第百二十五話
そんな男の後ろからは、猛然とした勢いでマデ・ツラックーコスが迫ってきている。木々など関係なくなぎ倒しながら、自然破壊上等と叫びながらやってきている。
「《クリエイション・ダガー》」
俺は魔法を唱え、数枚のクリアな刃を生成する。地面から生み出されたそれを、俺は風で操る。
「《エアロ》」
ひゅ、と風が唸り、刃が閃く。一瞬の加速は瞬時にマデ・ツラックーコスの喉を切り裂いた。
断末魔すらなく、マデ・ツラックーコスは地面に伏す。
その余韻として土煙が巻き上がり、ことの終わりを告げる。
「は? ……え? へ?」
俺の傍までやってきていた自衛官コスの男は間抜けな声を出しながら、倒れた魔物を茫然と見た。
「えっと、あれ? どういうこと?」
「いや助けてって言ったのはあなたでしょうが」
「いやまぁそうなんだけどさ。いや、むしろ聞きたいのこっちなんだけど。どうやってアイツを倒したワケ? あれは上級の魔物だよ? っていうか厄介この上ないんだよ? 防御力貫通持ってるくせに魔法無効化してくるし、喉元以外も硬くて簡単には物理攻撃も通用しないし、何よりあの巨漢で動きかなり素早いしね?」
良く知ってるじゃないか。
などと思いながらも、俺は辟易の視線を送る。だったらなんで挑むんだよ。
「それは企業秘密。それよりも、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、うん。そうだ、お礼を言うのが先だね。ごめん。ありがとう」
「それはどういたしまして」
一礼する男に、俺も一礼する。
やはり俺より年上もようだが、見た目からしてブッ飛んでるな。うん。どうやって迷彩柄の服とか、鉄製のヘルメットとか作ったんだ?
相当な苦労があったはずだが、それを惜しまない、ということはつまり相当なマニアであるということだ。
本能がひしひしと告げている。コイツに関わるな。と。
ライフルを持っているのが非常に気掛かりだが。
「じゃあ無事みたいなので、ここで」
俺はしゅたっ、と敬礼しながら立ち去ろうと全力で地面を蹴った。だが、着地するより早く誰かに受け止められた。
……って、へ?
「ダメだよ、ここで逃げたら」
爽やかな笑顔を浮かべながら、俺を受け止めらたハインリッヒは言う。
って、これは、あれか。
それだけで俺は直感的に気付く。このタイミングで現れた上にそんな物言い。いつものどこか食えないハインリッヒそのものだ。
「まさか、《神託》ですか」
「うん。そう言うこと」
低い声で問い詰めると、ハインリッヒはあっけらかんと答えて見せた。
やっぱりか。つまり俺をこの状況に置くためにここまで連れてきたのか。もちろん、修行させる目的もあったんだろうけど。
「まぁ僕に見えたのはここまでなんだけどね。ともあれ、これは奇貨だと思うんだけど、違うかな?」
しかもあのダガーの下りまで伏線かよ。
俺はもう感心するしかなかった。ダガーから銃の話をさせて俺の頭の片隅に銃という言葉や概念を叩き込んだのだ。
ここまで来ると、何かあるんじゃないかと疑いたくなるな。
「そう懐疑的な視線を向けないで。単純に戦力が欲しいだけだから。やましいことはないよ」
「戦力?」
「そう。戦力。これは《神託》でもなんでもなくて、大人のお話事情だから明かせないんだけどね」
笑顔で言う辺り、魔族との戦闘とか、そういうのではなさそうだが。とはいえ、目的があるらしい。
安心するような安心できないような。うーん。
「それよりも、だ」
「……分かってますよ。そうした方が良いんですね?」
俺の確認に、ハインリッヒは満足そうに頷いた。
精一杯の抗議として盛大なため息を着いたやってから、俺はハインリッヒから離れて自衛官らしきコスをした男へ戻る。
ん? あれ、どうしよう気まずいぞ。
「あ、あー、えっと。とりあえず大丈夫か?」
「へ? いや、あれ、ついさっき逃げるように飛んで移動しなかったっけ? なんで戻ってきたの?」
うわメンドクセー。
真面目に質問してきてる辺りがさらにメンドクセー。分かってますよそんなこと。自分でもワケわかんないって。
「とりあえず、大丈夫か?」
だがもうどうしようもない。俺は強引に話を進めることにした。なので敬語も抜きだ。すると、男は不審を最大限に出しつつ、
「え、えー……なんかメンドクサイね、君」
と、ほざいてきた。
ある種の正論なのでちょっと泣きたくなった。思わずハインリッヒへ視線を向ける。
「あー、えっとね。周囲にまだ危険な反応があるから戻って来たんだよ。驚かせてごめんね?」
「なるほど、そういうことだったんスね。ん、っていうか、危険な反応? まだマデ・ツラックーコスがいるんで?」
言いながら男はライフルを握りしめる。
俺はまじまじとライフルを見るが、本物か偽物か、まったく見分けがつかない。当たり前だ。本物なんて見たことがないからな。
「いや、そっちは大丈夫なんだけどね。とりあえず、ここから移動しよう」
「あ、冷凍作業あるんですけど」
「じゃあそれは僕がやっておくから。グラナダくんは彼の護衛についてあげて。見た感じ、武装はしてるけどバックパックは持ってないね? 近くに拠点か何かあるのかな?」
一目でそこまで観察していたらしいハインリッヒが、話を纏めにかかる。
ホントーに何をやらせても万能だな。
確かに、男は自衛官コスだが、背中に何も背負っていない。こんな森の中でそんな恰好は考えにくいので、近くで拠点を展開しているのだろうと考えるべきだ。
とはいえ、あれだけ大量にマデ・ツラックーコスがいたのだ。早々拠点など展開できないはずだけど。
「ああ、街があるので。俺、そこを拠点にしてる冒険者なんス」
言いながら男は指を差す。その方角は、確か、平原の遠くで見えた明かりのある方角だな。
あくまで目算だが、数キロはあるはずだ。まぁ、冒険者なら苦にならないか。
っていうかさっきから何でハインリッヒには微妙に敬語を使うんだ?
