第二百二話
案内されたのは、村長の家だった。
さすがにブランド展開している村だけあって、屋敷の規模はそれなりに大きい。ただ、物を大事にしているのも良く分かる雰囲気で、調度品も豪華さより強度を優先してる。
俺たちはリビングに通され、テーブルで村長と談笑しつつ依頼内容の変更を固めていった。
どうやら、隣のアッシーナ村とは昔から因縁があるらしい。
以前から嫌がらせはあったのだが、今回のように直接的被害を出させに来たのは初めてとか。しかも手が出せない少女に芋をひたすら食わせるという奇っ怪な手段で。
そりゃ依頼だしても秘匿にするわな。
とはいえ、アッシーナ村からの仕業にするなら、経路と証拠を掴まないといけない。まずはこの女の子の家へ向かって、辿っていくのが正統だろう。
そこまで話が固まったところで、おばちゃんが料理を持ってきてくれた。
まさに、どーん! とテーブルに並べてくれる。
「さぁ、たんとお食べ。村特製のポテト尽くしだよ!」
出てきたのは、マッシュポテト、コロッケ、フライドポテト、ポテトがたっぷり入ったコンソメスープ……などなど。まさにポテトオンリーだ。
木の食器が並べられ、おばちゃんはまず蒸かし芋を食器に乗せてくれた。
まだ湯気のある芋から、ちょっと香ばしい匂いがする。
「熱いからちょっと皮を剥いて……ここにちょっとだけ塩と、特製の無塩バターを乗せるよ」
皮を剥くと、湯気がさらにほわっと出てきた。そこに塩がパラパラとかけられて、一欠片のバターが落ちる。
とろ、と、バターが熱で溶け、ポテトに染み込んでいく。
うわぁ、美味そう。
思わずごくりと喉を鳴らす。
「はい、お食べ」
おばちゃんは女の子に芋を渡す。
女の子は一拍置いてから受け取り、はく、と小さい口で一口。瞬間、女の子の目が驚きに見開いた。
「……幸せの味、強くなった」
ぽつりと呟いてから、女の子はマイペースに、でも、一心不乱に食べ始める。
明らかに美味しそうな様子に、おばちゃんはニッカリと笑う。
俺とメイもいただくことにした。
ほくほくの芋は、ほろりと口に溶けて、バターのコク塩気に甘味を足してくる。これは、ヤバい。
シンプルな美味さは脳にダイレクトなんだよな。理由なく美味いからたまらない!
「うん、美味しいです!」
メイも驚きながら喝采を上げる。
「お芋にこんな濃い味があるなんて……驚きです。お塩やバターに負けてない」
「本来、それらは芋の味を際立たせるもんだからね、ほら、こっちも食べてみな、全部自信作だよ」
おばちゃんにすすめられるがまま、俺たちは食事を楽しんだ。
コロッケも、スープも、全部が美味しかった。芋づくしなのに飽きが来ないのは凄いし、なるほど、これだけ美味しいならブランド認定されるのも不思議はない。
今まで高いからって買うことがなかったけど、こんだけ美味しいならむしろ安いぐらいかもな。
「ふう、ご馳走様」
俺とメイが手を合わせて挨拶すると、女の子も食事を終えた様子だ。この子が一番食べたんだよな。地味に大食漢だ。
女の子は、無表情の中にも満足そうな気配を漂わせ、ぽっこりと出たお腹をさする。
「幸せ、いっぱい」
「あははは、そうだろう、そうだろう! ウチの芋は天下一だからね!」
仁王立ちでおばちゃんは豪快に笑ってくれた。
「それじゃあお腹もいっぱいになったことだし、今後のことを教えてくれるかい?」
「はい。色々と話を訊いて、まずはこの子の身辺調査からかなと」
「なるほどね。そりゃ大事なことだ。そっから突き止めていくのかい?」
「そうですね。その後は、嫌がらせを止めてもらう方針で話をしてみようと思います」
こんな美味しい芋を食べさせてもらったんだ。是非この芋はもっと作って欲しい。
下らない妨害で生産量減るとかマジで質が悪いからな。
「分かった。早速動くのかい?」
「はい。早い方が良いと思うので。まだ日も高いことですし」
頷きながら俺は女の子を見る。
かくん、と、女の子は振り子のように揺らしながら、うつらうつらしていた。
あら、これはアレか。お腹いっぱいになったから眠くなったってパターンか。これはいかんな。
というか今にも椅子から転げ落ちそうなので、俺はそっと背中を支えた。
「あはは。可愛らしい子供だね。良いよ、ベッドがあるから、そこで寝かせな」
「良いんですか?」
「元から宿泊してもらうために部屋は用意してたからね」
思わず訊くと、おばちゃんはさらりと答えてくれた。
確かに、宿泊費用に関しては依頼主持ちだった。なるほど、そういうことだったのか。
俺は早速甘えさせてもらうことにした。
用意してもらっていた部屋に(そこらの宿屋よりよっぽど上等だ)通してもらって、女の子を寝かす。すーすーと寝息を立てる様は、本当に小さい女の子だ。
「それにしても、なんでこんな小さい女の子に嫌がらせさせようとしたのかね?」
「分かりません。パパって言ってたし、親が寄越してきたんでしょうけどね」
おばちゃんは難しそうな表情を浮かべた。
「それも理解できない話だねぇ」
フツーに考えるとそうだよな。こんな小さい女の子を。確かに風の何かによって守られてるから、傷つけるのは大変だとは思うが。それに、メイと違って子供っぽいけど、子供っぽくない。なんか薄い感じだ。
ひたすらに違和感しか感じないし、絶対に何かある。
俺はこっそりと《ソウル・ソナー》を女の子に放った。
返って来た反応に、俺は怪訝になる。
なんだこの魔力経絡。子供にしては随分と細かい……っていうか、完成されてる?
