第九十三話
戦慄が駆け抜けた。
出現した魔族の数は、ざっと一〇以上。
しかも一斉に召喚か何かしたためだろう、アリアスは囲まれてしまっていた。
いくら何でも、アレはヤバいな。一匹一匹が相手なら、アリアスでも倒せる。だが、一斉に襲われたとなれば、一たまりもないだろう。
それを察したアリアスも表情を険しいものにさせる。
「ちょっと、卑怯じゃないかしら?」
『アハハハッ! 戦いに卑怯もクソもないねぇ!』
ごもっともだ。
実際、メイとポチの二人がかりで女魔族と戦っていたし、俺も不意打ちのタイミングで介入した。
だからこれを卑怯と言える義理はない。
同時に俺は自分のアホさ加減に呆れていた。こういう可能性は考えて然るべきだった。アリアスに忠告しておくべきことだったのだ。
『さぁどうする!?』
「どうするもこうするもないわよ」
アリアスは言うなり、細身の剣を地面に突きたてた。
同時に緑色の巨大な魔法陣が生まれる。
「《数限りなく》《悪戯の裏切り》《時よ止まれ、時よ加速せよ》」
アリアスは目を閉じながら、全ての集中を突き立てた剣に宿らせている。
膨大な魔力が溢れ、それは淡い風となってアリアスの髪やマントを浮き上がらせた。
なんだ、あれは、呪文? ――まさか。
俺は嫌な予感に駆られ、ほとんど動かなくなった身体を無理やりに捻ってメイとポチを抱き寄せた。
「《ウィンディア・ブロテイク》」
その瞬間、アリアスの周囲だけが、停止した。まるで時間さえ止まったように思えた直後、その周囲が加速する。音もなく。否、音さえ置き去りにして。
破壊はあっという間にやってきて、悲鳴をあげる暇もなく低級魔族たちはバラバラに引きちぎられて周囲へ転がった。
──極大魔法だ。
威力は語るまでもなく、アリアスの周囲に転がる魔族どもの残骸がその証明だ。
とんでもねぇな。
俺の《エアロ》をどれだけ
まったく、つくづく羨ましくなる。
『やってくれるねェェ』
女魔族は寸前で気付いたのだろう、その魔法の効果範囲外へ逃げていて無事だった。
ぶるぶると震えているのは、やはり狂喜。眷族が倒されても微塵も気にしていないようだ。
いかにも魔族らしいといえば魔族らしい。
まぁ、その中でもコイツはぶっ飛んでるけどな。
『けどねェ』
女魔族は深く笑う。
瞬間、また気配が生まれ、どこからともなく黒い魔族が姿を見せる。
って、マジかよ。
まだこれだけの数を呼び寄せられるのか?
『アハハハ、今のアンタの技、凄かったけどさ、すごかったけどさ、スゴカッタケドサ、後何回使えるんだい?』
「……くっ」
余裕を見せつけられ、アリアスが苦い表情を浮かべた。
極大魔法は、威力に沿う分、魔力消費も桁違いだ。フィルニーアはぽんぽんと連打していたが、あれは例外の例外である。
おそらく、今のアリアスでは打ててもう二発、といったぐらいか。
でも、落ち着け。
裏を返せば、今のアイツはそれだけ弱体化してるってことだ。
アリアスが敵を打ち払った瞬間を狙い、別の誰かがアイツを攻撃出来れば、勝機はある。
その人手が足りないってのがネックなんだが。
何とか、俺が動けるようになれれば良いのか。一瞬だ。一瞬だけでいい。もう一度《真・神撃》を放てれば倒せるはずだ。
ぐ、と、もうほとんど動かない身体を捻じ曲げようと俺はする。魔力だ。魔力を体内でもっと激しく循環させて、
だが、集中さえ今の俺には厳しかった。
『さぁ、やっておしまい!』
女魔族が号令する。
同時に魔族どもが一斉にアリアスへ襲い掛かる。
「――《数限りなく》《悪戯の裏切り》《時よ止まれ、時よ加速せよ》っ!」
アリアスに選択肢はない。素早く魔力を練り上げ、また巨大な魔法陣を生み出す。
「《ウィンディア・ブロウレイク》!」
また時が止まり、時が加速する。
その反動で、魔族どもがバラバラになっていく。
二連続使用の影響だろう、アリアスに疲労の色が強く出始めた。
『おや、もう疲れてる? つかれてる? ツカレテル?』
だが、女魔族の方はまだ行けそうだ。
どうする? どうすればいい?
