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第二百二十五話

「な、なんだテメェっ!」
「《アイシクルエッジ》!」
「侵入者だぁぁ────っ!」
「《ベフィモナス》!」
「ぎゃああああああっ!?」
「《エアロ》!」

 迷宮に、俺の魔法と悲鳴が轟く。
 俺は縦横無尽に動き回りながら、出会う敵出会う敵の全てを駆逐してやった。
 本当は《神威》の一発や二発見舞いたいところだが、それをしたら連中は消し炭だし、このアジトだってどうなるか分からないからな。

「だりゃああっ!」

 容赦なく蹴りを一発顔面に叩き込む。鈍い手応え。
 壁に叩きつけられ、相手がバウンドして跳ね返ってくる。俺はタイミングを合わせて踵落しを見舞って地面に撃墜した。

「くそ、くらえっ!」

 ボウガンが放たれる。
 迫り来る高速の矢。しかし、俺はそれを片手でキャッチしてへし折ってやる。

「あのなぁ、そんな狙いもバレバレ、射ち出すタイミングもバレバレで、どうやって当たれって言うんだよ」
「なっ……バ、バケモノ!」
「バケモノはどっちだって話だ。《アイシクルエッジ》」

 ぱきん、と乾いたような音を残して、ボウガンを持った腕が凍りつく。情けない悲鳴があがる中、俺は接近して顎を拳で打ち抜き、気絶させる。
 これで大体倒したはずだけど……。

 俺は汗を拭い、周囲を探る。
 もう気配らしい気配はない。ってことは、全滅か?

『主』

 声に反応し、俺は意識を集中させる。
 急激に生まれた気配は野生そのもの。道の先、角から飛び出してきたのは、頭部に刃を持つ魔物──ブレードドッグだ。
 さらに奥からは赤虎まで姿を見せていて、獰猛な牙を覗かせている。

 素早く俺は魔力を高める。

「《エアロ》っ!」

 生み出した暴風にブレードドッグが壁に叩きつけられる。だが、それをものともせずに赤虎が突っ込んできた。コイツの皮膚は初級魔法なら防ぐからな。かなり厄介だ。
 特に俺は初級魔法しか使えない。

 相手の突進に合わせて構え、飛びついてきたタイミングを狙って俺も突進。
 一瞬で懐に潜り込み、脆弱な腹に拳を叩きつけた。
 鈍い打撃音。

「ルガァッ!」

 衝撃の貫通を受けた赤虎は、その巨躯をあっさりと地面に叩きつけた。
 曲がり角の先の方で、動揺する気配が見えた。

 そこか。

 俺は魔力を練り上げながら、壁に掌をくっつけて魔法陣を発動させる。

「《ベフィモナス》」

 魔法が伝播し、壁を作り変える。
 それは牢獄のように変化し、相手を捕縛した。

「ぎゃあっ!?」

 悲鳴で成功したことを悟り、俺は近寄る。
 角を曲がると、そこには冒険者風の格好をした男が手に変化した壁に捕まれていた。

「くそ、なにものだ、テメェっ!」
「組織を潰してくれって依頼を受けた冒険者だよ。そういうアンタも冒険者だな?」
「かっ! 俺様をそこらの冒険者と思うな!」

 吠えながら、男は魔力を漏れ出させる。これは――フェロモンか?

 なるほど、コイツ、《ビーストマスター》……いや、違う。下位互換の《ビーストテイマー》か。

 感じからして、能力としても高くない。おそらくほぼ修練をしてこなかったのだろう。それと微妙に魔力の質が違う。他国から流れて来たんだろうか。
 ってことは、おたずねものか何かか?
 王都で悪さする冒険者くずれは大抵、他国からの侵入者だしな。

「さぁ、目を覚ませっ……え?」

 俺は相手の意図を察して、既に手を打っておいた。

「気絶するくらいのダメージを受けた程度で契約が切れるって、どんだけ低い能力なんだ?」

 相手が行ったのは、魔物への《屈服》と《主従》だ。
 基本的に《ビーストマスター》と変わりはない。違うとすれば、その効果が一時的であるということだ。訓練すれば長時間可能なのだろうが、魔物が気絶したら契約が切れる、というのはお粗末だ。

 俺はもちろん契約が切れたのを感知していて、既に《屈服》と《主従》を終えている。

 この手の能力は、先に契約した方が圧倒的に有利で、それを覆すのは難しいからな。

「いや、待て、バカなっ……!?」
「一つ教えておいてやるよ。俺は《ビーストマスター》だ。あんた程度じゃあ、契約解除させることなんて、出来ねぇぞ」

 グルル、と唸りを上げながら赤虎が俺の後ろからやってくる。ちょうど良いタイミングで、ポチもやってきて威嚇した。
 それだけで男は完全に委縮し、涙を流す。ついでに小便も。きたねぇ。
 俺はあっさりとそいつを昏倒させ、ため息をつく。

