第二百二十四話
――グラナダ――
研究室ラボ。
俺は石壁に直接刻まれたプレートを目にして、緊張感を高める。中を調査すると、強い魔力が四つ。そして弱い魔力が十と少し。
この弱い魔力は言うまでもなく研究員だろう。全員捕まえるには、一気に制圧するしかないか。
だが、ここで少し状況が悪い。
感知すると、どうも研究員たちは魔力耐性のある服やアイテムを装備しているようだ。おそらく、獣人対策なのだろう。
ここからも連中の資金力の高さが感じられるな。
「ポチ、どうだ」
『魔法で、となると加減がいささか難しいな』
予想通りの返答だ。相手を殺さないように痺れさせるのは存外難しい。特に耐性のある防具で身を固めている場合は。もちろん戦闘で感じを掴めれば別だが。
……となると、物理で殴っていかないと無理か。
とはいえ、少々騒ぎになりそうなのが厄介だな。なるべく静かに仕留めていくしかあるまい。
「よし、二手に分かれて各個撃破だな」
『野蛮だが、それしかあるまい』
俺の提案に、ポチものった。
俺は即座に隠蔽魔法を追加し、ゆっくりと侵入する。この研究室は棚が多く、身を隠す場所はたくさんあった。
「――うっ」
大きな本を読んでいた研究員の背後から、俺は手刀を叩きつけ、気絶させる。
素早く物陰に隠し、身ぐるみ剥いで簀巻きにする。何も嫌がらせではない。服の耐性のレベルを調べるためである。
ポチも同じように研究員の一人を捕まえる。
あっさりと昏倒させ、やはり身ぐるみ剥いで色々と調べる。
それを何度か繰り返し、俺たちは魔法での制圧を諦めた。一人ひとり、耐性が違うのである。これなら物理的に制圧していくしかない。
「な、なんだ、なんか人が少なくなってるぞ?」
当然ながら、誰かが不穏な空気に気付く。こうなったら仕方ない。
俺は素早く飛び出し、巨大な培養器の前にいる三人に特攻した。
誰かが叫びをあげる前に飛びつき、一人目の顔面に膝を叩き込む。ぐしゃ、と顔面が潰れて血が飛び散る中で、俺は姿勢をアクロバットに崩しながら二人目に拳を叩きつける。ステータス任せの一撃は強烈で、顔面の形を変えながら地面へ叩きつける。
三人目の顔が驚愕に染まる中、俺は強引に身体を捻り、浴びせ蹴りの要領でそいつの顔面にカカトを叩きつけて沈黙させた。
「な、なんだっ!? 奇襲かっ!? うぎゃっ!」
それを目撃した一人が試験管らしきものを落としつつ叫び、即座にポチが横手から跳びかかってマウンティング、前足の一撃で沈黙させる。
俺は《ソウル・ソナー》を撃って残りの人数を確認しつつ、ちらりと培養器を睨む。
トラでさえ軽々と入れるだろうそこにはたっぷりと液体が満たされていて、改造手術を受けたのだろう獣人たちが浸っていた。
「……お前らを解放してやる」
意識があるのは、魔力反応からして分かる。
「《エアロ》っ!」
俺は風の弾丸を放ち、ガラスを砕いて獣人たちを解放する。
けたたましく砕ける音を聞きながら、獣人たちがギラギラと目を野蛮に光らせながら出てくる。
「オマエ……ドウシテ……」
「アレンに頼まれた。だから、助けに来た」
俺は端的に説明する。
前からリモコンのような黒い箱を手にする研究員が駆け付けてきたからだ。
瞬間、獣人たちから強い敵意と怯えが宿る。
「ニゲロ! ニンゲン! アレハ、オレタチヲ──!」
「なんてことを! ガラスは高いんだぞ! おい、お前ら、この侵入者をとっとと──……」
なるほど、そういうことか。
俺は獣人たちの首に巻き付いているスカーフのようなものを一瞥して悟る。あれは魔法道具マジックアイテムで、強制的に奴等を従えるものだ。
だったら。
俺は冷たい目で魔法道具マジックアイテムを構え、威圧的に睨んでくる研究員を見て魔力を高める。
「《フレアアロー》」
飛んだのは、小さいマグマ色の火矢。過たずそれは研究員の二の腕を、
「は、はぁ、はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「道具扱いしか出来ないような腕はいらないだろ」
恐慌を起こして泣き叫ぶ研究員に、俺は睥睨してやる。
「あつい、あついあついあつい────っ!」
「そっか、だったら冷やしてやるよ。《アイシクルエッジ》」
俺は端的に言うと、氷を撃って肩口まで凍り漬けにしてやった。
「ぎゃあああああああっ!?」
『うるさいな』
「ぎゃっぷりゃっ!?」
またもや悲鳴をあげた研究員を、ポチが背中から押し潰して沈黙させた。
もう気配はなく、この研究室は制圧できたようだ。
「……ドウシテ? アレン……ハ?」
俺はゆっくりと頭を振る。
「俺が殺した。そう、望まれたから」
一瞬、獣人たちから殺意が芽生える。だが、すぐに沈静化する。
「ソウカ……アレン、アイツ、ミンナヲタスケルタメ、ジブンカラギセイニ……ダカラ」
「もう、自分を制御できなくなってた」
「……ワカッタ……アリガトウ」
そのお礼は、妙に寂しかった。思わず歯噛みする。
「せめて、お前たちは助ける。そう約束したからな。お前たちは保護させてもらうぞ」
俺に言葉に、全員が頷いた。
よし、これで後は残る構成員たちだ。こっちもなるべく殺さないようにしないといけないが、少しくらいやりすぎても問題はないだろう。
「ここでじっとしててくれ。全て終わったら、迎えにくるから」
そういうと、獣人たちは頷いた。
俺とポチは踵を返し、部屋を後にする。気配はすぐに生まれた。どうやら騒ぎを聞き付けたらしい連中のようだ。
「なんだテメェ!」
「侵入者か!」
「殺せ!」
口々に汚い言葉をぶつけてくる連中に向けて、俺は遠慮なく威圧を放った。
「《エアロ》」
ごう、と音を唸らせ、暴力の風が連中を吹き飛ばし、狭い通路の壁や天井へめちゃくちゃに叩きつけた。
「「「ぶがあああっ!?」」」
あがる悲鳴、重なる落下音。
「テメェら……覚悟しろよ」
俺は怒りを隠さずに、そう告げてやった。