第二百二十七話
「ってことは、一刻も早く王子を見つけ出して、保護しないといけないってことか」
俺の言葉に、キリアと王様が強く頷いた。
「王子はクランブールの秘宝をその身に宿したまま殺され、そしてその秘宝を未だに魂へ内包しています。王子に迫る危機とは、まず間違いなくその秘宝が狙われています」
キリアの静かだが、危機感の強い口調。
「秘宝?」
「金眼銀眼。王子の目に宿っているものだ」
おうむ返しに問うと、王様が返す。反応したのはポチだった。
『ほう、珍しいな』
「知ってるのか、ポチ」
『知ってるも何も、金眼銀眼は神獣だ』
衝撃的な言葉に、俺は吹き出しかけた。
ってちょっと待て。神獣? どういうことだ。
目線だけで説明を求めると、ポチは了解したように頷いた。
『金眼銀眼というのは、ヒトと共に成長する、心の神獣だ。数十年かけて宿ったヒトの中で力を蓄え、そのヒトの寿命が終えた時、神獣として降臨、約一〇〇年に渡り、その国の守り神となってくれる。実際、王国も帝国も、その恩恵を受けて大国になったからな』
なるほど、そういうことか。
ポチの淀みない説明を受けて俺は納得した。そんな恩恵をもたらす神獣なら、今の落ちぶれた帝国からすれば喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
今、帝国はそれだけ弱っているからな。
大体流れが見えてきて、俺はため息をついた。くそ、これ、確実にメンドクサイ事態だ。だが、放置することもまた出来ない。理由は単純だ。フィルニーアが関わっているからだ。
「で、その大事なはずのモノを持っている王子は、王都のどこにいるんだよ」
「分かりません。フィルニーア様も散々探してくださったのですが、ついに見つかりませんでした。どうやら神獣の力が気配探知を拒絶しているようなのです」
キリアが残念そうに頭を振る。
「本当は私たちも探しに出たいのですが、私は特性上、この屋敷から出られません。すぐに活動限界を迎えてしまいます。私とシシリーは強力な力を宿していますが、その制約なのです」
「フィルニーアか?」
「ええ」
キリアの肯定に俺は納得した。
王子をこの屋敷に保護さえ出来れば、キリアとシシリーが強力な護衛となる。加えて二人は幽霊だから、活力源となる力が必要だ。それを屋敷に用意しているのであれば、納得の措置だ。
「もし王子が奪われるということになれば、動乱が起こるかもしれん。それは避けねばならん」
「だろうな」
俺は危機感を募らせる。そんな強大なものを手に入れて、あの帝国が大人しくしているはずがない。
思考を巡らせる。
屋敷に戻れなくなった呪いをかけられた王子が暗殺された後、フィルニーアが魂を召喚した、と聞いた。ってことは王都から出られないように細工しているはずだ。
「考えられるシナリオは、帝国のエージェントが王都に入り込んできていて、王子をもうすぐ確保しそうになっているってことか」
「それならば、呪いが強くなっている理由も分かる」
「だったら連中より早く王子を探し出せば良いんだな?」
俺の確認に、全員が頷く。
「だが、良いのか、グラナダ殿」
「何を言ってるんですかアホですか、いやアホでしたね。どっちにしろ俺には拒否権がないんです。だから協力するんです」
一国、というか大国の主に物申す態度ではないが、意趣返しである。構わない。
ってか、フィルイニーアが噛んでる一件でもあるし、協力しない手はないしな。
「王様」
「分かっている。非常時だ。そもそも帝国の入国は現在禁じているからな。見付け次第の戦闘を許可しよう。だが、申し訳ないが騎士団は動かせないぞ」
「分かってます。俺たちだけで十分ですから」
むしろ人が動くとそれだけ目立つからな。
「しかし、どのようにして探すのですか?」
キリアが突っ込んでくる。
現在、探知魔法で探すことは不可能だ。だが、だからってアテがないわけじゃあない。
俺はポチの方を見る。
「ポチ、どうだ?」
『奴との波長を合わせれば問題はない。とはいえ、波長探知は範囲が狭いから、ある程度王都を移動することにはなるがな』
「うん、大丈夫だな」
あっさりした返答に俺は頷く。それならば大丈夫だ。探知できれば問題はない。
だが、探知出来たからといって、この屋敷に戻れなければ意味がない。
俺は続いてルナリーとオルカナへ視線を移す。
「呪いに関しては心当たりはあるか?」
『吾輩を誰だと思っているのだ。この夜の王、伊達ではない。少々厄介な術式ではあるようだが、魔神でもない限り私に解除できない呪いなどないさ』
オルカナの返事を受けて、俺は安堵する。
残る心配の種はルナリーだが、さっきからずっと目をこすっている、というかもうそれさえ出来ずに瞼が半分以上落ちてる。立っているのもやっとな感じだ。