「構成員の数にしろ、まだこんなのが紛れ込んでいるにしろ……かなりの資金力じゃねぇか? これ」
『そうだな』

 これは色々とキナ臭いな。
 目を細めて考えつつ、俺はまた周囲を探る。今度こそ、反応は消えたようだ。

「終わった……か」

 一応念入りに何度か調べ、さらにポチにも手伝ってもらってから、俺は研究室へ戻った。
 獣人たちは大人しく待っていて、さらにシーナたちも駆け付けていた。ちゃんと中枢をしっかりと制圧したようだな。まぁ、何も心配してなかったけどさ。
 合流すると、とたとたとルナリーがやってきた。

「お兄ちゃん。がんばった。褒めて。ルナリー、幸せ欲しい」
「おーそうかそうか。分かった。よく頑張ったな」

 俺は目の前までやってきたルナリーの頭を撫でてやる。やっぱり無表情だが、どこか嬉しそうだ。
 すると、メイも俺の傍にやってきて、どこかウズウズさせる。
 あーもう、メイもだな、うん。分かるぞ。頑張ったな。

「メイもだな」
「はいっ! えへへっ」

 メイの頭もしっかり撫でてやると、メイは嬉しそうに微笑んだ。

「仲良しだな、君たちは」

 シーナが少し微笑みながらやってきた。どうやら獣人たちへの聞き取りと説明を済ませたらしい。
 足元を見ると、上層部らしい連中が縛られて転がっていた。色々と愉快な格好にもなっているが、そこは突っ込まない方が良いんだろう。

「さて、グラナダ殿。一応確認だが、全員無力化してくれたのだな?」
「ああ。っていっても、ほとんど戦闘要員じゃないっぽかったけど」
「その辺りも調査せねばならんな……いったいどういう組織なのだか。予想以上に潤沢な資金を持っているというのは分かっているが」

 難しい顔でシーナは唸る。

「とにかく中枢は押さえた。今頃は領主が騎士団を派遣してきてくれる頃だ。それで大方解決だな」
「救援要請してたのか」
「禁忌研究を行っている組織だからな。王都に影響を及ぼしている可能性も示唆したから、キッチリと派遣してくるはずだ」

 シーナは頷きながら答えた。

「ともあれ、ここまでスピーディに解決出来たのは大きいな。礼を言う」
「いや、大丈夫だよ」

 むしろ大変なのはこれからだろう。まぁ、俺たちはあまり関係ないけど。大変なのはシーナだ。
 陣頭指揮をとって色々と調べないといけないだろうから。

「報酬の家はもう手配してあるから、君たちは先に帰っていても大丈夫だぞ。ギルドの受け付けてで私の名前を出せばちゃんと分かるようにしてあるから」
「良いのか?」
「ああ。むしろその方が色々と都合が良いだろう、主にグラナダ殿にとって」

 言わんとしていることを察して、俺は頷いた。
 確かに新人冒険者が近衛騎士と一緒に王都に関わる依頼をこなした、なんていうのが広まったら、ちょっと厄介なことになりかねないもんな。下手な嫉妬は危険だ。
 報酬のことに関しても、おそらく何らかの処置が施されているのだろう。

「分かった。じゃあ、後は頼む」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 俺とメイは、立ち尽くしていた。

「いやまぁ、新居を用意してくれるのは有難いんだけどさ……」

 立派な屋敷の前で。
 思わず零した言葉に、メイも顔を引きつらせながら頷く。唯一満足そうにしているのはオルカナだ。これなら前に住んでいた屋敷と変わらないとかどうとか。

 シーナが用意してくれたのは、王都でも貴族街にある屋敷だった。

 レアリティの高い冒険者は貴族でもあるので、こうした場所に居を構えていても不思議はない(ただし純粋な貴族たちとは区画が分けられている)んだけど、俺はR(レア)だぞ。
 まぁ、メイがSSR(エスエスレア)なので、メイ名義として屋敷を手にしているようだけど。

「一応、もらった紙にはリフォーム済と書いてありますけど。その、王様の名前で」
「つまり最新鋭ってことだな!」

 シーナは一体何をどうしやがった!? いや、想像つくんだけど!

「お兄ちゃん」

 内心でツッコミをいれまくっていると、ルナリーが裾を引っ張って来た。
 見ると、ルナリーは目を軽くこすっていた。

「ルナリー、眠い」
「ああ、そっか。ずっと動いてるもんな。じゃあ家に入って寝室用意するよ」

 俺は言ってから、俺は門扉を開錠して門をくぐる。結構綺麗な前庭だ。

「あ、ご主人さま! 大変です!」
「大変?」

 後ろをついてきたメイが、唐突に声を上げる。

「この屋敷、家賃はかなり格安なんですけど、条件があるみたいです」
「条件?」
「屋敷のメイド長(幽霊)に認められること、だそうです」
「メイド長……(幽霊)?」

 不穏極まりない言葉を反芻した直後、くぐった門扉がけたたましい音を立てて閉じられた。

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