第百九十二話
――これが、お前を更に進化させるアイテムだよ――
――さぁ、我らが帝国の新たな礎となれ――
――これから授けるものは、第一精霊言語の魔法だ――
――この傷は、お前をより強くする傷だ――
――抗うな。使え、使え、使え――
――コレデモウ、カツコトハデキマイ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空白から、戻って来る。
意識を失っていたのは、たぶん長くても、二秒かそこらだろう。
ただ俺は地面に投げ出されていて、強か全身を打ち据えたらしい。鈍い痛みが走る。
「……ぐ……」
なんとか身体を起こすと、近くにはメイとポチも倒れていた。
素早く《アクティブ・ソナー》を撃って状態を確認する。単なる気絶だ。
「大丈夫か、メイ、ポチ」
駆け寄って身体を揺すると、メイとポチはすぐに目を覚まして起き上がる。
周囲はさっきよりも霧が薄くなっていて、視界はよりクリアになっていた。だが、反対に魔力が異常な濃度で漂っていて、気温もかなり下がっている。
俺は即座に魔力を高める。
「……あぁ、良い気分だ」
霧が晴れていく。
魔力を完全に開放したらしいアザミは、その変貌を見せつけて来た。
不揃いな一対の青い翼。両手両足は黒ずんだ氷に鎖されていて、黒かった髪は真っ白に変化していた。体型こそ人間だが、ところどころ肥大して脈打っている。
だが、それ以上に俺は異常な威圧を感じ取っていた。
これは――思い出した。エキドナだ。エキドナと対峙した時と、同じ威圧だ!
導き出された答えに俺は戦慄を覚えながらも、立ち上がった。近くにはライゴウと担任の気配もある。
『この力……間違いないな』
ポチが全身を震わせて埃を払い落とし、低い声で唸る。ピリピリと稲妻が小さくスパークしている辺り、かなりの警戒を露わにしている。
『アイツは月狼の呪いに掛かっていたのだ』
「! マジか?」
月狼の呪いって確かアレだよな。発症したら魔神になるって言う……。ってことは、確定かよ! アザミのやつ、魔神になろうとしてるのか!
『恐らくその呪いが作用して、アヤツの能力が私を異常に制限したのだろう。やってくれたものだ』
「冗談じゃねぇな……どこで手に入れたんだか。それに多分、アイツ、レスタの細胞を取り込んでる」
『! 主も気付いていたか? 私も感知はしていた』
やっぱりか。
けど、レスタは今、ヴァータの魔法で湖の底に沈んで管理されているはずだ。どうやってあんなもん手に入れたんだ? でも、そうとしか考えられないんだよな、あの無茶苦茶な速度に、原型を留めない再生はまさにそうだ。
「来るぞっ!」
担任の怒号が飛んできて、俺はメイを抱きかかえて跳躍した。
直後、さっきまでいた地面に多数の羽根が突き刺さり、ガキン、と硬い音を立てて氷に鎖された。
更に追撃がやってきて、俺は回避運動に集中させられる。
「メイ、お前は逃げろ」
その中で、俺はメイに告げた。
「で、でもっ」
「限界だろ?」
反駁するメイを、宥めるように俺は言った。
既にメイは二回も《絶風剣》を使っていて、魔力も精神力もほとんど使い切っているはずだ。証拠に、今の攻撃にも反応を遅らせたしな。
メイは尚も俺に何か言いたそうにしたが、少しだけ俯いてから頷いた。
「分かりました……」
「悔しそうにすんな、さっきは助けられたしな」
攻撃が止んだタイミングで俺は着地し、メイの頭を撫でながら言う。すると、メイは嬉しそうに何度か頷いてから、その場を離脱した。
さて、じゃあ俺も本気でやりますかね。
「ポチ、動けるか」
『アテナとアルテミスも目覚めたからな、構わんぞ』
「よし、高速で攻める!」
俺が地面を蹴りながら言うと、ポチも合わせた。
応じるようにライゴウと担任も攻撃を仕掛けるべく接近を仕掛けた。
すると、アザミが手をかざした。同時に魔力が集い、何かが俺に纏わりついてくる。これは!
「《帝王の呼び声》――は、使えないのか。この身体は」
不発か! ふう、肝を冷やしたぞ。
「落ち着け、人間じゃないって言っただろ!」
俺の動揺を察知していたらしい担任が叱ってくる。そうは言われても、直撃を二回も受けてるこっちからすれば、身構えもするよ!
だが抗議を押し殺し、俺は攻撃に集中する。今はコイツの対処が先だ。
「デモナ・クリスタル」
アザミが技を切り替える。
刹那、地面から氷の柱が次々と出現し、列柱を為しながら俺たちに接近してくる!
咄嗟に左へ避けると、その柱は軌道を変えて追いかけてきた。自動追尾か!
「がっはっはっはっは! ちょこざいのぅ!」
回避していたライゴウが一転し、戦斧を掲げて雷をスパークさせながらその柱を迎撃、一撃で粉砕していく。その威力は凄まじく、次々と襲い掛かる柱を破壊していった。
「《エアロブルーム》っ!」
それを受けた担任も迎撃に転換し、同時に迫ってきている三つの氷の柱を砕いていった。
俺はその破壊の中、縫うようにしてアザミへ接近していく。
「《クリエイションブレード》」
俺は地面から剣を生み出す。
「《真・神撃》っ!」
地面を蹴って俺はスキルを発動する。
視界が刹那に加速し、一瞬でアザミを両断した。傷口から稲妻が弾け、炭化が始まる。
「グギャアアアアアアアアアッ!?」
上半身と下半身を分断され、激痛にアザミは叫ぶ。だが、その傷口がすぐに膨らみ、また上半身と下半身を接合させた。
ちっ、やっぱすぐ再生するか!
