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第二百二十六話

 ギギギギ、と、怪しい音を立てて、前庭の向こう、玄関の扉が開かれる。
 恐ろしくひんやりとした空気が漏れ出てくるのが分かった。異様なまでに冷たい魔力だ。まるで冷気のように白く漂ってくる。

 ごくり、と思わず生唾を飲み込むと、奥から誰かが姿を見せた。

 黒を基調としたメイド服に身を包んだ、俺と同じか少し上くらいの少女。ツインテールの長い黒髪は艶があって、良い匂いが今にもしてきそうなぐらいだが、最も特徴的なのは、黒い眼帯をしていることだ。それも両目。
 よし意味が分からないぞ。どういうことだコレ。
 絶対に前が見えていないはずだ。いや、幽霊? らしいから感知できるんだろうけど。

「貴方様が、私の次の新しい主であられるのね?」

 澄んだ声で、少女は挑む様に笑んで言ってくる。
 内包してる魔力は中々のもので、戦闘になったら油断は出来ないだろう。
 少女は薄く微笑みながら足を踏み出し――

「あびゃっ」

 思いっきり階段を踏み外して顔面から地面へダイブした。
 ってオイ。え、ちょっと?
 自ら生み出したシリアスな空気を破壊した少女は、ごろごろと地面を転がってから、なんとか起き上がる。

「あったたたた……」

 転がった衝撃だろう、少女の眼帯は外れ、紫紺の瞳が丸見えになった。特に変な感じは受けない。ってことは、なんであんな眼帯つけてたんだ……?
 疑問に首を傾げていると、少女は眼帯が外れていることに気付き、あわてて取り付ける。

「あ、あなた様がっびゃっ」
「びゃ?」
「ちょっと噛んだだけですそんなとこにツッコミ入れないでください!」

 顔を真っ赤にしながらの抗議を受けて、俺は押し黙る。

「んもう、両目に眼帯したら色々と決まるって聞いたのに、全然グダグダじゃないの!」

 誰に聞いたそんなもん。
 声に出せば抗議されるので、俺は内心でツッコミを入れる。メイも辟易して苦笑していた。ルナリーも無表情だが、どこか冷ややかな視線だ。
 少女は一頻り何かに向けて罵倒した後、我に返る。

「はっ、そ、それで、貴方様が私の新しい主であられるのね?」
「……そうだけど?」
「ふふふっ。で、あるならば、私の主として相応しいかどうか、テストさせてもらうわっ! 私はシシリー、死んでもこの屋敷のメイド長っ!」

 胸に手をあてながら、シシリーは自慢げに言い放った。

「もし主たる器でないと判断されたら、即刻出ていってもらいますからね!」
「……なぁ、メイ。成仏させたらダメなのかな」
「いただいた紙によると、ダメみたいです」

 言いながら、メイが禁則事項と書かれた部分を見せてくる。
 確かに成仏禁止とあった。うん、ちょっとメンドクサイ。

 シーナと王様のことだから、何か考えがあってのことなんだろうけど。たぶん、というか、間違いなく。
 思っていると、扉の奥でまた気配が生まれた。
 一瞬だ。
 俺は鳥肌を立たせて魔力を高め、メイも背中の剣に手を伸ばしながら身構える。ルナリーも驚いて目を見開き、オルカナが影からルナリーを庇うように手を出現させた。

 この膨大な魔力……上級魔族並みにあるんじゃねぇか?

 ざわざわしながら緊張を高めていると、扉からメイド服の女性が出てきた。退廃色の髪は二つの三つ編みに結われてる。
 まるで狐を思わせる顔つきは静かで、紫紺の瞳を携えていた。

「あらまぁ、いけませんよ、メイド長。せっかくの眼帯が緩んでいるではありませんか」
「む、その声はキリア! こら! 両目を眼帯で包めばカッコいいし色々と決まるっていったくせに! グダグダじゃないか!」

