第百九十九話
学園の卒業式は、それはそれはもう豪華に行われる。
伝統というものらしく、学園の敷地内に屋台が出たりもする。どこからか大道芸の人たちもやってくるし、踊り子たちも音楽に合わせて楽しそうにダンスを披露する。
とにかく底抜けに明るいんだ。
俺の知る卒業式のイメージとはまるで違う。
なんか、こう、しめやかなイメージがあったんだけどな。まぁ、一度も出席したことないから知らんけど。でもこういう雰囲気も嫌いじゃあない。楽しいってのは良いもんだ。
俺とメイは少しだけ屋台を楽しんでからクラスへ向かった。
このクラスのメンバーとも今日で最後なんだなァって思ったらちょっと感慨深い。なんだかんだ三年もずっと一緒にいると愛着がわくもんで、みんなとも仲良くなれたしな。
とはいえ、これっきりではない。
みんな、冒険者になるんだ。
明日からはバラバラになるけど、街でばったり出くわしたりするだろうし、依頼とかで一緒になるかもしれないし。だから、そんなに悲しくもない。
だからだろうか、クラスについても皆いつものように賑やかだった。
「おーおー、今日も元気だな、お前ら」
教室へ入ってきたのは、白髪が少し増えた担任だった。この三年で結婚して子供が出来て、私生活でも色々と大変だった人だ。
みんなは一斉に席へ座る。
「それじゃあ、最後のSHR始めるぞ。っていっても、言うことなんて少ししかないんだが……。これから講堂に移動して、卒業式を行う。そこで卒業証書を貰うワケだ。その証書はそのまま冒険者の証明だ。無くさないようにしろよ」
担任は敢えて淡々と言っている様子だ。いつものように、いつものように。
きっとそれは、少しでも寂しいと思わせないように努めてるんだろう。
「それと、卒業式が終わったらそのまま学園から出ること。まぁ出店とかあるからそこに立ち寄るのは構わんが、遅くならないようにな。お前らはそのままギルドに向かうんだから」
卒業生、というより、冒険者は基本的にギルドへ所属する。
特に俺たちはまだ卒業したてのぺーぺーだから(もちろん色々と実習も実戦も経験してるけど)、冒険者としてのルールを叩き込まれる立場だ。
特進科ともなると、ギルドの勧誘は凄まじく、俺にもキッチリと来たぐらいだ。
ちなみに俺は国営第一ギルドという何の捻りもないギルドに所属することになった。規模が大きいので、いろんな地方の依頼を受けられるし、お堅い名前なのに自由な気風があるからだ。
フィリオたちもここに所属している。
「ギルドでの挨拶が終わったら、寮生は寮の掃除、借家連中も同じく掃除。屋敷は速やかに明け渡せよ」
あそこは学生御用達だしな。
俺とメイはちゃんと引っ越し先は決まってるし、もう大きな荷物は運び出している。随分と狭い家になっちゃったけど、まぁこれからいろんなトコヘいくつもりだし構わない。
「というわけだから、この教室もこれで最後だ」
担任が締めの言葉にかかる。みんな、しっかり聞く姿勢だ。
担任は慎重な表情で、教壇に両手をついた。
「まぁ、お前らには振り回された。あのハインリッヒ以来の黄金世代って言われて、その名に恥じない功績も叩き出した。三年連続学園祭第一位取るわ上級生更生させるわ下級生シメて黙らせるわ三年連続学園別対抗戦でぶっちぎるわトラブルに巻き込まれまくるわ……おかげで俺が書いた始末書は過去最高をぶっちぎったわ! 昇給してるはずなのに減給で給料変わらないってどういうことだチクショウ!」
その原因の八割は先生自身です。
涙目になる担任に、俺は内心でツッコミを入れた。
「とにかく、まぁ、あれだ」
少しだけ立ち直ったらしい担任は、少しだけ寂しそうな、嬉しそうな、苦笑を浮かべた。
「お前ら、最高だったぞ」
たったその一言だったけど、何故か胸が熱くなった。
最高、か。なんか嬉しいよな。
「うん。ありがとな」
「先生……」
こっちも感極まって、全員で席を立った。っていうか、最初から言うつもりだったんだけどな。
フィリオから合図が送られて、全員が一斉に頭を下げる。
「「「ありがとうございましたっっ!!」」」
その瞬間、担任の目頭が潤み始めた。
「……バカやろう」
