第百八十七話
ドォン、と銅鑼の音が鳴り響き、全員が一斉に動き始める。
俺たちの編成は、上級生たちと行った模擬戦の時と基本的には変わらない。
まずは左翼のフィリオ、アリアスペア。右翼はアマンダ、エッジペア。遊撃隊として俺とメイ、そしてセリナがサポート体制だ。
ポチはテイムした魔獣扱いで、俺のそばにいる。
ちなみに今のポチは仔犬モードだ。アテナとアルテミスが睡眠時間に入ったらしく、ポチの中に入り込んだためだ。睡眠時間は授乳の時間でもあるようで、力が抜かれるのだとか。
それで俺への力の供給でいっぱいいっぱいになるそうだ。
この関係で、ポチは優秀なレーダーとして働いてもらうことのした。
もちろん俺も《アクティブ・ソナー》で逐一戦況確認するけど。でもポチの方が優秀だしな。
「──なんだ?」
最初の一発目を放ってから、俺は違和感を覚えた。
なんだ、いきなり連中が集結し始めてる?
『ほう、そう来たか』
興味深そうにポチが言う。
視界の先に、俺たちの倍以上の人数が押し寄せてきた。
これは──!
『おぉぉおおおおっと────────! ここで王国、帝国以外の全員が同盟を組んだぁぁぁ────っ!』
実況の声が響いて、俺は理解した。
この対抗戦はバトルロワイアル。自国のチーム以外の全員を殲滅しなければならない。だが、だからって協力してはいけない、とはならないのである。
強敵を前にして結託し、数を揃える。それは立派な戦術だ。
って言っても相手は国の代表だ。油断できる相手ではない。しかも上級生だ。今年、一年で出場するのは俺たちだけだからな。
故に、相手に
俺は素早く相手の戦力を確認する。
こっちは合計で一七人。二か国+三人だ。一つの国は半分に別れたんだな。ってことは帝国には一八人向かってるってことか。
『ここ数年見ることのなかった協力戦術! これはさすがの王国と帝国も一筋縄ではいかないでしょう!』
実況の声が流れる中、俺は全員にアイコンタクトを送る。
甘く見てもらっては困る。対多数戦であれば、こっちはしっかりと経験を積んできているのだ。むしろ得意!
下手に一か国ずつ相手取って、横槍とか向けられるよりやりやすいというものだ。
「全員ブッ飛ばすぞ!」
「「「おおっ!」」」
俺の声に全員が返事をする。
まずは先制攻撃からだ。素早くセリナがビャクテイシロオオワシの背中に乗って浮上し、キマイラとウィンドフォックス、ガイナスコブラを展開した。
「《ビーストマスター》がいるぞ!」
「打ち落とせ!」
分かりやすいセリナの示威行動に相手も反応する。
即座に魔力が高まり、一人がボウガンを、一人が弓を構えた。
──上空に気を取られたな!
俺は即座に魔力を高めた。
「《ベフィモナス》っ!」
地面を踏みしめながら魔法を発動させ、連中の地面を砂に変化させる。同時に生えていた雑草が急成長し、くるくると連中の足に絡み付く!
「「「おおおっ!?」」」
あがる悲鳴。
誰もが足を取られ、姿勢を崩す。
「《エアロブルーム》っ!」
過たずアリアスが風の上級魔法を放った。
「《ストレンジ・エアロガード》!」
だが相手にも冷静な奴がいたらしい。
暴風に暴風をぶつけ、凄まじい風を周囲へ撒き散らさせながらアリアスの呪文を相殺させた。
衝撃波を伴う炸裂音の中、間髪入れずセリナがビャクテイシロオオワシに命令して風を起こすが、やはり防がれた。
耳を圧迫してくる猛烈な風の応酬の間に、相手も立て直してくる。その動きに無駄は少ない。
伊達で代表にはなってないってか? けど、統率はまだまだって感じだな!
「《バフ・オール》」
俺は支援魔法を発動させる。
光が周囲に広がり、みんなのステータスを底上げする。これでタイマンで負ける理由はない。
「相手は寄せ集めだ! 隙をしっかり突くぞ! メイ! アマンダ、エッジ! セリナ!」
名前を呼ぶだけで、意図が伝わる。少ない時間で、事前に打ち合わせていた作戦暗号の一つだ。
直後、メイとアマンダ、エッジが飛び出す。
まずメイが大きく魔力を膨らませた。
「《炎轟剣》っ!」
その魔力を大剣に伝え、メイは膨大な炎を宿す。猛火に等しい赤を纏わせながら、豪快に剣を振り下ろした。
地面が叩き割られ、猛々しい炸裂と破砕音を周囲に撒き散らしながら、炎と衝撃波が生まれる!
