第百八十三話
《国別学園対抗戦》。
それは学園どころではなく、国の威信をかけたイベントでもある。
つまり、この対抗戦は、国力を示す大会でもあるわけだ。
毎年、王都は上位勢に食い込んでいる。ハインリッヒがいた三年間は毎年優勝をかっさらっていたようだし、担任も一位を経験したことがあるとか。
そんな強豪だが、ここ最近は不振らしい。去年こそギリギリまで接戦を繰り広げたらしいが、帝国に一位を奪われたそうだ。
学園としても、ハインリッヒ──黄金世代の再来とまで言われる俺たちの代を出場させて、なんとか一位を奪取したいところなのだろう。
帝国とは仲が悪いからな。特に最近、いろんなところからちょっかいかけられてるそうだ。地味に緊張具合が上昇しているとも聞く。
「どうしました、グラナダ様。浮かない顔ですねぇ」
「いや……なんかそういうの、あんまり好きじゃないから」
言ってしまえば政争の一部である。
本来、冒険者の目的であるコトとは違うと思うんだよな。まぁ冒険者が活動しやすい環境を整えるために必要なことなんだろうから、無駄ではないんだろうけど。
どうしても良い気はしない。
「まぁグラナダ様が出ますと相手は全滅確定ですものねぇ」
「そういう意味じゃないし、そんなことにもならねぇよ」
幾らなんでも無茶だ。
セリナの何故か色っぽい視線を躱しつつ、俺はため息をつく。
「でもまぁ、対抗戦っつってもメンバーは選抜だろ? 確か付き人入れても七人まで。レアリティ的に考えて、まず俺が選ばれることはねぇだろ」
「あら、それはどうかしらね」
頭の後ろで手を組みながら言うと、アリアスが異を唱えた。
「だってあんた、模擬戦で先生に勝ったんでしょ? それってまだ誰も成し遂げてないことよ?」
「……あ」
俺は思わず声を出していた。そう言えばそうだ。
ちなみに模擬戦のことはセリナたちは知っている。隣の部屋にいたからな。
「いや、でもそれは内密にすることで決まってるし」
このことは外に出さないよう、俺から担任にお願いはしている。俺の目的はあくまでも田舎村の復興だからな。下手に目立って色んなことに駆り出される、なんてことになったらシャレにならん。
担任もそのことは理解してくれていて、アレンも口を噤んでくれることになっている。
「だからって、それが先生の内心の評価にまで影響するの?」
「ぐっ!?」
痛すぎるところを突かれ、俺は思わず唸った。
「まぁあんたの付き人にはメイちゃんもいるしね。選ばれる可能性は限りなく高いわよ」
「……一応訊くけど、辞退は?」
「分かりませんけど、そんなの前代未聞だと思いますねぇ。そんなこと」
ですよねー。
俺はガックリと肩を落とした。
願わくば、それが現実にならないことを祈るしかないな。
「お、いたいた。みんな集まってるな。夜にビーチでバーベキューやるらしいから、準備してくれだってさ。船は用意してあるぞ」
やってきたのはアマンダとエッジ、そしてフィリオだった。
時間的にはもう夕方で、今から移動しないと間に合わなさそうだった。
「分かった、すぐに行く」
返事をしつつ俺は移動を始める。みんなもぞろぞろと後をついてきた。
それから専用の船に乗る。一見、変哲もない小舟だが、カラフルなハイビスカスみたいな花があしらわれているし、使っている材木も高級品だ。底にはマットも敷かれていて、乗り心地は最高だ。
細かいところまで心配りが行き届いた船でゆっくりと移動を始める。自然の風を感じながら海の音を聞いていると、優雅というか、時間がゆっくり流れてる感覚になるんだよなぁ。
「「「た、たすけてぇぇぇぇぇぇぇ――――――――っ」」」
そんなひと時を妨害する無粋な悲鳴が重なった。
なんだなんだと思って見やると、静かなはずの海で水しぶきが上がっていた。目を凝らすと、上級生たちだった。何故か溺れそうになっている。
あれだけの人数だったら一人や二人、泳げないってヤツがいてもおかしくないが、全員がそういう状態なのだから明らかにおかしい。
「なんだ、アレ」
思わず怪訝になると、みんなも同じ様子だった。
「「「お、重りをっ! 重りをせめて軽くしてぇぇぇぇぇ――――――――っ!!」」」
響いてきた悲鳴に俺は全てを察する。
上級生たちの近くには船が一艘あって、笑顔のアレンがいた。こっちには聞こえてこない声量で何かを言っているが、なんとなく分かる。
「ほら、死にたくないなら頑張りなはれ」
とかなんとか言ってるぞ、アレは。