それが担任の唯一精一杯出せた声だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『それでは――学園長からの挨拶です』
講堂に移動すると、俺でもビックリするぐらいの人数がいた。
正直いって、今年こんだけ卒業するのかと驚いた。今まで特進科でだけで完結してたせいもあるんだろうけどな。
ざわざわと騒がしい中、風の魔法の魔力を感じ取った。
見やると、壇上にいきなり相変わらずピエロメイクの学園長が現れた。
二年になってから知ったけど、あの学園長も実は
『え、えー……。皆さん。本日は卒業、どうもおめでとうございます』
まずは学園長がそう挨拶を始めた。
『今日、これより皆さんは冒険者です。研究者です。プロです。世界で生きていくことになります。だからこそ、この学園で学んだことは必ず力になります。そのためのプログラムです』
粛々とした口調で学園長は語る。
『これからどんなことがあったとしても、この学園で学んだこと、経験したことが絶対に生きてくる。だから、強く生きてください。どうか死なないでください。あなたの未来を、あなた自身でしっかりと切り拓いてください』
自分で……切り拓く。
初めて学園長らしいセリフを聞いた気がする。けど、なんか重みがある。年長者故の威厳なんだろうか。
『だから、どうか……生きてください』
同時に、深い悲しみを覚えた。
きっと学園長は、ずっと経験してきたんだろうな。卒業していった生徒の行く末を。どれだけ案じてもどうしようもなかったんだろうな。
その気持ちが少し伝わって来て、俺はぎゅっと拳を握りしめる。
うん、死なない。俺は、死なない。
もちろん俺には目的があるけど、分かったからだ。送り出してくれる人の、気持ちが。
『それでは最後に……本当に卒業、おめでとう!』
――ぱち。ぱちぱちぱち、ぱちぱちぱちぱちぱちぱち!
どこからともなく拍手が起こった。
もちろん俺も参加して、みんなも参加して、どこかから、すすり泣く声が聞こえて来た。
「あれ、なんか結局しおらしくなってるな」
そう思っている間に、どこか俺も鼻の奥がツンとして、少しだけ泣いた。
隣ではメイがいて、もうぼろぼろと泣いていた。
三年間経つけど、メイはそこまで大きくならなかった。これは奴隷紋の影響っていうのは分かってる。早くどうにかしたいんだけど、本人的にはあまり気にしていないようだ。まぁ、筋力といったステータスは伸びていくし、小さい方が戦いに有利だしな。
でも、俺としてはどうにかしてやりたいな。
研究はずっと行ってて、これからも続けていくつもりだ。なんとなく糸口っぽいのは見えてる。
近いうち、近いうち。
そう思いながら、俺はメイの頭を撫でた。
それから卒業式は続いて、俺たちは卒業証書を貰って、講堂を後にした。
クラスメイトたちとどんどんと別れていく中、俺たちいつものメンバーは揃って国営ギルドの前に立った。全員このギルドに所属することになっているからだ。
けど、パーティを組む分けじゃない。
みんな目的がある。
「ここまで、だな」
足を止めて、口を開いたのは俺だ。
全員が俺を振り返る。誰もが悲しそうな顔をしていなくて、むしろ強い表情を浮かべている。
「そうだな。俺たちは貴族だから、一回地元に戻ることになる」
そう。それがパーティを組めない理由だ。
セリナもアリアスもフィリオも、アマンダもエッジも。みんな地元で活動することになる。領主の子供なんだから、そこで活動するのは当たり前だ。
反面、俺はそういう後ろ盾がないから(王に囲われそうになったけど。もちろん全力で拒否したけど)自由に動ける。だから最初は色々と旅として回っていく予定だ。
ギルドとしてもそういう人材は求めているようで、お互いにちょうど良かった。だからしばらくはメイと二人旅だな。
俺がそっとメイに視線を向けると、同じことを考えていたのか、メイも俺を見て微笑んでいた。
「じゃあ、いったんここまでだな」
「そうね」
俺が言いながら拳を突き出すと、皆が輪になって拳を突き出してくる。
ごつ、と、拳をぶつけて、天に突きあげる。
「じゃあ、またな」
「「おう!」」
その声は、どこまでもどこまでも上に響く気がした。