執事コンテストと亀裂㉟
「夜月! そっちは任せたぜ!」
「おう!」
結人と夜月は今、不良を目の前にしている。 男子中学生二人のことを第一に考え、先に少年たちを安全な場所まで避難させた。
「彼らをいじめた罰だよ」
小さな声でそう呟くと同時に、結人と夜月は二人で協力して不良らをあっという間に無力化する。
―――こんなに喧嘩が弱いのに、いじめなんてよくできるよな。
―――・・・人をいじめんなら、自分がもっと強くなってからやれよ。
―――いや・・・そもそも、いじめなんてしちゃいけないことか。
「君たち、大丈夫? 怪我は?」
不良らが少年たちから奪い取ったであろうゲーム機を拾い、彼らに手渡した。
「僕たちは大丈夫です。 その・・・ありがとうございます」
「そっか。 無事ならいいんだ。 これからは、気を付けるんだぞ」
「「はい」」
丁寧に礼を言う彼らに対し、結人も優しい表情で彼らを見送った。
「それじゃ、俺たちも行くか」
二人に向かってそう言うと、夜月と柚乃は結人の方へ寄ってきた。 二人が無事なことを確認し、この場から離れようとした――――その時。
「お前が結黄賊のリーダーか」
「ッ!?」
突然聞こえたその声に、結人たちは皆一様にして振り返る。 そこに立っていたのは――――ずっと柚乃を尾行していた、ストーカー野郎だった。
―――やっと正体を現したか。
―――てより・・・どうして結黄賊のことを知っているんだ?
「誰だよお前」
急に話しかけられ戸惑うのと同時に、結黄賊の名を口にされ動揺する結人たち。 だが結人は平然を装って、男に向かってそう言葉を放した。
だがストーカーはその質問には答えず、淡々とした口調で物を言っていく。
「結黄賊に復讐をするために、俺はお前を捜し続けていた」
―――は?
―――何を・・・言ってんだよ。
「そこにいる女が、結黄賊のリーダーの女っていうことは最初から知っていたんだよ。 そして偶然横浜でその女を見つけた。 その女を尾行していれば、お前に会えると思ってな」
女というのは柚乃のことだろう。 そのことはすぐに理解した。 この瞬間結人は、過去の記憶が嫌でも蘇り――――全身から、冷や汗が流れ落ちる。
―――コイツは、俺がよく知っている奴らだ。
―――どうして、こんなところに・・・ッ!
「しばらくその女を尾行していたら、いつの間にか立川までやって来ていてな。 そしたらその女が突然立川に住み始めるから、俺もこの街にしばらく居座ることにしたんだ」
「おいお前・・・。自分が今まで何をしてきたのか、分かってんだろうな!?」
結人はその発言を聞き、居ても立っても居られずに思わず声を張り上げた。
―――そのために、今まで柚乃を尾行していたのかよ。
―――マジありえねぇ・・・。
―――コイツがやってきたことは、全て犯罪だ!
―――お前のせいで柚乃は怖い思いをずっとしてきたんだぞ!
だが――――何を言っても、このストーカーは結人の発言を聞こうとはしなかった。
「そしてついに、今こうして結黄賊のリーダーに会うことができたのさ」
そう言って、ストーカーはニヤリと小さく笑った。
―――何だよコイツ・・・。
―――マジ怖ぇ。
―――狂ってんじゃねぇのか?
そして男は――――結人のことを睨み付けながら、ハッキリとした口調でこう言葉を放した。
「・・・そう、俺は赤眼虎だ」
「ッ・・・」
―――やっぱり・・・レアタイは、立川にいたんだ。
彼が赤眼虎なのかもしれないということは最初から思ってはいたが、自分たちの前にちゃんと姿を現さないため確認することはできなかった。
だがいざこうして名乗られると、流石に結人でもどうしたらいいのか分からない。
「俺はレアタイの下っ端だから、結黄賊のリーダーの顔なんて知らなかった。 でも上の奴に言われたんだよ。 『結黄賊を捜して来い』ってさ。
だから俺は本当にお前が結黄賊のリーダーなのかを確認するために、色々仕掛けさせてもらっていた」
―――仕掛けた?
