第百二十一話
「……──やっぱり?」
「うん。というわけで僕がやって来たんだからね」
ハインリッヒは微笑みながら言う。なんだこの頼もしさ!
「暗殺者ヅィルマは、界隈では特殊な部類として有名みたいだね。まず、組織からの依頼は絶対に受けない。あくまで個人と契約する。そして、その成功率は未だ一〇〇%と言われている。けど、それだけにプライドが高いみたいだね。不興を買うと殺されてしまうらしい」
……──なるほど。たぶん、情報操作されてるな。他でもない、ヅィルマ本人に。
おそらくヅィルマは、確かに舐めた奴らを殺してはいただろうが、全部ではないはずだ。暗殺に失敗した場合でも依頼者を消しているのだから。
フツーはそんなことしてたら依頼などこないはずだが、依頼達成率一〇〇%がものを言っているのだろう。それに闇の世界なら、そういうことがあっても不思議はない。異常ではあるけどな。
故に最凶。最強ではないのはそういうことだ。
「そんな彼の暗殺方法は様々。毒も使えば直接仕留めもする。縊り殺したり、拷問にかけたり。もう猟奇的殺人を楽しんでいるようにしか思えなかったりもするんだけどね」
「……それは、有り得る、かも」
俺にゲームを持ち掛けてくるぐらいだ。根っこは遊び好きなのかもしれない。こっちからすれば、たまったもんじゃないけどな。
「ともあれ、彼は暗殺者としても超一流。まぁ真正面から戦ったら僕でもグラナダくんでも勝てるとは思うけど、相手はそんな土俵で戦わないはずだし、そもそも僕たちが思いも寄らないような術や力を使ってくるだろうしね」
「確かに使ってきてましたね。防御力を貫通してきたり、いきなり姿をくらましたり……」
「防御力貫通は、多分固有アビリティだね。確か存在してたと思う」
随分と厄介なアビリティだなオイ。
「防御力を低下させたり無効化させたりするのって、スキルでもあったりするから、油断しないようにね。防御力だけにかまけてると痛い目に遭うよ」
「そうなんですね……」
確かに、フィルニーアからも防御に関しては厳しく学んだ。正面から受けようとするな、必ず防御をするか、回避するか、って言われてたな。
あのダガーを手で受け止めた時は防御力を過信してたってこともあったが、その教えに反した結果だ。
ううむ、フィルニーアとは偉大なり。
俺からすれば、ひねくれ者にしか見えなかったんだけど。
「ということだから、ヅィルマに狙われた以上、あらゆる暗殺の方法が考えられるから、回避し続けるのは無理だと思うんだ。事前に感知が出来れば、また話は変わってくるんだろうけど」
「ああ、それなら糸口掴みました」
「もう掴んだの? ちょっと早すぎない?」
ハインリッヒが驚いてから苦笑した。
まぁ、本音はもっと早く分かっていたはずなのだが、駄犬のせいでここまで遅れてしまった。だが、そのおかげで魔法陣の構築とかはある程度計算出来てたんだけど。
「はい。波動を感知する魔法です。さっき雛形が出来たトコなんですよ」
「……素直に凄いね。称賛するよ」
「ただ、範囲を広げるのが難しいですね。感知するには常に魔力を周囲に漂わせておく必要があるんで」
この技術は《ヴォルフ・ヤクト》の応用だ。
つまり
この距離なら、接近してきての暗殺には対応できる。
問題は長距離からの暗殺と、毒物だ。
長距離からの暗殺は条件がかなり限られる。常に周囲を気にかけて、物陰にいるように立ち回れば平気だろう。後は毒物だが……。
「それだったら、僕が教えるのはこれだけで良さそうだね」
言いながら取り出したのは、水晶玉だった。更に幾つかの小さなビンをテーブルに並べていく。
「ん? それは?」
「毒鑑定スキルの習得グッズだよ。光と火と土の初級魔法さえ使えれば覚えられるものだから」
「そうなんですか?」
「ただ、スキルを上げるのは大変だろうと思うけどね。とりあえずは簡単な毒なら見分けられるし、カンが良ければ違和感は覚えられる。だから、指針にはなると思う」
「分かりました」
「じゃあ、基本的に毒の見分け方なんだけど……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――アリアス――
ぐつ、ぐつぐつぐつ。
私は鍋の前に立っている。理由は単純。豚の角煮を作るためよ。
来る学園祭。正直に何も出来ないというのは頂けないからね。というか、何も出来ないっていうのが腹立つ。私だって女の子なんだから、料理の一つや二つくらい、出来るわよ!
