第百八十六話
綺麗な放物線を描いて池に落ちたライゴウは、かなりの水しぶきを上げながら泳いで岸までやってきた。
ざばぁ、とけたたましい音を立てて這い上がってきたライゴウには、大量の藻がくっついていた。どうやらかなり泳ぎにくかったらしい。
「おんし、ワシを殺す気か!?」
「アンタがそれを言いますかねぇ!? ついさっきまでアンタのせいで死にかけてたんですけど!?」
開口一番の抗議を俺は思いっきり言い返した。
どんなブーメランだよ、全く。
ライゴウは藻を取り除きながらぶちぶち言うが、俺は全て無視した。
「まったく、最近の若者は辛抱が足りんのう」
「何の事前の予告もなしにドラゴンの群れと戦わせる老人よりかはマシです」
言いながら俺はメイに視線を送る。このオッサンにはメイのキツい一言が一番効果がある。
メイは心得たように頷く。
「そういう無茶押し付けてくる人、嫌いです」
「ぐはぁああっ!?」
ぴしゃりとメイが言うと、ライゴウは膝を折ってその場に屈した。
「私たちはコントするためにこんな所へ来たんですかねぇ……」
その様子を見ながら、セリナが呆れた口調を零す。大分損耗しているようで、俺に色目を使ってこない。
まぁドラゴンと空中戦繰り広げたらそうなるわな。
ホント良く生き残れたもんだ。
この世界において、ドラゴンは超強力な種族だ。最強の種族ともなれば神獣と肩を並べるとも言われていて、魔物とは一線を画すし、魔族もそう簡単に手を出さない。
もし数が少なくなかったら、確実にこの世界を支配していただろう。
「その割には命張りすぎだけどな」
「その通りね……まったく……あり得ないわ」
ようやく復活したらしいアリアスが疲れた声を出す。応じて、フィリオたちもゆっくりと身体を起こした。クータの背中から降りたっきり動かなかったけど、どうやら無事らしい。
しばらく休憩しないと話にもならないので、俺は近くで実ってる果実――鑑定したら食べられる果実だ。甘いそうなので疲労回復も期待できる――を取って、時間を作った。
それでも食べられるようになるまでまず時間がかかったけど。
「それで、これからどうするんですか?」
ようやく輪を作って休憩を終えた頃、俺はライゴウに訊ねた。
「うむ。これから一つの任務をこなそうと思っておる」
「任務?」
訝ると、ライゴウは懐から一枚の紙を取り出した。
あまり質のよろしくない羊皮紙だが、僅かに魔力が宿っているのが見える。ってことは、依頼の紙か。
国からにせよ、個人依頼からにせよ、依頼は専門機関の掲示板に貼り出される。そこで手続きを済ませて依頼を受注するワケだが、その際、受注の証として依頼の紙を渡されるのだ。
つまり、ライゴウは今、冒険者としての任務を一つ請け負っていることになる。
「これじゃ」
ライゴウはその紙を広げながら俺たちに見せてくる。
「違法奴隷商人の、捕縛?」
文字を口に出して言うと、ライゴウは深く頷いた。
「どうやら帝国から流れてきた違法の商人のようでな。獣人が大量に捕まえられているらしい」
「獣人?」
おお、この世界にそんなのいるのか。今まで知らなかった。
ぶっちゃけて、今まで見たことがなかったから、存在するかどうか気にもしなかったとも言う。人口の多い王都でも一人としていなかったからな。
「なるほど、帝国の商人が我が国を通過して獣人の国へいって捕縛してて、それを連れて帝国へ戻ろうとしているのですね」
察しが良いらしいフィリオが言うと、ライゴウは頷いた。
「うむ。そのついでで我が国の農奴も被害に遭っているようじゃ。獣人の国からも要請があってな、討伐依頼が出たというワケじゃな。向こうは冒険者の体系がまだ整っておらんからなぁ」
うん、ここで口を挟むのはちょっと良くないな。後で調べてみるか。
推測するに、帝国と獣人の国の間に王国があるってことだろう。現状、帝国と王国は仲が悪いが、通行手形さえあれば出入国は可能だしな。
付け加えるなら、獣人の国はこの異世界でも発展途上国なんだろう。
しかし、それでも王国を通らないといけない、というのはリスクがあると思うんだけど。
「獣人国家は一次産業が主体ですからね……」
「奴らは人が好過ぎるからな。簡単に捕縛されてしまうのが難点じゃな」