舌打ちした瞬間、大型犬サイズになったポチが仕掛ける。全身から稲妻を解放し、次々と落雷をアザミに叩き込んだ!
『《サンダーレイン》』
凄まじい轟音が立て続けに鳴り響き、アザミはあっと言う間に黒焦げになる。
『やはり、無理か』
ポチもまた舌打ちした時、黒焦げになった皮膚がぼろぼろと落ちてアザミが復活する。
ダメージはあるのが救いなのだろうが、事実上HP無限ってことだろ?
考える間に、担任とライゴウがタッグを組んで強烈な一撃を叩き込む。地面が割れ砕ける程の威力で、衝撃波がやってくる程だが、やはりアザミは復活する。
「くそ、これじゃあキリがないな」
「斬り応えがないクセに復活してきよるとは……面白くないのぅ」
口々に言う中で、俺は分析していく。
攻撃力そのものは、かなり高い。魔神になっていくだけあって、今も爆発的に魔力量が上昇していくし。
──けど。
「ウィングバレット」
アザミがふわりと浮き上がって翼を広げ、羽根を飛ばしてくる。
予備動作から何まで見え見えだ。
俺はいつもよりゆっくりした動きで回避する。次の攻撃が分かるから、躱し方も簡単だ。俺はしっかりと距離を詰めていく。
攻撃のタイミングも単調だ。一度読めたが、どれだけ早くても対処しやすい。
さっきから俺に余裕があるのは、これが大きい。相手の動きが手に取るように分かっているのだ。
これってアレだよな。ちょっと前までの俺なんだよな。アレンに鍛えてもらって本当に良かった。
ひょいひょいと回避しながら俺はため息をついた。自分の今までの浅慮さが良く分かるな。
「この、ちょこまかとっ!」
空中に氷柱を数本呼び出し、腕を振りながら投げつけてくる。魔力の感じからして、俺に追尾してくるな。アレは。
俺は無造作に刃を繰り出し、次々と迎撃していく。
驚愕に染まるアザミ。その間に俺は突進して肉薄する。この間合いなら接近戦だ。
先制攻撃で俺は刃を仕掛ける。足元から伸びあがるように、一枚、右から、二枚!
「なめるなっ!」
吠えながらアザミは氷の盾を生み出して刃を防ぐ。バリン、と砕けた氷の盾には、魔力が宿っている。
操って攻撃してくるな。
俺は推測しながらも一歩踏み込んだ。こっちの攻撃の方が速い!
「《真・神破》っ!」
電撃を拳に乗せ、体力をごっそり削りながら一点突破の一撃を鳩尾に加える!
ドン、と鈍い音を手応えと共に響かせ、破壊が全て伝わる。
同時に、俺は《ソウル・ソナー》を撃っていた。
「……かはっ」
漏れ出たのは、苦痛の吐息。
鳩尾から電撃が貫通し、アザミが殴り飛ばされていく。
俺はそれをただひたすらに睨みつけながら、反応を待つ。
アザミがもう人間ではなく、魔神だとしたら、核があるはずだ。それはエキドナの一件で知っている。だからこそ、制御できるはずのないレスタの暴走再生能力も辛うじて抑え込んでいるのだ。
無尽蔵に回復出来るのであれば、その核をぶっ飛ばす!
「見つけたっ! ポチっ!」
強い目眩を感じ、膝を突きながらも俺はテレパシーをポチに送る。
瞬間、ポチが全身に雷を纏いながら飛び出した。
「っがああああああっ! 雑魚の分際でぇぇぇぇ――――っ! この僕に、この僕にィっ!」
喉からの悲鳴だ。
だが、俺はそれを愚かだと断ずる。確かに、この世界においてステータスは非常に重要だ。レアリティやレベルの結果であり、分かりやすい強さの指針になる。けど、それだけじゃない。
それだけで決まる程、この世界は優しくないのだ。
熟練したスキルや、アビリティ。そしてそれらを活かす戦術。実際、俺よりステータスが低いハインリッヒは、俺をオモチャのように遊んで倒してくれる。
それに気付けないアザミは、いつまで経っても弱いままだ。
アザミが強引に姿勢を取り戻し、血反吐を文字通り吐き散らしながら魔力を迸らせ、全身を氷で覆う!
ちっ、あれだとポチの突撃の威力が半減する!
「がっはっはっはっは! 亀作戦か!? 青い、青いのォ!」
「ぶち壊す!」
思った瞬間、ライゴウと担任が飛び出す!
メイスと大剣が唸りを上げ、会心の一撃で氷を粉砕した。そこへ、弾丸と化したポチが駆け抜ける。
狙いは、たった一つ。左胸下! そこに核がある!
『――終わりだ』
ポチが勝利を確信して言う。これは、入る。
俺もそう思った。
「……まったく」
深淵の声が、そしてやってきた