第百三十七話
ゴーレムの出現で動揺し、騒ぎまくる中で、俺は密かにため息をついていた。
「ちょっと、これどうするの?」
「騒ぎを抑えるにしても、私たちだけでは厳しそうですねぇ」
「統制するにしても、信頼がないからな」
アリアスとセリナが困惑しながら言う。
既に逃げ出している村人もいる中、確かに声がけするだけでは厳しいだろう。
だったら、実力で排除するしかない。
俺はゴーレムを睨みつけ、ただの土で出来たものだと確認してから魔法を唱える。
「《エアロ》」
ごう、と風が唸り、ゴーレムの胸に風穴を開ける。
どうやらかなり柔いようだ。
その衝撃でゴーレムの全身に亀裂が一瞬で入り、あっさりと瓦解していく。
「きゃああああああっ!?」
上がったのは芸術家気取りの少女の悲鳴。
「《エアロ》」
俺はぼそり、とまた魔法を発動させ、風で少女を受け止め、やや荒っぽいランディングに抑える。もっと意識を集中すれば軟着陸くらいワケはないが、いきなり村人たちを混乱させた罰である。
それに、ゴーレムを破壊したのはあの少女を痛めつけるためではない。
「というわけで、ゴーレムはぶっ潰せるくらいに俺たちは強いです」
しん、と静まり返ったタイミングで、俺は堂々と言い放つ。
まずは混乱を鎮める。原因は判明しているのである。それを除去してやれば、簡単に混乱は収まる。
「とりあえず小麦粉を無傷で取り返すように交渉してくるんで、皆さんはここで待っててください。もしかしたら戦闘になる可能性があるので、その時は避難してください」
そう言ってから、俺はみんなに合図を送る。
全員が頷いたのを見て、俺は地面を蹴って村人たちをかきわけ、風の魔法で村を覆う壁を飛び越えた。正門はガッチリと施錠されているのだ。破壊するのは簡単だが、後々面倒になる。
それに、正門の裏側は誰かいるしな。
俺は魔法を上手く操って全員を村の中へ着地させる。
「ほんと、器用ね……」
「まぁ、グラナダだしな」
「今更驚くことねぇだろ」
顔を引きつらせるアリアスに、アマンダとエッジが平然とした顔で言う。
いや、実際かなりのことだからな?
魔法をここまで自在に操れるのは早々いない。もし俺がフィルニーアの弟子って言ってなかったら、どうなっていたか。
さて、と、俺は意識を切り替える。
目の前にいるのは、芸術家気取りの少女。カタリーナとか言ったか。彼女と、その取り巻きだろう黒子の格好をした連中だ。
少女はゴーレムを操ったところからして、召喚士だろう。感じる魔力も高い。だが、戦闘に関してはズブの素人と思って良い。だが、周囲を取り巻く黒子からは、油断ならない気配があった。
それはみんなも感じ取ったか、全員が顔を引き締めていた。
「あなたたち……! なんの目的でいきなり攻撃なんて!」
早速カタリーナが抗議を上げてくる。ここは俺が受け答えするべきだろう。攻撃を仕掛けたのは他でもない俺だし。
「そりゃ、あの状況だと攻撃するしかないだろ。ゴーレムなんて仕掛けてきやがって。何考えてるんだ」
「芸術を守るための手段よ!」
「芸術?」
俺は訝る。すると、カタリーナは自信満々に鼻を鳴らした。
「ふんっ。見て分からない? この美しい黄金色のモデルたち! これこそ芸術!」
バーン! と効果音でも付きそうな勢いで手を広げ、カタリーナは自分の自慢の作品らしい小麦粉で出来た像を自慢した。近くで見ると分かるが、あれは小麦粉じゃなくて小麦だな。まだ粉になっていない。
だから黄金色なんだろうけど。
とはいえ、これは食べ物に対する冒涜じゃないだろうか。
「芸術だか何だか知らないけど、この小麦たちは農家の人たちが一生懸命作ったものだ。出荷されて、誰かのお腹に入って、心とお腹を満たす。そう願って作られたものだぞ。そんなものに使って良いものじゃないんだ。さっさと解放しろ」
「これだけ美しい出来の子たちを解放するなんて……なんて残酷な! 血も涙もないわね!」
「それはこっちのセリフだ。農家の人々の努力をなんと思ってるんだ?」
「芸術に犠牲はつきものよっ!」
「そんなパワーワードが免罪符になると思うなっ!」
胸を張って宣言するカタリーナに俺は強く言い返す。
「フン、そこまで言われたら黙ってはいられないわね。覚悟はできてるわね?」
「それは宣戦布告と受け取るぞ」
「もちろんよ! このカタリーナ二十八才独身、座右の銘は『旦那は芸術』っ! 冒険者かなんだか知らないけど、この私を倒せると思わないことねっ!」
「意外とオバサンだな」
「オバサン言うんじゃないわよ! まだお姉さんなんだからっ!」
ツッコミを入れると、カタリーナは涙目で抗議してきた。どうやらかなり気にしているらしい。それなら年齢なんて言わなきゃいいのに。
などと思っていると、カタリーナが先に仕掛ける。
「《クリエイト・ゴーレム》っ!」
俺の予想を遥かに上回る速度で魔力を練り上げ、カタリーナは地面を踏み抜く!