このままじゃあアリアスを守るどころか、全員全滅ルートだ。そんなのはまっぴらごめんである。
俺には、俺にはまだ目的がある。
「《ヴォルド・ウェイブ》!」
高らかな宣言は、その時にやってきた。
何かがやってきたと思うと、すぐに俺を追い抜かし、女魔族へ迫っていく。
誰だ、と思わなかった。
げ、アイツは。だった。
「《雷神烈破》!」
叫んだ瞬間、ソイツは全身から光を放った瞬間、姿を消す。
それは超加速であり、稲妻を纏ったまま女魔族へ肉薄、そのスピードを破壊力へ変換して女魔族へぶちかましを喰らわせる。
技名を叫んだは良いが、単なるタックルである。
だが、雷を纏っていただけあり、威力は相当なものだったようだ。
直撃を喰らった女魔族は大きく吹き飛ばされ、そのまま家の壁に叩きつけられる。
破砕音を響かせ、女魔族は壁にめりこんだ。
『ぐがぁぁあっ!』
「今こそ好機、ここで一気にトドメを刺してやるっ!」
一旦女魔族から離れ、がしゃん、と、地面のレンガを割りながら荒々しい着地をしたソイツ――フィリオはまた地面を蹴った。
また光が瞬き、刹那で距離を詰める。
「この無銘の剣に降れっ! 《絶雷剣》っ!」
眩いくらいの光を剣に纏い、稲妻を迸らせながらフィリオは剣を女魔族に突き立てる!
がががががん!! と破壊が伝導し、建物さえも稲妻で破砕しつつ、女魔族はさらにめりこんでいく。
『あっががががががっ!!』
「これで、終わりにしてやるっ!」
『アハハハハハハハ! いきなり出て来たと思ったら、やってくれるねぇ!?』
予想通り、女魔族は剣に抉られ、さらに全身を稲妻で叩かれているにも関わらず悦びの声を上げる。
俺はこの時点で、強い違和感を覚えていた。
田舎村で魔族と戦った時、確かに似たような感じではあった。あそこまでぶっ飛んではいないが。
だが、ぶっ飛んでる、ってだけで、ああまで攻撃を受けるものだろうか?
あの女魔族は防御力も低い。下半身を炎の大蛇にしたり、髪の毛を燃やしたりと、色々と炎に近い様子ではあるし、攻撃力も大したものではある。
だが、だとしたら尚更、回避しないか?
ダメージを受ければ受ける程強くなるとか、そんな特性がない限り受ける必要性はないと思う。
『でも残念。ハズレだねぇ』
予想は的中した。
建物を貫通した辺りで、女魔族の全身には無数の亀裂が走っていた。炎もほとんど消えている。だが、それでも女魔族の顔に笑顔が貼りついている。
「何?」
『この身体はアタイの本体じゃない、ほんたいじゃない、ホンタイジャナイ』
フィリオが訝しんだ瞬間、女魔族の身体が崩壊する。瞬間、全身から炎が噴き出し、凄まじい衝撃波となってフィリオを弾き飛ばす。
「ぐわっ!」
情けなくフィリオは貫通させた家を通り抜け、地面に背中から落下した。
炎となった女魔族は、そのまま上昇して周囲から炎を吸い寄せていく。火炎の竜巻となった女魔族は、周囲へ火の粉を散らせながら夜空を照らした。
まるで炎の十字架のようだ。大きさはどれくらいだろうか。間違いなく宿場町のあらゆる場所から見えそうなくらい大きいだろう。
その凄まじい様相に、俺たちはただ見上げるしか出来ない。
『嗚呼、あぁ、アァ、この姿になっちまうと、痛くも痒くもなくなるんだよねぇ』
周囲から猛火が上がる。
あの女魔族の炎に次々と建物が焼かれているからだろう。
どこかで悲鳴が聞こえてくる。大通りの方か。
「な、なによ、あれ……」
「あれが本体ってことだろう」
唖然とするアリアスに、フィリオが悔しそうな表情で起き上がる。
「くそ、倒せたと思ってたが……」
『残念、ざんねん、ザンネン。せっかくここまで逃げてきて潜伏して、チャンスを狙ってたみたいなのにね? でも残念なのはアタイの方も同じさ』
逃げて来た? どういうことだ。
俺はフィリオの背中を睨む。こいつ、絶対に何かしたな。
『暇つぶしになると思って、わざわざ器まで産み落としてから追いかけてきてあげたのに、あーもう。まさか加減を間違えて、その器を壊しちゃうなんてねぇ』
炎の十字架――女魔族は、つまらなさそうに言う。
『仕方ないから、この街を消し炭になるまで焼き払ってやるよ。あ、アタイを楽しませてくれたアンタたちは後でじっくり焼き殺してあげるからね? あ、でもそこのバカなおこちゃまは除外』
炎の十字架がまた姿を変化させる。
紅蓮の長い髪の毛に、上半身は女、下半身は蛇のように。その手には、猛火の炎の剣。そう、まるで俺たちの前に見せていた時と同じ姿だ。
その姿になって、女魔族はフィリオに指と顔を向けた。
とたん、フィリオの顔が真っ青に染まる。やっぱりコイツ何かしたな。
『このアタイ、エキドナ様の眠りを邪魔してくれたんだからねェ?』
その一言に、俺はただ絶句した。