第二百十五話
地鳴りに等しい突進。だが、以前俺が遭遇したものよりも勢いは少ない。やはり壁に激突するのは嫌がっているようだ。
マデ・ツラックーコスはけたたましい音を立てながらも道なりに進んでいく。
よし、これでとりあえず宿場町に被害は出ない。
俺は跳躍して壁に着地し、そのまま走って先回りする。
迎撃用に用意したのは少し広いフィールドだ。あまり広いとあっさりと俺の処理能力超えるからな。一応メイとルナリー(オルカナ)にも手伝ってもらう予定ではあるけど。
じっくりと魔力を高めながら俺はそのフィールドに着地する。
後ろには、分かっているようにメイは俺の斜め後ろ、ルナリーは完全背後と、俺がいて欲しい配置についてくれていた。
サポート体制はバッチリだな。
ふと、ポチが隣にやってくる。一瞬のアイコンタクトだけで良い。
俺は魔力経絡の同調を開始した。
「――《
口にしたとたん、ポチが俺と同化する。
同時に力が迸り、全身から稲妻を弾き飛ばしながら展開した。視界が一気にクリアになり、反応速度が急上昇したのを自覚する。
高揚感の中、俺は背中に忍ばせている刃を解放した。
「メイ、討ち漏らしは頼むぞ」
「はい!」
言い残してから、俺は地面を蹴る。やってきたマデ・ツラックーコスの先陣に特攻し、一瞬で肉薄。
相手の反応を許さず、喉元をダガーで切り裂いて掻っ捌いた。
露わになる分厚い皮膚と脂肪。
俺はそこへハンドガンの銃口を向ける。すでにハンドガンにはアルテミスとアテナが憑依していて、雷を逞しく迸らせていた。容赦なく引き金を絞り、電撃の弾丸を放った。
ばぢっ!
と空気が弾け、マデ・ツラックーコスの傷口が焼かれ、絶命へ導く。
断末魔なく倒れる一匹目を見た、周囲のマデ・ツラックーコスが怒り猛って俺へ向かってくる。
だが、遅い。
電撃を纏ってとんでもない反射神経を手にしている俺にとって、今のマデ・ツラックーコスは遅い。
初めて戦った時は、俊敏性にもビビったもんだけどな。
懐かしく思い出しながら、俺は次々と刃を繰り出して切り刻んでいく。
傷口が生まれるたびに俺はハンドガンで電撃を放ち、次々と仕留めていく。
「「「うるぁぁぁぁぁぁああああああ――――――――――――っ!」」」
マデ・ツラックーコスが叫び、どんどんと迫って来る。中には仲間を乗り上げて特攻してくるヤツもいて、俺の処理能力を超え始めていた。
普段ならここで俺は一旦下がり、態勢を整えつつ攻撃を再開する。だが、今回は必要ない。
『ルナリー。我に任せろ』
ルナリーに抱きかかえられたオルカナは自信ありげに言うと、ルナリーの影から何本もの黒い手を生み出し、互いに重なるようにしてから風を生み出して放つ。
びゅう、と風圧が鳴り、突っ込んできていたマデ・ツラックーコスを押し留める。
更に、メイが横手から回り込み、俺へ襲ってくるマデ・ツラックーコスに奇襲を仕掛ける。大剣を唸らせ、一撃で首元を深く深く切り裂いた。
ぶしゅ、と血が噴き出し、断末魔なく沈めていく。
メイは鋭く息を吐きながら次の一匹へ躍りかかり、また切り裂く。
やっぱ、大剣だと深く斬れるから違うな。一撃で殺してる。
「おおお!」
俺は吠えながら、刃を同時に繰り出して次々と切り裂き、次々と引き金を絞って仕留めていく。
時折足止めの風が疾り、メイが取りこぼしをキッチリと倒していく。
結果――。数分で戦闘は終わりを告げた。
まぁ、そこまで大群でもなかったしな。
積み上がったマデ・ツラックーコスを見ながら、俺は安堵の息を吐いた。
まだ冒険者たちの気配はないので(何してるんだ?)、生み出した壁は解除して、ただの土に還元する。
「す、すごい……たった三人で、あの群れを……!?」
ただ一人、驚愕しているのは少女だ。
あ、しまった。やり過ぎたか。緊急事態だから仕方ないけど、判断悪かったな。せめて気絶させておけば良かったか。
「ど、どういうこと……!?」
「まぁ、あれだ」
俺は頬をぽりぽりとかきながら言う。
仕方ない。俺は取って置きの言い訳を使うことにした。
「俺は《黄金世代》の特進科出身なんだよ」
「……なっ!? あの、数々の伝説を残したっていう……!?」
予想通り、効果はテキメンだった。少女は驚き、やがて納得したように何度も頷く。
おそるべし、そして超便利。
俺は安堵の息をゆっくり吐いた。
まぁメイは
実際、これぐらいのことが出来ても不思議はないんだよな。たぶん。きっと。自信ないけど。
「それで、これからどうするんだ?」
「そうですね、とりあえずは――ああっ、サルヴァルタリナリアラーンちゃんっ!?」
振り返った瞬間だ。
ウサギは高く跳躍して俺たちを飛び越え、マデ・ツラックーコスの死屍累々の前に着地する。
どしん、と地響きがして、近くにいた俺たちは一瞬だけ浮き上がった。
ってまて、何をするつもりだ?