「そうなんですか?」
言うと、ライゴウは珍しく沈痛な表情を浮かべた。
「奴らは頭が良いんじゃ。それに身体能力も高いからな。それに王国とは長年友好関係にある。故に随分と保護してきてたんじゃが、ここ最近、ようやく独立の機運が出てな、王国としては独り立ちしてもらって、対等な国家として交易したい狙いから支援しとるんじゃ」
「けど、それに異を唱えているのが帝国なのよねー」
うんざりした様子でアリアスが口を入れて来た。
セリナとフィリオも同意するように頷き、エッジとアマンダも同意する。さすがに有力貴族だけあって、そういう情勢には詳しいのか。俺が疎すぎる、というのはとりあえず抜きにして。
「帝国は獣人を認めてないからな」
「奴隷制度を容認してるっていうのもあって、獣人は奴隷としか思ってないのよ。それで批難声明を何度も出してるけど、てんでダメね」
「もっとパワーバランスが大きかったら違ったんだろうけどなぁ」
フィリオの言葉にアリアスが引き継ぎ、アマンダがため息交じりに言う。
こいつら、子供のくせに色々と考えすぎじゃねぇか? 将来の頭髪具合が心配にならないんだろうか。って幾ら何でも失礼だな。
「というワケじゃ。獣人と王国の友好関係のためにも、奴等のキャラバンはここで殲滅する」
王都の農奴を攫った、という大義名分があるからか。
それにしても疑問だな。幾らなんでも王国で人攫いするなんて、すっげぇリスクあることだろ? そんなことするのか? よっぽどの考えなしなのか、それとも帝国が王国を挑発しているのか。
「それは構いませんけど、それが俺たちの修行とどう繋がるんですか?」
「うむ。この討伐そのものの難易度は侮れんぞ。何せ戦闘奴隷までおるからな。調査では
つまりそれは何よりも実戦的、ってことか。
「つまり、一枚も二枚も洗練された帝国式の戦闘スタイルとぶつかれる、というワケじゃ。対抗戦において帝国は一番のライバルになるからな。対策を取っておくに越したことはあるまい?」
なるほど、それが狙いか。それなら理解する。
ライゴウとは思えない知的な物言いに、俺は少し感心した。っていうか当たり前か。剛毅豪胆でまっすぐだからこそアホに見えるけど、決して額面そのまんまじゃあない。何十年と最前線に立つ歴戦の猛者だ。
学ぶべき点はしっかりとありそうだ。
「故にまずは帝国式の戦闘に触れて慣れて、対策を練ること。それともう一つ」
ライゴウはゆっくりと立ち上がると、大剣をすらりと抜いた。
「おんしらには、もう一段階進化してもらう」
「進化?」
「うむ。おんしらは既にある程度の力があり、己の戦闘スタイルというのもある程度確立しておる。じゃがそれはあまりに未熟。何故ならば、それは既存のスキルを使っているだけにすぎん。本来であれば二年目、三年目にかけて覚えていくことなんじゃが……特別に教えてくれよう」
大剣に、バチバチと稲妻が迸る。おいおい、もう魔力が回復したのか? まさかライゴウも自動回復持ちじゃねぇだろうな。いや、充分に有り得るんだけど。
顔を引きつらせる間に、ライゴウはとんでもない雷を大剣に宿した。
「雷轟剣っ!」
放ったのは、ライゴウの代名詞とも言える超破壊の剣技。どこぞの環境保全団体がいれば間違いなく抗議にやってくるだろう規模で、森の木々がなぎ倒されていく。
さすが、ドラゴンを一人で仕留めるだけはある。
あまりの破壊力に誰もが唖然とする中、ライゴウはニヤリと笑いながら振り返る。
「これはワシのオリジナルスキルじゃ。これは、ただのスキルから昇華させて強くしたものじゃ」
「昇華……」
「そうじゃ。おんしらには、《スキルの昇華》をしてもらう。並大抵のことじゃあないから、必ず成功するワケではないが――それでも、一助にはなるじゃろうて」
言いながら、ライゴウは首をコキコキと鳴らしてからストレッチを始める。
「ということじゃ。今からいくぞ、今から」
「「「今からっ!?」」」
一斉に抗議の声を上げるが、ライゴウはどこ吹く風だ。この胆力はどこで養ったものなのか。
「当然じゃ。今のおんしらはボーナス状態、そして極限状態。やらん手はあるまい」
その正論すぎる言葉に、俺たちは誰も反駁できなかった。
こ、これは別の意味で生き残れるかどうか怪しいぞ。
