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第百三十六話

 それは、小さな異変だった。
 だが、敏感に俺は感じ取る。これは、まさか――?

「あ、ああ、ぃゃっ、えってぃぃ……っっ」

 身をぶるぶる震わせ、顔を上気させながらアリアスはもの欲しそうな目で俺を見てくる。おい、かなりエロいからヤメてくれ。持たなくなる。
 思いながら、俺は少し目を逸らした。

「あっはあっ、ううっ……!?」

 尚も魔力経絡を調べていると、やはり、異変を感じた。
 やっぱりだ。まさか、ここをこうしたら?
 俺は試しに魔力を少し流してみる。瞬間、アリアスは声にならない声でのけ反り、全身を淡く発光させた。

「ぃゃっ……な、なんか、身体がもっと熱くっ……!?」
「アリアス、もう少しだけ我慢してくれ」
「そんなっ……ぁぁぁぁっ! はぁ、はぁ、はぁっ……」

 アリアスは我慢できないといった様子で悶え、荒い息を上げる。
 そして。
 淡いはずだった光が、まるで《ライト》のように強くなる。合わせて俺はアリアスから手を離した。

「……っ! あ、あれ……?」

 その光は消えることなく、アリアスの全身を覆う。それは、明らかに彼女を強化している光だ。
 俺は思わず笑顔になった。まさか、こんなタイミングで、こんな形で原型を掴むとは。

「なんだろう、身体能力強化魔法(フィジカリング)でもかけたかのような……高揚感は」
「たぶんだけど、かかってるぞ」
「ええっ!?」

 俺の言葉にアリアスが驚く。
 当たり前だ。魔力経絡を調べられただけで発動したのだから。しかも、アリアスの魔力ではない。俺の魔力を使って発動したのである。これがどれだけ凄まじいことか。

「ど、どういうこと……!」
「いや、本当に偶然なんだけどな。うん、これで出来たかもしれん」
「もしかして、新しい魔法って……?」
「そう。バフ魔法だ。今まで自分しか強化出来ないし、せいぜいが身体能力を上げるくらいだったろ? けど、これならたぶん、色々と出来ると思う」

 アリアスに身体能力強化魔法(フィジカリング)がかかったのは完璧に偶然だけど。
 とはいえ、これは重要な発見だし、俺は今、一気に掴んでいた。

「あんた、ホントーになにもの……? 兄さまが目をつけるだけあるわね……」
「ありがとな、アリアス。お前のおかげだよ」

 驚くアリアスに、俺は素直に礼を言った。

「え、いい、いい、いや、そんなことあるわねっ!」

 あるのかよ。いやまぁそうだけど。
 アリアスの魔力経絡を調べなかったら、これに気付くのにどれだけかかったことか。

「と、とととと、とにかく、さっさと寝なさいよ! 明日、小麦粉確保するんだから! それと、その、私があんな感じになってたってこと、黙ってなさいよ! 誰かに言ったら殺す!」
「ああ。分かった。言わないよ。じゃあおやすみ」
「わ、わわわわわわ分かればいいのよ分かれば!」

 なんであんなに噛みまくるんだ?
 思いながらも俺は腰を上げて馬車へ戻った。
 馬車の中は男と女でスペースが分かれていて、ちゃんと仕切りがされている。俺は男のスペースであることを確認して馬車に乗り込み――セリナを見つけた。
 なんか寝てるフリしてるけどチラチラ薄目開けてるのモロバレだし。何やってんだコイツは!

 結局、俺はセリナに手刀を叩き込んで気絶させ、女のスペースの方へ放り込むことになった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、朝。
 俺たちはようやく現地に辿り着いた。
 この辺りはずっと肥沃な土地が続いていて、一面が小麦畑だ。時期が良ければ一面黄金色だったのだろうが、収穫はもう終わっているようだった。

 だとしたら、もう出荷されててもおかしくないと思うのだが……。

 俺たちはすっかりがらんとした畑を見ながら、畑の中心にある村へ向かった。
 馬車を走らせ、小一時間ほどたった頃だ。
 ようやく村が見えるようなった頃――、俺たちはそれを目撃して完全に硬直した。

 そう。何かが立ち上がったのだ。今。村のところで。しかもでっかい。

「な、なんだアレ……」
「黄金色の、巨大な人……ですかねぇ。なんだか凄いオーラを感じますが」

 俺が手を掲げて覗きこんでいると、セリナが同調してくる。

「男っぽいのか女っぽいのか……」
「いやそんなのどーでもいいだろ」

 後ろではアマンダとエッジがやり取りをしていた。
 一方でフィリオとアリアスは地図を広げていた。

「ここが現在地だから、やっぱりあの村は中心村だな」
「そうね。小麦の貯蔵庫の役割を持つ村だ」

 この辺りはただひたすらに広いので、いくつもの村がある。あの村はその中枢なのだろう。
 だからって、あんな黄金色の何かが起き上がるとか異常極まりないけど。
 とにかく様子を見るべきだろう。あれが暴れたらとんでもないことになりそうだが、それはそれで村の危機である。一人でも犠牲者を無くすために突っ込むべきだ。

