バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第百四十七話

 ざわり、と、周囲の空気がささくれ立つ。

「そもそもの話だ。お前のその能力――《神託》がどういうものか、から遡ろうか」
「……予測される未来を見せる能力、ですね」
「そうだ」

 正直に答えると、ラテアさんは頷いた。
 この《神託》という能力は実に厄介だ。求めれば求めるだけの可能性が見えてくる。しかも魔力は膨大に喰うし、いつやってくるかも分からないものだから、コントロールがまず出来ない。

「つまり、そもそも《神託》とは完全な未来予知ではない。だから外れても当たり前だ。今までお前がその未来に世界を持っていけていたのは、君の他の能力が奇跡的に高すぎたからに過ぎない。その未来へ世界を持っていくのは、かなりしんどいからな」

 僕は頷く。
 真実だからだ。実際、僕だけではどうしようもないことも多く、その場合は可能性を追求した上で周囲をそう動くように仕向けているし、グラナダくんにもお世話になっている。
 それに、僕には《神に愛されるもの》という固有アビリティがある。
 これはあらゆる属性を得意にするというものの他、あらゆる恩恵が受けられるというものだ。このアビリティのおかげで、僕はかなりの能力を保有している。

「だが、それで実現出来ていた未来さえも、叶わなくなってきた、ということか?」
「そうですね」
「だったら、原因は一つだ」

 ラテアさんは小指を立てた。

「別の《神託》による《神託》の妨害だ」
「妨害……?」
「そうだ。そういう《神託》を見て、それを実行することで、未来を書き換えるというものだ。これは誰が《神託》を使えて、どのような《神託》を得ているのか、を知っていないと出来ない芸当ではあるがな」

 ということは、かなりの荒業ということか。
 少なくとも僕の《神託》さえも知っていなければならないのだから。
 けど、不可能ではない、か?
 顎をさすりながら考えていると、ラテアさんは続きを口にする。

「通常であれば、そんな芸当は不可能と言える。だが、お前の場合は少し条件が違うと思うんだがな」
「どういうことですか?」
「簡単な話だ。ハインリッヒ。お前のその《神託》は、最初から授かっていたものではないだろう?」

 ズバリ言い当てられて、僕は胸を貫かれた錯覚に陥った。
 しまった、と、動揺を殺そうとしたけど、やめた。どう取り繕おうとも、ラテアさんの前では無意味だ。

「お前の《神託》は継承したものだ。しかも、完全な形ではない。言い換えれば、他人の能力を借り受けた形に等しいんだ。故にお前の《神託》は不完全」
「おっしゃる通りです」

 ハッキリ言って、僕の《神託》は精度が悪い。
 断片的な情報しか見れないし、色々と探ろうと思っても制限時間がある上に魔力も喰う。使い勝手だけを言えば最悪とも言えるね。

「だったら、《神託》そのものを探知されていても不思議はない」
「……確かに」
「そして、そんなことが可能な人物がいるとすれば……ただ一人」

「「カトラス」」

 僕の声とラテアさんの声が重なる。
 もしそんなことをするとすれば、たった一人しかいない、というのは僕も同じだったからだ。
 同時に、僕としてはあまり口にしたくない人物の名前でもあるけれど。

 思わず表情を陰らせていると、ラテアさんが盛大なため息をついた。

「何を考えているか知らんが……アレはお前の責とするところではない。気にする必要はないんだぞ」
「分かっていますよ」

 僕はすぐに表情を取り戻して言う。

「なら良い。私から言えるのはこれぐらいだな。参考にはなったか?」
「ええ、大分。ちょっとやるべきことが見えて来たって感じですね」

 これは本音だ。
 カトラスが関わっている可能性が出て来た以上、僕も動かなくてはならない。僕のことでアリアスまで巻き込まれるのはごめんだ。アリアスには、自由に生きていて欲しいから。
 世界の命運を背負うのは、僕だけで十分なんだ。
 組織に関しての情報が手に入らなかったのはちょっと残念だけど、まだツテがないわけじゃないしね。

「少しは明るくなったところで悪いが……エキシビジョンマッチの内容は聞いたか?」
「いえ。卒業生同士でやりあう、という程度しか……」
「組み合わせだが、お前、ライゴウとやることになるぞ」
「……………………え?」

 僕は思わず顔を引きつらせてしまった。
 いや、それは仕方がないと思う。なんていったって、あのライゴウさんだ。伝説とまで言われる学園の卒業生はまだ何人もいるけれど、その歴々の中で最も戦いたくない人だ。
 軽い頭痛を覚え、僕は思わずこめかみをさすった。

「フフフ。面白い組み合わせじゃないか。見物だよ。ライゴウもさぞやヤル気を出しているだろうな」

 からかうような調子でラテアさんは言う。

「胃が痛くなったんで早退して良いですか……」
「こめかみを押さえながら言うセリフではないと思うんだが」
「……う」
「それに、メインイベンターだぞ、このエキシビジョンは。たかだか胃痛くらいで逃げられると思うな」

