第百六十六話
――グラナダ――
地面を蹴る。
限界まで強化した
「早いなっ!」
鋭く息を吐きながら、アザゼルは飛び上がる。
逃がすかよ!
俺は背中に収納していた刃を解放しつつ魔力を高める。
「《ヴォルフ・ヤクト》っ!」
解放した刃が超加速し、刹那にしてアザゼルを狙う。
だが、同時に真横から気配が生まれた。
アズラエルだ。鬼の形相で腕を俺に伸ばしてくる。俺は即座にハンドガンを向けた。
「がっ!?」
高速の連射攻撃は過たずアズラエルを貫く。そこへ、全身に炎を纏ったメイが躍りかかり、背中から大剣を叩きつけて地面に沈める!
鈍い音を残し、アズラエルは地面にクレーターを作った。
「おやおや、ひどいなぁ」
絶対そんなこと思っていない声の調子だ。
俺は高めた魔力を解放する。
「《エアロ》っ!」
発動させたのは、上から叩き潰す重力の魔法。だが、アザゼルはその見えざる鉄槌に指先を向け、夥しい魔力を放ってからその風を粉砕した。
発動させてから殺す。さすが上級魔族だけはある荒業か。
挑発的な笑みを浮かべるアザゼルに、俺は跳躍する。
「集中を使う魔法でなければ空を飛べない君が、この翼を持つ僕と空中戦を挑むの?」
「《エアロ》っ!」
「だから無駄だよ?」
俺はもう一度風を放つ。だが、アザゼルは指先を動かすだけで風を散らした。当然だ。ただの強風だからな。
けど、それでも防いだ。それが何を意味するのか。
「消えろっ!」
刃が閃き、左右からアザゼルを襲い掛かる。
「全くもう」
ため息をつきながら、アザゼルは周囲にガラスのような盾を展開し、刃を受け止める。ガキン、と、甲高い金属音を響かせた直後、見えない盾はひび割れていく。
やっぱりか。
俺は風を操作し、ゆっくりと着地する。
「ッガアアアアアアアっ!」
同時にメイを剣ごと弾き、アズラエルが起き上がる。
雄叫びを上げて突進してくるアズラエルへ、俺は刃を向けた。
刹那の加速を経て刃は広角的にアズラエルを襲うが、一瞬の反応を見せて回避して見せる。さすがの反応だ。俺はそこにハンドガンを連射し、アズラエルに一旦距離を取らせる。
「攻撃してくるなら、僕もやっちゃうよ?」
宣言の通り、上空のアザゼルが翼を広げた。
間髪置かずに俺は地面を蹴る。雨のように降ってきたのは、蒼い羽根だ。
軽い音を立てて羽根が地面に突き刺さり、どろり、とその地面を黒に染め上げていく。間違いない、瘴気だ。喰らったらシャレにならんな。
「あはは、良く気付いたね。そうだよ、当たったら死んじゃうよ?」
気の抜ける調子で言いながら、アザゼルは空を飛びながら次々と羽根を飛ばしてくる!
「《エアロ》っ!」
俺は即座に魔法を放ち、迫りくる羽根どもを乱していく。それでも通り越してくる羽根は、刃で全て迎撃した。もちろんメイを守ることも忘れない。
更に俺はハンドガンを撃つ。
高速の魔法の弾丸はこっちへ降下してきているアザゼルの顔面から全身を撃った。
「っつぅっ!」
射線の雨に晒され、アザゼルは慌てて飛び退く。
さっきまで執拗な程防御をしていたくせに。思いながらアズラエルを見ると、メイの攻撃を慎重な間合い取りをしつつ回避していた。こっちはさっきまで猪突猛進していたのに。
もう分かりやす過ぎて、俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「メイ、こっちへ」
「はい」
メイが俺の指示に従い、俺の真横に立つ。
「お前たちのタネはもう分かった。これから全力で仕留めに行くから、覚悟しろよ」
「……タネ?」
「お前らは双子の魔族。一方が滅びるくらいのダメージを受けても、一方が無事ならすぐに回復出来る。だからお前らはダメージコントロールを慎重にする。同時に動いて同時に攻撃しているかのように見せて、その実、片方は堅守だ」
つまりそれは、同時に倒されればどうにもならないことを意味していて、単体ではそこまで強くないということも意味している。元々推測は出来ていたが、今回で確信が持てた。
俺は即座に動く。
「それが分かったところで、どうするつもりなんだい?」
「同時に潰す。それだけだ」
宣言してから、魔力を高める。
「《バフ・オール》」
高めた魔力を解放し、メイにバフをかける。メイは
もちろんそれだけ限界が来るのが早くなってしまうが、俺がしっかりフォローすれば大丈夫だ。
「頼むぞ、メイ」
「はい。大丈夫です、ご主人さま。私だって怒ってますから」
力強く頷いて、メイは大剣を構える。アストラル結晶で出来たそれは、メイに呼応して虹色に光る。
「やれるものなら、やってみなよ」
「言われなくても!」
ドン、と地面を爆裂させて俺は跳躍する。アザゼルは即座に反応して構える。
瞬間だ。
俺は一枚の刃を目の前に配置し、それを足場にして急激に方向を転換する!
