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第百八話

 ──ばぢばぢばぢばぢばぢっ!

 凄まじい稲妻が空間を丸ごと薙ぎ払い、エキドナを直撃する。
 もちろんエキドナだけでなく、炎の蛇をも呑みこみ、ズタズタにさせて消滅させていった。

 よし、会心の一撃。

 俺はエキドナの不用意な接近を待っていたのだ。
 あれだけ膨大な炎を吐き出した状態で接近すれば、その体躯を守る炎は当然少なくなる。どうしても《神威》を撃った後はしばらく動けなくなるので、攻撃を当てたはいいが、相手が先に回復して追撃が出来なくなるのは勘弁だった。
 ぐらり、と、目眩のような感覚に襲われ、俺は動きを止める。
 空気さえ焦がす一撃が終わり、周囲に沈黙がやってくる中、稲妻に良いように弄ばれていたエキドナが地面に落ちた。

『がっ……かはっ、まさかっ……』
「策を用意してたのは、お前だけじゃなかったってことだ」

 俺は時間を稼ぎつつ、ゆっくりと歩く。
 後、どれくらいだ?
 俺は息を整え、精神を集中させる。

『これを、アタイの防御が下がる時を……待ってたってのかぃ』
「平たく言えばそうだな?」
『はっ、はっははは、下らないねぇ。それは策ではなく、小賢しいって言うんだよ……』

 エキドナが立ち上がる。
 まるで脱皮するように。ぬるりと新しい体が出現した。
 っておい、マジか。本気で蛇だな。

『そういうことを仕掛けるってことは、攻撃力に不安があるか、一発攻撃で次に繋がらないか、のどっちか。まぁアタイは魔神だからね。両方ってことかぇ?』

 ぼっ、と、再び全身から炎が宿る。
 だがその勢いは明らかに弱くなっている。まぁそれでも周囲一帯を薙ぎ払うぐらいはするだろうけど。

「ずいぶんと勘が回るな?」
『ガキの考えることだね。大人をなめるんじゃないよ』
「あーもう厄介な奴だな」

 ディレイから立ち直り、俺は構える。
 相手は気付いてないか? こっちの準備はこれで終わった。《神威》を使わないと、《神撃》が使えないからな。

 睨み合いが始まる。エキドナは明らかに息があがっていて、魔力をかき集めている様子だ。

 対して、俺にはまだ余力がある。
 このまま全力で挑めば倒せるだろう。しかし油断は禁物。何せ相手は魔神だ。滅びる最期まで何をしてくるか分からない。
 だから、新しい技で挑む。

『ああ、ああ、いつもそうだ。あんたらはアタイをナめてかかる!』

 唸りをあげて、エキドナがその両腕に炎を纏う。ばちばちと音を立てて髪の毛の蛇が復活する。
 炎が凄まじい勢いで猛り、急上昇した熱が空気を押し出して衝撃波を生んだ。俺はその熱風を受けながら魔力を高める。

『アタイは許さない、アタイの愛する子供たちをことごとく悪魔に陥れ、殺し、弄び、咎人と謳うあんたらをっ!』

 エキドナは振り絞るように叫んだ。
 なんだ、いきなり様子が変わったぞ? 追い詰められて理性がぶっ飛んだか?

『叫ぶ、サケブ、さけぶっ! アタイの原初の記憶がっ、世界を恨む源がっ、常に炙られ続けるこの心がッッ』

 炎が黒くなっていく。闇属性を付与したか。
 びりびりと魔力が威圧となって俺に襲いかかってくる。全身が震え上がりそうになるが、気合いで律した。

『《いにしえのトコシエに揺蕩う積年》《残虐に、歴史は巡りただ死体は積み重なる》《身動き取れぬ母の悲しみはただ謳う。殺せ、殺せ、殺せ》』

 それは呪文だった。
 魔神が唱える──呪文!

『《血塊決壊咆哮(ブラッディハウリング)》っ!』

 エキドナの口が裂けながらも開き、赤黒い上に紫がマーブルに混じった球体を放つ。それは渦を巻きながら、怨嗟の炎を撒き散らした。

 ──ッギィィィヤァァアアアァァァアアアアッ!

 まるで世界中から悲鳴でもかき集めてきたかのような騒音が響き、辺りを文字通り飲み込んでいく!
 やばい、これはやばい、一瞬でも触れたら死ぬ!