魔力経絡は、基本的な構造こそ変わらないが、成長すればそれだけ成長していく。けど、この子はもうその限界値に近いんじゃないだろうか。
更に謎が出来て、俺は首をひねるしか出来ない。
『――主!』
ポチからテレパシーが飛んできたのは、その時だった。
軽く頭痛さえ覚える勢いで声が響いて、かなり切迫していることを悟らせてくる。
「どうした?」
『魔物の気配だ! 場所は泉の方角!』
「……どういうことだ」
『おそらく、蹴散らしたゴブリンがアンデッドになったと思われる』
マジか!
俺は背筋を凍らせた。
いや、待て。でも倒したのはついさっきだ。アンデッドになるって、あまりにも早すぎるぞ!
内心で動揺していると、扉がけたたましく開かれた。嫌な予感しかもうしない。
「大変だ! 泉の方でバケモノが出たって!」
「なんだって!?」
「既に何人か怪我してる! なんとか逃げて来たみたいだけど……!」
って、アンデッドに傷をつけられたのか!?
これはすぐに処置が必要だ。アンデッドにつけられた傷は呪いが掛かっている場合が多い。傷が塞がらないとか、恐ろしい速度で化膿していくとか。すぐに対処しないと敗血症になって死に至る。
俺はメイに指示を下す。
「メイ、聖水は作れるな? たぶん、アンデッドにつけられた傷だ」
一瞬だけメイは驚いたが、すぐにポチからのテレパシーがあったと悟ったのだろう、力強く頷いた。
「はい。大丈夫です。授業で習ってますし、何回も作ってますから」
「じゃあ怪我した人たちの治療は頼む。アンデッドは俺が対処するから。すみません、その村人たちのトコへメイを案内してくれませんか? 魔物から受けた傷はすぐに治療しないと。この子なら出来ますから」
「それは助かるけど……」
「そのバケモノは俺がなんとかしますので。急いで行ってきます」
俺はそう言い残して部屋から飛び出す。
そのまま村を突っ切って泉のある雑木林の方角へ向かった。ややあって、ポチが合流してくる。
「どういうことだ、何があった?」
『私にも分からん。ゴブリンの核は回収したんだが』
「おかしな話だな」
通常、魔物から魔物石を回収したら、その肉体は朽ち果てるだけでアンデッドにはならない。
魔物石というのは魂そのものだからな(だから依頼達成の証拠になる)。つまり、外的要因で強引に生霊やら何やらを憑りつかせないと、アンデッドにはならない。
ってことは、その外的要因――人為的にアンデッド化させられたってことか。
舌打ちしつつ俺は全力で雑木林の中を駆け抜け、泉に到達する。
むせ返るような異臭がして、そこにはアンデッド化したゴブリンが大量に蠢いていた。
「なんだこの異常な魔力は……」
もはや瘴気に近いものがある。
俺は即座に魔力を高め、ポチも全身に稲妻を纏って戦闘態勢を取る。
「――《ヴォルフ・ヤクト》っ!」
俺は魔力を解放し、魔法道具マジックアイテムを起動させて刃を解放する。
「《エンチャント》!」
さらに聖属性を付与し、俺はアンデッドの群れへ突っ込む!
「「「ギギャアッ!」」」
一斉にゴブリンどもが目をギラつかせ、襲いかかってくる。
俺は即座にイメージを描き、刃を閃かせてアンデッドを切り裂いていく。さらにハンドガンを放ち、頭や心臓を撃ち抜いて活動を停止に追い込んでいった。
一瞬で十匹近いゴブリンが潰れる。
ポチも動き、その稲妻を解放して次々とゴブリンどもを炭化させていく。
轟音は泉の水さえも震えさせる。
「《フレアアロー》」
俺はアンデッドの群れに飛び込み、刃へ魔法を伝播して放つ。
刹那、四方八方に放たれた火矢がアンデッドを蒸発させていく。このまま一気に殲滅する!
『ククク……人間風情が……』
蹴散らしていると、ひと際強い負の魔力を感じ取った。
――なんだ?
膨大な魔力を感じ取り、俺は後ろへ退く。直後、その地面を黒い何かが穿ち、植物を枯らす。
「この力……まさか」
名を呼ぶ僅か前に、黒い風が生まれ、収束していく。
姿を見せたのは、骸骨が黒いローブを纏った怪物――。
「死霊魔導士リッチか!」
――アンデッド最強の存在だ。