第百四十六話
「泣いて帰れってことは、
「当たり前だ。一年の差ってのはデケェからな」
それは理解できる。
この学園のカリキュラムはしっかりしていて、フィルニーアから色々と学んだ俺でも勉強する日々だ。まぁ、主に魔法を除く実技関係だけど。
実習だってしっかりとするし、魔物との戦い方だって学んでいく。かなり濃密な時間を過ごすことになるので、一年の差というのは大きいだろう。
当然、レベルやステータスにも違いが出てくる。
しかし、悪いがそれだけの強さ、コイツからは感じられない。
「まぁ、そうなんでしょうけど」
「分かってんなら、痛い目あう前に泣いて帰れ!」
「え、嫌ですけど」
俺は無表情でキッパリと言い切った。
とたん、偉丈夫の顔が引きつるのが良く分かった。あー目が怒ってるぞ。物理的な威圧だけはあるので、ちょっと止めてほしい感じはある。
とはいえ、ここでそういうことを言っても仕方がない。
「っていうか、自分が何をしてるか分かってます? 窃盗ですよ? 犯罪ですよ?」
「だからなんだよ」
「いくら学園祭だからって、学生だからって、許される範疇じゃないってことです。とんでもないことしてるって自覚ないんですか?」
まぁ、ないからやってるんだろうけど。
内心でそう付け足しつつ、俺はそう糾弾する。だが、相手にそんな罪の意識は欠片もないし、芽生える様子もなさそうだった。
だったら、もう手っ取り早く殴るか。今は一刻も早く戻るべきであり、こんな友達でもなければ今後絡むこともなさそうなヤツのために説教なんてしてやる義理もない。それに、名前がバレてないなら少しくらい手荒になっても問題ないだろう。
「とんでもないことしようとしてんのはテメェらだろうが。バカじゃねぇの? 先輩に譲るとか、そういうのはないのかって話だ」
「ありませんね」
俺は一言で切り捨てる。ますます偉丈夫の顔が引きつる。
「返してくれないなら、実力行使に出ることになりますけど、いいんですか?」
「言ってくれんじゃねぇかコラァっ! やれるもんならやってみろォォ!」
「じゃ、遠慮なく」
同意を得たところで、俺は地面を蹴って一気に懐へ潜り込んだ。相手の反応さえ許さない速度で特攻し、俺はそのまま鳩尾に拳を叩きつける。
ずん、と鈍い音が響く。
「うろぼごろげぇっ!?」
ワケの分からない悲鳴を上げながら、偉丈夫は身体をくの字に曲げながら吹き飛んだ。
そのまま受け身を取ることもなく地面に叩きつけられ、何回かバウンドしてから止まった。
「がっ、げっ、げほっ!?」
偉丈夫は鳩尾を抱えるように丸まりながら咳き込み、そのまま吐瀉物を撒き散らす。ああ汚い。
「て、てんめぇっ……!」
根性だけはあるようで、偉丈夫は腹を押さえながらも立ち上がろうとする。怒りに身を任せてだろうが、魔力の高まりを感じた。これは、仕掛けてくるな。
俺は即座に距離を詰める。
「死ねコラァッ! 《フレイム・バブル》!」
「《フレアアロー》」
偉丈夫が放ったのは、高熱の球体だ。だが、俺はそれを上回る熱の火矢を放ち、一瞬で破壊する。
あっという間の出来事に、偉丈夫が唖然とする。
その間に俺はまた間合いを詰め、今度は顎をアッパーカットでぶち抜いた。
「あがっ!?」
顎を跳ね上げ、一メートル近く上昇する。俺は地面を蹴り、偉丈夫の上を取った。
姿勢を整えながらぐるりと横回転し、浴びせ蹴りを胸に叩きつける。
悲鳴よりも早く、偉丈夫はまた地面に叩きつけられた。少しだけ地面が窪んだが、大丈夫だろ。
俺はくるっと一回転してから着地する。
一応確認すると、偉丈夫はぴくりともせず、気を失っていた。なんともまぁ軟弱な。まぁいいか。
意識を切り替えて、唖然としている生徒連中を見渡す。
「とりあえず、時間ないんでさっさと決めてもらえますかね?」
俺は笑顔を向ける。
「このまま荷物を返すか、全員もれなくぶっ飛ばされるか。三秒あげますので決めてください。タイムオーバーになったら容赦なく全員はっ倒しますね」
早口でまくしたて、俺は指を三本立てる。カウントダウンだ。
「さーん」
「分かった! 荷物は返す!」
カウントが始まったとたん、一人の生徒が叫んだ。
うん、物分かりが早くて助かるな。もしダメだったら本気でぶっ飛ばしてたけど。
その後は極めて平和的な話し合いで物事は進み、俺はそのクラスメイトたちに木箱を運ばせた。その間に偉丈夫の方はテキトーに簀巻きにして転がしておいた。運が良ければ誰かに見つけられる、かもしれない。まぁクラスメイトの連中が探すだろう。たぶん。きっと。
無事にレタスを取り戻したところで、俺は破綻しそうだった厨房に戻った。
怒号に近い声が飛び交う中、さっと厨房を回していく。
残弾管理はギリギリってところだが、今ならまだ立て直しがきく。俺は素早くアマンダとスイッチし、エッジの方への援護を頼んだ。これで、なんとか乗り切れるか?
