バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第百八十九話

 何が起こっているのか。何が起ころうとしているのか。俺は理解が遅れていた。
 ただ、アザミがとんでもないことをしようとしているのは、分かった。

「やめろっ! テメェ、メイに何をしたっ!」

 喉がはちきれん勢いで叫ぶ。声が不安定なのは、喉にさえアザミのアビリティの効果が及んでいるからか。
 限界の敵意を持って睨みつけると、アザミは少しだけ意外そうな表情を浮かべた。

「低レアリティのくせに、声を出せるなんて……驚いたね」

 ――どういうことだ?
 俺はその言葉に引っ掛かり、即座に魔力を練り上げる。すると、反応がかなり鈍い。だが、まるで出来ないというワケではなかった。これが何を意味している?
 必死に魔力をかき集める。どうも攻撃魔法系は発動出来そうになさそうだ。というか、こんな状態じゃあ自分の得意属性以外は使えそうにない。そうなると、俺は光魔法属性なのだから、どうしようもない。

 でも、出来ることはあるだろ!

 諦めかけた心に怒りで鞭を打ち、俺は猛る。
 まずは《ソウル・ソナー》だ。自分自身に放ち、状態を確かめる。すると、俺の魔力経絡の深部にまでヤツの魔力が忍び込んできていて、麻痺させられていることが分かった。完全じゃないのは、俺がデタラメなステータスのせいだろう。
 この状態なら身体を動かすことは厳しい。けど、ある程度の魔力は練れる、か。だったら《鑑定》スキルはなんとか使えそうか?
 俺は早速試す。発動は――した。

 狙いは言うまでもなくアザミである。

 表示されたステータスを飛ばし、俺は《帝王の呼び声》を探し当てる。

 《帝王の呼び声》
 自分よりもレアリティ、レベル、ステータスが低い数によって相手の動きを支配出来る、帝王に相応しい非情のアビリティ。

 なるほど、チートだな。
 そこまで見えたタイミングで、違和感が襲ってきた。なんだ? メイに、敵意が?

「あああああああっ!? ご、ごしゅじんさまっ! に、にげ、にげてっ!」

 そして悲鳴。まるで世界から切り裂かれたような、悲鳴。
 なんだ、と思いつつ、ほとんど言うことの聞いてくれない目を動かすと、泣きながらそこには大剣を構えるメイがいた。

「あははははっ! 奴隷紋を感応させて操ってあげたんだよ!」

 分かりやすい侮蔑の嗤いと説明。
 俺は虫酸を走らせながら、事態を察した。あいつ、メイに俺を攻撃させようとしてるのか!? 何考えてやがる! そんなことしたらっ!

「いや、いや、いやあああああっ!!」

 メイが叫ぶ。抵抗する。だが、それも虚しく身体がゆっくりと動いていく。
 その全てが、俺を傷付ける。

「おっと、こっちも始めようか。さぁ、動けフィリオ」
「き、貴様ァァっ!」

 アザミが命じると、フィリオがゆっくりと起き上がる。その額には、奴隷紋が浮かんでいた。

「君にはまず誰を殺してもらおうかな? そうだな……同格とまで言われた。アリアス。君からかな」
「……っ!」

 フィリオが絶句する。一気に顔を青くさせていった。
 蘇ったのは、トラウマか。以前、俺に倒される前のフィリオは、一度アリアスを倒しているからな。そのアリアスも、ほとんど表情を動かせないながらも、驚愕の様子を見せていた。

 最悪だ。こいつ、本気で最悪だ。

 今すぐ仕留めろ。今すぐ。今すぐに、だ!
 同士討ちをさせて喜んでいるヤツなんてクズだ。ふざけんな、ふざけんな!

「おや、随分と反抗的な目つきだね?」

 力の限り睨みつけていると、アザミは俺を睥睨してから、何かを思いついたように嗤った。

「そうだ。予定変更だ」

 アザミはパチン、と指を鳴らす。
 すると、アリアスやアマンダ、エッジ、セリナが起き上がる。明らかに操られてる!

「君たち、全員でソイツを殺せ。あっさり殺すな? なぶり殺せ」
「クロイロハ! クロイロハアザミィ! 貴様、なんてことをっ!」
「奴隷が僕に歯向かうんじゃないよ」
「があああっ!」

 フィリオの非難を強引に封じ込め、アザミは全員を動かし、俺を取り囲ませる。
 ――見えた。
 全員の、悲しそうで、絶望に染まっていて、そして――助けを求めている顔が。

 ふざけんな。ふざけんな。

 誰だ。俺をこんな目に遭わせたのは。誰だ。俺の仲間をこんな目に遭わせてるのは。
 怒りだ。凄まじい怒りが全身を漲らせ、加速的に思考回路を回転させる。
 自分で動くことが出来ないなら、誰かに強制的に動かしてもらえればいい。そう。アザミがみんなにしているように。傀儡。そう、傀儡だ。