「なぁ、グラナダ。これは予測なんだが……」
「どうした?」

 どこか言いにくそうにしているフィリオに声をかける。

「たぶんだけど、あれ、小麦だ」
「…………………………は?」

 言われた意味が分からず、というか、理解が追いつかず、俺は間抜けな声を出した。
 ちょっと待て。小麦? あれが?
 思う間に、セリナが双眼鏡を取り出して覗き込む。

「あー、確かに、小麦っぽいですねぇ」

 俺は愕然とした。
 な、なな、なんで小麦があんな二〇メートルはあろうかサイズの人間になってるんだ!? いや、魔法か何かなんだろうけどさ! ちょっとおかしいだろ! いったい何があった!?
 何を言えば分からず困惑していると、エッジが叫んだ。

「お、おい、また何か起き上がるぞ!」
「おいおい、二体目? いや、三体目だ……っ!」

 はぁぁぁぁあ!?
 俺は意味が分からず叫びかけた。
 だが、事実だ。実際に、むっくりと黄金色の人を模した何かが起き上がる。何故かそれぞれがモデル立ちでポーズを決めているようだが。
 ともあれ、何が起こっているのか確かめるべきだ。俺は動揺を押し殺す。

「とにかく行くしかないな。こっからじゃあ何が起こってるか分からん」
「そこはかとなく嫌な予感しかしませんけどねぇ……」

 そんな感じはすっげぇする。

「けど、小麦粉を確保するためには、行かないと、だろ?」
「まったく、でもあれ小麦粉なんだろ? 何がどーなってああなったか知らねぇけど」

 やれやれと言った様子で言うアマンダに、エッジは面倒くさそうに返す。
 まぁ、二人とも準備運動してるけど。

「行くしかない、のは同意だな」
「そうね。とにかく良くないことなのは間違いなさそうだし」

 地図を直したフィリオとアリアスが頷き、俺たちはとにかく村へ行くことになった。
 それから馬車を走らせ、約十分。
 ようやく村に着いた頃には、謎の巨大な小麦粉人形? は五体目を完成させていた。それだけでなく、村の入り口は封鎖されているようで、農家の方々だろう民衆が群がって抗議を上げていた。

 もう何がなんだか分からない。

 とにかく俺たちは馬車を降りて状況を把握することにした。

「あの、すみません。なんだかとんでもないものを見つけたんですけど、何があったんですか?」
「おお!? あんたら何や! 冒険者か何かや?」
「そんなところです。注文していた小麦粉が届かないので、気になって様子を見に来たんですよ」

 声をかけたのはフィリオだ。
 さすがにこの辺りは商人出身の貴族だけあって、人当たりが悪くない。まぁ、改心する前はとんでもないぶっきらぼうだったけど。

「どうもこうも! アイツが、アイツが、いきなり小麦粉は芸術だとか言い出して! 小麦粉を集めて出荷しないどころが! あんなわげのわがらんもんおったてたんじゃ!」

 歯が欠けた翁は唾を飛ばしながら、目の前に広がる巨大な小麦粉の像を指さした。
 うーむ。見上げてみて分かる。でかい。
 本気で二〇メートル近いぞ。

「アイツって誰ですか?」
「カトリーナとかいうわげのわがらん娘じゃ! いぎなりこごに来たと思っだら、ワシらが丹精込めてつぐった小麦粉を集めるだげ集めで、買い取りもしないで、とうとうあんなごとを!」

 カトリーナ? わけのわからないってことは、村人ではなさそうだ。
 それに村が閉鎖されているってことは、この中心村は占領されているってことになる。もしかしなくても集団の可能性があるな。これはちょっと気を引き締めた方が良さそうだ。
 俺は密かに《アクティブ・ソナー》を撃って村の中の反応を確かめる。

 戻ってきたのは、幾つもの反応。そのうちの複数は、人間のものじゃなさそうだった。

 まさか、魔物か?
 疑っていると、いきなり魔力と気配が膨らんだ。

 ぼこぼこと音を立てて何かがせりあがる。あれは――ゴーレム!
 一斉に村人たちが騒ぎ立てて、恐怖の声を次々とあげる。無理はない。何せサイクロプスクラスの大きさのゴーレムがいきなり現れたのだから。

「おっほほほほほほほほっ! さっきから聞いてたら、嘆かわしい声ばかりね!」

 姿を見せたのは、ベレー帽をかぶった、金髪縦ロール全力の少女だった。それ以外の風貌は画家っぽい。
 だが、ゴーレムの頭に乗っかりながら高笑いを上げるあたり、かなりおかしい。

「芸術を理解できない愚か者どもめっ! 私の芸術にひれ伏しなさい!」

 その意味不明極まる宣言に俺は確信を持っていた。
 ああ、コイツ、絶対メンドクセェ。

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