 本能で悟り、俺は全力で飛び上がって空中に逃げた。ポチも気付いて全速で離脱していっている。
 横目で無事を確認しながら、俺は思い出していた。

 あれは、世界を呪う魔法だ。

 ただただ破壊だけを願い、その命を削りながら発動するもので、凄まじい怒りと憎悪がなければ発動のきっかけさえ掴めないとされる魔法。
 まさかエキドナが使えるとは思わなかった。
 どんだけ世界に対して恨みを持ってるんだ。むしろ世界に恨みを買ってるのはお前ら魔族だろうに。

 耳を塞ぎたくなる咆哮は、一頻り周囲を飲み込み、全てをただの灰に変化させて消えた。

それだけの破壊の中、エキドナはまだこちらを睨みつけてきていた。
 その身を焦がしながら黒い炎は渦巻いていて、エキドナはただ吼える。

『許さない、ユルサナイ、ゆるさないっ!』

 狂ったような咆哮。直後、その黒い炎がまた蛇を象っていく。
 合わせるように、地面からぼこぼことゴリラのような体躯をした黒い魔物――魔族が出てくる。このタイミングで、コイツらを召喚してくるのか!
 本気でなりふり構ってないな。

 だが、それを見たポチが動く。

 一瞬のアイコンタクトで、俺は理解した。

『本当はエキドナを仕留めるつもりで力を収束させていたんだが――まぁいい』

 巨大化したポチは薄く笑うように表情を歪めると、その身にたっぷりと溜めていた稲妻を解放した。
 同時にポチは遠吠えを放つ。

『《ガルナ・カルナ》』

 そう言い放ち、遠吠えと共に電撃が空から幾筋も落ちてくる。まるで、落雷の嵐。
 それはけたたましい轟音を呼び込み、生れ出た魔族を次々と爆裂させて打ち上げていく!

 な、なんじゃあの威力……下手したら《神威》並みにあるぞ!

 たちこめる灰の煙に視界を奪われながらも、俺は気配だけはしっかりと掴んでいた。
 落雷はエキドナさえも捉えていたが、どうやら威力よりも範囲を優先した攻撃らしく、ほとんど打撃を与えられている様子はない。

『また、マタ、またっ! あんたらはいつだって、いつだってぇ!』

 エキドナは飛び散っていく魔族を見て、怒り叫び、涙さえ流す。
 今までこんな反応を見せたことなどない。
 まさか自分で生み出した魔族を失って叫ぶなんて。

『ああああああああっ!』

 また、あの術を展開するつもりか!

『あの術は何度も使わせるな、主。世界のバランスが崩れかねない』
「そんな危険な術なのかよ……」
『あれは無差別に呪いを振り撒くものだからな』

 ポチの言葉に俺は辟易しそうになった。
 俺は意識を限界まで研ぎ澄ませる。この新技はとにかく精神力を削るからな。

 鋭く狙いをつけ、俺は意識を更に高めた。

「――《真・神撃》っ!」

 放ったのは一撃必殺のスキル。
 だが、俺は動かない。動いたのは、俺の周囲を飛んでいた刃たちだ。
 白い稲妻を残滓として残し、刃が刹那の加速を迎える。

『――っ!?』

 閃光の軌跡。
 刃が次々とエキドナに突き刺さり、切断していく。

『――かぁっ!?』

 これが俺の新技だ。

 《ヴォルフ・ヤクト》を使って技を伝播させ、刃に加速させる。
 今までずっと試し続けては失敗してたものだが、ようやく成功の糸口が見え、完成させたものだ。

 一撃の威力は確かに減少するが、それは数で補う。対象を一人に絞れば、結果的に威力は増大する。
 それだけでなく、複数人を同時に切り裂くことも出来るようになった。

 とはいえ、代償がないワケではない。

 両手に保持していた魔法道具(マジックアイテム)であるナイフに亀裂が入り、あっさりと砕ける。
 同時に《ヴォルフ・ヤクト》が強制的に解除させられた。
 そう。伝播させることにより、起動の起因であるこのナイフまで武器崩壊を起こすのだ。加えて、このナイフが砕けると魔力が吸い取られてしまう。

『バカな、バカなっ! どうして、こんなっ……!』

 エキドナが終わりを迎える。
 七つの刃の斬撃を受けて、バラバラにされて。その傷口から炭化が始まり、それは留められるものではない。
 ゆっくりと、エキドナは消滅した。

 これで、終わりか。

 ふう、と、俺はため息をついて地面に着地する。
 頭が痺れるようで痛い。ついでに魔力が更にもっていかれて、すぐに動けそうにもない。この技は本気で切り札だな。最後の最後まで使えない。

 俺は一応持ってきておいた魔力水を取り出して飲み干した。ああ、マズい。
 とはいえ、さすがに何回も服用すると効果が薄くなってくる。魔力は回復したが、全快ではない。

「さて、と、みんなは無事かな?」

 一息ついてから、俺は探査魔法を撃つ。レベルがカンストしているせいか、範囲も速度も桁違いだ。
 すぐに戻って来た反応に、俺は頭が真っ白になった。 

「んなっ……!?」

 言葉にならない、絶句。
 俺は即座に高速飛行魔法を唱えて飛び上がった。元の子犬サイズになったポチも肩に飛び乗ってくる。

 冗談だろ、冗談だろ。

 俺は思いながら加速した。

「ハインリッヒの魔力が、消えそうになってる……!」

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