―――何のことだよ。
「お前たちのこと、ちゃんと調べたぜ? 無傷な喧嘩をして相手を無力化する。 相手からの攻撃を食らうまでは、自分たちからは手を出さない。
そして・・・リーダーの指示が出るまでは、喧嘩をしてはならない」
「・・・!」
―――どうして・・・どうして、そこまで俺たちのこと知ってんだよ。
―――何なんだよ、コイツ・・・!
結人は怖くて何も言えずにいた。 夜月たちも、ただストーカーの言うことを静かに聞いていることしかできなかった。
「お前たちがした、最初の喧嘩を憶えているか?」
「最初の・・・喧嘩?」
過去の出来事を必死に思い出す。 あの時――――柚乃から、電話がかかってきたのだ。 その内容は『ストーカーに追われているから助けて』という内容だった。
そして結人は夜月と一緒に、柚乃のもとへ向かった。 そこで無事に柚乃と合流し、本当に彼女が尾行されているのかを確認するために、街を適当に歩き回った。
その時――――いきなり、結人の肩にぶつかってきた不良がいて――――
「・・・ッ!」
「思い出したか」
結人の一瞬の反応を見て、ストーカーはもう一度ニヤリと笑う。 その笑った顔が、とても怖くてたまらなかった。
「最初の喧嘩を見させてもらった。 その時の喧嘩は相手の攻撃を食らうまでは手を出さず、相手を無傷で無力化した。
・・・でも、もう一つのお前らのルールである“リーダーの指示が出るまでは喧嘩をしてはならない”というのが、まだ当てはまらなかったんだ。
お前らの会話までは、流石に聞こえなかったからな。 まだお前がリーダーっていうことには確信が持てなかったから、尾行を続けた。
だから俺は、何度もお前らを不良と絡ませたんだ」
男の話を全て聞き、結人は思わず言葉が詰まってしまう。
―――そういう・・・ことだったのか。
―――今まで夜月が言っていた『最近よく喧嘩している不良と遭遇する』っていうのは・・・こういうことだったんだ。
そして結人は――――やっとの思いで重たい口を開き、男に向かって冷たく物を言い放つ。
「俺がリーダーだと確かめるために・・・立川の人たちを、今まで犠牲にしてきたというのか」
頑張ってそう発言した一言に、ストーカーは簡単に返す。
「あぁ、そうさ。 ちなみにお前らに絡ませた不良は、みんなレアタイの一員だぜ?」
「マジ・・・かよ・・・」
どうして今まで、気付くことができなかったのだろう。 もっと早くに気付いていれば、いい対処ができたのかもしれないというのに。
立川の人たちも、痛い目や怖い目に遭わず、済んだというのに―――― 結人は自分を責め続ける中、ふとあることを思い出した。
それは真宮から聞いた、藍梨と伊達が不良に襲われたという話。
―――・・・そうか。
―――その時は俺も夜月もその場にはいなかったから、藍梨たちを襲った不良はレアタイじゃなかったということか。
―――よかった・・・藍梨はまだ、目を付けられてはいなかったんだ。
一人で自己解決しているのをよそに、ストーカーは結人を睨み付けながら言葉を続けていく。
「・・・だけど。 俺は頑張ってお前らと不良を絡ませようとしたけど、お前はいつも見て見ぬ振りをしていた」
そう言って、ストーカーは夜月のことを見る。 そして再び結人の方へ向き直り、こう口にした。
「でも今、お前が来た瞬間喧嘩をし始めた。 ということは・・・お前が結黄賊のリーダーで指示を出したから、喧嘩をすることができたんだろう?」
「ッ・・・」
―――・・・やられた。
―――全てはレアタイの思惑通りだったっていうことかよ!