配達の方はフィリオに任せている。何かあれば頼るように、と言ってはいるが、何もこない辺り上手く回しているのだろう。
これはかなりの売り上げが期待出来るな。
「角煮まん二つーっ!」
「あいよぉ!」
俺は気前よく返事をして、作業に取り掛かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ハインリッヒ――
「なるほど、そういうことか。さすがお前が目をかけるだけはある」
校舎の上の方、程よく店舗が立ち並ぶ辺りを見下ろせる屋上で、彼女は嗄れ声を出した。
だらりと屋上の淵から垂れ下げる足は包帯で巻かれていて、そこだけでなく、彼女は全身が包帯に包まれている。これにパーカーだけといういで立ちだ。
唯一包帯が巻かれていない片目は大きく、少女のような体躯からかなり若そうだが、僕よりも五つは上の年代だ。
彼女は、ラテアさん。神眼のラテアだ。
レアリティは
相手の魔力の流れを敏感に感知することが可能で、しかもそれをある程度操れる能力を持っており、彼女と戦ったものはまず戦力の大幅ダウンを強いられる。
完全に戦闘補助特化かと思うような能力だが、ダガーを操ることに長けていて、接近戦も相当強い。だからこそ伝説と呼ばれている存在だ。
「お前がここまで育てた、のとは違うようだな」
言いかけて否定され、僕は苦笑するしかなかった。
「ええ、違いますね。僕が手伝ったのはあくまで基礎体力の向上や、物理スキルの習得くらいですから」
こう言うのもなんだけど、グラナダくんは接近戦の適性が低い。魔法使い型のステータスだから仕方ないかもしれないけど、覚えられるスキルもそう多くは無い。
その分、魔法や魔力の扱いに関してはとても
「だろうな。あの豊富な魔力を自在に操るのは相当なセンスと苦労がいる。なるほど。彼はフィルニーア様の再来になれるかもしれないな。魔法のバリエーションが少ないのが難点だが」
「色々と工夫しているようですけど?」
「それでも限界があるだろう」
言いながら、走り出したグラナダくんをラテアさんは凝視する。薄く目が赤く光ったのは、固有アビリティの《神眼》を使ったからだろう。
この能力の前では、全てを隠すことが出来ない。そう、この僕でさえ。
「ほう。適性は光なのか。それで基本魔法しか扱えない、と。それを工夫で何とかしてるって所か。他にも色々と面白い能力を手にしているようだな」
「まぁ、攻撃力過多って感じですけどね」
「そこは若さだな」
一言で切り捨て、ラテアさんは一度目を閉じて能力を解除した。
「それで? この私のところへやってきたのは、お前の目にかけているあの子の自慢か?」
「分かっててそう言う辺り、さすがラテアさんですね。だから友達いないんですよ?」
皮肉に皮肉で返すと、ラテアさんは半目になりながら睨んでくる。
「……死にたいのか?」
「嫌だなぁ。ラテアさんとガチで戦うつもりはありませんよ。痛いし」
僕は慌てて両手を振って否定した。すると、ラテアさんは鼻を鳴らして顔を背けた。
そういうところが少し可愛いのだけれど、そう言うと確実に拗ねるので言わない。
「ふん。組織のことだろう」
「はい。何か情報はありませんか?」
「ないな。そもそも存在しているかどうかさえ怪しまれていた組織だぞ。私も物好きではないんだ。調べることもしてないよ」
ラテアさんは両肩を竦ませながら答えた。
「ただ、もう一つのお前の悩みなら、思い当たる節がないわけではない」
これだ。
これがあるから、ラテアさんは頼りになる。
僕は自然と表情を引き締めた。ここ最近の悩み。それは、アリアスの死を予知した辺り、否、もっと言えば、フィルニーアの死を予見出来なかったところから始まっている。
ラテアさんは、ゆっくりと僕の方へ向き直り、指をさしてきた。
「教えてやろう」