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第二百十六話

「いきなり真顔で否定しなくても良いじゃありません?」

 ツィリアは俺の拒絶に顔を引きつらせながら言ってくる。

「いや、だって絶対に関わりたくないんで。そういうの」
「そこまで!?」
「そこまでだ」

 俺はハッキリと言い切った。

「私、そんな怪しいものじゃないですよ! ただ、一角ウサギさんを漏れなく愛して漏れなく保護して漏れなく繁殖させまくって世界平和に導こうと思っているだけです!」
「おいちょっと待てそんなことをしてどうやって世界平和が達成されるんだ!?」
「一角ウサギさんが可愛いからですけど?」

 あ、あかん。これは本格的に話が通用せぇへんパターンや。
 愛は盲目というが、まさにその究極だろう。

「愛があればそれで良いのです。世界の皆さんが一角ウサギさんに惚れ込めば世界平和!」
「すっごいアクロバットにすっごい大事な過程をもれなく全部すっ飛ばした意見だなオイ」

 眼を輝かせるツィリアに鋭いツッコミを入れてから、俺は呆れてため息を吐く。

「とにかく、だ。一角ウサギを愛でる云々はどうでも良いとして、つまりあのウサギはあんたの協会の所有物ってことか?」
「所有物だなんて……同士です!」
「わかった。ってことは、その同士であるウサギは立派に旧市街を破壊しまくったわけで、その賠償請求は避けられないと思うんだけど、どうするつもりだ?」

 ぴき、と音を立てて少女は硬直した。
 やっぱりそうなりますよネー。人は住んでいないとはいえ、建物を破壊した罪には問われる。

「そ、それは……愛をもって接すればきっと大丈夫です!」
「現実的な答えじゃないな。つまりあれか、一角ウサギのすることだから仕方ないって逃げるつもりか?」
「んぐっ……!?」

 図星だったらしく、少女は声を詰まらせた。

「じゃあ訊くけど、そもそも、こんな巨大な一角ウサギは存在しないよな? どういうことだ? あんたら団体の研究の成果ってやつか?」
「研究の成果なんて、言葉が悪いです!」

 いや悪くないと思うけど。

「私たちは崇高なる目的をもって活動しています。スーフォタレナババーンちゃんが巨大化したのも、大きくなれば天敵の連中も手を出せないよね、という……」
「つまり色々と実験したんだろ? 愛してるのに? 巨大化って簡単じゃないだろ。犠牲も出たんじゃねぇの?」
「いいえ! いえ、確かに犠牲は出たようですが……で、でもっ、愛をもって接すれば、みんなもちゃんと分かってくれているのです! だから、尊い……」
「結局殺してることに変わりないし、一角ウサギが本当にそんなことを望んでたのかって話になるんだけど」

 いちいちツィリアの言葉を遮って本質を貫くと、もう声にならないのか、苦い表情で俯く。

「その上で訊くぞ。寵愛の対象である一角ウサギが、周囲に迷惑かけてるっていうのに、愛を語って許してもらうのか? 何もしないっていうのか? 愛護するってことは、同時に責任を持つってことでもあるんだぞ?」
「……ぐ、そ、そう、ですね……確かに……」

 ここまで言うと、ツィリアは負けたように背中から項垂れた。

「おっしゃるように、私は責任を取らねばならないのでしょう。セヴルールブルルタリナリアちゃんの保護者は私ですから」
「よし、認めたな?」
「……はい?」

 俺の誘導尋問に引っ掛かったツィリアは目を点にしたが、俺は容赦なくツィリアの首根っこを掴む。
 素早くメイが拘束用のロープで縛り上げた。細い紐だが、魔力を通せばかなりの耐久力になる。ツィリアがどれだけもがいてももう無理だ。

「え、え、ええ、ええええっ!?」
「というわけで、巨大一角ウサギが破壊した市街地の保護者責任追求と、派生して、マデ・ツラックーコスを呼び寄せて町を危険な目にあわせた罪もあるぞ」
「ちょ、え、えええええっ!? いやでもそれは不可抗力では!?」
「保護監督責任ってそういうもんだよ?」
「いや、確かに責任を取るとは言いましたけど!」
「旧市街がどれだけの価値があったか知らないけど、割りと凄い損害賠償がくるから、覚悟しておけよ。ちょっとした組織なら潰れるぐらいの額が来るぞ」

 そもそも冒険者の緊急クエストも、責任追及できる存在がいたら全額負担させるシステムだしな。どれだけの冒険者たちが集まったか知らないが、こっちもかなりの金額になるぞ。
 ついでにツィリアが所属する団体をカルト集団扱いして公的に潰してもらおう、うん。真面目に活動している人達のためになるからな。
 暴走愛護は迷惑行為でしかない。
 今回はまさにその典型例ってやつだ。

