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第二百三十七話

「アホ息子よ……お前はジャック学園行きだ」

 沈黙が落ちた。
 明らかに異様と分かるもので、思わず息さえ忘れるぐらいの重さがあった。

「ひゃ、ひゃあああああああああああ────────っ!?」

 やがて、とんでもない悲鳴が飛び出した。まるでこの世の終わりだと叫ぶかのような勢いに、俺は耳を塞いだ。
 クロックブークは地面を這いながら父親の足に文字通りすがりついた。ウルムガルトも何故か同情するように顔をひきつらせている。
 なんだ、どういうこっちゃ?

「ひゃ、ひゃひゃっ! それらけは、それらけはぁぁぁぁ!」
「うるさい! お前の性根を叩き直すためだ!」

 涙も鼻水も鼻血もガンガン垂れ流しながらクロックブークは訴えるが、父親はたった一言で一蹴した。
 だが、クロックブークに諦める様子はない。それこそ死物狂いの様相を見せていた。

「どういうこと?」
「ジャック学園ていうのは、世界一厳しい商業学園なのよ。教師は全員指導用の鞭を持ってるし」

 耳打ちしてきた短い説明で、俺は納得した。うん。おかしいだろ、教師が全員鞭を標準装備してるとか。
 しかも指導って何を指導するつもりだ。

「無事に卒業できた生徒は未だかつていないっていう……」
「なぁ、それなんで存続できてるんだ?」
「そういう施設だって認識されたからだよ……」

 ああ、納得。
 軽い頭痛を覚えて、俺はこめかみを押さえた。
 ともあれ、とんでもなく厳しいのだろう。奴を嫌悪してるウルムガルトでさえ同情を見せるくらいに。きっと人格矯正されて戻ってくるに違いない。それで人畜無害になるなら大歓迎である。まぁ、俺は今後関わり合いになることはないと思うけど。
 クロックブークは尚も父親と悲しいやりとりを繰り返していたが、やがて父親にまた殴られて気絶した。

「なんとも情けない……。はぁ、いや、いかん。ウルムガルト殿。このたびは大変な失礼をした。本当に申し訳ない」

 父親はウルムガルトを振り返るなり、いきなり頭を下げた。

「いや、もう関わり合いにならないなら、それで良いので」
「そうだな。二度と君に近寄らないよう、しっかりと躾をするとしよう」

 なんだこのしっかりと取れたコンセンサス。
 短いやり取りなのに、俺はそれを感じ取っていた。商人とは恐ろしい。

「それじゃあ、私はこれで」
「うむ」

 今度こそ、ウルムガルトは踵を返し、俺たちも後について屋敷を後にした。
 ぽかぽかな陽射しを受けて、俺は大きく伸びをした。
 うーん、気持ち良い。
 なんか、やり切った気分だぞ。

「グラナダくん、今回はありがとね。依頼料はしっかりと払うから。っていっても、基本的には護衛になっちゃうから、そんなに支払えないんだけど……」

 申し訳なさそうにウルムガルトは首をすくめた。

「ん? ああ、良いよ。俺も収穫あったしな」
「収穫?」
「ああ。ウルムガルトの店にかけられてた隠蔽魔法なんだけど、それを解析してたら、面白い術式に出会えてさ。それを応用したら、新しい魔法が開発出来たんだよ」

 これは本当に意外な発見だった。
 さすが魔法道具の術式で、俺が知らないものがたくさん詰まってて、それがきっかけになった。俺が三年かけて完成できなかったものをあっさり完成させてくれるんだから、本当に古代人は恐ろしい。 
 まぁ、当時は魔法にかける情熱が桁違いだったからなんだろうけど。

「新しい魔法って……つくづく凄いね、君は……ほんとにおかしい」

 どこか辟易したようにウルムガルトは言う。なんだか失礼だぞ、それ。
 思わずジト目で睨む。
 すると、ウルムガルトはくすっと笑った。 

「褒め言葉だよ。このご時世で、魔法が開発出来たなんて言うんだから」
「……まぁ、そうかもな」

 オリジナル魔法を開発出来るのって、フィルニーアぐらいだったろうしな。
 まぁ、俺はその系譜を受け継いでるからな。っつっても、あんなポンポンとは出来ないけど。

「それで、どんな魔法なの?」
「あ、ちょっと試して良い? 攻撃魔法とかそういうのじゃないんだよ」
「そうなんだ? 害がないなら構わないけど」

 お、あっさりと了承出た。
 俺は早速魔法を試すことにした。そのまんま使うと影響が大きいから、手加減して、と。

「《デバフ》」

 ふわり、と、灰色のヴェールのようなものがウルムガルトを包む。
 反応と効果はすぐにやってきた。ウルムガルトが異変を覚えたように肩を回しだす。

「ん? なんか、ちょっと身体が重い?」
「うん、効いたみたいだな。威力はかなり弱めたし、持続時間も短くしたから、そろそろ切れるはず」

 俺が言って数秒後、ウルムガルトは何度も頷いた。

「うん、大丈夫。戻った。へぇー……。ん? ちょっと待って、身体がダルくなったってことは、身体能力とか、そういうのが抑制されたってこと?」
「分かりやすく言えばステータスダウンだな」