「――ポチ」

 俺はテレパシーをポチに送る。
 ポチも俺の《ビーストテイマー》の能力を介してだろう、動けない様子だ。

『どうした』
「時間がないから端的に言う。雷は使えるか? 俺の身体に戻れるか? どっちも一時的で構わない」
『……問題ないが、何を望んでいる?』

 分からない様子のポチだ。

『電撃に関しては攻撃出来る出力は望めんぞ? 私そのものはアヤツの下卑た力など通用しないが、主を介していることで行動がかなり抑え込まれている。そう、不思議なくらいに抑え込まれている』
「いや、使えるだけで十分だ」

 俺は答え、身体に戻ることを促す。
 すると、ポチが僅かに身体を光らせ、俺に入ってきた。ああ、なんか懐かしいな、この感覚。
 ポチと合体することで、俺は思考の共有を始める。ポチが戸惑う気配を見せたが、構わない。

「ポチ。俺の思考の全てに反応して電撃を発動させろ。それで――俺の身体を操れ」
『!? 主、何を考えている!? そんなことしたら、ズタズタになるぞ!』
「けど、今はこれしかない。早く!」
『――っ! わかった。後でたっぷりとブラッシングしてもらうからな』
「お安い御用だよ」

 恨み言に近い言葉を聞いて、俺は苦笑した。
 直後、電撃が俺の全身を駆け抜ける。激痛が脳神経を焼き切ろうと絶え間なく襲ってくるが、俺は全てを無視して命令を下し続ける。

 そして、身体が――動いた。

 直後、俺を囲んでいたみんなが攻撃を仕掛ける。
 みんな、ごめん。

 俺は素早く身体を起こし、高く跳躍して脱出する。
 全身から迸る電撃の残滓が僅かに空気を焼く。俺はその中で着地した。

「……――なに?」

 ゆらりと俺は構える。ポチが出力不安定だというだけあって、慣れるのに少し時間が掛かるな。動くのがやや過剰になる。
 俺はアザミの驚愕を無視し、自分の状態に集中する。

「バカなっ! 低レアリティが、R(レア)の分際でっ! どうして動けるって言うんだ!」
「うるせぇ。ヘドロみてぇな声出してんじゃねぇよ」

 素直に罵倒すると、アザミの顔が歪み、激情に染まった。
 薄っぺらいな。実に薄っぺらい。俺の怒りに比べたら、そんなもん紙切れ同然だぞ?

「この僕を罵倒だなんて……! 死ね! さぁお前たち、全員でやってしまえ!」

 この命令に一番最初に反応したのは、メイだった。
 俺は嬉しくなった。そうだ。それで良い。
 メイは涙を流しながら、大剣を構えて突っ込んでくる。そこにもう抵抗している様子はない。だが、その顔は信頼に満ちていた。

「ごしゅじんさまっ」
「ああ。任せろ」

 ぐるん、と俺が回転しながら軽く跳躍し、大剣の一撃を躱す。そのまま回転の力を破壊の力に映し、俺は縦回転あびせ蹴りをメイの延髄に叩き込み、一気に意識を刈り取った。
 伝わってくる手応えが、俺の怒りに注がれる。まるでガソリンのように。

「――!」
「おいコラ」

 俺は着地し、ハンドガンを構える。

「よくも人様の付き人に手ぇ出させたな。殺すぞ? いや、殺す。百万回殺す」

 脅しじゃないその宣言に、アザミの全身が戦慄いた。

「た、たった一人! それにソイツは奴隷紋を感応させただけ! 彼らは違うぞ! ほら!」

 いつの間に施したのか、みんなの額に奴隷紋が刻み込まれていた。

「彼らは死ぬまで動き続ける! 気絶させた程度じゃあ、止まらないぞ!」
「じゃあ殺すまでだ」

 俺が即答すると、アザミのメッキ塗れの表情が凍り付いた。
 俺はみんなに視線を送る。みんなはもう、覚悟が出来ている感じだ。

『主。アテナとアルテミスを起こした。その銃に宿したから高威力が期待出来るぞ。好きなだけ魔力は奪われるがな』

 ポチのアシストに感謝しながら、俺はハンドガンを構える。電撃が駆け抜けるために痛みが走るが、最初に比べると弱い。脳が痛みを感じることを拒否しているからか、何かしらの脳内物質が過剰分泌されて感知しなくなっているのか。
 どっちにしろ、この痛みも怒りだ。

 ただ、ただ、殺す。

 俺は怒りを籠めてハンドガンを構え、飛びかかってくる皆に向けて撃つ。
 凄まじい電撃の加速を経て放たれた弾丸は、過たずみんなの頭を撃ち抜いた。その額に浮かぶ奴隷紋ごと。

「なっ……なんの躊躇いもなくっ!」

 ああ、分かってる。異常だよな。
 仲間が仲間を殺して、しかもそれに対して躊躇いがなくて、むしろみんな笑ってるなんて。おかしい。狂ってるよな。でも、それをさせたのは誰だ。