 痛打を喰らって、僕は呻くしか出来なかった。
 組織のことを調べる前に、僕には乗り越えるべき大いなる壁があるようだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――グラナダ――


 十四時。ようやくランチが落ち着いてくる時間だ。
 イートインスペースは相変わらず賑わっているが、どちらかというとデザートとお茶で休憩をしているような感じだ。注文のペースは速くない。
 角煮まんも少しは落ち着て来た。それでもまだ数はある程度出るが、もう忙しく立ち回ることはしなくて良く、休憩を回せるようになった。

「グラナダ、休憩行ってきたら?」

 声をかけてきてくれたのは、アリアスだ。
 もう恥ずかしくなくなったのか、堂々としている。というかもう色々と吹っ切れたのかもしれない。接客の時はまだまだ全然ダメだけど。というか良く一回も苦情が来なかったもんだ。

「あんた、全然休んでないじゃない」

 俺は身体能力強化魔法フィジカリングをかけているし、ハインリッヒとの特訓の成果か、そこまで疲労は感じていない。だから休憩も後に伸ばしていた。
 学園祭は夕方までなので、入るとすればもう少し後かな、と思っていたのだが。
 どう返事をするべきか迷っていると、セリナがやってきた。

「そうですねぇ。かなり頑張っておられましたし、それに、売り上げから見ても一位は確実だと思います」

 セリナが指を差したのは、売上金を入れる金庫だ。
 すでに二つほどパンパンに詰まっていて、慌てて担任が用意した予備の金庫も、もうすぐキャリーオーバーだ。これだけの売り上げたのは前代未聞だと思う。
 ちょっとやり過ぎた感はあるが、これも旅行のためである。

「こっちはエッジさんとアマンダさんがいれば十分回せますし」
「フィリオの方も順調らしいしね。総じてうまく行ってるから、大丈夫よ」

 二人して言われ、俺はほとんど追い出されるように休憩へ出ることになった。
 って言われても疲れがそんなにあるわけじゃないので、俺は露店巡りを楽しむことにした。そう言えばこういう祭りって初めてだな。一人ってのはちょっと寂しいけど、逆に悪くないか。
 呑気に考えながら俺は店を巡り、テキトーに買い食いしてから、メイのクラスへ出向くことにした。

「ご主人様っ!」

 クラスに近寄ると、入り口で呼子をしていたらしいメイが駆け寄ってきた。
 黒と白のコントラストが綺麗なメイド服だ。フリルも適度にあしらわれていて、悪趣味じゃない。

「来てくださったんですね」
「ああ。気になったからな」
「嬉しいですっ! あ、それと聞いてますよ。ご主人様のこと。凄いです。大盛況だって」

 噂になるレベルなのか。
 両手をいっぱいに広げてはしゃぐメイを見ながら、俺はちょっとどころじゃなくやり過ぎたんじゃないだろうかと思い始めていた。

「さすがご主人様ですっ! 食に対する拘りも凄いですからね!」
「鼻息荒くなってるぞ、メイ」

 苦笑しながら頭を撫でてやると、メイは顔を赤くさせながら小さくなった。

「メ、メイったらついっ……」
「まぁ喜んでくれると嬉しいけどな、俺も。とりあえず店の中に案内してくれるか? ちょっと休みたい」
「はい! 当店はメイドカフェなんで、ゆっくり休んでもらえますよ!」

 メイは目を輝かせながらそう言ってくれた。
 それから店内に案内された。
 教室を飾り付けして、カフェ風になっている。これはこれで可愛らしいと言える。机を繋げ、テーブルクロスをかけただけの簡素な席に案内され、俺は注文した。何故かメニューがものすごく長かったけど。
 いうのが恥ずかしいのでメイにオススメをお願いしておいた。

 店内は静かで、客足は多くないので落ち着けそうだ。

 と思ったのも束の間だった。

「おおおっ!! ここが例の冥土カフェか!」

 などと明らかに勘違いしているに違いない野太い声がやってきた。
 ガララ、と教室のドアが開かれ、入って来たのはムキムキマッチョのオッサンだった。短い金髪をかきあげ、更に揉み上げと髭が繋がったラウンド髭。いかにも粗暴という言葉が似あう。

「い、いらっしゃいませ、ご、ご主人様……?」
「おう! 俺はゴシュジンサマなんて名前じゃねぇぞ! ライゴウ様だっ! ライゴウと呼べっ!」

 豪快極まりない笑い声を上げながら、オッサン――ライゴウはそう言った。
 って、ライゴウ?
 俺は密かに顔をひきつらせた。
 ズカズカと入って来たライゴウの背中には、二メートルはあるだろうその身長に負けない巨大な斧があった。ああ、間違いない。

 俺は確信を持った。

 この人、かつての世界最強と呼ばれた英傑、豪放磊落のライゴウだ。

しおり