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第二百十九話

「それで、潜入捜査するのは良いけど、どこに潜入するんだ?」

 組織の存在は知ってるけど、どこにどうあるか、なんてまるで知らない。
 訊ねると、シーナはまた懐から紙を出して広げる。
 王都周辺の地図だ。

「王都から少し外れた町──スルという町だ」
「聞いたことないな」

 怪訝になって訊くと、シーナは地図にある一点を指さした。

「アナーキーな非公認の町だからな。今回のように落ちぶれた組織や犯罪者、荒くれものが集って、いつのまにか出来上がったコミュニティのようだ」

 もう聞くだけで町の様相が想像できるな。絶対にボロボロで退廃してるぞ。
 しかもシーナが指さしてるらへん、確か森だったはずだし。
 そんな場所へいきなり潜入か。

「ってことは、危険地帯だな」
「うむ。だが同時に奴等の住まいでもあって、暗黙の了解として互いに手を出さないようになっていた」

 なるほど。犯罪者どもを一手に集めておくことで監視しやすく、それでいて連中だけで社会を完結させているのか。
 下手に犯罪者を抑圧しまくると、散らばる上に突発的に問題を起こす。管理という面では集めてしまう方が良い。
 ましてや水面下で互いに睨み合いながらも手を出さないのであれば尚更やりやすいだろう。

 犯罪とは撲滅するのではなく、どうさせないか、が重要だ。

「それで、向こうがその協定を破ってきたと?」
「明文化されていない暗黙の協定だからな。反故にされてもおかしくはない。だが、明確になった訳でもないからな」

 そこで潜入捜査ってことか。

「わかった。とりあえず潜入して、組織の動向を探れば良いんだな」
「そうなる」

 となれば、女子は連れていかない方が良いな。
 メイはもちろん、ルナリーも可愛らしい顔付きだ。割りと目立つし、そういうアナーキーな世界ではまず商品として狙われる。そうなれば撃退することになるし、目立つ。

「じゃあ今回は俺とポチだけでいく。メイとルナリーは留守を頼む。というか、騎士団の警備を手伝ってやってくれ。現状、受け身でしか対処できないからな」
「わかりました。人手は少しでも多い方が良いですものね」
「そういうことだ。ルナリーも構わないか?」

 物分かりの良いメイに続いて、ルナリーもこくりと頷いて肯定してくれた。

「幸せ、守る。大丈夫」
「うん、頼むな。それじゃあシーナ、服とか用意してもらって良いか? さすがに冒険者の格好じゃあ怪しまれる」
「そうだな。適当なものを見繕ってこよう」

 後、必要なものがあるとしたら、組織について、だな。

「組織についてだけど、構成員とかそういうのは把握してるのか? 資料があればあるだけやりやすいんだけど」
「む、そうか。分かった。提供できる限りのものを渡そう」

 シーナの快諾に、俺は苦笑する。
 これ、絶対に機密情報とかも遠慮なく持ってくるパターンだ。まぁその方が俺としても動きやすいから良いんだけど。

「よし、それじゃあこれぐらいだな。グラナダ殿、悪いが頼むぞ」
「大丈夫、任せろ」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──常闇。
 暗殺者スタイルに身を包んだ俺は、夜の森を抜けていた。

 獣道を少しだけマシにした程度の道を進み、俺は町を見つける。
 予想通り廃れまくっていて、砂風と共にからからとタンブルウィードが転がっていた。どこの西部劇だよってツッコミを入れたくなるような雰囲気が醸し出されている。

 いや、実際は暗いのでもっと雰囲気は悪いし淀んでるな。

 ツギハギの木材だけでそれらしく作った門構えを乗り越え、俺は町の中へ入り込む。
 ボロボロのレンガ造りの街並みは、明らかにゴーストタウンを無理やり改装した感じだ。しかも素人仕事である。

 これ、足場に気をつけないと音が鳴るな。

 警戒しつつ、俺は屋根を飛び移る。隠蔽魔法をかけてあるので、そう簡単には見つからないだろうが。
 街は穏やかな丘になっていて、段差が結構ある。
 俺が向かうのは、下り――町でもさらに治安が悪い、というより、ゴチャゴチャの場所だ。

 小さい家が密集して(中には重ねられているのもある)いて、迷路みたいに入り組んだ道。シーナから渡された詳細な地図がなければ、一発で迷うだろう。

「……さて、と」

 俺は小さく独りごちる。夜は冷えるせいで、息が白んだ。
 長いスカーフマフラーで口元を覆い、俺はその入り組んだ街並みに紛れる。向かう先は、暗い中でも明かりの漏れる建物――飲み屋だ。

