第百二十七話
街の名前は、クロウスフォード。
街道沿いにある宿場町だ。レンガとランタンで有名な街らしく、街はランタンだらけだ。
そんな街の外れに、アルターの家はあった。
レンガで作られた道は細く起伏に富んでいて、入り組んでいる。ランタンのおかげで明るいが、そうでなければ真っ暗だろう。その中でも、アルターの家は道の行き止まりにあった。
周囲は廃屋らしく、袋小路のような場所だ。
「いらっしゃい」
ぎ、と、錆びついた音を響かせて、アルターは部屋に入っていく。その後に続くと、ふと魔法の明かりが灯った。
部屋の中は工房になっている。色々な部品が散らばっていて、かなり苦心しているのが分かる。
アルターに席をすすめられ、俺はテーブルに座る。しばらく見渡していると、アルターはスケッチブックとお茶を持ってきた。
ことん、と年季の入った木製テーブルに置かれたお茶は、香ばしい匂いがした。ほうじ茶みたいだ。
俺は控えめな湯気を上げるお茶をすする。
「うん、まんまほうじ茶」
「でしょ? 再現してみたんだ。裏に茶畑があるんだよ」
「スゲェな」
「お茶は日本人の心だからね」
言いながらアルターは自分の分のお茶をすすった。満足する出来だったらしい。
アルターはようやくヘルメットを取った。姿を見せたのは、ストレートの黒髪だ。あ、なんか懐かしい。っていうか、アルターって日本人の顔そのまんまだな。
この異世界はどっちかというと西洋系の顔が多い。だから珍しい。
「それで、話を戻すんだけど、早速作ってもらえるかな? これなんだけど」
アルターは言いながらスケッチブックを広げる。
そこには精緻に描かれたイラストがびっしりとあった。細かくサイズまで指定されている。
「最初は失敗するとは思うけど、たぶんできるようになる。やってみてもいいか?」
「ああ、素材ならそこにたくさんあるから」
言って指を差したのは、部屋の端、というか、カーテンで仕切られた場所だ。
ちょっとしたバスルーム並みの広さがある。気になって覗き込むと、全部鉄だった。
どうやって集めた、こんな大量な物質。
「回収するの大変だったんだけど、まぁ、好きに使って」
「分かった」
俺は頷いてから、早速なんとかなりそうな部品から取り掛かる。
スケッチブックは立体的なイメージがつくように、一つの部品でも数点のイラストがある。これが正直にありがたい。俺は銃の部品なんてまるで知らないからな。
「《クリエイション》」
俺は魔力を籠めて部品を作り出す。
「おお、すげぇ」
その様子を見ながら、アルターは俺が作った部品を見る。
「けど、ダメだな」
「だろうな。俺のこの魔法はイメージが大事なんだ。だから最初から上手くいくことはないな」
「じゃあもっとイメージ沸くようにアドバイスした方がいいの?」
「そうしてもらえると助かるな」
「わかった、じゃあ任せて。この部品はねー……」
そして俺はアルターの話を聞きながら試行錯誤する。
作っては失敗し、作っては失敗し。結局俺は途中で魔力水を補給する羽目になった。
このクリエイション系は、意外と魔力を喰うのだ。
俺とアルターの作業が夜通し続くことになったってのもあるけど。
っていうか、俺、学校あるんだけど。
ちなみにハインリッヒとも合流している。どうやらハインリッヒは俺にマーキングしているらしく、時空間転移でやってきたのだ。それでアルターにハインリッヒがハインリッヒであることがバレて(というかむしろなんで気付かなかったんだ)ちょっと騒ぎになった。
ともあれ、俺はようやく部品の全てを作り終えた。
思いっきり目にクマを作りながら朝日を眺めている隣で、アルターは必死に部品を組み立てていて、ハインリッヒは用事があるからとどこかに行った。
時空間転移、ホントーに便利だな。
「で、出来たっ……!」
アルターは銃を持ち上げる。
パッと見でアサルトライフルとは分かるが、どんな種類かは分からない。だが、八九式に執着している様子だったので、きっとそうなのだろう。
