「っていうか、ハロウィンってこんな恐怖に塗れた祭りだったっけ?」
俺の中では「トリックオアトリート!」とか言いながら子供たちがおかしを貰いに家を回ったり、仮装してパーティしたりするイメージなんだが。
いや、でもそれが一歩間違えて殺伐としたらこうなるのか?
『昔は和気あいあいとしていたようなのだがな……いつの間にか、こんな狂祭になってしまった』
『そこら中から聖水の匂いがするな。ばらまきはじめたか』
とたん、ジャックオランタンが険しい表情を浮かべる。
相当に聖水が苦手らしい。
森にまいてるってことは、こっちの行動範囲を限定的にさせるつもりか。
くそ、これじゃあ逃げ続けるのはちょっと無理だな。
「このままじゃあ一網打尽にされちゃいますねぇ」
「どうしましょう。こちらの数は増える一方で、どんどん身動きが取れなくなってます」
セリナは少しため息をつき、メイは慌ててこちらを見てくる。
「端的に訊くけど、あんたはどうしたいんだ? 単純に助かりたいだけなら、ハロウィン前に逃げ出しておけば良い話だろ? けどそれをしなかったってことは、何かあるんじゃねぇのか」
率直に俺は訊ねる。
世界は広い。幾らでも彼らの住む場所はあるはずだ。ジャックオランタンが土地に固執するなんて話も聞かないし。
『うむ。確かに逃げ出しておけば問題は出ない。だが、そうなってしまうと、この村は襲われてしまう。近くに魔物の巣があるのだ。退治出来れば良いのだが……。それに、あの村を守ると契約してしまったからな』
「あなた達では、迎撃は出来ても攻め落とすことはできない、と?」
『うむ』
契約してしまった、か。なんとも涙ぐましいな。
だが、このままジャックオランタンが狩られ続ければ、いずれ村は襲われてしまうはず。だからこそジャックオランタンは俺たちに助けを求めてきたってことか。
とはいえ、俺たちもそう時間があるわけじゃあないし、そもそも一泊して休むために来たしな。
「つまり、自分たちも助かりつつ、村も助けたい。願わくは、こんな風習もどうにかしてほしい。ってところか?」
『そういうことだ』
「なんともワガママな依頼だな。はっはっは! だが嫌いじゃないぞ!」
「声がでかいわっ!」
俺は声を殺しつつ、ブリタブルを睨みつけた。ハリセンの一発でもぶちかましたいところだが、それをしたら景気の良い音が響き渡ることになる。
「とりあえず、どうするのが最適ですかねぇ」
「メンドーね。全部ぶっ飛ばしちゃえば?」
「それ、採用」
悩む素振りを見せるセリナの傍らで物騒な発言をしたアリアスへ、俺は指を向けた。
呆気にとられ、アリアスが口をぽかんと開ける。
「いや、え、どういうこと? 自分で言っといてちょっと意味わかんないんだけど」
「まずこの現状を打破するために、村の連中をぶっ飛ばす。そんなケガとかしない程度に」
俺は人差し指を立てて言う。
「次に魔物の巣を全滅させる」
中指を立てる。
「んで村を襲う」
「「「ちょっと待って」」」
薬指を立てた段階で、ツッコミが入った。
『すまぬ。今の流れでなんでそうなる?』
代表してジャックオランタンの一人が訊いてくる。少し混乱している様子だ。
「簡単だ。魔物の巣を排除したところで、あんたらが村から離れられるワケじゃないんだろ? だったらこの風習そのものをぶち壊す必要がある」
『それはそうだが……』
「三文芝居って感じだけど、俺たちが村を襲ってあんたらが颯爽と現れて守ってみせる。そうしたら村人は感謝するだろ? そしたら風習もなくなるんじゃね?」
インスタントなアイデアだが、悪くはないはずだ。
「そう簡単にいくものかしら?」
「劇的に見せればそれだけで効果はあると思いますけどねぇ。けど、もう一味欲しいですね」
確かに。
大半は騙せても、懐疑的な連中は絶対にいるもんだ。それを圧し潰せれば良いが、もし失敗したら、という可能性が残る。
「それなら、アレを使うのはどうでしょうか? えっと……」
そんな時だ。メイがアイデアを口にした。その内容に俺は一瞬嫌な顔をする。
心情的にはイヤだ。でも、これは乾坤一擲とも言える策だ。
「でもまぁ、それならいけそうね」
「やってみても良いんじゃないでしょうかねぇ」
「ルナリー、がんばる」
同意がやってきて、俺は諦めた。
メイは俺のためにアイデアを出してくれたわけで、しかもそれが使えるわけで。受けない理由がない。
……心情的にはビミョーだけど。
仕方ない。時間もないことだしな。
心を決めたタイミングで、がさがさと音がした。
うげっ。
「見つけたぞ!」
「ひゃひゃひゃっ! いっぱいいるじゃねぇか」
「オイ早速聖水をぶちまけまくって差し上げろ! これで軒先が豪華になるぜぇぇぇ!」
相変わらず世紀末的な発言をしながら現れた村人たちは、思いっきり殺気立っていた。
ああもう、仕方ねぇな。
俺は即座に魔力を高める。
「《エアロ》」
「「「わっひょおおおおおっ!?」」」
発動させたのは風の魔法。
波紋が広がるように衝撃が拡散し、村人たちを吹き飛ばす。
だが、気配はまだまだ現れてきてる。連中の声を聞きつけたか!
「《エアロ》! 《エアロ》! 《エアロ》ッ!!」
俺は先手を打って風の弾丸を撃つ。
渦巻くそれは見えない弾丸となって、森の影にいる村人たちを撃沈していく。
一応、加減はしてるので、少しの間動けなくなるぐらいだ。この辺りは魔物の気配もないし大丈夫だろ。
「とにかくここは離脱しよう。隠れ家的なとこはあるか?」
『無論』
「じゃあ、そこで落ち合おう。セリナ、ブリタブル、ルナリー。護衛についてくれ。ここは俺とメイとアリアスで何とかするから」
ルナリーとオルカナは感知しやすい。ある程度離れても居場所は分かるからな。
すぐに従って、みんなが動き出す。
「とりあえず、気絶させるくらいで良いのよね。これぐらい、かしら」
アリアスは魔力を練りながら難しそうな表情を浮かべる。魔法の威力調整はかなり難易度が高いからな。微細なコントロールが必須だ。
メイは大剣を鞘ごと抜いて、接近戦の構えだ。
「それで大丈夫かな。もう少し弱くても良いぐらいだけど」
「分かったわ」
アリアスがすぐに魔力を調整する。こういうことが出来る辺り、さすがSSRエスエスレアって感じだな。
「ジャックオランタンはいねがーっ!」
「うるさいわね! 《エアロ・ブレッド》っ!」
「さては貴様かぁぁぁぁぁあっ!」
「ハズれ。《エアロ》!」
「可愛い子ぉぉぉぉぉっ!」
「なんか私だけ違う気がする!? ていっ!」
次々と襲い掛かって来る村人たちをテキトーに迎撃しながら、俺たちも動く。
俺たちは派手に動いて奴等を引きつけないといけないからな。