自分自身に腹が立っている中、男は真剣な目をして結人に向かってこう言い放つ。
「改めて言おう。 俺ら赤眼虎は、結黄賊に決闘を申し込む!」
決闘。 この時結人は思った。 何度やっても――――結果は同じだ、と。 赤眼虎が少しでも強くなっているのなら分からないが、結人たちには敵うはずがない。
「と言っても、今立川にレアタイのリーダーはいない。 もちろん横浜にいるからな。 だから俺は、この後リーダーに連絡する。 結黄賊を見つけたって。 そこでだ。
決闘の日時場所。 そして一つだけなら、条件を決めてもらって構わない。
もしこれで俺たちレアタイが結黄賊に負けたら、もうお前らのことは諦める。 ・・・これで、どうだ?」
―――まぁ、これで・・・レアタイとの抗争が終わるのなら。
赤眼虎との抗争が終わったら、結人たちにはまた平穏な生活が訪れる。 そして藍梨や柚乃に何も被害を与えないなら、その申し出を受けるしかない。
―――どうせ何度喧嘩をしても、結果は同じだ。
―――俺たちが勝つに決まっている。
―――だったらさっさと決着をつけて、俺たちの平和な生活を手に入れてやる。
そして結人は、男の目を見据えながらハッキリとした口調で言葉を紡いでいった。
「明後日の火曜日16時。 場所は正彩公園。 場所は調べたら分かるよな。 そして条件は、銃やナイフなど人の命を奪うような物騒な物は、使わねぇこと」
―――これが・・・俺の答えだ!
「・・・いいだろう。 了解した。 それじゃあ、火曜日・・・楽しみにしておくからな」
それだけを言い捨て、ストーカーは結人たちを背を向け遠ざかっていく。 が――――突然立ち止まり、こう呟いた。
「そういや、言い忘れていたことがあった」
そしてストーカーは振り返り、結人の顔を見る。 だがその顔は先刻までとは違う――――結人たちのことを嫌うような残酷な目で、睨み付けていた。
「何だよ」
結人も相手を睨み返しながらそう尋ねると、ストーカーは残念そうな表情に変わりこう言い放つ。
「お前らの喧嘩、変わらないよな」
「は? それはどういう意味だ」
そして男は――――語り出した。
「無傷な喧嘩をして、相手を無力化する」
「・・・それが、どうした」
「別の言い方に変えると、人を殺せない喧嘩。 そう・・・お前たちは、人を殺すことができないんだ」
「おい! さっきから何を言っている」
少し怒りを込めてそう言い放つと、ストーカーは結人の方へゆっくりと足を進めてきた。 そして互いの距離が残り1メートルとなったところで、相手はその場に足を止める。
相変わらず結人の目から自分の目を離さない。
―――一体・・・何が言いたいんだ。
「お前らのその攻撃のやり方が、今の俺たちに通用するとは思うなよ?」
―――・・・は?
「俺たちに本当に勝ちたかったら、人を傷付ける練習でもしておけ」
それだけの言葉を言い捨て、ストーカー男は結人たちの前から姿を消した。 その中で一人、男が言っていた言葉について考える。
―――人を、傷付ける・・・。
―――そんなことをしたら、結黄賊じゃなくなるだろ。
だが、人を傷付けないと赤眼虎は“負け”を認めてはくれないだろう。
結人たちが無傷な喧嘩をして抗争を終えたとしても、喧嘩をし終わった感じが何もないまま負けを認めたくはないということだろう。
だったらあの男が言ったように、人を傷付ける喧嘩をするしか選択肢はないのだろうか。
「・・・ユイ? アイツが最後に言ったこと、気にすんなよ。 俺たちは今までのやり方でいい」
「・・・あぁ、ありがとな」
「みんなにはどうする? 俺から伝えようか?」
優しく気を遣ってくれる夜月に、結人はハッキリとした口調で答えた。
「いや、明日みんなを集めて俺から言う。 柚乃、明日からは俺が『いい』って言うまで、外には一歩も出るなよ」
「うん、分かった。 結人も無理しないでね?」
「俺は大丈夫だよ」
心配してくれる柚乃に対して、優しく微笑みながらそう返す。
「ユイはこれからどうするんだ?」
「俺は明後日のことで色々考えたいから、今からは一人にさせてくれ。 今日はもう、柚乃のことは夜月に任せてもいいか?」
「あぁ・・・。 いいけど」
「ありがとう。 柚乃、今日はありがとな。 めっちゃ楽しかった」
そう言うと、柚乃は優しく笑って頷いてくれた。 結人はその後少し立ち話をし、夜月たちとは別れる。
―――このまま家へ帰るのもあれだし、しばらくは適当に歩いて・・・まずは気持ちを、落ち着かせるか。
そう思い、前へと向かって歩き出した。