「ひいいいいい────────っ!?」
「あ、ご主人さま、魔法道具(マジックアイテム)は回収しましたけど」
「ああ、俺が使う」

 悲鳴を上げるツィリアを無視して、俺は道具を受け取る。
 《鑑定》スキルを使えば使い方は分かるからな。レクチャーは必要ないし、大体はツィリアが自爆で言ったしな。とりあえず一角ウサギが寝るのを待てば良い。

「ちょ、ちょっと!? いや待ってください、話し合いましょう、ねぇ!?」
「おう。話し合うぞ、牢獄とか取調室とかで」
「それ尋問って言いませんか!?」
「言わない言わない。たぶん、きっと」
「とてつもなく不穏です!」

 手を振りながら答えると、思いっきりツィリアが反発してくる。

「そう言われても、相手は俺じゃないしなァ。良心的な取調官であることを祈るしかないんじゃね?」
「そんなこと言わないでぇぇぇぇぇ!?」
「とりあえずまぁ言えることといえば、ウサギへの愛でなんとかすれば?」
「愛って言葉をすっごいぞんざいな感じで便利に使いましたね今! とにかく解放してください!」
「いや無理だろ。容疑者だし」

 しれっと断ると、ツィリアがまた何かを訴えてくるが、俺は無視する。
 そろそろウサギが食事を終えそうだからだ。どれくらいで眠るか分からないが、ツィリアの口調ならすぐっぽいからな。
 俺は観察モードへ入ろうとして、中断した。

「おやおや、我が同胞をそのような酷い方法で拘束するとは、人間とは思えない所業ですね。あなたに愛はないのですか?」

 静かな中に、多分な慇懃無礼を籠めた口調。
 俺はギロりと睨みつけてやると、そこには怪しさしかない仮面をかぶった、白衣の(背格好からして)男が立っていた。その物腰からして、中々の手練れだ。
 メイとオルカナも感じ取ったのか、しっかりと臨戦態勢を取る。

「おっと、随分と敵意が強い方々ですね?」
「き、局長!」

 ツィリアが歓喜の声を上げる。まるで、これで助かったと言わんばかりの声だ。
 っていうか局長ってことは、こいつ、偉いさんか。

「ツィリア。もう少し我慢していなさい。すぐに開放して差し上げますから」
「おいおい。何を言ってんだ、アンタは。コイツは宿場町からすれば犯罪者だぞ」
「それでも私たちの同士でもありますので」

 局長は平然と返してから、マスクの奥に笑顔を刻みつける。

「あのウサギさんが損害を出してしまったことは非常に残念なことですし、あの子を逃がしてしまったツィリアには確かに罪はあるかもしれませんが……それを咎めるなんて、なんて人情味のない」
「は?」
「つまり天災ということですよ。天災に対して何か損害賠償なんて出来ますか? できませんよね。つまりそういうことなのです。ウサギさんは神同然の存在なのですよ?」

 うわぁ、ヤバい。コイツ、ヤバい。
 俺は全身に鳥肌が立った。危険だ。危険すぎる。ツィリアなんかアリに見えるくらいの危険度だ。

「神様の所業に対していちいち反駁して、ましてやお金なんて俗世の穢れを請求するなど、愚行の極み。そうとは思いませんか?」
「いや、だからってウサギが破壊行為をしたことに変わりはないんだぞ」
「さんをつけましょうね? ウサギさんです」
「アッハイ」

 抗いがたい圧力を感じて、俺は引きさがる。

「確かに破壊行為には違いないのかもしれませんが、先ほども申し上げたように天災なのです」
「だから仕方がなくて諦めろってか? アホ抜かせよ?」
「おやおや口が汚い。これはアレですね、ウサギさんの神秘性を持って浄化しなければなりませんね?」

 じり、と、局長は構え、さっと懐から何かを取り出す。

 それは、ウサ耳だった。


 え?


 空白がやってくる間に局長はウサ耳を持ちながらやってくる。

「さぁ、これをつけて祈るのです!」
「絶対に超嫌ですけど!?」
「怖いのは最初だけです! つければ色々と諦め……否、吹っ切れますから! 道が開けます!」
「諦めとか言っただろ今! ふざけんな絶対に嫌だ!」

 俺は魔力を高める。あかん、ウサ耳つけるとか絶対にあかん!
 実力行使で阻止するしかないと誓っていると、気配が後ろから現れた。かなり近い場所で現れたので、俺は思わず飛び退りながら振り返り――驚愕に目を見開いた。

「そ、そんな……っ!?」

 バカな、どうして。

「なんでウサ耳なんてつけてるんだ……!? ウルムガルト!」

 そこにいたのは、動きやすい商人の格好をした男っぽくも見える女性――ウルムガルトだった。

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