何であんなことをやっているのかまるで理解出来ないが、訓練か何かか、命令に背いてサボるか何かして罰を受けているのか、どっちかだろう。
どちらにせよ助ける義理はないので無視である。
「な、なんというか……」
「ご愁傷様って感じかしらね」
顔を引きつらせるフィリオに、アリアスはドライに言い放った。
「ま、今までサボってたツケだな」
「そういうことだな」
エッジとアマンダまで冷徹である。いやまぁ同意見だけど。
唯一フィリオだけがどこか同情めいた視線を送っていたが、地味に上級生を一番ぶちのめしていたのはフィリオである。
「ま、忘れろ忘れろ。最後だし、バーベキュー楽しもうぜ」
「そうですねぇ。最後のバーベキューは最高級の食材が使われると聞いていますし、楽しみです」
エッジがそう言うと、セリナが嬉しそうに顔を綻ばせた。あ、可愛い。
ホント、素の笑顔はこんなに可愛いのになぁ。
「あらグラナダ様。どうされましたか? 私と子作りする決心がついたんでしょうかねぇ」
「いえ、ついてません」
俺は一瞬で下方修正をかけて即答した。
とにかくバーベキューだバーベキュー。楽しまないとな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――???――
終わりがやってくる。黄昏時、魔力が満ちる時、逢魔が時の刹那。
ボクはその一瞬を好む。
文化の極みである歌を口ずさんで、ふと空を見上げると、星空と夜空と夕空が混じり合っていて、なんとも言えない感覚をボクに落とし込んでくる。この切なさを何と呼べば良いのだろうか。
「……っと」
せっかくの良い雰囲気なのに、無粋な気配が邪魔をしてくれる。
不快だな。
ボクは目を細めて、見上げていた顔を下ろす。寂れた森なのは木々の密度が高くないこともあるが、針葉樹林というのも大きいと思うかな。
その中で姿を見せたのは、夜盗にしか見えない薄汚く野蛮に武装した連中だった。あまり手入れのされていない、血錆びの鉈や斧、剣を握っていて、無駄に筋肉をひけらかしてくる。
「へぇ、ここの連中は客人をそうやってもてなすんだ?」
挑戦的に言ってやると、周囲を囲む連中の敵意が強くなった。誰一人威嚇してこないのは、したくても出来ないからだ。何せ、全員の喉に切り裂かれた痕が残っている。
いわゆる戦闘奴隷、という存在だろう。
ロクなことをしてこなかった弱小の冒険者たちのなれの果てでもある。
ボクはため息を漏らした。
こんな弱い連中に囲まれたところで、ボクが臆するとでも思っているのだろうか?
だとしたら、不快だ。ひどく不快だ。
「とりあえず、君たちの親玉に用事があるんだけど、通してくれるかな? ちゃんとアポも取ってあるはずなんだけど」
「ええ、聞いておりますよ」
ようやく人の声がした。
ざ、と戦闘奴隷が道を開け、一人の人間を露わにする。こちらは白いゆったりした服装だ。どこか大陸系の感じを思わせるが、何よりもその表情にボクは引き付けられた。
なんて慇懃無礼な表情だろう。
一見人当たりが良さそうだが、その実人をバカにしているような軽薄な笑顔だ。実に虫唾が走る。
「ですが、内容が内容だったのでね? 帝国出身のエリート様が、我らのような卑しい卑しい奴隷商人の元締めになんの用事かとも勘繰りたくもなりますし、そもそも罠の可能性も疑いますし」
「……それでこの対応ということ? 条件は悪くなかったはずだけど?」
「だからこそ、ですよ」
男はニタリと笑いながら、成金趣味な眼鏡の位置を調整する。
「――闇を知らぬガキが。知った振りをして我らの世界に立ち入るのではない」
「そうか、それが答えか」
ボクは失望を口にする。せっかく金を払おうと言っているのに、それに乗ってこないなんて。
「だったら、力づくで言う事を聞かせるまでだよ」
「ガキが……《レアリティ》が高いからって調子に乗らないことだ。貴様を殺す方法など、いくらでも――」
もう、その薄汚い言葉を聞くのも飽きた。
ボクは全身に魔力を漲らせ、波紋のように周囲へ広げる。
「命令は絶対だよ?」
生まれたのは、仄かな風。
「《ボクの名はアザミ。クロイロハ――アザミ》」
それだけで、全員が跪く。ボクに頭を垂れ、誰もがボクが王だと称える姿勢を取った。
当然だ。
僕の力は、帝王の力なんだから。
「さぁ、案内してくれるね?」
そう言うと、さっきまで汚い口調で話していた男はゆっくりと顔を上げた。