ごう、と熱風が届く頃には、破壊は敵連中に向けられていた。
この技は、ライゴウ直伝のパワー型専用のスキルだ。さすがに破壊力は抜群だな!
その隣で、アマンダもまた長剣に炎を宿して《不死鳥》を放ち、エッジも全身に炎を纏って二本の大きい腕を出現させる。
たちまちに耳目が集まり、誰もがメイたちへ警戒する中、セリナも威嚇で風を放つ。
「《ストレンジ・エアロガード》!」
「《ストレンジ・フレイムガード》!」
素早く連中が防御魔法を展開し、渦を巻く業火と風を受け止めて弾いた。とはいえ、その防御魔法も一撃で粉砕である。
衝突した風が吹き荒れる中、俺はフィリオとアリアスに隠蔽魔法をかける。
存在感を薄くしたところで更に気配を殺し、俺たちは突撃を開始したみんなの影に隠れる。
「いやあああああああっ!」
メイが裂帛の気合いを放ちながら飛び出し、剣を構えた二人に向かって大剣を振り回す!
暴風としか思えない横薙ぎの一撃が、あっさりと二人の剣士を薙ぎ飛ばす。
だが、その振り抜いたところを狙って槍を構えた女騎士が飛び込んできた。
その鋭い動きは完全にメイの虚を突いたもので、メイも反応を遅らせる。切っ先は明らかに急所へ向けられていた。
回避は、厳しいな。
俺は即座に判断し、メイの斜め後ろから加速して割り込む。同時にハンドガンを放ち、女騎士を弾き飛ばす。
「うがっ……!?」
苦悶の声を上げて女騎士が倒れる。俺は更にハンドガンを撃ってトドメを刺した。
「ご主人様!」
「フォローはするから、メイは好きなだけ暴れろ!」
「はい!」
メイにそう答え、俺はまた気配を殺す。
一方で、フィリオも攻撃を開始していた。
「《雷神連》っ!」
フィリオは連続で瞬間的に加速し、三人を一度に斬り払った。
そこへアリアスも飛び込み、一気に二人を仕留める。
「おらあああああああああっ!」
混乱が起こる中、四本腕のエッジが突撃して殴りかかっていく!
腕を唸らせ、弓を構えた一人を投げ飛ばし、更に自慢の格闘術で大男を撃沈させ、凄まじい回し蹴りで上空へ打ち上げる。
そこへアマンダが痛烈な斬撃を飛ばし、完全に息の根を止めた。
その派手な動きにまた俺とフィリオ、アリアスの存在感が薄くなる。
『おおおおお!! これは素晴らしい! 圧倒的なチームワークで同盟チームを蹴散らしていく!』
実況の声が響き、焦りが相手に滲み出る。
それでも戦意が途切れないのは代表としての矜持か何かだろうか。
「なめるなっ!」
飛び出してきたのは、全身を鎧で固めた大柄の騎士だ。漲り魔力と強さを感じて、俺は即座に《鑑定》スキルを使う。表示されたステータスに、俺は
なるほど、強いな。
向こうのエースらしく、おそらくサポートメンバーだろう連中が脇を固めるように配置付く。
このチームワークは、中々っぽいな。
どう打ち崩すかと考えると、すぐにフィリオが前に出た。
「俺が戦うよ」
戦意を漲らせ、フィリオはまっすぐに相手のエースを睨みつけた。
「一対一だ!」
「……上等だっ!」
剣の切っ先を向けられ、相手も応じる。
だが俺は見抜いていた。相手にそのつもりがないことぐらい。何せサポートメンバーの連中の殺意がこれっぽっちも引いてないからな。
目線を送ると、フィリオも分かっている様子だ。
と、なると、だ。
俺は密かにセリナへ指示を下す。
相手がそうくるなら、こっちも動くまでだからな。
「行くぞっ!」
「正面からこの俺様に挑んで、勝てると思うなよっ!!」
フルプレートメイルの騎士は大剣を引っ提げて吼える。
地面が窪む勢いで蹴り、凄まじい加速でフィリオへ肉薄していく。体格もあって、まるで戦車だ。
「せいっ!」
間合いに入った直後、騎士が剣を振るう。一見豪快だが、キッチリと狙いがつけられているし、スピードもパワーも十分に乗っている。それだけでなく、キッチリと魔力も籠められていた。
直撃を喰らえば、確実にやられる。
なるほど、言うだけのことはある。けど、それでも遅い。
「おおおおおっ!」
雄たけびを上げて、フィリオの全身に魔力が漲る。同時に雷が迸り、剣に宿っていく。
「《雷衝剣》っ!」
解放したのは相手の衝撃を弾く剣の一撃。
空気が強く弾ける音と剣戟が重なり、相手の大剣は大きく弾かれた。だが衝撃の全てを殺せなかったようで、フィリオも弾かれる。
って、あんなバカみたいに重そうな一撃を、正面から受け止めて弾くか!