「テメェが、なんでそう驚いてんだよ。さっきから薄っぺらいぞ」
「……!」

 歯ぎしりし、アザミは俺を睨み付けている。
 気付いてるぞ。それが演技であることも。左右から、お前の仲間が迫ってきていることも。
 俺はちらりと確認してから、僅かに重心を後ろに下げた。

 瞬間、左右の霧を切り裂いて、ダガーを両手に持った敵が現れる。容姿がそっくりな辺り、双子か。
 良い踏み込み、良い切り込み。鋭い狙い。
 どれもが、さすが高レアリティ、且つ、訓練されていると言える。

 けど、遅いんだ。今の俺には通じない。

 俺は振り子のように腕を振り、ハンドガンをまず左の敵に放つ。更にそのままターンして反対側の敵に向かってハンドガンを撃った。銃撃音、というより、稲妻が迸る音が響いて、左右の敵はほとんど同時に全身を何発もの稲妻に穿たれて倒れた。

「――なにっ!?」
「驚くな。頭、心臓、腹――急所を全部ぶち抜いただけだ。単なる即死だ」

 ああ、分かってる。
 驚いてるのはそこじゃないんだよな。なんで気付いてたんだってことだよな?
 更に言えば、お前の後ろからアーチャーが俺を狙ってるんだよな?

「これはもどきでしかねぇけどな……」

 言いつつ、俺は背中に収納していたアストラル結晶の刃を解放する。稲妻に感応させ、反発力で疑似的に宙へ浮かせる。速度は落ちるけど、操るのに不足はなさそうだな。
 ひゅ、と、矢が飛んでくる。
 やや弧を描いた矢は、上から俺に襲い掛かってくる。

 それを、刃で弾く。

「――!?」
「もういい、うざってぇ。全員でかかってこい」

 俺が低い声で挑発すると、周囲に展開していた連中の怒気が膨らむ。
 直後、残った三人が飛び出し、アーチャーも矢を連射してくる。
 突撃してきてくるのは、魔法を使おうとしている魔法剣士が一人、前衛で剣士が一人、槍使いが一人。たぶん俺の動きを前衛が止め、魔法と矢の多角同時攻撃で仕留めてくるつもりか。そこにアザミも入る感じか?

 けど遅いし、甘い。

 俺は雷の残滓を残して飛び出した。
 まずハンドガンを斉射し、前衛の後ろで魔力を高めている魔法剣士を狙撃する。足を撃ち抜き、次いで腕、そして心臓。
 その間に二人の前衛へ肉薄。
 剣士が素早い反応を見せるが、刃を二本繰り出してクロス、喉を切り裂いた上で心臓に刃を突き立てて沈黙させる。残った槍使いが迎撃の構えを見せたので、刃を繰り出すふりをして、直前で止めてやった。

「は?」

 唖然とした声の直後、後ろから刃がせり上がり、頚椎から貫通させて撃破。
 俺は魔力をチャージし、ハンドガンを放つ。腕が跳ね上がる程の反動の一射はレーザービームそのもので、アザミの後ろにいたアーチャーの顔面を穿ち抜いた。

 これで、全滅だな。

 ざざ、と、地面を乱暴に抉りながら俺は急停止する。軋む体の悲鳴が聞こえるが、無視だ。

「さぁ、次はお前だ。クロイロハ――アザミ」

 たった一人残されたアザミに、俺は全部の殺意をぶつけてやる。
 とたん、アザミの全身が強張る。

「ば、ばかなっ! くそ、くそ、くそくそくそっ! 僕の能力が本調子だったら、こんなことにはっ!」
「そんな言い訳、誰が訊いてやるかよ」

 冷たく言ってやると、アザミは唇を噛みながら刀を抜き放つ。

「ああ、そうだ。そうだね。言っても仕方がない。だから、僕はここで君を殺すっ!」
「やれるもんなら、やってみろ」
「言われなくてもっ!」

 アザミが地面を蹴って走って来る。
 俺はそれを遥かに上回る飛び出しで肉薄し、その憎たらしい顔面に拳を叩きつけた。同時に電撃が炸裂し、全身を叩いてから殴り飛ばす。

「っがっ!?」

 短い悲鳴。飛ぶ、血。
 地面に背中から叩きつけられたアザミは大きくバウンドし、無防備にまた地面に落ちて何回もバウンドしてから転がっていく。

「あ、が、が……!?」

 まだ。まだだぞ。
 俺の怒りはこんなもんじゃねぇ。仲間を――メイを。よくも、よくも。
 分かってる。これは私怨だ。アイツが戦術として効率を選んだ結果だってのも。けど、けど。アイツはそれで嘲笑った。身内が身内を傷付ける様を強要し、それを喜んだんだ。

「許されると思うなよ」

 死の宣告に等しい言葉を吐いて、俺は誓っていた。
 俺の全力で持って、ぶっ飛ばすと!

しおり