「じゃあそこまで護衛ってことで。いいかな?」
「そりゃ、マデ・ツラックーコスを倒せる実力者が味方に付いてくれたら嬉しいっスけど、いいんスか?」
「助けたついでと思ってもらえればいいよ。それじゃあ、後で」
言ってから、ハインリッヒはさっさと森の奥へと入っていく。
つまりあれか。後はお前でやれってことか。
俺は理解しつつ、小さくため息をつく。
「というわけで、よろしく」
「ああ、よろしくね?」
なんでコイツは俺に対してはちょっと偉そうなんだ。
まぁ気にしていても仕方ないか。
「道案内はお願いしてもいいか?」
「もちろん。土地勘は僕の方があるはずだし。あ、何かあった時、守ってもらえるのは嬉しいけど、僕もそこそこ戦えるから、協力させてね」
「分かった」
まぁ、確かに感知する魔力は高い。レアリティは少なくともR(レア)以上だろう。
俺は一応周囲を警戒しながらも歩を進める。
「で、質問タイムに入るんだけどね。僕の持ってるライフルをじっと見てたし、僕の姿を見て驚かない辺り、君も転生者だよね?」
「ん、そうだけど?」
いきなり前のめりにこられ、俺は少し引き気味になりながらも答える。
「良かった。前世の記憶とかはあるよね?」
「もちろん。って、基本的に転生者って前世の記憶持ってるんじゃないのか?」
「いや、そうでもないんだ。たぶん、記憶持ってる人の方が少ないんじゃないかな。これは僕独自の研究だから一概には言えないけど、転生者は転生者としての自覚はあっても、前世の記憶がない場合があるんだ。まぁそれも様々で、前世の知識はあっても記憶がないとかね」
衝撃の事実だった。
今まで記憶がないヤツなんて――いや、心当たりあるな。フィリオだ。偏執狂的なまでにあんな性格になったのも、前世の記憶がなかったからって可能性がある。前世の知識はバッチリと持ってるようだけど。
「そして、前世の記憶がある人たちは大抵、前世は子供だった場合が多い。あ、成人しない、って意味ね」
「それは分かる」
「だから、この世界には前世――つまり、僕たちが住んでいた世界の知識が歪なんだ」
言い返せば、どこか幼いとも言える。
だから料理だってファストフードは発展していても、それ以上のものがないのだ。
なるほど、この仮説、中々信憑性がありそうだ。
問題はその仮説がどこにどう繋がっていくのかがまるで分からないってことだけど。
「この世界に銃がないのも、そこが原因なんだよね」
「まぁ、構造的にも難しいしな」
「日本人が多いっていうのも手伝ってるとは思うけど」
コイツも転生者は日本人が多いって掴んでるのか。
「それで、あんたは再現しようとしてるってことか?」
「うん。といっても、簡単じゃないんだよね」
男は苦笑しながら、ライフルを構える。かち、と引き金を絞るが、何も出てこない。
「構造は分かるんだけど、それを作ろうとすると死ぬほど苦労するんだ。部品さえ作れれば、組み立てて繋げていくだけだから、なんとかなると思うんだけど」
「そうなのか? じゃあ、ハンドガンとかも作れたり?」
「もちろん」
頷く男に、俺は提案することにした。
「あのさ、たぶんだけど……その部品、作れると思う」
予想通り、男の顔色が変わった。