第百七話
本能が危険を報せる。同時に俺は刃を閃かせていた。
蛇の目から、魔力が放たれる。俺は瞬足でその場から離脱。目まぐるしい視界の中で、俺は確かに見た。俺の後ろにいた木々が次々と着火し、完全に灰へ変化していくのを。
やっぱりか!
どうやらあの炎の髪にいる蛇、相手を睨むことで着火させられるらしい。
とんでも能力である。
放たれる魔力に触れさえしなければ着火には免れる。だから大丈夫そうだが、常に蛇の動向にも目を向けておかなければならない。じゃないと、一瞬でやられる。
あの着火は、魂さえも燃やす炎だ。
本能で悟りつつ、俺はまた地面を蹴る。
「《アイシクルエッジ》!」
放ったのは氷の魔法。
今度は容赦なく刃からも両腕からも解き放つ。だが、さすがに二度は通用しない。エキドナは次々と回避し、逆に反撃を仕掛けようと突っ込んでくる!
まるで炎を泳ぐ人魚みたいだな!
炎の軌跡を自分で生み出しながら、その海を泳ぐ。
思わず見惚れそうになるな。けど!
俺は地面を踏み抜き、魔法陣を出現させる。
「《ベフィモナス》っ!」
エキドナの足元から地面が爆裂し、次々と槍がエキドナを突き刺そうと襲う!
だが、エキドナは予測していたかのような動きで跳び上がり、さらに掌に火炎球を生み出して投げつける。
炸裂は、爆発。
炎が弾け、爆発が地面の槍を次々と粉砕していく。更に炎が舌のように周囲を舐めつくし、大地はあっというまにマグマのように溶けた。
とんでもない熱量だな。
「《クリエイション・ランス》っ! 《エンチャント・マテリアル》!」
俺はそれを利用して、マグマから炎の槍を生み出し、さらに聖属性を付与して飛び出させる。
エキドナは驚愕してその槍を受け止め、苦痛に顔を歪めた。
『っかはぅっ!』
炎の槍と勘違いしたな。確かに炎だけならエキドナに効果はない。だが、聖属性を付与すれば話は別だ。瞬時に魔族を貫く刃となるのだ。
とはいえ、今のエキドナにどれだけのダメージを与えられたかは疑問だ。
どっちかってぇと、今の反応も苦痛よりも驚きの方が強いしな。
冷静に分析しつつ、俺は次々と魔力を高め、魔術の準備をする。これはわざと接近戦を嫌っていると思わせる作戦だ。
次々と
「くらえっ! 《エアロ》っ!」
放ったのは、暴虐なまでの風。反動で俺が弾かれそうになるくらいの威力だ。
エキドナは脅威を取ったか、両手を掲げて炎の壁を生み出し、風を包み込む。
ぐばんっ!
と、衝撃波とも、炸裂音とも言えない奇怪な音が響き、風は包み込まれて消えた。
今の魔法を力技で封じ込めるとか、さすが魔神だな。
だが、そんな程度は予測済みだ。
俺は回り込むような軌道で地面を蹴り、接近を試みて刃を繰り出す。
「《エアロ》っ! 《アイシクルエッジ》っ! 《エアロ》っ!」
更に交互に魔法を解き放ち、次々とエキドナへ襲わせる。
その全てに必殺の威力を籠めているが、エキドナは身を躍らせながら回避しつつ、炎を生み出して魔法を打ち消していく。あっちも全然冷静だ。
拮抗した戦い。
本来ならポチに援軍を頼むところだが、今のポチにそれを望むのは難しい。
何せ、必殺技を使うために集中しているからな。
『本当に、人間か、貴様っ!』
「あいにくもって人間だな!」
俺は減らず口を返しながら刃を繰り出し、エキドナの左から薙ぐ。
エキドナは見ることさえせずに屈んで回避する。そこを待っていたかのように刃でまた狙うが、エキドナは片手を差し出すように突き出し、炎を急激に発生、衝撃波を放つ。
瞬時の判断と瞬時の攻防。
これはどっちかがミスったら終わりだな。
思いながら、俺は次々と攻撃を仕掛けていく。手数ではこっちが圧倒的だ。
刃を縦横無尽に動かしながら、音速の領域で仕掛け、さらに魔法を叩き込む。怒涛の攻撃を、しかしエキドナは回避し続ける。
徐々に、その身に纏う炎を増やしながら。
『そろそろ、仕掛けるよ!』
宣言の直後、エキドナが炎を撒き散らす。それは波のようにうねり、エキドナはそれに乗りながら髪の毛の蛇を激しく燃焼させる。
刹那。
その蛇が口を開き、瞬時に光を集束、レーザーを放つ!
それは一匹ではなく、大量に!