アルターははしゃぐわけではないが、ただただ感動してライフルを持ち上げていた。
「た、試し撃ちしてくるっ!」
「ってどこ行くんだよ」
「外だよ外!」
アルターは弾丸を装填し(これも俺に作らせていた)、俺の手を引っ張りながら外に出た。
朝日が眩しく世界を照らす中、俺たちは裏庭に出る。
ちょっとした茶畑が広がっていて、どこか良い緑の香がする。
「じゃあ、この木を標的に、と」
アルターは周囲を見渡して安全を確認してから、銃を構えて木を狙う。
たたたんっ! と軽い炸裂音を立てて、ライフルから弾丸が三つ吐き出された。
「おおおっ! 三点バーストも完璧!」
なんだその用語は。なんか聞いたかもしれないけど。
とはいえ、アルターはひたすらに感動していた。俺としても無事に完成したみたいで安堵する。
「ああ、幸せだぁ。今すぐ僕は死んでも構わない」
「おいおい。喜び過ぎだろ……」
「何を言ってるんだ君はっ! 憧れだよ!? あの八九式を、実弾で、撃てるっ……!」
うわぁ、本気で天に召されそう。
「いやまぁ、喜ぶのはいいけどさ。ハンドガンの方も頼むぞ」
「ああ、うん。そうだった、そうだったね。じゃあ早速話を聞こうか」
あっさりとアルターは意識を切り替えた。
「えっと、実弾を撃つハンドガンじゃなくて良いんだ」
「ああ、そういえば魔法を撃つって感じって言ってたね? こういったら悪いけど、無理だよ?」
「それ、家につく前にも聞いた。どういうことか教えて欲しいんだけど」
「うん。単純な耐久性の問題もあるんだけど……ちょっと待ってて」
そう言って、アルターはそれはそれは大事そうにライフルを持って帰り、少ししてから戻って来た。手にしているのは、何丁かのハンドガンだ。とはいえ、結構形は歪だ。
材質は鉄、だろが、少し魔力を感じる。魔法鉄か何かだろうか。
「これがそうなんだけど、試作品だから命中精度とかは期待しないでね」
俺に手渡しながらアルターは苦笑していた。
「
「分かった」
俺はハンドガンを受け取り、そのまま空中へ向ける。
「《アイシクルエッジ》」
軽く魔力を籠め、
金属の高鳴りのような音を立て、発動した魔法はハンドガンに吸い込まれる。俺はそれを確認してから引き金を絞った。
直後。
ぽんっ。
とポップコーンでも弾けたような音を立てて、煙が出て来た。なんかちょっと冷たそうな気がする。
だが、それだけだ。
「……は?」
「つまりそういうことなんだ。魔法を撃とうとすると、どうしても出力が落ちる。それもバカみたいに。まぁ
「どういうことだ?」
「この
また随分と激レアなものである。
確か、俺が読んだ本でも記載があったな。ちなみに存在は認知されているが、解析には至っておらず、コピーさえ出来ない
故に保有者は国に登録する必要があり、厳格な管理が求められる。
「とはいっても、これは初級魔法を吸収するくらいしか出来ないものなんだけどね。で、これを内蔵して、放てるように色々と研究してやってみたんだ。それこそ何年も。それでやっと撃てるようにはなったんだけど……」
「この威力か」
アルターは頷く。
俺はもう一度魔法を籠めて撃つ。が、やはりちょっと冷たい空気が出てくるだけだ。
なんとも嘆かわしい威力だな。
「ちなみに魔法を発動させたままを撃つのは無理だよ。銃身が耐えられないし、破壊がその場で発動する。それだったら投げる方が絶対にマシだ」
「なるほどな」
俺は納得していた。
ハンドガンとして魔法を撃つとなれば、それこそ革命的な技術がいるのだろう。
今、この時代での技術は無理なくらいに。
「可能性があるとしたら、このハンドガンに気の良い精霊が住み着いて、引き金を絞るたびに魔法でも発動してくれるしかないんじゃない?」
「んなのどこにいるんだよ」
「いないから失敗なのさ」
アルターは完全に諦めている調子だ。
「でもまぁ、だからって何もしないワケには行かないから、ハンドガンの構造は詳しく教えてあげるね。中に入ろう」
そういってアルターは俺を中へまた招き入れた。
うん。それは嬉しいんだけど、学校どうしよう。