直後、巨大な魔法陣が出現、何体もの人間サイズのゴーレムを呼び出した。かなりの数だ。それでいて魔力もしっかり籠められていて、堅牢そうだ。
さっきのゴーレムとは、次元が違う出来だな!
「《エアロ》っ!」
思いながらも、俺は魔法を放つ。それが皮きりになった。
圧縮して暴風となった風は一体のゴーレムを粉々に砕く。だが、それに怖気づくはずがなく、ゴーレムたちが次々と飛びかかって来た。
「《エアロ・ブルーム》っ!」
「《プラズマ・ウェイブ》!」
そこにアリアスとフィリオの上級魔法が重なって炸裂し、周囲に風と雷をばらまく!
凄まじい轟音が響き、あっという間にゴーレムたちが駆逐される。
だが、カタリーナの表情から余裕は消えない。
「あらあら。良いのかしら、いきなり」
ふふん、と唇を指でなぞりつつ、カタリーナはまた地面を踏み抜く。
たったそれだけで、地面からまたゴーレムが発生する。ぼこぼこと高速で身体を形成されていくゴーレムを見て、俺は異変を感じる。
あれ、この魔力って、まさか――?
ぞくり、と、背筋が凍った。
「全員、寄れ!」
俺は精一杯声を張り上げてから魔力を高め、地面を大きく踏み鳴らした。
「《ベフィモナス》っ!」
発動させたのは、俺たちを囲う壁。
刹那、さっきアリアスとフィリオが放った魔法が、ゴーレムから解放される!
ずががががががががっ!
と、暴力的な破砕音が響き、盾に用意した壁があっさりと崩壊する。
辛うじて防げたのは、放たれた魔法の威力がある程度減衰されていたからだ。
「な、これって……!」
「私たちの魔法……!?」
驚愕する二人。俺は確信を持っていた。
このゴーレムども、魔法限定ではあるだろうが、受けた攻撃をそのまま再現する能力がある!
なんて厄介な!
「おっほほほほほほほほっ! 良く気付いて防いだわね。褒めて差し上げるわ!」
「見かけによらず、強力なものをっ……!」
「あら、言っとくけど、それだけじゃあなくってよ?」
含み笑いを浮かべながら、カタリーナはまた腕を振った。
黒子たちが一斉に動く。その手にはダガーが握られていた。コイツら、接近戦仕掛けてくるのか!
俺が身構えると、またゴーレムが生まれてくる。
黒子たちは素早い動きでゴーレムを盾にしつつ、ゴーレムと動きを同調させつつ接近してきた。
「このゴーレムは物理攻撃にも耐性があるわよ。そう簡単に倒せると思わないことね!」
うわ、本当にメンドクセェ。
俺は辟易しつつもダガーを抜き放つ。直後だった。ずぼっ! と音を立てて、俺の片足が地面に沈む!
な、なんだ!?
「ついでに。これだけのゴーレムを生み出しておいて、地面が無事であるはずがないわよね?」
こ、こいつっ……!
まさか、ゴーレムに使う土を指定して、落とし穴まで作ってたのか!
予想以上に頭が回る!
俺は反射的に魔法を使いかけてやめた。周囲を薙ぎ払う魔法を使えば、またゴーレムが反撃してくる。そうなったら一気に形勢が傾くだろう。
「このっ!」
ゴーレムとその裏に隠れた黒子が背後からアリアスに攻撃を仕掛ける。
俺が声をかけるより早く、アリアスは《超感応》で察知して振り返り、ゴーレムに細身の剣を突き立てる。だが、ゴーレムの堅牢な皮膚が剣そのものを弾く!
「いくらなんでも、硬いっ……!」
すかさず黒子が滑り込む様に攻撃を仕掛けてくるが、アリアスは即座の反応を見せて牽制した。
鳴り響く剣戟。
押し勝ったのはアリアスだ。どうやら接近戦の技術そのものは、こっちに分があるか。
「ゴーレムに黒子……厄介だな」
アマンダとエッジは互いに背中を預けながら構える。さすがに
裏を返せば、それだけの脅威を感じ取れる力はあるってことだが。
さて、どうしたものか。
俺の《ヴォルフ・ヤクト》なら、何とかなるだろうか?
「さぁ、仕上げと行くわよ」
そう囁くようにカタリーナは言った。
って、まだあるのか!?