第二百三話
魔力が膨らむ。
ほとんど同時に俺は左へ跳び、魔力弾を回避する。強烈な一撃は近くの木に直撃し、幹を大きく抉った。
着地の一歩で方向を変え、俺は
「《バフ・オール》」
自分の能力を底上げし、俺は途中でいきなり加速して相手のタイミングをずらしてやる。
『む!』
「《フレアアロー》」
身構えた刹那を狙い、魔法を放つ。全方位からの火矢だ!
だが、死霊魔導師リッチは両手を広げ、黒い波動を放って強引に魔法を打ち消す。なんつー荒業だ。
バカみたいな力業に呆れつつも、俺はハンドガンを放つ。
炎の残滓を軌跡としながら突き進む弾丸を、
じゅう、と音が立つが、ダメージはなさそうだ。
いや、本当はあるんだろうけど、微々たるものだろう。
『無駄だ、小さき人間よ!』
「それはどうかな」
俺は刃を次々と繰り出し、相手を休ませない。銃撃さえも加えて追い込んでいく中、魔力を高めて地面を踏み抜く。
発動させたのは浄化魔法だ。
『無駄だ。周囲を浄化させたところで意味はない』
鼻で嗤いながら、
予想通りだな。
冷静に睨みながら、俺はハンドガンを叩き込んで迫ってくる魔力を強制的に拡散させ、相手を睨み付ける。
「《エンチャント》」
とん、と足踏み。
「《クリエイション・ブレード・フォルテシモ》」
さらに、とん、と足踏み。
一瞬だった。
壮麗とも言える白い光の粒子が地面から放たれ、周囲を照らす。その白い光が弾けながら、
『っが……!?』
苦痛の声が漏れる。
真っ白な剣は、氷が砕けるような音を立てながら、枝分かれするように新たな剣を発生させる。まるで樹氷のようになりながら
声にならない悲鳴が上がる。
これが俺の新技、《白樹》だ。一定範囲を浄化することで俺の魔力をより浸潤させ、そこに《エンチャント》し、習得した《クリエイション・ブレード・フォルテシモ》を発動させる。
かなりの行程を踏むのが難点だけどな。
ただ、威力は見ての通り。
発生させた大剣から枝のように剣を無数生やし、複雑に貫通して切り刻む。対単体での威力ももちろん、敵が密集していれば一気に殲滅も可能だ。
『が、ぎっ……』
全身くまなく串刺しにされながらも、
まぁ、アンデッドだし当然なんだけど。聖属性を《エンチャント》してるからかなりのダメージはあったはずだが、滅びるまではいかない。
だからこそ、後ひと押しがいる。
俺は魔力を高める。剣は《ヴォルフ・ヤクト》の効果範囲内だ。
「焼き尽くせ。《フレアアロー》」
魔力が伝播し、白剣に伝わる。直後、剣は真っ赤に染まり、その剣の全てから火を放った。
言うまでもなく《エンチャント》されている。
『あぎゃああああああああああああああっ!?』
聖属性の付与された炎に焼かれ、死霊魔導師リッチは絶命の悲鳴を上げて燃えていく。
ドロドロに溶けていく様を見ながら、俺は安堵のため息をついた。
コイツ、たぶん生まれたての死霊魔導師リッチだ。それも元は人間じゃない。
じっと目を凝らしていると、元となった魂だろう半透明な何かが剥離し、浄化されていく。その姿は、明らかにゴブリンだった。
なるほどな。ゴブリンの魂を強引に閉じ込めて核としたのか。だから知能指数が急激に上昇して人間の言葉を話せるようにはなっても、魔法は使えなかったんだ。あんなデタラメで乱暴な魔力を放つだけしか出来ないとか、変だと思ってたんだよ。
もし歴戦の死霊魔導師リッチだったら、どうなっていたか。
フィルニーアには及ばないだろうが、かなり多彩な魔法を駆使してくるのは間違いなくて、近寄ることさえ難しいだろう。
アンデッド最強は伊達じゃあない。
『他は始末したぞ』
ポチが俺の隣にやってきてテレパシーを飛ばしてくる。
頭を撫でてやると、少し嬉しそうだった。
「さて、少し調べるか?」
『そうだな。ついさっき死んだばかりの魔物が、ここまで早くアンデッドになるなど、あまりに異常だ』
「明らかに何らかの干渉があったはずだよな」
俺は周囲に《ソウル・ソナー》を打ち込んで調べるが、反応は無い。
