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第二百十七話

 ──ウルムガルト。彼女は俺もしばしばお世話になっている、王都の中心街で商いを行う、手練れの商人だ。俺より少し歳上なくらいなのに、立派にやっている。
 そう。本来なら王都で商売しているはずなのだ。

 それなのに、どうしてこんなところに?

 いや、と俺は頭を振る。っていうか、そもそもなんでウサ耳なんてつけてんだ!? 本気で何があった! 死んだ魚の目になってるし! すごい濁ってるし!

「ウルムガルト!」

 俺はもう一度名前を呼ぶ。すると、ウルムガルトはゆっくりと無表情を俺に向けた。

「ウサギさん可愛いウサギさん可愛いウサギさん可愛いウサギさん可愛いウサギさん可愛いウサギさん可愛いウサギさん可愛い」
「なんか完全に洗脳されてるし!? 目を覚ませ、ウルムガルト!」
「無駄ですよ」

 仮面の局長は含み笑いを浮かべて言う。いや仮面で見えないけど。絶対にそうだ。

「彼女は立派なウサギさんLOVEに目覚めたのです」
「LOVE言う割りに目とか色々と死んでるんだけど!?」
「それは副作用です」
「なんの副作用だよ!?」
「愛に目覚めるとはそういうものなんですよ」
「愛って言葉をすっごいぞんざいに且つ便利に使ったなおい!」

 ダメだ。これはダメだ。
 俺は相手とやり取りをしつつ、《ソウル・ソナー》を撃ってウルムガルトの調子を確認する。返ってきた反応は明らかに異常で、魔力経絡が痺れたように感じにくい。

 ってことは、やっぱり洗脳か。

『主。あの変な耳から嫌な波動を感じる。まるで妨害されているかのようだ』

 ポチからのテレパシーで、俺は確信した。
 有無を言わさず俺はハンドガンを抜いて撃つ。風の弾丸は過たずウサ耳を射抜いた。
 瞬間。

「「ああああああああ────────っ!?」」

 と、ツィリアと局長の二人から、この世の終わりかのような叫びを上げた。局長に至っては愕然としながら膝をつき、両手で顔面を覆って背をそらし、天を仰いでいる。
 えぇ……そこまでショック受けなくても……。
 いやまぁ、彼らにとってみれば、ウサギは神なのだから、ウサ耳が撃ち抜かれたことに傷付いても当然なのかもしれない。いや、あかん。ここで理解したらあかん。
 人としての何かを失う気がして、俺は思考を中断させる。

「……うぅ、う…………はっ。あれ、ここは?」

 洗脳が解除されたからだろう、ウルムガルトは状況がまったく把握できずに周囲をキョロキョロする。

「あれ、グラナダくんにメイちゃん。あれ、どうしたの?」
「メイ、説明を任せた。俺はあっちを相手にするから」
「分かりました」

 凄まじい怒気を放つ局長を指差して言うと、メイは頷いた。
 俺は間合いを図りながら前に出る。呼応して局長は立ち上がった。いつの間にか、その手にはナイフが握られていて、戦う気のようだ。
 ゆらり、と、手練れ独特の柔らかい動きで、相手は構えた。

「君の行動は、神様への冒涜だ。許されない所業。覚悟したまえ」
「《ベフィモナス》」

 俺はしれっと魔法を発動させる。
 魔法陣が生まれると同時に、局長の足元が隆起、巨大な鉄拳と化しながら殴り飛ばした。

「おぶぅっ。」

 情けない悲鳴を上げて、局長は空を舞う。仮面は割れ、鼻血が軌跡を描いていた。
 いや、確かに手練れっぽい感じだったけど、本気で足元が疎かだったから。つい。

「きょ、局長――――――――っ!?」

 ツィリアの悲鳴が上がる。

「そんな、たった一撃で、局長が……!? ウチでも二〇本指に数えられるかもしれないぐらいの強さなのに!」
「なんだそのすっげぇ微妙な評価」
「十分強い方です! 何人構成員がいると思ってるんですか! 三〇人くらいですよ!?」
「それつまり下から数えた方が早いってことじゃねぇか!」
「そんなことを気にしてはいけません!」

 ああああ、ダメだ、話が通用しない!
 話し合いが通用しないなら力で、というのは古典的で乱暴ではあるが、この際は仕方ない。俺は魔力を高めて指をタクトのように振った。

「《エアロ》」

 生み出したのは風の塊だ。
 鋭い軌道を描いて風はツィリアの後頭部を叩き、あっさりと昏倒させる。がくっと力なく前のめりに倒れてくるのを、俺はしっかりと支えた。ちなみに地面に情けなく顔面から落ちて、局長が気絶しているのも確認する。
 とりあえずこれで拘束しないとな。

 俺は《ベフィモナス》を発動、付近の草を成長させて局長を簀巻きに縛り上げる。ついでにツィリアも簀巻きにした。
 そのタイミングで、メイはウルムガルトに説明を終えたらしく、俺のところへ戻って来た。