 少女――シシリーは思いっきり女性、キリアに抗議をする。
 すると、キリアは薄く微笑むと、一瞬でシシリーの背後に回り込み、ズレまくっている眼帯をそっと直してやる。

「あらあら、こんな緩く装着するからです。良いですか、メイド長。眼帯とはこうやってこうやって……」
「え、あれ、ちょっと? なんかすっごい、あれ、痛いよ!? すっごく痛いよ!?」
「もうちょっと締めなければいけないですね」
「ダメ、ちょ、ダメっ! 顔にめり込んでる! 目にめりこんでる! これヤバいよ!」

 ……あれ、遊んでるな。絶対。
 思いっきり眼帯で締め付けられ、激痛を訴えるシシリーを、キリアは微笑ましく見つめる。でもその手は止まらない。本気で鬼だ。
 キリアはそのままギリギリと締め上げて、とうとう気絶させた。

「ほーらキまっちゃいましたね〜」

 キまるの意味が違うと思うんだが。っていうか幽霊でも気絶するんだな。
 ジト目で観察していると、キリアがそっとシシリーを寝かせてから俺を見てくる。僅かな間でピリピリした空気に切り替わる。

「さて。どんなお方が屋敷に来られるかと思っていましたが……これは驚きですね」

 警戒はある。だが、敵意はない。

「とても私程度が叶うレベルじゃあない……なるほど。伯父上もいよいよ本気になっていただいたということですか」
「伯父上?」
「申し遅れました。私はキリア。キリア・ライフォード。こっちで寝転がっているのはシシリー。シシリー・ライフォード」

 ぶっ。
 俺は思わず息を噴き出していた。ちょっとまて。その苗字はっ!
 俺とメイはまともに狼狽した。

「ええ、私とシシリーは王族です。理由があってこうして幽霊となり、メイドとしてこの屋敷を守っています」
「理由……って?」
「ええ。今は亡き……そして王国を裏切り、今もまだどこかで王国を狙っている王子のために」

 あ。これは、アレか。絶対メンドクサイことに巻き込まれたパターンだ。
 後で絶対抗議してやろうち誓いつつ、俺は息を吐く。

「ってことはアレか。その王子を捕まえるかどうかすれば、俺をこの屋敷の主として認めるってことか」
「ええ、そうです」
「断ったら?」
「一応、ご確認ですけれど、家の契約は済まされたのです?」

 おそらくそれが答えだ。俺はメイに目くばせし、メイが頷いてカバンを探り、一枚の上質用紙を取り出した。家の賃貸契約書だ。キッチリと俺のサインが刻まれている。
 どうやら相手方の方で処理を終わらせているようだ。

「ああ、済ませてる」
「そうですか。では、もしお断りになられたら、もれなく呪い殺されます」
「オイまてそんなこと俺は一言も知らされてねぇぞ!?」

 しれっととんでもないことを言われ、俺は当然のように抗議を上げる。

「それはこちらが知る事情ではありません。とはいえ、契約は既に完了しておりますので……。呪いを解除することは出来ません」
「だぁぁぁぁっ!」

 俺は思いっきり頭をかきむしった。ちくしょう、騙された!
 しかし、ここでいくら駄々をこねてももうどうしようもない。魔力を探知すると、実際、俺にはしっかりと何かの呪いがかけられていた。弾き飛ばすことは出来ない。

「それで? その王子ってのはどこにいるんだよ。ていうか何したんだ?」
「うむ。それはこの私が説明しよう」
「! ……伯父上」

 いきなり湧いた声にキリアが大きく反応し、俺も振り返る。
 背後に現れたのは、確かに現国王だった。俺は迷わずメイが差し出してきたハリセンを受けとる。

「久しぶりだな。キリア。積もる話もあるだろうが、とりあえずはちょっと今まさにシャレにならない勢いで敵意をぶつけながらハリセン構えるグラナダ殿の説得からして良いかな?」
「そのまましばかれて良いと思いますけど」
「伯父上に対してひどいな! 一応国王! ワシ国王!」
「いやだから殴らせてくれたらええんやで?」
「グラナダ殿も落ち着くのである! ワシ国王!」