目まぐるしく視界は変化し、ほとんど捉えられない中、俺は魔力反応だけを頼りにアズラエルへと奇襲を仕掛ける。
アズラエルが反応するよりも早く俺は空中で姿勢を整えてハンドガンを撃った。
「ッガッ!」
上空からの攻撃の直撃を受け、アズラエルが苦痛に吼える。怒りのままに俺へ視線を向けるが、そこへメイが飛び込んでいた。
大剣を水平に構え、低い姿勢からの特攻。
「風神剣っ!」
懐に潜り込んでから技を発動させ、メイは全身を使って横薙ぎに剣を振るい、風の刃を撒き散らしながらアズラエルの脇腹を抉った!
重い金属でも殴ったような轟音が響き、アズラエルはくの字に脇腹から身体を折りながら盛大に吹き飛ばされ、さらに風の刃で切り刻まれる。その進路上に、俺は回り込んだ。
しっかりアイコンタクトを取っているおかげだ。
「《エアロ》っ!」
突っ込んでくるアズラエルを上から強制的に叩き潰し、地面にめりこませる。
「《ベフィモナス》っ!」
俺は地面を踏み抜き、魔法陣を展開する。同時に地面が槍のように変化し、アズラエルを串刺しにして突き上げた。悲鳴は上がらない。
「おやおや、苛烈だね!」
アザゼルがようやく救援に飛び込んでくるが、それこそが罠だ。
「《神威》っ!」
解放したのは、周囲を無差別に薙ぎ払う電撃。
空気が雷鳴に引き裂かれ、地面が穿たれ、ただ破壊だけが周囲にもたらされる!
「「――――――――っっがあああああああああっ!?」」
二人の悲鳴が重なり、雷撃が次々と襲い掛かった。
地面を焦がし、空気さえ消炭にするような破壊が終わりを告げ、周囲が焦げ臭くなる頃。
アザゼルは、辛うじて立っていた。その傍らには、二人分のダメージを一身に受けただろう、原型を留めていないアズラエルらしきもの。
どうやらダメージのほとんどをアズラエルに横流しして、強引に自分だけは助かったみたいだな。
なんとも魔族らしい手法だが、ダメージは完全に殺しきれていない。
とはいえ、俺もディレイで動けない。急激に魔力を大量消費したせいだ。いつもなら俺が立ち直るまで次の攻撃はないのだが、今、俺にはメイがいる。
「いけ、メイっ!」
心得ているメイは、既に飛び出していた。大剣には夥しいまでの魔力の風が集まっている。
「《切り刻め》《運命の烈風》《極限に舞え》――――《絶風剣》!!」
発動したのは、無数の風の刃。ただし、一発一発が上級魔法なみの威力を誇る。
轟、と音を立てて刃の集合体がアザゼルに襲いかかる!
「っぎゃあああああああああああああっ!?」
暴威に晒され、アザゼルは吹き飛ばされながらも全身をバラバラに切り裂かれた。飛び散る血。
だが、それでも魔力が集結し、アザゼルは辛うじて全身を接合させた。
「っがはっ、かぁはっ!」
口から血を溢れさせ、アザゼルは咳き込みながらも上空へ退避する。
残った風の刃は、黒焦げになったアズラエルへ直撃し、バラバラに切り刻んだ。再生が始まったばかりだったのか、血飛沫が舞った。
それを目にしたアザゼルが顔を歪める。
「くっ……やって、くれ、るっ!」
「ダメージが移動しきれないか? 当然だよな。お前らはどっちか滅びない限りは滅びない、けど、裏を返せばどっちかが滅びることは許されなくて、滅びるぐらいのダメージを移動させることも出来ない」
もちろん魔族だけあって高速で回復していくのだろうが、《神威》からのダメージはそう簡単ではない。しかもそれを二人分食らったのだから、余計だ。
俺はディレイから立ち直り、アザゼルを見上げる。
「ってことは、実質、お前をボコれば倒せるって話だ」
「随分と悪辣なことを……!」
「うっせぇ! 悪辣なのはどっちだ!」
俺はがなりながら魔力を高め、ハンドガンを撃つ。
火線を集中させて翼を撃ち抜き、アザゼルの遠距離攻撃の手段を奪う。
「まったく、随分と怒ってるみたいだけど、まるで理解できないよ。どうして君が怒るんだ? カトラスのことなんて、君にまるで関係ないことだろう。もしかして、フィルニーアの技術を使ったことに怒っているのかい?」
「その通りだよ!」
俺は肯定しながら逃げ回るアザゼルを撃ち抜いていく。