ってことは、ゴブリン一体一体に何らかの処置がされたってことか。そうなると調べるのは困難だな。
ポチも鼻を鳴らして情報を集めているようだが、芳しくなさそうだ。
『かなり手の込んだ仕業だな』
「問題はどうしてそんな仕業を、この村の近くの泉でしたか、だよな」
犯人は、というか、黒幕は間違いなくアッシーナ村の連中だろうな。
正確に言えばアッシーナ村の連中が依頼したヤツだが。中々どうして、厄介なヤツに依頼したもんだ。
「とにかくこの辺りを集中的に浄化して、アンデッドが発生しないようにしておくか」
『そうだな。それで大分違うだろう』
後は村の周囲も浄化魔法をかけてアンデッドの侵入を防ぐようにしておこう。
俺はそれらの処置を終えてから、村へ戻った。
村長の家に戻ると、真っ先におばちゃんが出迎えてくれた。
「お帰り! ちょっと遅くて心配してたんだ! 無事でよかったよ!」
「いえ、そんなに強い魔物じゃなかったので、すぐに倒せました。ただ、アンデッドだったので、浄化作業に時間が掛かっただけです。すみません、ご心配おかけして」
本気で胸を撫で下ろしている様子のおばちゃんにちょっと罪悪感を覚えつつ事情を説明すると、おばちゃんは納得してくれた。
中へ入ると、メイもテーブルでお茶をすすって一息ついていた。
ってことは、ちゃんと治療を終えたんだな。
「あ、お帰りなさい、ご主人さま」
「ただいま。そっちはどうだった?」
「はい。呪いを受けた節はなかったのですが、一応清潔処置と聖水で清めておきました」
「そっか、良かった」
俺も一安心だ。
まぁ、状況は一切変わってないから、本気で安心はできないけど。
「なんだってこんなことを……」
「嫌がらせみたいなのはずっとあったんですよね? 今年は特にヒドいって思って良いですよね? 何か心当たりありませんか?」
「うーん、そう言えば、去年の暮れに長老が亡くなって、随分と若い、まぁそれでもオッサンなんだけど、男が後を継いだらしいけどね」
「絶対そいつが原因ですね」
俺は即答した。
いや、間違いないだろ、そんなの。ってことは、その村長に直接攻撃仕掛けるのもアリか?
ちらりと部屋を見渡すと、まだあの女の子は寝ている様子だ。
かなり熟睡しているのだろう。起きるのを待っても良いが、下手したら朝まで寝てそうだ。なんとなくだけどそんな気がする。何せ生で芋食べる子だからな。
「んー……ちなみに隣のアッシーナ村って、どれくらいの距離なんですか?」
「そうだね、こっから一〇キロ北東ってとこかな?」
「随分と近いですね」
「ウォール森の中を突っ切るクレミア川を境目にしてるからね。って随分と近い?」
頷くと、おばちゃんは思いっきり首を傾げた。
まぁ確かに一般人からすれば遠い距離だろうと思う。でも俺は小さい頃から毎日それぐらい余裕で走ってるし、何でもない距離だ。特に今はポチやクータがいるしな。
「じゃあ、ちょっと調査してきますね」
俺が言うと、メイもお茶を飲み干して立ち上がった。ポチもすぐに家の玄関へ向かいだす。
「え、え?」
ただ一人、おばちゃんだけがついて来れない。
「いつまでも後手に回ってたら対処できませんし、ここまで過激にやってくる以上、いつ犠牲が出るか分かりませんしね」
もし数に任せて攻撃されたら、さすがの俺たちでも村人全員を守ることは出来ないし、まして畑ともなれば被害は甚大になるだろう。
そうなる前に手を打つべきだ。だとしたら、先手必勝。こっちから打って出る。
「一応保険は置いておきますので、安心してください」
「保険?」
「熟練した
安心させるように言うと、おばちゃんは更に首をひねった。
もちろん保険とはクータのことである。威圧を放ちながら上空を見張らせておけば、大抵の魔物はそもそも怖がって近寄ってこないしな。
「というわけで、行ってきますね」
「ご主人さま、久々にアレを使うんですか?」
「うん。そうだ」
俺は頷いて、マントを翻しながら玄関へ向かった。
さーて。ちょっと暴れますか。