そう考えて、始めたのが料理の特訓。
でも、そんなもの必要なかったかもしれないわね。グラナダが発表したレシピは細かく作られていて、それに沿えばしっかりと出来るようになっているもの。
そう。口惜しいけど、それに従ったら出来たわ。
ちょっと色が黒いし、なんかドロドロしてる気がするけど、きっとそれは範疇内。
たっぷり時間をかけて作ったのよ。美味しいに決まってるじゃない。
私はコンロの火を消して、おたまをドロドロした豚の角煮をすくう。後は綺麗に盛り付ければいいの。蒸しパンの方も出来てるわ。ただ、白いと色合い的に面白くないから、緑色にしてみたわ。鮮やかな緑を目指したけど、ちょっと濃緑になったわ。でもそれも大丈夫よね。
私は蒸しパンに角煮を挟んで、皿の上に盛り付ける。
うん、綺麗じゃない!
「さぁ。出来たわよ。食べて」
私は満面の笑顔を浮かべながらキッチンから出たわ。テーブルには、試食会に呼んだ面々。
セリナ、フィリオ、アマンダ、エッジ。
クラスでも
私がテーブルに置くと、全員が何故か眉を寄せた。
「い、一応聞くけどよ、アリアス。これ、何?」
いきなり失礼なことを聞いてきたのはエッジね。
元々素行が悪いから、そんな質問になったのかもしれないけど、美味しそうとか言いなさいよね。
まぁいいわ。私は寛大な心で許す。
「決まってるじゃない。角煮マンってやつよ」
胸を張って堂々と言う。
「「「これが?」」」
って何よ。何であんたら全員で訝るわけ? ちょっとおかしくない?
力の限り不満を顔に出して睨みつけると、アマンダが覚悟を決めたように喉を鳴らして一つつまむ。ってなんでそんな怯えてるわけ? 覚悟とかなんの覚悟よ。どこに覚悟したのよ。
でもツッコミを入れたら話が進まないわ。私はぐっとこらえる。
アマンダは何回か躊躇しながらも(すっごい失礼よね)、勢いよくかぶりついた。
バリッ、と音がして、ガリッ! っと音がする。
あれ、角煮ってそんな音したかしら?
疑問がわいた瞬間、アマンダの顔色が激変した。
「うぶるぁあああああっ!」
そしてそのまま奇声を上げて後ろ向きに倒れていく。って!?
「あらあら、ちょっと大丈夫じゃありませんねぇ?」
「あ、あががが、ががががが……」
「泡拭いてるぞ!」
「こ、これは、まさか……」
言いながら、フィリオは角煮まんに手を翳す。ふわりとした光が宿り、フィリオは青い顔を更に青くさせた。どういうことよ、それは。
「毒鑑定スキル一でも、猛毒判定……!?」
フィリオは愕然としながら言う。って失礼ね!
「そんなはずないじゃない! レシピ通り作ったわよ!」
「レシピ通り作ったのなら、生地が緑になる要素がないと思うんだが……」
「そこはアレンジってやつよ!」
「それをしたらもうレシピ通りではない気がしますねぇ。レシピ通りって言葉に失礼です」
怯えるように言うフィリオニ言い返すと、しれっとセリナがドギツいことを言ってくる。
な、なな、何よ何よ!
「わ、私だって毒鑑定スキルくらい持ってるんだから!」
私は即座に毒鑑定スキルを使う。
このスキルは、魔法の使える貴族であれば誰もが手にしているぐらいポピュラーだ。いつどこで毒を盛られるか分からないもの。最近はそんな物騒ではないけど、一昔前はそうだったのよ。
私が手を翳し、光を当てる。すると――
「……も、猛毒っ……!?」
有り得ない結果に、私は頭を真っ白にさせた。
いや、これはミスよ、ミスなのよ。あああ、でもそれってこの私がスキルの発動を間違えたってこと!? いやいやそんなの有り得ない、有り得ないわ!
「猛毒というよりむしろ劇薬の類な気がしますねぇ、これ」
セリナも毒鑑定スキルを発動させながら言った。
「アマンダ、良くこれをスキル使わないで食べたな……ある意味で勇者だ」
「勇者ですねぇ」
「否定出来ないのが悲しいのか良いことなのか……」
「あんたら好き勝手言い過ぎだからねっ!?」
私は涙目になりながら抗議を上げた。
結局、私は料理に一切参加せず、接客をやることになった。