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第二百五十四話

 地下への入り口は、俺が寝ていたベッドの床にあった。
 しかも絨毯で隠されていただけのいい加減仕様。いかにもここから入ってきてくださいと言わんばかりの目立ちっぷりだ。

 入るのは躊躇したが、あまり時間をかけてもいられない。なるべく早くチェールタの本島へ出向かないと行けない。
 今もまた、獣人の国は帝国の脅威に晒されているのだから。

 一応、《鑑定》スキルと《アクティブ・ソナー》で罠がないかは調査してから、露になった階段を下りていく。
 中はしっかりとした石造りで、意外なことに空気がこもっていない。地下迷宮って基本的に湿っぽかったりカビ臭かったりするもんだが、それがない。
 ってことは、空気がしっかりと循環してるってことだ。

「──……人がいると思って良いな」
『そうだな』

 それだけじゃあない。
 床も壁も、汚れが目立っていない。っていうことは、ごく最近掃除されたって意味だ。明らかに人の手が入っている。

 俺は薄明かるい程度の《ライト》を展開し、道を進んでいく。

 床の端々には苔が生えてはいるが、移動に支障はない。
 やがて階段も終わり、目の前には石の扉。

「ポチ、頼めるか」

 俺が調べても良いのだが、魔力を節約しないといけないしな。俺の調査は重要なところだけに絞っておきたい(《鑑定》スキルはポチ以上に細かく調べられる)。
 理解してくれたのだろう、ポチは短く頷いてから鼻を鳴らした。

『罠の類いはない。だがその先に人の反応があるな』
「何人いる?」

 本能的に俺は気配を探るが、上手く感知できない。ってことはそれなりに距離があるのだろう。

『十や二十ではきかんな』
「え?」
『おそらくだが……集落があるのではないか? そのような感じだぞ』

 ポチは唸りながら答える。
 集落って……こんな地下に? 可能性としてはなくはないって感じだが、食料とかを考えるとかなり難しい――いや、逆か。食料をどこかで確保出来ているからこそ集落があるのか。
 これは調べる必要があるな。

「じゃあ早速いくか。開けられるか?」
「ご主人さま、私が」

 見るからに重そうな扉だが、メイはさらりと立候補した。メイは前衛型にしてもパワーに恵まれているからな。ちょっとしたものなら簡単にやってのける。
 メイは早速扉に両手を添える。ぐっと押し込むと、ずず、と音を立てて扉が開いた。

「相変わらずあの小さな体のどこにそんな力が秘められているのか、気になるなぁ」
「すぐに対抗心燃やすな」

 目を輝かせてウズウズさせるブリタブルへ、俺は即座に牽制の言葉を投げ掛ける。
 ブリタブルもパワータイプの前衛なので、同じ傾向のメイとどうも張り合おうとするんだよな。困る。言っとくけどメイより優秀な前衛はそうそういないぞ。

 扉が開き切る。

 その先は短い通路になっていて、その先は明るい。おそるおそる進むと、露になったのはかなり広い空洞と、切り立った崖の眼下には……──町があった。
 地下都市ってやつかこれ。

「な、なんですかこれ……」
「ほー! こんなものがあるのか!」

 驚くメイに、喜ぶブリタブル。
 予想していたポチは平然としている。
 見下ろすと広がる町は、結構大きいし、建物も新しい感じで造りもしっかりしてる感じだ。魔法の光が至るところで輝いていて、植物どころか、森さえある。

 ってことは、まだ出来てから日が浅いってことか。

 謎が深まるなぁ。

「どうしますか?」

 考え込んでいる俺に、メイが訊いてくる。
 もちろんここで引き返す手はあり得ない。メイもそこは分かっているはずで、どうやって町へ入るのか、というのを相談してきているのだろう。
 すぐに俺はポチを見やる。

『気配は多いが、敵意はないな。だが、好意的な感情もほとんどない。諦観や寂寥といったものが強いな』
「てーかん? せきりょー? 美味いのか?」
「大食漢でもないヤツが食いしん坊キャラ的なこと言うな!」
「大食いじゃなきゃ食いしん坊名乗っちゃいけないのか?」
「だからなんで切り返す時だけ正論なの!?」

 俺は思わず頭を抱えた。
 あれだ、ブリタブルへツッコミ叩きいれる時はちょっと考えないとダメだ。基本的にピュア子だからな。純粋だからこそ切り返しが容赦ない。

「こ、言葉の意味ですよ。諦めてるっていうか、やるせないっていうか、もどかしい感じと言うか。そんなんです、ブリタブルさん」
「おお! だったらそう言えばいいのに!」
「そう言ってたんですけどねぇ!?」

 確かに難しい言葉ではあったが。
 ポチは辟易した様子で半目になる。

『アホの子なのか賢い子なのか、分からんな』
「残念すぎるんだよ、色々と。とにかく、だ。見た感じ家しかないし、宿とかそういったものはなさそうだな」

 つまり誰か、というか、外様を迎え入れるような町ではない。
 そりゃそうだ。こんな地下都市に誰がくるんだって話だし。
 どうも一悶着ありそうだな。

「そうなのか、じゃあ誰の家に泊まるんだ?」
「色々と段階をすっ飛ばすな。今はそんなこと交渉する前の段階の話をしてるんだっつうの」

 今度こそぴしゃりとやっつけて、俺は町をもう一度見下ろす。

「ウダウダ考えても仕方ない。正面から行くか。なるべく友好的にな。もしそれでも戦いになりそうなら仕方ない。俺たちの目的はこの町に滞在することじゃなくて、他の島に移動することだからな」