これもライゴウ直伝のスキルである。
「《ヴォルド・ワンレイル》!」
姿勢を崩しながらも、フィリオが魔法を放つ。
駆け抜けたのは一本の雷条で、刹那にしてフルプレートメイルを撃った。
「がっ!?」
「はっ!」
直撃を受けた相手が悲鳴を上げる中、フィリオが素早く姿勢を取り戻す。
瞬間、相手の周囲の殺意が限界を超えた。
同時に二人が飛び出し、ナイフを不意打ちに投擲してくる!
やっぱり妨害してきたか!
「甘い」
予想していたらしいフィリオは、すかさずナイフを撃ち落とす。
だが、その間にフルプレートメイルが体勢を取り戻す。普通なら電撃で痺れて然るべきだが、あの鎧に耐性があるのだろう。
「はああああああっ!」
またフルプレートメイルが気合を入れて攻撃を仕掛ける。だが、その威力は低い。
フィリオは相手が攻撃する直前、一歩後ろに下がって相手のタイミングをずらしていたのだ。
タイミングをずらされた相手は隙だらけだ。
「次はさせねぇぞ」
「させませんねぇ」
またもや周囲が動こうとした瞬間、俺はハンドガンで二人を射抜き、セリナが上空から躍りかかって一人を爪の餌食に、もう一人をガイナスコブラで締め上げる。さらに抵抗しようとした一人は、キマイラに飛びかかられて敢え無くご臨終だ。
「《雷神》」
その間にフィリオが動き、全身を発光させて間合いを詰め、相手に反撃の機会を与えないまま斬り飛ばす。
鋭い一撃は鎧をへしゃげさせ、ダメージをダイレクトに貫通させた。
さらにフィリオは《雷神》を連打して斬りかかり、あっという間に血祭りにあげた。
「っがぁっ……!」
短い断末魔。
圧殺とも言える光景に、残った一人はその場にへたりこんだ。
なるほど、フィリオはこの精神的制圧も狙っていたのか。
後はもう言うまでもない。
勝負はあっという間についた。
「やったわね……」
「一瞬ヒヤっとしましたけどねぇ。さすがグラナダ様です」
アリアスが汗を拭い、安堵する。セリナも同調してきたが、俺は警戒を解かない。
まだバトルロワイアルは終わっていないのだ。
「油断すんな」
俺は短く気の緩みを咎め、息を吐く。
「まぁ、今回は相手の作戦ミスだな。もっとしっかりと作戦組んでたら別だったろうけど。寄せ集めだったからこそ、バラバラで本来の力を出せなかったんだろ」
その点、こっちはバッチリだからな。
チームワークの差が浮き彫りになった結果だ。人数は集めれば良いってもんじゃないってことだ。
『主』
「ああ。向こうも終わりそうだな」
ポチの声を受けて、俺は向こう――帝国側を見る。
向こうも同じようにあっさりと連中を駆逐したようだ。実況が叫び、その強さを湛えている。
『さぁ、今年もやはりこの二強! 帝国対王国! ここ数年は帝国が一歩リードしていますが、果たして今年はどうなるのか! 王国はなんと期待の一年生ルーキーズですからね! その実力は他国連合を蹴散らしたことからお墨付き! 今年こそは、と気合が入っている様子です!』
そして俺たちが距離を開けて対峙すると、実況が煽り文句を入れてくる。
観客も乗せられて沸き上がり、また耳をつんざくような歓声が起こった。
その間に俺は《アクティブ・ソナー》を撃って連中の強さを確かめる。ここまで遠距離だと《鑑定》スキルは使えないが、反応である程度は分かる。
「一番ヤバいのは、あの先頭に立ってる男だな」
声を低くして俺は言う。
アシンメトリーながらも切りそろえられた黒い前髪に、超がつく美男子の容姿。服はまるで白い学ランのようだが、その手に持つ刀は刀身まで真っ黒だ。
名前は――確か、クロイロハ。クロイロハアザミだ。
睨みながらもじっくりどう出るかを考えていると、相手方の魔力が急速に膨れ上がった!
「気を付けろ! くるぞ!」
俺は警戒を籠めて指示を出した。
こっからが本番だ。