さすがに連れていくことは出来ないな。
「キリア、だよな。悪いんだけど」
「その子だけ、先に寝室へご案内すればよろしいのですね? かしこまりました。もし目を覚まされてお腹を空かせているようであれば、何か提供致しますが、何か苦手なものだったり、食べられないものがあったりしますか?」
さすがにメイドらしい質問だ。というか完璧だな。これはメイを楽にさせてやれるかもしれない。今までずっと家事のことを任せてたからなぁ。
「ああ、大丈夫。芋を生で食えるくらい頑丈だから」
「……頑丈という表現が正しいかさえ怪しくなりますね、それ。かしこまりました」
「あ、ただ、愛情だけはたっぷりで頼む。そうじゃないと、食糧庫消し飛ぶ」
「……消し飛ぶとは穏やかじゃあありませんが、かしこまりました」
我ながら変な注文だとは思う。キリアもどこか不可思議な表情だし。だが、ここはしっかりと押さえておかないと大変なことになるからな。
俺はルナリーをキリアに預け、オルカナを受け取って屋敷を後にした。
一応、王様も屋敷にいるらしい。政務は大丈夫なんだろうか、と一瞬だけ心配したが、きっと優秀な家臣団が頑張ってくれることだろう。
後でお説教食らいそうな気もするが、それは王様の問題なので知ったことではない。
とにかく俺がすることは、王子を見つけることだ。
王子の探知そのものはポチに任せるしかないが、俺とオルカナにも出来ることはある。
「オルカナも頼むぞ。《アクティブ・ソナー》」
『任された』
メイに抱き上げられているオルカナと俺は、同時に周囲の探索魔法を放つ。もし帝国のエージェントが見つかったら、捕まえに行かないといけないからな。
入念に探索をかけるので、周囲の警戒が甘くなる。そのカバーはメイに頼んだ。
『この辺りにはいないな』
「こっちもだ」
『吾輩もだな』
いないという意見が一致して、俺たちは移動する。次はどこへ行けば良いか、頭に入っている。
隠蔽魔法をかけ、ショートカットのために建物の屋上を跳躍しながら移動する。
目当てのポイントに到着したらまた探知を行う。
さすがに三年も王都にいたら、大体の地理は把握出来るからな。なるべく隠れやすい場所が多いところからの探知だ。
まさに決め打ちのようにポイントを設定して移動すること三回目。
『いた』
ポチのアンテナに引っかかった。
即座に俺は《アクティブ・ソナー》から《ソウル・ソナー》に切り替えるが、やはり感知はない。
「どこだ?」
『占い師街だな』
「よりによって一番入り組んでるトコかよ……」
俺は思わず辟易した。
あの辺りは何回か縁があったのである程度知ってはいるが、やたら入り組んでいて、道を覚えるのが大変だった。というか、未だに全部を把握出来ていない地域だ。
「どんな状態だ?」
『今は一点に留まっているな。だが、反応が予想よりも弱い』
「ってことは、ヤバいのか、ポチ、反応の方角のナビを頼む」
『承知した』
とにかく突入するしかない。
俺たちは屋上を飛び跳ね、占い師街へと進む。すぐに建物の密集度が上がり、見下ろすだけで入り組みだす。それだけでなく、陰気な雰囲気も漂ってきた。
それは占い師たちの魔力のせいもあるが、各所に張り巡らされた魔力的妨害装置のせいでもある。
この辺りでうっかりコントロールの難しい魔法を発動させると、簡単に制御不能になって自爆する。
というか、俺の気配探知も鈍くなるのが現実だ。
『こっちだ』
その中でも、ポチの感覚は鋭い。
俺たちはそれに従ってひた進み、占い師街でも用水路の通っている、左右の入り組みどころか、上下まで関わってくる立体的迷宮のような場所に到着した。
『この辺りだな』
「よし、じゃあ探すとするか……」
俺たちは階段を下りて、トンネルになっている用水路の前に立った。
怪しいのは水路の中だからな。とはいえ、ここは本気で入り組んでいて、しかも暗い。下手しないでも迷いそうだ。
ここで手分けして探すのは逆効果なので一緒に――
『主!』
鋭い警告。同時に俺とメイは跳躍し、直後、飛来してきた何かが石の壁に刺さった。
――黒ナイフ。
明らかに暗殺用の武器だ。
「《ライト》っ!」
俺は裏技ミキシングで強化した明かりを発動させ、水路の中を照らす。
まだ大きい路のおかげか、中は広い。同時に、影が奥で動いた。鋭い。
瞬間、また黒ナイフが飛んでくる。俺は素早くハンドガンを抜き、ナイフを弾き飛ばした。
「メイ!」
「はい!」
名前を呼ぶと同時にメイが地面を蹴って突進する。俺も魔法道具を発動させた。
敵は二人。さっさと仕留めるに限る!
戦闘態勢を取ると、相手も応戦する構えを取った。あの独特の構えは。俺は一瞬で思い出す。たった一度だけだが、国別対抗戦で相まみえた帝国の連中のスタイルと同じだ。
「《ヴォルフ・ヤクト》!」
間違いない。
奴らは――帝国のエージェントだ。