ハンドガンの魔法の銃弾は初めてらしく、アザゼルに面白いように当たる。さすがに盾を展開されるなどして全弾命中とはいかないが、確実に削っている。
「俺はテメェの所業の全部にムカついてんだ! 人を徹底的に弄びやがって! 挙句、フィルニーアの研究成果を盗んで悪用するなんて!」
「ひどいねぇ。単なる使える研究成果をいただいただけじゃないか。君の何を傷付けるんだ?」
「んなもん、プライドに決まってんだろ!」
俺は地面を爆裂させて跳躍し、一瞬で肉薄――否、全身でタックルをかます。
不意打ちのタイミングでぶちかましを受けたアザゼルは呻くが、俺はがっしりと両手でアザゼルの肩を掴んだ。過たず刃を展開し、その全身を切り刻んでやる。
「っがぁっ!?」
「俺はフィルニーアを誇りに思ってる! 母さんだと思ってる! その人が築き上げたものを勝手に盗んだ上に悪用されてるんだぞ、キレない方がおかしいっつうの!」
舞う血飛沫の中、俺はアザゼルの背後に回り込み、強烈な後ろ回し蹴りを見舞って地面に叩きつける。
「《フレアアロー》っ!!」
喉を潰す勢いで吠え、全力で魔力を解放した。
伝導された刃からマグマ色の矢が放たれ、次々とアザゼルの背中を穿つ!
翼が焼け、皮膚が溶け、露わになった生肉にも矢が突き刺さる。
「っがああああっ!?」
激痛の悲鳴。
だがそれでも俺の怒りは収まらない。渦巻く感情が、止められない。
「お前ら魔族が何の目的で動いてるのかは知らん、知るつもりもない。知りたくもない! ただ、こんな非道に非道を積み重ねた上での先にあるものなんて、俺は絶対に拒絶する!」
さらにハンドガンをぶちまけ、刃を繰り出す。
「テメェはやりすぎなんだよ!」
「げぼっ……やりすぎ? はぁ、笑わせないで、欲しいな」
アザゼルが攻撃の雨に晒されながらも言って、嗤う。
「僕は……魔族だ、よ? 人間なんて、ただの、餌と玩具にしか……思ってないんだ。そんな連中に、何を気遣えって……言うのさ」
「言ってねぇよ。だから俺がキレてテメェをボコってるんだろうが!」
話し合いで解決出来るなら俺はそっちを選ぶ。
だが、魔族とは絶対的に不可能だ。そもそものスタンスが違うのだから。だから俺も戦う。
「テメェはここで終わる! 終わらせる! だからやりすぎたんだ!」
「……ああ、なるほど、そういう、こと」
刃に刻まれながらも、アザゼルは翻弄されながら嗤う。
「アハハハ……ハハッハ、ハハハハハハっ!!」
上がったのは、哄笑。
魔力を全身から解放し、アザゼルは翼を再生させる。同時に、羽根を無数俺へ向けて飛ばす!
「上級魔族を、舐めすぎだっ! 死ねっ!」
「きかねぇよ。《アジリティ・ブースト》」
飛んでくる羽根に向けて俺は加速し、魔法を解き放つ。
一瞬の加速は音を超え、刹那にしてアザゼルの背後に回り込んだ。急停止して身体が軋むが、構わない。
「……なっ!? あぎゃあああああっ!?」
「悲鳴も遅いな」
刃で翼を切り刻んでから、俺は翼を掴んで背中を蹴り、捥ぎ取る。
血が噴出するが、俺はそれを嫌って離れ、魔力を高める。
「《真・神破》」
拳に集約した一撃を、俺はアザゼルの背中に叩き込む。
ぐしゃ、と、大量の骨が一気に砕ける音を響かせ、アザゼルは身体を仰け反らせながら地面に叩きつけられた。地面が揺れ、クレーターが出来る。
「メイッ!」
「はいっ!」
メイはすかさず大剣を振るい、黒焦げになっていたアズラエルを斬り飛ばす。
アザゼルとアズラエルが重なった瞬間を狙って、俺は全部の力を集約する。
「かはっ、バ、カな……!? 僕の速度を、超えて……!?」
「上級魔族が聞いて呆れるな。そんだけ弱いと」
「なめた、こと、をっ!」
俺の挑発に乗って、アザゼルがまた起き上がろうとする。
実際、アザゼルとアズラエルは、単体で見れば上級と名乗れるか怪しい程弱い。二体で動いて、ようやく上級を名乗れる程度なのだろう。対策をしっかりと取れば簡単にそこも瑕疵が突ける。
「終わりだっ! ――《天雷》っ!!」
俺は
刹那、野太い雷撃が落下し――。
アザゼルとアズラエルを呑み込んだ。