「──《ベフィモナス》っ!」
戦慄のままに俺は後ろへ飛び退り、魔法で壁を産み出す。円形の亀甲模様の壁だ。
まさにシャワーと呼ぶに相応しいレーザーは次々と壁に突き刺さり、壁を熱して溶かしていく。
「《ベフィモナス》っ!」
俺は更に魔法を追加で放ち、壁を強化した。
ヤバいヤバい。なんだ今の。
まさかいきなりレーザー撃ってくるとは。しかも複数。威力もバカにならねぇぞ。
バクバクいう心臓を押さえながら、俺は思考を巡らせる。
落ち着け。相手も不意打ちに失敗して嘆いているはずだ。状況はイーブン。まずは落ち着いてレーザーを撃ってくる蛇の対処からだ。アレはすぐになんとかしないと不利になる。
対策を練り始めた、直後のことだ。
壁が熱で膨らみ始めた。
これってまさか、レーザーを一点に集約させて……!?
『いつまで引きこもってるつもりだい!』
エキドナの怒りにも近い声の直後、壁に亀裂が走った。
これは――物理打撃かっ!
思うのと同時に俺は閃き、同時に地面を蹴って跳躍していた。
壁が破砕され、瓦礫をものともせずにエキドナが突っ込んでくる!
だが、その時には俺はもうエキドナの頭上にいた。
『――!?』
驚く間に、俺は刃を操っていた。
背後から襲わせた刃は次々と髪の毛の蛇を切り裂いていく。
『ッグッ! やってくれる!』
「《アイシクルエッジ》!」
エキドナの悲鳴を無視し、俺は真上から氷の呪文をぶつけてやる。
背中に槍が突き刺さり、エキドナは地面に叩きつけられながら呻いた。
俺はその間に空中で姿勢を整え、着地した。
『なめた、真似をっ!』
エキドナは強引に炎を燃え盛らせて槍を溶かし、すぐに立ち上がる。その腹には風穴があいているが、すぐに炎が覆って塞いでいく。
――なるほどな。
俺は少し距離を取った状態で対峙し、分析する。
今のエキドナは、確かに強い。
俺が最初に対峙したエキドナとは桁違いと言える。だが、最大出力だけを言えば、そこまで大きな差はないように思える。実際、さっきのレーザーだって、攻撃を捌いて捌いて、周囲の炎をかき集めて仕掛けてきたって感じだからな。
付け入る隙があるとしたら、そこか。
俺は滲み出る汗を拭い、ナイフを構える。
すると、エキドナも構え――
瞬間、地面を蹴って肉薄してくる。その速度は、さっきとは次元が一つ違う!
コイツ、ここにきてまだスピードがっ!?
舌打ちを入れつつ俺は刃を繰り出す。だが、エキドナは蛇のような軌道で滑らかに刃を躱し、速度を緩めることなく接近してくる。
ここは防御選択だな。
「《ベフィモナス》っ!」
俺は地面を踏みしめながら魔法を放ち、壁を出現させる。
だが。
エキドナはその拳に膨大な炎をいきなり宿した。
『まさか』
エキドナは腰を落とし、生み出した壁に拳を叩きつける。
どろり、と、その壁は熱で溶け、拳の貫通を許す。それだけでなく、壁は破壊に耐えきれず破砕した。
って、マジか!
ぞくりと背筋を凍らせていると、エキドナが更に突っ込んでくる。その全身から凄まじいばかりの炎が迸っている。それは、今までのそれを遥かに圧倒するものだった。
『アタイの最大出力が低いとか、そんなこと思ってたんじゃないだろうねぇ?』
「――くっ!」
その炎が蛇のように象り、大蛇となる。それは八つの蛇となって次々と襲い掛かってくる!
マズい、これだけの熱量、《ヴォルフ・ヤクト》の刃じゃあ防ぎきれない!
俺は即座に地面を蹴り、回避運動に移る。
炎の大蛇が唸りながら地面にかぶりつき、その熱を撒き散らす。焦げた大地がさらに焦げて、呼吸するのが辛いくらいの臭いを放つ。
俺はその中を逃げ回り、隙を窺う。
蛇の炎は確かに巨大だ。一匹一匹がまるでドラゴンぐらいデカい。速度だって油断ならないし、同時に迫ってくる。俺のステータスが尋常じゃないから捌き切れているようなものだ。
だが、裏を返せばその程度だ。
俺はまだ、本気を出していない。
『蛇にばっか気を取られてたら、アタイを見逃すよ!』
エキドナがその蛇の炎に紛れ、俺に接近戦を挑んでくる。
罠にかかったのは、そっちだ。
俺はわざと接近戦を嫌がるように立ち回っていた。魔法を連打していたのも、半分はそのためである。
俺は焦った様子を見せて刃を繰り出す。エキドナは余裕の仕草で回避し、一気に距離を詰めてきた。
ここが、分水嶺だ。
俺は地面を踏み抜く。
「《真・神威》」
同時に放ったのは、《神獣》のスキル。
雷鳴轟き、空気が引き裂かれた。