「大丈夫か?」
「うん。とりあえずは。まだ頭がぼーっとするけど」

 ウルムガルトは頭をさすりながら答えた。足取りはしっかりしているので大丈夫そうだ。

「なんであんなのに捕まったんだ?」
「うん、ちょっと買い付けにいった途中で出くわして、なんだかよくわからない内に、変なのを取り付けられて……」

 有無を言わさず襲われたってことかよ。
 なんだその迷惑な辻斬り。

「ご主人さま、ウサギが寝そうです」
「お、みたいだな」

 ウサギを見ると、メイの言葉通り、(スプラッタな)食事を終えたウサギがうつらうつらしていた。
 やがてほどなく眠りに落ちる。

 すかさず俺は魔法道具マジックアイテムを使い、ウサギを小さくさせた。
 魔力を拡散させ、俺はウサギも簀巻きにする。仕留めても良かったのだが、なんだか不憫だった。

「とりあえずギルドに戻るか。報告もしないといけないしな」

 俺が提案すると、みんな頷いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一二二ポイント。
 それが、一連の事件で俺の手に入れたポイントだ。冒険者になりたての俺からすれば、かなり高い。まぁそれに見合うことをしたからな、当然だろう。
 とはいえ、マデ・ツラックーコスを単体で撃破した、なんて正直に言えば、どんな取り調べを受けるか分かったもんじゃないので、そこらへんはウサギが撃滅したことにした。ちなみに冒険者たちが来なかったのは、やはりミーティングで紛糾しまくっていたかららしい。

 ということで、俺がポイントを手に入れたのは、かねてからカルト集団と睨まれていた集団の確保をしたからだ。ツィリアはともかく、局長は方々で問題を起こしていたらしい。
 今回の検挙を切り口に、近々一気に組織を壊滅させるらしい。
 で、ツィリアももちろん逮捕され、ツィリアを通じて組織へ多額の損害賠償請求が行われる運びにもなっている。つまり、資金を根こそぎ奪ってから組織を潰すという手筈なのだろう。

 なんともえげつないやり方だが、組織を完全に解体させるための措置だ。

 これで合計一九七ポイントゲット、と。初めての依頼にしては破格のポイントだな。
 注目は浴びるかもしれないが、それ以上の成果をフィリオたちが叩き出しているようなので、その影に隠れられるだろう。

 かくして、俺たちは王都へ戻ることにした。
 ウルムガルトは用事の続きあるといって、宿場町で解散した。また変なのに巻き込まれないのを祈るばかりである。
 クータに乗って俺たちは王都へ戻り、さっそく門をくぐる。ルナリーは予想通り、テイムしたことを告げるとあっさりと通過できた。実際、契約してるしな。

「あー、やっと帰ってこれたな」

 王都の正門をくぐり、俺はようやく安堵をつく。さぁ、早速我が家へ戻るか。
 というか、色々とあって引っ越しの手続きを完全放棄している気がする。ヤバいかな? メイもそれに思い至ったらしく、少しそわそわしていた。
 とりあえず新居にいって、それから前の家に向かおうか。一応あの家は王家の息がかかってるから、家財道具にしても勝手に処分するってことはないだろうし。もしかしたら気を利かせて新居に送ってくれてるかもしれないしな。

「とりあえず家に行こう」
「そうですね」

 落ち着かせるように言うと、メイは微笑んで胸を何度も撫で下ろした。
 ここから家までは少しだけ距離がある。広さの割には家賃が安いのを選んだせいだな。

「家? ルナリーの新しい家?」
「ああ、そうだな」

 珍しくルナリーが口を開いたので、俺はしっかりと頷いてやる。

「ルナリーの部屋、ある?」
「ん? あるぞ。あったよな?」
「はい。使う予定のない空き部屋があります」

 確認で訊くと、メイが自信ありげに答えてくれた。

「まぁルナリーが暮らしてた屋敷とは段違いに狭いけどな……」
『む、そうなのか? お主ならもっと立派な場所へ住めるのではないか?』
「そんなことに金をかけてられないんだよ」

 少しでも貯金したいしな、村の復興のために。

「あれ、ご主人さま」

 しばらく歩いていると、メイが異変に気付く。ほとんど同時に、俺も気付いていた。
 煙だ。煙が上がっている。しかも、俺たちの家の方角。

 あ、あれー?

 そこはかとなく嫌な予感に駆られる。
 ま、まさか。燃えてる!?

「メイ!」
「はい!」

 俺たちは駆け足で家路を急いだ。
 住宅街の中にある我が家は、少しだけ坂を上った一軒家だ。そこへ向かって駆け上がると、徐々に煙は強くなっていって――。

「な、なんでぇぇぇえええっ!?」

 俺は思わず叫んでしまった。

 燃えている。間違いなく燃えている。

 我が家が。

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