 ここが組織、《アリス》のメンバーたちが本距離にしている場所らしい。

 俺は壁に貼りついて耳を当てるが、当然何も聞こえない。案外頑丈な造りだ。

「《ベフィモナス》」

 俺は魔法を発動させ、壁に小さい穴をあける。そして耳をすますと、やっと会話が聞こえて来た。
 どうも酒が入っているようで、完全に下世話な内容である。

 辟易していると、気配が生まれた。

『主』
「分かってる」

 小さい柴犬モードのポチに警戒を促され、俺は隠蔽魔法をさらに重ねる。
 近くで唐突に生まれた気配は、明らかに敵意で満ち溢れていて、ゆっくりと近づいてくる。俺を感知したのか?

 今の俺を感知出来るとしたら、相当な手練れだ。少なくとも、探知能力に関しては。

 警戒心を最大にしつつ、俺は一旦酒場を離れる。
 闇に紛れるようにして入り組んだ道を走り抜け、途中で屋根に上る。

「……ちっ。しっかり追いかけてきやがるな」
『完全にバレているな』

 しかもつかず離れずの距離を保たれている辺り、相手はプロだ。
 まさかいきなりバレるとは思わなかったが、さすが犯罪者の温床である。ほとんどが有象無象の連中だと思っていたが、中々どうして、こんなヤツも紛れ込んでいるらしい。

 俺は屋根を飛び移りながら少し加速する。相手も同じように加速してきた。

『どうする?』
「どうもこうも、応戦するしかないだろ」

 張り詰めたポチの声に、俺は静かに返した。
 相手は完全に俺をターゲットとして認識してるっぽいしな。

 ある程度町を移動したタイミングで、俺は比較的足場のマシな屋根に着地する。
 相手が追いかけてくる気配を見せた瞬間、一気に魔力を高めて振り返る。

「《アイシクルエッジ》!」

 捉えた僅かに動く影へ向けて、俺は魔法を放つ。
 威力は低いが、最高速で飛ぶ氷の針だ。直撃を喰らえば、腕くらいなら氷漬けになる。

 ひゅ、と、小さく空を切る音を立て、氷の針は影を狙う。

 だが、影は鋭敏に感じ取ったか、即座に回避運動を取って躱した。
 疾い。そして、上手い。
 俺は目を細めて相手の実力を感じる。無駄のない動きに速度。侮れないぞ、あれは。

 素早く身構え、ハンドガンを抜き放つ。

『全く。また相見えるとはな……』

 そんな俺に向けて、影が大胆に接近してくる。
 って、え、ちょっと待て、今の声は、どこかで――?

 記憶の隅がガリ、と削られる感覚。

 それが、刹那だけ意識を奪ってしまった。気付いた時には遅く、影の腕が生々しい音を立てながら変化、巨大化して伸びてくる!
 ――やばっ!
 俺は咄嗟に後ろへ跳び、ハンドガンを構えて撃つ。
 放たれた風の弾丸は迫りくる手の指を弾き飛ばすが、腕は構わず突っ込んでくる!

 くそっ、ガードを!

 苦りながらも、俺はハンドガンをクロスに構えて盾にする。そこへ、掌底が衝突した。

「ぐはっ……!」

 めき、と、骨の軋む音が内側から響いてきて、景色が一変していく。
 加速する中で、殴り飛ばされたのだと理解がやってきた。

 空中で回転しながら俺は殴り飛ばされ続け、町の外に出る。ほとんど町外れにいたせいもあるが――、相手の膂力がシャレにならねぇ!

 勢いが弱まってきたところで俺は空中で姿勢を整え、《エアロ》を放って木を一本犠牲にすることで地面に着地した。

 即座に自動回復が発動し、鈍い痛みを少しずつ和らげていく。
 受けたダメージは結構なものだが、それ以上に衝撃的なものがある。思い出したのだ。

『ククク……実に何年ぶりだ? 嬉しいぞ、実に嬉しいぞ』

 影は、町を囲むツギハギだらけの壁の上に立ちながら、巨大化させた片腕を元の形に戻していく。

「俺は会いたくなかったけどな」

 呼吸を整えながら、俺は睨みつける。

「暗殺者――ヅィルマ!」

 名を呼ぶと、影――ヅィルマは嬉しそうに顔を歪めた。

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