第二百三十八話
書状にしたためられていたのは、国からの命令に近い文書だった。
内容は、ハッキリ言って俺に見せて良いものじゃあない。
平たく言えば、これは同盟だ。
それも、王国と、獣人の国との。
これはとんでもないことである。今までも王国は獣人の国家を認めていたし、国交もあった。けど、その上で同盟を組むとなれば──しかも完全対等な条件での同盟となれば、王国は獣人の国家を対等な国家として認めると言うなによりの意思表示だ。
たぶん、ここ最近、帝国の獣人の国家に対する強い風当たりへの対抗なんだろう。
書状には王国だけならず、諸外国との同盟を組むともあった。つまり帝国包囲網のひとつでもあるのか。
これぐらいの考察が出来る程度には、俺も世情を気にしてるんだけど、問題はそこじゃない。
「おい、アリアス」
「読んだよね?」
思いっきりぶつけた非難の視線を踏み倒すような調子でアリアスは真剣な表情をぶつけてくる。
「読んだけど……」
「私は今、この書状における最重要人物──獣人の国家の王子様の護衛を務めることになったの」
「そりゃめでたいことで」
とても新人に宛がわれるような依頼じゃないぞ。同期じゃあトップガンじゃねぇか?
まぁ実際トップガンなんだけど。
フィリオに至っては、初めての依頼で大物の魔物を仕留めたらしいしな。ハインリッヒの再来と早くも名高い。アリアスもそれに負けてない功績を上げてるし。
もちろんエッジやアマンダも地元で大活躍してる。
「そりゃ名誉なことなんだけど、でも、王子様はこれからも諸国を回ることになっているの」
「まーそりゃそうだろ」
俺は頷く。
書状の内容からして、色々と回る必要があるからな。
「だから、その分危険でもあるの。特に、帝国からの刺客に悩まされる可能性が高いわ」
「……だろうな」
帝国がこの流れを知らないとは思えない。
実際、つい先日までエージェントが潜入してきてたくらいだからな。あれ以来、警備がより厳重になったから王都にはもういないだろうが……。諸外国というか、王都の外となれば話は違うだろう。
「そこで、同盟各国を巡回するために護衛をつける話になったんだけど……」
「アリアスが選ばれたんだろ? 良いコトじゃねぇか。さすがってとこだな」
素直に褒めると、アリアスは耳まで真っ赤にさせた。
「そ、そそそそそんなの当然よっ! でもお礼を言ってあげてもいいわよ! ありがとう!」
毎回思うけど、なんでそう上からなんだ? いやまぁ、いいんだけどさ。
「で、でもね。その……私一人だけじゃあ不安だから、その……応援が欲しくて」
「フィリオたちは?」
「それは無理なのよ。フィリオたちもこの関係で、国の依頼で動いてるから……。兄さまも、同じ」
それだけで俺は察する。
なるほど、つまり国家をあげたサポート体制で動いてるから、手が足りてないのか。
それで俺を頼ることになった、と。
同時に思い出していた。ハインリッヒの言葉だ。近々アリアスが困ったことになるから、助けてやってほしい、と。それがこれのことなんだろう。
断ったらどうなるか――きっと、ロクでもないことになる。
「手を貸すのは構わないぞ。っていうか、人手足りないなら、仲間連れてくるけど」
「本当!?」
「ああ。俺は今パーティみたいになってるから。なぁメイ」
「ええ、そうですね。とっても頼りになりますよ」
メイも笑顔を振りまきながら何度も頷いた。
といってもメイとルナリー(オルカナ)だけどな。
キリアとシシリーは屋敷から出られないし、あの王子は戦力外だし。けど十分すぎる戦力だ。何せホムンクルスに、夜の王たる
「メイちゃんがいれば百人力でもあるしね……助かるわ」
「あらあら、手が足りてないのですかねぇ?」
「「うどわぁっ!?」」
いきなり声をかけられ、俺とアリアスは同時に驚く。更にアリアスは思いっきり躓き、俺に向けて倒れてくる始末だ。俺は慌ててキャッチしようとして、すかさず割り込んで来た影に阻まれた。
代わりにその影――セリナがアリアスをしっかりと支える。
「大丈夫ですか? アリアスさん。お久しぶりですねぇ」
