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第百二十六話

「……マジ?」
「あくまでたぶん、だけどな。材料と細かい資料があれば、なんとかなると思うぞ」
「マジで! じゃあ僕、とうとう撃てるんだ! 本物の銃を!」

 男はキラキラと目を輝かせながら叫んだ。なぜだろう、今のうちに倒しておいた方が良い気がしてきた。
 もし日本だったらまず職質間違いなしの言葉を、俺はなんとか聞き流すことにした。

 とにかく今は、ハンドガンが手に入るチャンスなのだ。

「いやー、実は最近結構色々と悩んでたんだよ。銃って難しくてさ。簡単なものなら自作でも出来たんだけど、それはもう原始的でさ。威力もへったくれもないんだ。やっぱり男なら八九式五.五六mm小銃を撃ってみたいじゃないか!」
「は、……ご……?」
「知らないの? 平成元年から配備されるようになった陸上自衛隊の小銃だよ! ガス圧式だし、近代化更新されたヤツだから色々と難しくてさァ。中々作れないんだよね。でも六四式に比べれば部品数は少ないし作りやすいはずではあるんだけど」

 うわぁ。マニアだぁ。
 俺は力の限り逃げたくなった。

「そ、そうなのか……」
「うん。でもガスとかは魔法でなんとかなるし、素材だって、まぁ重量を犠牲にすればなんとか。でも精密な部品が難しくて……」

 確かに、この世界に機械はない。作ろうにも基盤を作る部分で挫折するはずだ。ちなみに機巧(からくり)はあるが、あれは魔法道具(マジックアイテム)の器としての意味だ。
 そこで手作業で作るのだろうが、やはりかなり厳しいのだろう。

「なぁ、ホントに作れるのかい?」

 だからこそだろう。男は訊いてくる。まぁ分からないでもない。この世界で精密な部品を作るのは困難だ。
 理論を説明するより、実践してみせた方が良いな。

「《クリエイション・ダガー》」

 俺が魔法を唱えると、地面から幾つもの刃が出現する。

「おおおおおっ。すっげ、マジすっげ」

 随分と俗物的な驚きかただなオイ。

「創造魔法……っ! 初めて見た……!」

 俺の場合はそんな大それたもんじゃないけどな。なんでも産み出せた古代魔法と違い、こっちは自分のイメージが強くないと綺麗に生成してくれない。
 まぁ、似たようなものだし、訂正しない。

「こう言うことだから、作れると思うんだけど」
「確かに……これなら可能だね。君、思った以上にスゴい魔法使いなんだね? もしかしなくてもSSR(エスエスレア)ってヤツ?」

 いや、R<<レア>>ですけど。
 と、喉から出かかった言葉を俺は飲み込んだ。ここでそんな発言をしたら絶対にマズい。

「いやぁ羨ましいな。僕はSR<<エスレア>>だけどそんな力ないからさ」
「そうでもないだろ。訓練次第で強くなれるし、訓練しなければ強くなれない」

 俺は言いつつ、ヴァーガルのことを思い出していた。
 遭遇した当初はとんでもなく強いと思っていたし、あの当時では格上間違いなしだった。だが、今なら《シラカミノミタマ》が無くてもぶっ飛ばせる自信はある。
 アイツは色々と訓練不足だった。

「そりゃそうなんだけどさ」
「それにしても、なんで銃なんて撃ちたいと思ったんだ? 魔法の方が強いだろうに」
「うん。確かに魔法の方が強い。俺も使えるけど。でもあれだ。ロマンがない」

 お、おう。
 魔法も十分にロマンがあると思うんだが?

 俺はツッコミを内心で飲み込んだ。これも口にしたら不毛な戦いになる。

「やっぱり異世界に来たんだから、銃をぶっぱしないとね!」

 ヤバい。なんだか知らないけどヤバい気がする。
 っていうか大丈夫なのか、ホントに。やっぱり今のうちにはっ倒しておくべきじゃね?
 本気で葛藤している間にも、男はぺらぺらと銃の(というか自衛隊の)知識をしゃべりまくる。うん、この人は本気の本気で兵器マニアだ。軍事とかじゃなくて、兵器マニアだ。
 ディープ過ぎて謎めいた専門用語の嵐を聞き流しながら、俺はただ相槌を打っていく。

 ただ唯一気がかりなことがある。

「というわけだから、お茶でも出すよ」
「それは有難いんだけどさ。もし銃が完成したら、広めるつもりなのか?」
「え? そんなの無理に決まってるじゃない」

 手をぶんぶん振りながら、男は真顔で言い放った。

「さっき君が言ってたじゃないか。魔法の方が強いって。それは事実であり真理なんだよね。そりゃ、ICBMくらいのモノを作ったら別かもしれないけど、銃を作って撃てるようになるまで訓練して、実戦で使えるレベルに持って行っても、それまでに魔法を覚えた方が強くなれるし」