ハインリッヒとは一味違う特訓だと覚悟して、俺はごくりと喉を鳴らした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、二週間後。
対抗戦の日を迎えた。場所は王都と帝国の国境にある、今は使われていない学園の敷地を使う。ここで行われるのは、チヒタ島の、アレンが経営する宿と同じフィールドが展開されるからだ。
維持と発動に膨大な魔力が消費されるので、帝国、王都、両方から提供されないといけないらしい。
確か、アレンもバカにならないとか言ってたもんな。
ここはその範囲がアレンのところとは桁違いなので余計なのだろう。
ちなみにそこまではクータに乗って移動した。そりゃもう、現地集合だってことを良いコトに、前日まで特訓を受けてたからだ。
仕方なく俺たちは疲労回復に効果がある温泉地まで移動し、療養してからそこからクータに乗って駆け付けることになった。
ちなみにキッチリと奴隷商人たちはとっちめてある。みんな魔力少なくて苦労したけどな。でもそのおかげで、かなりの収穫は得られた。こう言ってはなんだが、ちょっと無敵感がある。
「遅刻ギリギリとは、お前ららしいと言えばらしいな」
待ち合わせ時間ギリギリで到着すると、担任は苦笑しながら迎えてくれた。
すぐに俺たちは学園の敷地内にある闘技場へ入り、控室へ案内された。そこで着替えながら簡単な説明を受けていると、もう呼び出しを喰らう。
バタバタしながら俺たちは準備を終えて、送り出された。
控室からフィールドまでは一直線だ。他国の連中とは出会わないよう、壁が出来ているのがありがたい。
「とにかく、サバイバル戦だからな。足元すくわれるなよ!」
廊下で担任が叫んできて、俺たちは全員でサムズアップを送る。
自信に満ちた表情でやってやると、担任も安堵したか、胸を撫で下ろした。
「よし。勝って来いよ、教え子ども!」
そう送り出されて闘技場へ出る。
瞬間、とんでもない歓声に耳を貫かれた。うわ、なんだこの観客数は!?
見渡して、俺は少し驚いた。
この闘技場はかなり広い。サッカーでも軽く二面は取れるんじゃないかってぐらいだ。そんな規模なのに、観客席は満席だった。
「対抗戦は全七か国で行うからな。観客もそれだけ集まってくるんだ」
もう歓声が怒号のようで、地面を震わせてくる中でも、フィリオは冷静に言ってくる。
「まぁ国の威信をかけてるわけだし、同世代の最強連中がやってくるものね。そりゃ応援にも気合いが入るってもんでしょ」
「でも騒がしいですねぇ。さっさと終わらせましょう?」
アリアスとセリナは髪型を整えながらしれっと言い、アマンダとエッジもリラックスしている様子だ。
ホントーにこういう場面は慣れてるんだな、お前らは。緊張したの俺だけかよ。
いやまぁ、あまりにみんなが平常心過ぎて俺も落ち着いたんだけどな。
俺はため息一つ入れてから、みんなを見渡した。
「まぁ、なんだ。俺がリーダーやるってのも変な話だけどさ」
これはライゴウの指示だ。
実際、戦局を見極めるという点で、俺はみんなより優れてるし、戦いになれば俺はサポート役になるからな。だったら司令塔になった方が効率が良い。
「目下のところ、俺たちの敵は帝国だ。けど、いきなり帝国と戦って疲弊して、他国に潰されるっていうのは避けたい。きっと帝国の連中もそう思ってるはずだ」
「だから、最初は他国と戦うってことだな?」
「ああ。バトルロワイアル形式だから、どうなるか分からないけどな……だから臨機応変に戦うけど、基本的にはそういう手筈でいくぞ」
俺がそう言うと、みんなは頷いてくれた。そして、隣にはポチとメイがやってくる。
クータはずっと全力で俺たちを輸送してくれたのでお留守番である。
『れっでぃ――――――――――――すっあ――――――――――――んどじぇんとるめぇんっ! お待たせいたしました! ただいまより、国別学園対抗戦の開始です!!』
実況まで用意されているらしい。
けたたましく響いたマイクの音に、観客席が更に沸いた。
実況は滑らかな口調で各国のメンバーを紹介し、早々に進行していく。
『さぁ、生き残りをかけたバトルロワイアル! 開始だぁぁぁぁ――――っ!』
決戦の幕は、切って落とされた。