 そう言うと、全員が頷いた。

「じゃあそこに階段があるから」
「とうっ」
「って待てやコラァァァァアっ!?」
「きゃあああああああっ!?」

 俺の言葉を途中に、いきなりブリタブルが飛び降りる。

 俺とメイの首根っこを掴んで。

 かなり切り立った崖なのに、滑るようにして器用に降りていくのはさすが野性的と言うべきだが、なんで階段を下りないのかな!? っていうか人を巻き込むな、人をっ!

「っていうか何してくれてんだ!?」

 独特の落下感覚の中、俺は辛うじて着地し、ブリタブルと同じように滑り降りながら抗議する。メイもすぐに着地した。背後ではポチが追いかけてきている気配がした。

「はっはっはっはっは! 正面から行くのだろう、だったらこうする方が早い!」
「バカじゃないの!? 相手からしたら攻撃されてると勘違いするかもしれねぇだろこれ!」
「はっはっはっはっは! その時はその時じゃあないか!」
「豪快に笑い飛ばしてくれてるけどかなりのアホだからなこれ! っていうか今すぐ止まれ!」
「止まる必要など一体どこにあるのだ、アニキ!」
「あのなぁ!」
「それに、我らは和平交渉をしに行くのではないのだろう? だったら正面からぶち抜くのみ!」
「正面から行くといは言ったけどぶち抜くとは言ってねぇぇぇ――――――――っ!!」

 俺は必死に抵抗するが、今の俺じゃあブリタブルの腕力に勝てない。つか、ここで下手に暴れたら色々とバランス崩して崖を落下することになりかねん。
 くっそ! 覚えておけよ、絶対にお仕置きしてやる!

 誓いつつ、俺はガリガリと崖を駆け下りる。

「そら、着地するぞぉぉぉっ!」

 何故かとてもとても嬉しそうにブリタブルは言い放ち、崖の一部を破壊しながら蹴り飛び、地面に着地した。
 凄まじい音がして、地面が砕ける。

 着地したのは、町の端だが――しっかりと人がいた。しかも一人や二人ではない。
 見るからにあまり裕福ではない格好だが、意外と身なりは整っているし、ガタイも良い。直感的に俺は彼らを警備兵か何かだと判断した。
 加えて、相手に動じる様子はない。つまり、待ち受けられていたってことか。

「答えろ、侵入者っ……! 貴様らはどこから来た!」

 背中に隠し持っていたナイフを突き付けながら、先頭に立つ男が脅してくる。
 わー、警戒心バリバリ。っていうかそりゃそうだわな。最悪だよな、最悪だよね。
 俺は迷わずブリタブルに咎めの視線を送ってから、一歩前に出た。ここから先は言葉でのやり取りだ。色々な意味で残念なブリタブルに担当させるわけにはいかない。

 俺は敵意がないことを示すために両手をホールドアップしながら更に一歩前に出た。

「俺たちは難破して無人島に流れ着いて来たんです。それで色々と調べるうちにこの地下に辿り着いただけなんです」
「難破……!? では貴様は大陸のものか!」
「はい」
「帝国か!? 帝国からの刺客か、貴様らはっ!」

 素直に答えると、全員の警戒レベルがさらに上がる。
 おいおい、まさかこんなところに帝国の手が入ってきてるのか? っていうか、チェールタだろ、ここ。どういうことだ。

 チェールタは帝国に対して中立を保つ国だ。
 だからこそ帝国はチェールタに対して強い干渉をしてこなかったはずだが?

 事情が変わったのか――とにかく良いことではないな。
 怪訝になりつつ、俺は思考を中断させる。今はそれを利用して切り抜けるべきだ。

「違う。俺たちはその帝国の妨害にあって、難破してきたんです」
「帝国の妨害……!?」
「詳しくは言えませんが、俺たちはチェールタ本島に用事のある国からの使者です」
「……どこの国だ」

 仕方ないな。
 俺は懐をまさぐり、貴賓の証を見せる。そこにはキッチリと、王国の紋章が刻まれている。すなわち、ライフォード王国の。
 刹那にして周囲がざわついた。
 効果があるか微妙だったが、役立ったようだな。
 安堵を密かにしつつ、俺は周囲を見渡した。

「ということで、俺たちにあなた方との敵対意思はありません。むしろ助力願いたいくらいです。良ければ、そちらの長とお話もさせていただきたいのですが。どうして、あなた方がこんなところに追いやられているのか、も含めて」

 ハッキリと言うと、また周囲がざわついた。
 カマをかけただけだが、効果絶大だったようだな。

「……分かった。村長にワタリをつける。けど、もし嘘だったら……どうなるか、分かっているな?」
「もちろんですとも」

 力強く頷くと、相手はナイフをようやく引いた。
 さて、これで交渉のテーブルには立てたな。次からが本番だ。

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