「久しぶり、そして、ありがとう、っていうかいきなり脅かすんじゃないわよ! なんで気配を完全に殺して近寄ってくるわけ!? っていうかいつの間にそんな技術!」
「イヤですねぇ、ちょっとしたスパイスってやつですねぇ。それとシノビの術です」
笑顔でさらりと答えるセリナ。
なんか、どうしてだろう。シノビって言葉を使い間違えてる気が凄くするんだが。
「それで、どうやら手が足りてない様子ですねぇ。良かったら私もお手伝いしますよ?」
「セリナが? それは嬉しいけど、あなた領土に帰らなくて良いの?」
アリアスの懸念はもっともだ。
セリナは今、自分の領土の治安維持に大きく貢献していて、早くも戦姫とかいう名前が出回りつつある。
笑顔で悪人を懲らしめているのだとか。なんかそれ、どっちかっていうと死神に近いと思うんだが。
「大丈夫ですねぇ。この前、大捕り物がありまして。それで王都にまで出張って来てたんです。しばらくは安泰かと思いますし」
セリナは頬に手を当てながら微笑む。
うん、いや、ホントに何したんやあんた。
内心でツッコミを留めたのは、口にしたら絶対に長くなるからである。
「じゃあ、決まりってことでいいか? セリナがいると色々と楽になるのは事実だしな」
セリナは一流の《ビーストマスター》だ。色々と便利だし、頼りになる。既にテイムしてる魔物たちも一級品だしな。
「そうね。もしお願い出来るなら」
「お安い御用ですねぇ。それでは早速準備をしなければ。道中はどのようになさるのですか?」
「馬車で動くことになってるわ。ただ、一団で動くと機動性が落ちるから、一つの大型馬車になるけど。王子も気さくな方、というか、野性的な人だから、そういうの気にしないし」
つまりやりやすいってことか。ワガママな奴だったら大変だしな、その点では安心ってワケだ。
「それじゃあ俺たちも準備してくるか。集合時間は?」
「出発は二日後。朝の七時、正門前で」
「分かった」
「承知しましたですねぇ」
簡単なやり取りをすませ、俺たちは別れる。
いや、別れた、はずだった。
「なんでついてきてるんだ、セリナ」
ずっと俺の隣にはりついてくるセリナに、俺は訊く。セリナは王族であり、用事があってきているのなら王城の方にいるはずだ。俺の家とは方角が違う。
それなのに、何故かずっとついてくるのである。
「決まってますねぇ。グラナダ様がいらっしゃらない間、グラナダ様の屋敷に私物を全部運び入れたからに決まってるじゃないですかぁ」
「決まってないしっていうか何してくれてんの!? 人が留守にしてる屋敷にっ!」
「大丈夫ですねぇ。ちゃんと平和的にキリアさんとシシリーさんには納得していただきましたよ?」
「セリナの言う平和的ってのは一切合切信用がならないんだけど?」
「ホントに平和的ですよ? 幽霊さんが喜ぶ美容グッズとかを差し入れしただけなので」
きょとんと首を傾げながら言うセリナ。
って待って、色々と待って? 幽霊が喜ぶ美容グッズってなに? この世界そんなのあるの?
「っていうか、客人としてやってきた私を蔑ろにして、ウルムガルトさんのお宅に泊まるからそうなるのですねぇ。まったく、殿方というのは……まぁ、色が強いのは素敵なことですが」
「変な方向に解釈しないで!?」
「そうですよ! ご主人さまは嫌になるくらい紳士なんですよ! もっと積極的になっても良いのに……!」
「おいまてメイまで何言ってんだ!?」
変な方向から変な方向へ突き上げるように参加してきたメイにも俺はツッコミを叩き入れる。
すると、セリナが何故か沈痛な表情を浮かべてから、大きくため息をついた。
「なんと……」
「ねぇ、なんでそこで本気で残念そうにしてるんだ? ねぇ?」
「このままではいけませんね。今回の旅に同行して、その辺りにもしっかりと目覚めていただきましょう」
「……セリナさんっ」
「ええ。頑張りましょう、メイさん」
「ちょっと待ってだからなんでお前ら熱い視線を交わしながら腕を組んでんの!? ねぇ!?」
俺のツッコミは、しかし虚しく響くのだった。