 つらつらと男は述べていく。でも悔しくなさそうだ。割り切っているのだろうか。

「もちろん一般の兵士からすれば強力な兵器になり得るけど、メンテナンスとかのコストを考えれば簡単じゃあないし、何より、量産しようとすれば、やっぱり高度な銃は使えないと思うしね。ライフリングなんてどうやって施せって話だし、それにここは上質な火薬も手に入らないし、雷酸水銀なんてもっとだ」
「つまり、普及しない、と?」
「そういうことだね。まぁ狙撃銃まで作れれば別だけど、それこそ出来るかどうか」

 なんとも難しい話である。

「もしこの先、魔法が衰退していけば、そういう兵器類も台頭してくるかもしれないけどね。まぁとにかく広めるつもりはないよ。無意味だし、魔物に通用するかも分からないしさ」
「そうなのか? もしかして試そうとしてたのか?」

 俺は男が持っているライフルを指さす。しかし男は首を左右に振った。

「これはお守りってだけだよ。銃弾も入ってないし、見た目こそ綺麗だけど、中はね……」
「な、なんかすまん」

 髪の毛まで白くさせる勢いで虚しさを表現する男に、俺は謝った。
 とにかく広めるつもりがないのであれば安心だ。

「とりあえず、作ることも協力はするぞ。まぁその代わり、その、俺にも銃を作って欲しいんだけど」
「銃? そういえばハンドガンがどうとか言ってたね」
「ああ。でも弾丸とかは要らないんだ。ただ、一定の信頼性があって撃てればいい」

 むしろ実弾兵器だったら弾丸やら何やらのコストが掛かる。もちろん構造が分かれば生成可能なのだろうが、いちいち補充してられない。それに、なんか実弾とか避けられそうだし。

「もしかして、魔法で撃つの?」
「まぁ、そんな感じ」
「ふーん……無理だよ?」

 さらりと言われ、俺は怪訝になった。

「僕も試してみたけど、全然ダメ」
「そうなのか?」
「まぁ物は試しってヤツだね。家に着いたら実際に作ってみよう」

 そう言って男は歩くペースを少し早めた。

「あ、忘れてた。自己紹介がまだだったね。僕はアルター。アルター・リボルバだよ」
「よろしく。俺はグラナダ・アベンジャーだ」

 俺たちは向かい合って、握手を交わした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――アリアス――


 拝啓・お母さま。お父さま。兄さま。
 私はもうダメだとおもいます。

「ぐっ……ふぅぐっ……」

 テーブルに広がる真っ赤な液体。薄くなっていく視界。手足が痺れるような力のない感覚。
 私は今、間違いなく生死の境をさまよっている。意識がハッキリしているのがむしろ不思議。

 原因はただ一つ。

 テーブルに鎮座する、見た目は恐ろしいくらい美しい料理。豚の角煮。

 けど、それに騙されてはいけなかった。
 一口すれば地獄の阿鼻叫喚。ただただ蹂躙され、私は倒れ伏すしかなかった。一体どこの何をどうしたらこんなことになるのだろう。いや、私もダークマターだとか言われたけど、それはそんな次元なんかじゃあないわ。
 異次元。異次元の物質よ。

 そう思っているのは私だけではないはず。
 アマンダは天に召されたか全身を真っ白にさせ、フィリオは脂汗を噴き出しながらガクガクと震え、エッジは両目を限界まで見開いたまま石化している。

「あれ、おかしいですねぇ」

 その中で唯一無事なのは、セリナだけだった。
 当然よね。だって、この異次元を食べてない唯一の人物だもの。
 そして、この惨劇を作り上げた張本人でもあるわ。

 そう。この見た目麗しい完璧な豚の角煮。これを作ったのよ。
 セリナは困ったように頬に手を当てていた。

「完璧に作れたはずなんですけどねぇ……」

 言いながらもセリナは目の前にある豚の角煮をつまもうとしない。

「どこで失敗したんでしょうねぇ?」

 そんなの知らないわよっ!!
 私は力いっぱいツッコミを入れたいけれど、それは出来ない。
 誰もが油断していたわ。こんな美しい豚の角煮が、マズいはずがないもの。そう思うのよ。いや、そう思わせるほどの美しさだったわ。

 でも結果はこうなった。

 そして間違いなくこう言えるわ。
 セリナ。あんたは私より料理が下手よ――。

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