 何やら必死に自分を指差してアピールしてくるが、俺は迷わずハリセンを振りかぶった。

「いやとにかく一発ぶん殴らせてくれません? 話はそれからで良いじゃないですか」
「良くない! グラナダ殿のステータスで殴られたらどうなると思ってる!」

 涙目の抗議を受けて、俺はゆっくりと首を傾げる。
 はて。どうなるのか。

「……頭がザクロみたいに弾ける?」
「それ死ぬではないか!」
「ああ、確かに。それはまずいですね」
「それに気付かないくらいなんで怒ってるのだ!?」
「怒るに決まってんだろ新居だと思ったら幽霊いるしその幽霊からミッションクリアしないと呪い殺されるとまで言われてるんだぞ俺はっ!」

 力いっぱい抗議をぶつけると、王様は急激に表情を変化させた。

「呪い……殺す!?」
「言っとくけど知らないとか言い訳したらさすがにぶっ飛ばすぞ」

 キリアの言葉を信じるのなら、だが。キリアとシシリーは王族だ。その点からして確実に事情を知っているはずだ。
 しかし、王様は険しい表情を隠さない。

「どういうことだ、キリア。それだけ呪いが強くなるということは……」
「はい。王子の状態が同時に悪くなっている、ということです。早急に手を打たねばなりません」
「ちょっと、勝手に分かる者どうしで話を進めんな」

 迷わず俺はストップをかける。
 すると、王様はいきなり俺に頭を下げた。

「すまない。フィルニーア殿の予想を遥かに上回って、事態は悪化しているようだ」
「は? 事態? 悪化? っていうか、フィルニーア?」

 思いもしない所で出て来た名前に、俺は怪訝を最大限にした。

「この屋敷は、フィルニーア殿のものだったんだ」
「……なっ!」

 声が言葉にならない。ガツン、と頭を殴られたかのような衝撃だった。
 この屋敷が、フィルニーアの持ち物?

「それで、グラナダ殿が屋敷を探していると聞いてな。それならば、弟子である君に返還しようとしたのだが、どうやら色々と厄介なことになっているようだ」
「ど、どういうことだよ」
「私とメイド長、シシリーはフィルニーア様に雇われ、この屋敷に住んで守っているのです。そして、ここは王子が唯一安息を感じられる場所。故に、王子の御戻りを待っているのです」
「よし、あんたが王子を待ってて、この屋敷がフィルニーアのもので、あんたが雇われたってのも分かった。でもその王子ってなんだ? 王国を裏切ったんだろ? なんでここが安息なんだよ」

 話が繋がらない。俺は自分から理解するために質問を投げかける。

「大きな勘違いがあるようだから、訂正しなさい、キリア」

 王様に促され、キリアは大きく頷いた。

「王子は――王国の姉妹国家であり、現帝国政権下でもある、クランブール地方の王子のことだ」

 クランブール。
 単語を聞くだけで、俺は絶句する。

 ――クランブール。それはかつて、帝国と魔族が戦争をした際、国土のほとんどを主戦場にさせられて滅びた悲劇の国だ。

「王子は、帝国から一向に援助の手がこないことに手を焼き、御自ら国家を復活させるため、クランブール王国を裏切ったという汚名を被りながらも、我が国へ亡命してこられました。まだ、幼いその身体で」
「……だが、それを許さない連中がいてな。ある日、王子は呪いをかけられたのだ」
「王子にとって、唯一の安寧の場所であったこの屋敷に、戻れなくなるという呪いです」

 キリアと王様、交互に言い、俺は理解した。
 ってことは、フィルニーアのことだから、その事情をしって親心でも見せて保護したんだろう。だが、それも呪いによって阻害された、ということか?
 いや、フィルニーアがそんな呪いに何か手を施さないはずがない。

「そして王子は、暗殺されました。心を痛めたフィルニーア様は、王子の魂をせめてとどめておくように、王子の魂を王都に召喚したのです。その王子を留めておくために、いつか、呪いが何かのきっかけで消えて、戻って来れるように、代々力あるものを屋敷の主とし、目印となるように措置したのです」

 それがキリアとシシリーであり、屋敷の主に課せられる呪いってことか。

「また、フィルニーア様はこうおっしゃられました。この呪いが強力になる時、王子の身に危険が及んでいる時である、と」

 その言葉で、俺は確信した。
 つまり、今、その王子は王都のどこかでピンチを迎えてるってことだ。

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