 この世界にはステータスが存在して、数字化されている。けどそれは基礎能力値みたいなもんだ。
 もちろん攻撃力が高いとバカみたいな威力が出るんだが、それはもちろん加減できるし、逆に急上昇したりもする。
 ステータスは一定ではない。

 魔法道具はそんなステータスに影響を及ぼす魔力の流れというものを掴んでいて、俺はそれを応用してステータスに悪影響を及ぼす魔力の流れを作り出した。
 もちろん、外部の魔力はすぐ体外へ排出されるので、対象となる人物の魔力の流れそのものを、そう変化させるように持っていくんだけど。

 そのせいか、魔力消費が高い割には効果が薄いんだよな。そこが今後の課題ってやつだ。

「え、ちょっと待って、それってとんでもない……!?」

 ウルムガルトが絶句し、大声を出そうとして自ら口を塞いだ。おお、間一髪。

「そ、そんな魔法、聞いたことないよ……?」
「というか、今までみんな試してダメだったから諦めてたっぽい魔法なんだ」

 俺のいた世界じゃあ、デバフなんて当たり前のようにあったからな。ゲームの世界での話だけど。
 だから転生者の連中は確実に試したはずなんだよな。でも、それでも出来なかったってことは、そういうことなんだと思う。
 この理論、正直言って、魔法道具(マジックアイテム)に出会わなかったら、後何十年かかってたか分からないぐらいのものだったし。

「グラナダくん……君はいったい、どこまでいくつもりなの? ちょっと心配になるよ」
「どこまでって言われてもな。俺はRレアだから、色々と強化しておかないとな。それに、俺の行先は決まってるんだ」

 俺は胸を張って言う。

「村の復興。俺は、それしか考えてねぇよ」

 ハッキリと告げると、ウルムガルトはくすりと笑ってくれた。

「ははは、そうだったね。君は本当にブレないね。だから良いんだけど」
「仕方ないだろ。俺にとって、それが一番の目的なんだから」
「分かってるよ。うん、そうだった。村が復興したら、ちゃんと商売しにいくからね」
「おう、期待してる」

 村が復興したら色々と物入りになるからな。いっそ、店を出してもらっても良い感じだ。
 そんなことを話しながらしばらく歩いたところで、ウルムガルトの店の近くまで来た。

「それじゃあ、ここらで。メイちゃんもありがとうね」
「いえ、こちらこそ。ウルムガルトさんも頑張ってくださいね。商売と。あ、でも、一つだけ」
「何かな?」
「……その、ご主人様と結婚するつもり、なんですか?」

 言い淀みながらも、メイはどこか気まずそうに訊ねた。瞬間、ウルムガルトが硬直する。
 直後、顔を真っ赤にさせて湯気を爆発させた。

「そ、そそそそそそそっ、そ、それはっ、えっと、その、そう、でも、悪く、ない、とは、思う、けど、え、で、でもでもでも、いや、あの時は、どうしようもなくて、その、追い詰められてから、勢いで言ってしまったっていうか、えっとだから、えっと、気にしないで! うん!」

 そしてウルムガルトは文字通り逃げて行った。
 俺はその様子に首を傾げたが、メイは難しそうな表情で唸っている。どうしたんだ?

「メイ?」
「あ、いえ、大丈夫です。いきましょう」

 名前を呼ぶと、メイはいつもの笑顔に戻った。

「そっか。それじゃあ小腹も空いたし、露店でもいくか?」
「あ、良いですね、それ」
「――いた! こんなところにいた!」

 メイがのってきたところで、声は上から降りて来た。そう、本当に。
 なんだ、と思わず見上げると。 
 誰かが落下してきていた。って、ぇぇええっ!? あっぶねぇぇぇっ!

 俺は咄嗟に飛び退く。ほんの僅か後に、その誰かはズシン、と音を立てて着地した。ふわりと舞う、長いポニーテール。間違いない。

「アリアス!」
「グラナダ! ひ、ひひひひひひひ久しぶりじゃない! ちょっと見なかったけどどう? 寂しかった? 寂しかったよね?」
「なんでいきなり脅迫口調になるんですかねぇ!?」
「なってないわよ、失礼ね! いや、それよりも、ちょっと助けてほしいお願いがあるの」

 アリアスは肩を怒らせながら言い返しつつ、懐から一枚の便箋を取り出した。
 蛇腹に折り畳まれたそれを広げると、丁寧にしたためられた書状だった。

「これは……?」
「そう。だから助けてほしいの」

 アリアスは、そう真剣な表情で言った。


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