ぞわり、と背筋に嫌なものが走り抜ける。
一秒と経たずに、その予感は的中した。
ごりん。ばきん。ぐちゃ、むっちゃむっちゃむっちゃ。
「うっ……」
生々しく肉と骨を噛み砕く音。飛び散る血潮はムッと周囲に濃厚な生臭さを広げる。
そう。捕食し始めたのだ。ウサギが。
「食事が始まっちゃいましたね……」
「これ、どうするんだ?」
思わず少女に問いかけると、少女は何故か目をキラキラさせながらウサギを見つめつつ、口を開いた。
「見守ります! 滅多に見れないんですよ、食事シーン!」
「シーンとか言っちゃったよおい」
『主。一応言うが、攻撃は無駄だ。マデ・ツラックーコスの魔力結界が変に作用している』
ポチがこっそりテレパシーを送って来て、俺は密かに高めていた魔力を拡散させた。
つまり、見守るしかないってことか。
「まぁしばらく待つけど、それで、その後どうするんだ?」
「はい。あれだけの量があれば、必ずシュルバルツァインティグラトちゃんは満足します。そうしたら、すぐに寝てくれます」
少女は瞬きさえせずにウサギを観察しつつ答える。
もはや怖いんだけど。
かなりドン引きしながら、俺は続きを促す。
「寝てくれれば無防備になるので、
さっと腰につけていたポーチから、少女は黒いひし形が何個も絡み合った物体を取り出す。
即座に俺は《鑑定》スキルを撃った。
隷属系
睡眠中の低級魔物を拘束、縮小化させる。人間には効果がない。また、中級以上の魔物にも効果はない。
表示された文言に、俺は顔をひきつらせた。
一見強力なようにも見えるが、全く役に立たなさそうなアイテムである。
「これがあればスレインタレインアルマージャルナハちゃんは小さくなります。後は魔力妨害の結界を展開すれば、魔力を吸収して巨大化することはなくなるので、楽々に運べるんです」
「そうなのか。っていうかそんな方法あるなら何でそっちを選ばないんだよ」
「セフォルタリマリアンタナルちゃんは偏食家なんです。専用の餌じゃないとダメだったんですよ」
だが、今回、マデ・ツラックーコスがそれを上回ったってことか。
なんか納得できるようなできないような……。
「っていうか、今更なんだけど、あんた誰」
「ほんとに超今更ですねぇ!? っていうか、確かに名乗っていませんでしたね」
ようやくウサギから目線を外し、少女は俺に微笑む。
「私は一角ウサギ愛護保護協会第一支部、研究部主任を務めています、ツィリアと申します……ってなんで物凄く嫌そうな顔するんですか?」
「い、いや、別に」
この異世界にもあるのか。愛護団体。
いや、俺は愛護団体の姿勢には基本的に賛成だ。何かを守ろうという行為はとても尊いし、元の世界じゃあ動物保護は大事だったしな。密猟対策とか、ペット問題とかあったし。
でも、本当に本当にごくごく一部の、愛護へ集中しすぎるばかりに暴走する存在もいるもんで。
俺は入院してた時、そんな団体の騒動に巻き込まれ、体調を悪化させたことがあったのだ。
だからそれ以来、どうしても苦手意識を持ってしまっている。
そして。
この少女、ツィリアからはあまりにも危険な香りしかしなかった。
「ともあれ、これで助かりました。もしよければ、お礼に我が支部に……」
「え、超嫌ですけど?」
目をキラキラさせて何やら勧誘やら洗脳やらする気マンマンのツィリアに向けて、俺は真顔で返事をした。